彼方のボーダーライン 作:丸米
こんな感じになっているかもしれない。
記憶が入り混じる。
「……」
砕かれていく人格から見える、砕かれた世界が。
妄執の中に囚われた人間の、歪んだ視座が。
ぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐる。
「……上等、上等」
覚悟の上だ。
記憶が入り混じろうが、関係はない。
それがアタシの力になるのなら。
クソみたいな奴のクソみたいな記憶だって受け入れてやる。
いいじゃないか別に。アタシの記憶なんてさ。本当、どうでもいい。
──アタシは、ただの器。
──大願を果たす為に、目的を詰め込まれただけの、器。
「……大丈夫? 加山ちゃん」
「うっす。那須先輩。大丈夫」
この程度乗り越えられずして──己の大望が果たせるはずもなし。
※
異様なまでに手触りのある記憶だった。
人格が壊れ見るもの全てを壊さざるをえなくなる。
衝動が理性を飲み込み、人格を溶かしていく。
くっきり浮き上がる、憎悪の感情。
混じる。
あの時感じたものが。
あの時失ったものが。
浮かび上がって、混じっていく。
──あの人を殺した事象が憎い。
──俺を殺したアイツ等が憎い。
混じり合い、だがその果てに残る結論は。
──殺してやる。
同じ。
※
暴風雨の最中、氾濫する河川を背後に。
二人の女。
鈴鳴第一の来馬は雨と共に降り落ちるハウンドを上空から受けると共に──その左右から、バイパーが挟み込まれる。
「これが──加山君が入った那須隊に加わった新しい連携ですね」
ランク戦、ラウンド2
解説席に座るは、嵐山准と米屋陽介。
「火力出にくい射手のポジションでエース張ってた那須さんの弱点を、加山がキッチリ埋めた感じだな」
「そう。ハウンドの面攻撃で、相手の意識とシールドを上に向けさせてそこから那須さんがバイパーの軌道を引く連携が非常に強力ですね。特に那須隊長はリアルタイムでのバイパーの軌道調整が可能な数少ない射手ですので。あの連携は中々対策が難しいでしょう」
那須隊に新規加入した加山は、元々はエスクード・ダミービーコンを併用する特殊な戦い方をする隊員であったが──
「大規模侵攻の後、明らかに戦い方が変わっちまったなぁ、加山」
米屋はそう呟いた。
※
鈴鳴第一・玉狛第二・那須隊の三つ巴戦は、暴風雨の河川敷ステージより始まった。
氾濫した河川により二分されスタートしたこの戦いは。橋が玉狛第二の狙撃手である雨取千佳のアイビスの放射により落とされた事で──完全にマップが分かたれる形となった。
河川で分かたれた二つの居所。
那須隊は加山と那須、そして熊谷と日浦がそれぞれ分かたれる形となった。
その後の戦いの中──
「やるじゃないか、三雲くん」
現在。玉狛第二が3点。鈴鳴第一が2点。那須隊が2点。
残るは、遊真・加山・村上の三人となった。
川向こうでは、空閑遊真が熊谷・日浦ペアを仕留め。
そして鈴鳴の狙撃手、別役太一は雨取千佳の狙撃により潜伏していた建物を崩され三雲修のアステロイドに貫かれた。
那須と加山は鈴鳴の来馬を討ち取り、雨取千佳を討ち取りに向かう。
その道中。修は太一を仕留めた地点から村上の位置を経由するように千佳の位置にまで移動し──自身の命と引き換えに、村上と那須隊をぶつけた。
その後那須と別れ加山は雨取を討ち取ったものの──村上の猛攻に耐えられず那須は緊急脱出。
暴風雨の中の潰し合い。
それぞれの部隊で、一人ずつが残る。
──暴風雨の環境の中好き勝手できる雨取ちゃんをさっさと仕留めようとしていたこちらの心理を読まれていたか。
そして。
村上鋼と、加山が対峙する。
「……」
──さてさて。
──これでアタシは一人になった。
「やあやあ村上先輩」
「随分と──動きが良くなったな。加山」
「色々経験しましたからねぇ」
「もう、本来の戦い方は捨てたのか?」
「はい。──もう、いいんです」
──今。自らの中に。
──蠢く者がいる。
「──来いよエネドラ。好きにしていいぞ」
己の力量と性質に向き合い積み重ねてきたもの。
その中に。
呪いが、入り込んだ。
「おう。──好きにさせてもらうぜ、メス猿」
塗り潰される。
認識という認識が。
今眼前にある村上という存在は、自分にとって頼りがいのある先輩などではなく。
──ただ、己の力で叩き潰すための生贄でしかない。
そういう存在へと、認識が塗りつぶされていく。
「まあ、口数は減らしておいてやるよ。俺としても出来るだけ怪しまれたくはねぇからな。感謝しろよ」
加山の表情に、著しい変化が現れる。
嗜虐を好む歪んだ笑みが。
加山には有り得ない、別人の如き何者かの表情が。
「……」
別人のような誰かは、周囲にハウンドキューブを身に纏わせながら村上と向かい合う。
「あのチビがこっちに来る前に──片付けておくか」
※
現在。
川向こうから砕けた橋の支柱を迂回し遊真が向かってきている。
現状──得点で負けている鈴鳴と那須隊は、不利状況に置かれている。
このまま村上と加山が潰し合い、漁夫の利を遊真が取る。玉狛はそうして生存点まで稼いでこの勝負を勝つつもりなのだろう。
男と、女の姿をした何者かが向かい合う。
この場で勝利した者が──遊真と戦う事となる。
「……」
笑みと共に。
ハウンドが射出される。
左右を軸とした速いハウンドと、上空に打ち上げた遅めの速度のハウンド。
村上は打ち出されたハウンドの軌道を一瞥し、左方から来る弾丸に向けレイガストを正方へ構え、スラスターを起動。
弾丸を打ち消しながら弾雨を逃れると共に。加山へ斬りかかる。
だが。
撃ち終わりと共にトリガーを即座に切り替えた加山は、その手にスコーピオンを持ち村上の斬撃へ身を躍らせる。
一太刀を見切り、二太刀が来るよりも前にスコーピオンを肉体から切り離し村上へ投擲。
レイガストにてスコーピオンが防がれるとともに。
加山は背後に、ハウンドの弾帯を形成する。
──こんな原始的なトリガー。使いこなせない方が難しい。
かつて。
かつては。こんなものではなかった。
流動するトリガーを時に固形化し。時に液状化させ。時に空気に溶け込ませ。己の肉体へ巡らせ供給器官を複製し。
かつては、トリオンを形状変化させ戦う黒トリガーの使い手であった。
それに比べれば。
4×2のトリガーから二つを選び出す行為など、児戯に等しい。
何ら負担にもなりはしない。
「く……!」
──トリガーの切り替えの速度が異常に速い。それに。
己に降りかかるハウンドは。
誘導率と速度・威力がバラバラに向かってくる。
──弾丸がそれぞれ緩急をつけながらこちらに向かってくる。
緩く、威力のある弾丸を視界に収めさせるとともに。
誘導率を弄った速度のある弾が死角から降り注いでいく。
「鋼君! 後ろから来ている!」
オペレーターの支援があって、ようやく凌ぎ切れる。
──トリガーの切り替えの速さだけじゃない。射手トリガーの調整までも瞬時に行なっている。
弧月とレイガストを基本線とする村上の戦闘においては、緩急をつけての射撃戦で仕掛ける方がいい、と。そう判断していた。
対応力が高い駒ならば。
対応力の限界まで、質量で押していく。
「近づけさせねぇぞ」
多少削られる事を覚悟の上でレイガストでの急発進で間合いを詰めんとする村上。
その足下から──スゴーピオンが生え出る。
──
スゴーピオンを地中に潜らせ、死角より攻撃を放つ技巧。
それが村上の足下より急襲し、足先を削る。
「足が削れちまったなぁ」
ただでさえ中距離戦にて不利を負ってしまっているというのに。
ここで機動力すら削られてしまうとあらば──勝ちの目が一気に削られてしまう事となる。
「──とどめだぜ」
もぐら爪の攻撃に一瞬足を止めた村上に。
加山はハウンドを生成し、放つ。
──その瞬間。
──新しいトリオン反応が生まれると同時。村上の正面にシールドが挟まれる。
背後より。
空閑遊真が──村上の供給器官を貫いていた。
「……」
「チっ。邪魔が入ったか」
見事──村上と加山との戦いの間に入り、漁夫の利を取った空閑遊真の姿があった。
「──カヤマ、でいいのかな?」
「あ〜? 見りゃわかんねぇのか? どっからどう見てもあのメス猿だろうよ」
けけけ。
悪意と邪気が篭った笑い声を、加山らしき人物が上げている。
その口元。
遊真の視点から──もくもくと煙が上がっている。
「お前は誰だ?」
「教える義理はねぇな。後からあのメス猿にでも聞けばいいだろ」
「成程ね」
遊真は訝しみながらも──即座に気持ちを切り替え、向かい合う。
「なら。ここで仕留めさせてもらうよ」
「やってみろチビ猿」
形成されたハウンドの弾雨の間を、白髪の少年が縫っていく。
光刃が交差する中。──遊真は、加山のものではなくなった、得体のしれない何者かの笑みをジッと見ていた。
※
──捨てる。
エネドラの記憶を己に内包した事を知り。
加山は決意した。
──アタシの戦い方に拘るよりも、ここは新しく手に入れた力を有効利用する方が手っ取り早い。
「──それでいいでしょ?」
己の脳内に居つく、別の記憶と。別の誰かに語り掛ける。
「役割分担ってやつよ。──アンタは一人で好きに暴れられる時に出て来ればいい。アタシは、前座に収まる」
──自分は、器でいい。
──目的を果たす為の、名前のついた肉袋でいい。
──その為ならば、この人格すらもどうでもいい。
「──アタシに力を貸せ。エネドラ」
かつて聡明だった男。
かつて黒トリガーを操り、軍事国家のエリートとしての道を歩んでいた男。
その代償に脳が壊れ、人格が壊れ、理性が壊れ、そして──その命そのものを打ち棄てられた、男。その残骸。残骸からまた息を吹き返した人格もどき。
いい。
こんなものでも、いい。
己などよりも、ずっと上等だ。ずっと役に立つ。
──精々。アタシが死ぬまで使い倒させてもらうわよ。エネドラ──
──殺す。絶対に殺す。テメェ等全員、一人残らずぶっ殺してやる。
強烈な意思。
果てのない憎悪。
かつて持っていたような気もする、そんな代物。
それをただただ──憧憬のような感慨と、冷めた感情で、見つめ続けた。
──利害は一致した。
目的の為に滅ぼすか。
憎悪の為に滅ぼすか。
どちらでもいい。
過程などどうでもいい。
求める結果が一致しているならば、それだけで構わない。
──この道を、アタシは歩み続ける。