彼方のボーダーライン   作:丸米

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滲む血色、その意味と成果

 という訳で。

 加山は香取葉子より無理矢理にブース内に連れ込まれ、10本勝負を執り行う事となった。

 

 ──まあ。

 加山は割と、攻撃手相手との勝負は相性が分かれる。

 機動力主体で動いてくる攻撃手相手は、割と加山は得意とするタイプだ。

 

 加山は自身の機動力がない代わりに、相手の機動力を削る手法を割と多く持っている。

 風間のようなその手法が通用しない技量を持っている場合や、村上のような図抜けた防御力を持っている場合は、まあ大虐殺になるわけなのだが。

 

 加山にとって香取の評価は、「攻撃に寄った木虎」であった。

 恐らくは一個人としての香取の戦闘能力は木虎よりも上であろう。だが、即興での対応力や立ち回りの上手さに関しては、木虎程ではない。

 

 だからこそ。基本的な対策は対木虎と同じ。

 近づけさせない。

 エスクードで移動に制限をかけていき、ハウンドで削っていく。相手が距離を取ればダミービーコンを餌に逃げ回り罠に嵌める。

 

「それじゃあ──スタート」

 若村の号令と共に、両者は動き出す。

 加山はエスクードを仕掛け、香取の移動範囲を封じていく。

 

「──その手の内は知っている!」

 香取は生え出るエスクードの間を縫うように、その間を通っていく。

 その動きは知っている。

 

「ハウンド」

 

 上であろうと、横であろうと。

 ハウンドの誘導半径内に入れば、それは対応可能なのです。

 

 縫っていくその動きに合わせ、ハウンドを放つ。

 

 香取は一つ舌打ちをすると、弾丸から逃れるべくグラスホッパーを発動。横方向へ向かって高速移動による脱出を図る。

 するとハウンドの誘導半径内から逃れるギリギリの範囲。彼女は新たなグラスホッパーの陣を開く。

 え、と加山は内心呟き。

 香取は内心鼻で笑う。

 

 舐めるな。

 誰から教わったと思う。

 

 回避行動に、無駄な距離を取るな。

 最低限の動作。

 最低限の距離。

 それさえ出来れば、削った距離の分だけ、反撃の時間が稼げる。

 

 それが。

 風間蒼也の戦い方。

 グラスホッパーの使いどころも、最小限だ。

 

 加山はその動きのキレに内心驚きつつ、されど慌てず。

 突っ込んでくる軌道上にエスクードを配置し、自身は後ろに引きながらハウンドの準備をする。

 

 これもまた。

 加山が対黒江との戦いの中で身に着けた対応策だ。

 高速移動する相手に対し、エスクードでその進路を妨害する。

 

 香取は眼前に生えたエスクードに左腕を沿え、衝撃を殺しながら身体を壁にぶつけ、身を寄せ、加山の視界から一瞬逃れると同時。

 ハウンド拳銃を取り出し、加山に向け放つ。

 

 加山のハウンドと香取のハウンドが交差する。

 

 香取のハウンドを加山はシールドで防ぎ。

 加山のハウンドを香取は横へ飛び込むことで防ぐ。

 

 ──おいおい。

 

 加山は、内心舌を打つ。

 動きが、明らかに違う。

 何が違うといえば──対応力が段違いだ。

 

 香取はエスクードの影からハウンドを放ちながら加山を牽制し、その間にじわりじわりと距離を詰めていく。

 加山はそれに対抗するように、新たなエスクードを作成しつつ香取の壁となっているエスクードを消していく。

 

 ──香取は、木虎と違い選択肢が多い。

 彼女はスコーピオン、拳銃のフルアタックが可能だ。

 だからこそ、この局面。

 選択肢が多い。

 

 眼前にエスクードが生えてくる。

 それを避けようと迂回するか乗り越えるか動くと、そこからハウンドが襲い掛かってくる。

 そのハウンドへの対応策として、

 ①迂回路から来ればグラスホッパーでの回避

 ②上空から来れば横方向へ飛び込んでの回避。

 

 回避後の行動として、

 またそこから、

 ①中距離を保ってのアステロイド・ハウンドによるフルアタック。

 ②ハウンドで牽制をしてのスコーピオンによる近接狙い。

 

 ハウンドに対する回避、そこからの反撃。

 彼女はどれも二つ持っている。

 木虎はグラスホッパー・ハウンドを持っていないが故に、どちらも一択なのだ。だから加山と距離が離れるとハウンドで削り取られる。

 香取は、その選択肢が多い。

 その多さを認識しているし、彼女はそれを駆け引きの材料にしっかり利用出来ている。

 

 エスクードの壁に隠れ、ハウンドを撃つ。

 ここでエスクードを加山が消すと、その分だけ即座に距離を詰める。もしくは逆にその距離感を保ったまま拳銃によるフルアタックを浴びせる。

 その二択を常にアトランダムにこの戦いの中で、切り替えながら行っている。

 

 ならば。

 加山自身も新たな選択肢を提示しなければならない。

 

「メテオラ」

 加山はトリガーを切り替え、左手に分割なしのメテオラを発生させる。

 それを──エスクードの壁に隠れる香取葉子に向けて発射する。

 

 加山のトリオンが込められたメテオラが、エスクードの壁を圧し潰すように爆発し、香取にその衝撃を届かせる。

 

 加山の戦い方は、

 高トリオンを活かした物量作戦が基本だ。

 

 新たにエスクードを発生させるという手札を放棄する代わりに、エスクードごと相手をぶっ飛ばすという手札を追加する。

 相手にも二択を迫る。

 エスクードを作る・消すという手札と、

 メテオラによる爆殺という手札。

 

 ハウンドによってエスクードを壁にするという香取の基本戦術を簡単に取れないようにする。

 香取はとっさにシールドを張りつつその場を離れ致命傷は避けたものの、手足が大きく削れていた。

 

 よし。

 機動力は削った。

 

 ならば後は如何様にも出来る。

 

 加山はメテオラで面攻撃を行い香取の足を止めると同時、ハウンドを浴びせる。

 

 足が止まってしまった香取はそのまま削り切られ──緊急脱出する。

 

 第一戦は、加山の勝利であった。

 

 が。

 今の香取葉子は、これで終わらない。

 

 

 その後。

 二本を連続して香取は加山から勝利を奪取する。

 

 メテオラによる爆殺の手札を知った彼女は、メテオラに切り替えた瞬間にグラスホッパーで瞬時にスコーピオンで喉元を斬り裂く戦術に切り替えた。

 加山が提示した二択。

 香取はその天性のセンスで、どのタイミングでメテオラが放たれるかを一本取られたことで瞬時に判別できるようになっていった。

 

「──いやマジか。これは」

 

 香取葉子。

 彼女は正真正銘、トップクラスの万能手に成長を遂げていた。

 

 グラスホッパーの高機動力を活かし障害物を盾にしながらハウンドを放つ動作。

 それを嫌って距離を詰めれば、拳銃で牽制を入れながらのスコーピオンの急襲を行う。

 動きに無駄がなくなり。

 その上で選択肢を増やして、立ち回りが非常に上手くなっていた。

 

 これは。

 センスだけでどうにかなるものではない。

 

 相手を知ろうとする思考の深さと、思考を反映させる対応力の二つが身に備わってなければ出来ない芸当だ。

 

 その後。

 加山は結局──香取に7本を取られ敗北を喫する。

 

「......」

 強い。

 本当に、強い。

 

 かつてあった暴走癖は完全に消え去り、立ち回りの妙を備えつつ、ここぞというときの突撃力が強力な万能手がそこにいた。

 

 勝負が終わると、加山は、

「香取先輩」

「何よ」

「すみませんでした」

 

 素直に頭を下げ、謝る事を選択した。

 ここまでの成長を遂げるまでに、どれだけの努力を積み重ねてきたのか。

 解らない加山ではない。

 

 だからこそ。

 かつてその戦い方を見るだけで「隊に入りたくない」と思わせた彼女の変化に、確かな敬意を払い──それを謝罪という形で表明する。

 香取は、何だか毒気を抜かれたように目尻を下げ、「はぁ?」と呆れたように呟いた。

 

「確かに俺は香取先輩をお山の大将だ何だといってました」

「おい」

「でもマジですみませんでした。──香取先輩、滅茶苦茶強かったです」

 

 その強さと言うのは。

 変化していく、強さ。

 相手を見て、相手を学習して、対応して。

 発展性も欠片もないと思っていたが。彼女の今の変化を見るだけでその判断は多いに間違っていたと理解できた。

 染井先輩が言っていたことは正しかった。

 

 彼女は努力の仕方を知らないだけだったのだ。

 

「ふん。──別にいい」

「うっす」

「......アンタの言葉があって、麓郎が変わって、そこから全部の変化が始まったんだから」

 

 香取は。

 少しだけ神妙な顔をして、そう呟いた。

 

「噂で聞いたんだけど、アンタ四年前の侵攻の被害者なんだって?」

「はい」

「華も、そうだって知ってる?」

「はっきり聞いたわけじゃないですけど。まあそうなんだろうなとは」

「──アタシは華に命を助けられたから」

 

 え、と加山は呟く。

 

「だから──絶対に上に上がらなきゃいけないの」

 香取は強く、そう言葉にした。

 

「──その事を思い出させたきっかけがアンタだっていうなら、感謝する。ムカつくけど」

 そう香取は言うと、ぷい、と背後を向く。

 

 そうなのか。

 染井華は──あの侵攻の中、誰かの命を救っていたんだ。

 

「......」

 

 父は。

 加山を助けた。

 

 ふと思う。

 自分はその責任を果たせているのだろうか。

 

「......」

 

 その是非は、これからの行動と結果如何だ。

 

 自分が死ぬまで。

 近界を滅ぼすまで。

 ──自分は止まってはならないんだ。

 

 

「──さあて、じゃあ香取先輩の憂さ晴らしが済んだところで」

「おいこら」

「若村先輩たちは、連携訓練の為にここにいたんですよね」

 

 ああ、と若村は言う。

 

「......正直、見違えるほどにヨーコが上達したからな。こっちもちゃんと強くならないと」

「責任感強いですねぇ」

 若村は、香取に上級者の壁だ何だ言い訳並べず努力しろと言い続けてきた人間だ。

 それが言い訳せずに努力し、そして全く同じことをそっくりそのまま言い返してきたのだから。

 若村としては、逃れられない。

 

「どうしますか。ここで隊同士で模擬戦しますか」

「3対2ってこと? 嫌よ」

 即座に、香取はそう言った。

「あら」

「こっちは手の内全部を見せるのに、アンタらだけ二人分の手の内しか見せないっていうなら不公平」

 

 成程、と加山は呟く。

 正論だ。

 

「だから、2対2よ」

「ほう」

「え?」

 若村と三浦が戸惑いの声を上げる。

 条件が少々特殊だったとはいえ、以前行った訓練では、加山一人討つ事すら二人は出来ていないのだ。ここで帯島も追加されたとあらば、勝てる道理はない。

 

「何よ。──私一人にボコられるか、あの二人にボコられるかの違いしかないじゃん。さっさとボコられてこいっ」

 まあ、そうね──そう香取は呟くと、

 

「アンタたち二人は麓郎・雄太どっちも仕留めたら勝ち。こっち側はどっちか仕留めたら勝ち。このくらいのハンデはやった方がいいかもね」

 

 さ、と香取は呟く。

「アタシは審判をしてあげるから。──精々頑張りなさい」


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