彼方のボーダーライン   作:丸米

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輝ける白銀色は、あまりにも眩しく

 いつだっただろうか。

 衝撃を受けた覚えがある。

 あれは確か。

 何かの記者会見だったと思う。

 あの時。

 嵐山准と柿崎国治が、二人してマスコミの前で何かしらの記者会見を行っていた。

 

 その時の嵐山とマスコミの問答が。

 

 その時。

 嵐山は第一に家族の安全を優先して確認し、その後市民の安全の為に戦うと。そう彼は言っていた。

 その時。

 市民よりも家族の安全を優先するのか──といった質問がマスコミ側から飛んできた。

 正直、なんて質問だと思った。

 ボーダーは民間組織だ。国からの援助を受けて成り立っている組織ではない。近界民を倒し、市民を守る事が目的の集団であるが、そこに公益性はない。隊員が命の順序を付けることをボーダーが容認しているならば、それを非難する資格が外部にあるわけがない。

 だが、そんな意地の悪い質問に、──嵐山は浮かべた笑顔を崩さぬまま、言い放った。

 

 ──家族が無事なら、後は思いっきり最後まで戦えると思います。

 

 最後とは? 

 最後とは何なのだ? 

 戦いにおける最後、とは。

 死だ。

 死以外の何物でもない。

 この年端もいかない少年が。

 死すらもあっけらかんと受け入れ、そんな言葉を放ったのだから。

 

 その事が解ったのだろう。マスコミはおろか、隣に立つ柿崎の表情すら若干驚きを隠せずにいたと思う。

 嵐山のその声に、一切の色の変化はなかった。

 あれは。

 彼が心の底から放っている本心なのだろう。

 本心から言っていることが。

 恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかった。

 

 何故恐ろしかったのか。

 アレは。自分と、自分の父親が目を背けていた現実の全てを内包している人間だからだ。

 息子の為に信念を捻じ曲げ死んだ父親。

 自分の身を犠牲にしても近界を滅ぼしたいと思っている自分。

 

 家族を守る事。そして市民を守る事。この二つを信念として提示して、そしてそこに自分の命を懸けることに何一つ疑問に思っていないその在り方。

 色々と、考えてしまうのだ。

 嵐山は。市民を犠牲にせねば家族が助けられない状況になれば、父のように葛藤を覚えないのだろうか、とか。

 そうして嵐山が死んでしまえば、残された家族はどう思うのだろうか、とか。

 何一つ疑問に思わず、あの解答が出来た嵐山が──加山は心の底から恐ろしいと思った。

 

 そう考えれば。

 自分は幸せなのかもしれない。

 だって。

 守るものなんて何一つない。

 自分の命が犠牲になって、誰かの人生が大きく左右される事もない。

 だって。

 皆死んでしまったし。

 

 その時だったと思う。

 加山雄吾が、ボーダーに入ろうと決意したのは。

 かつては。

 単独で近界に向かえる方法がないかを模索していた時もあった。

 自暴自棄になって。

 周りの人間の目があまりにも怖くて。

 こんな状況にした近界の連中に、毒ガスでも致死性のウィルスでも散布して自分諸共死んでやろうかとか。

 そんな事を、考えたこともある。

 でもそれじゃあダメだ。

 そんなことして何の意味がある。

 そうじゃない。

 折角。

 折角、誰からも必要とされない命がここに在るのだから。

 その癖、あの地獄から生き残ってしまった命があるのだから。

 最大限生かし、最大限殺す生き方をしなければならない。

 この世界には、誰かから必要とされている人たちがいて。

 あの世界には、この世界の為に死んでもらわないといけない人間がいる。

 だから。

 だから。

 真っ先に犠牲にすべきは、──嵐山ではなく、自分なのだと。

 そう、強く自覚できた。

 

 

 さあどうする、と若村と三浦は相談する。

 

「──多分、加山がエスクードとハウンドで援護しつつ、帯島が俺達に斬りかかるって形になると思う」

「僕等の勝利条件は、──情けないけど、実質帯島さんを落とせるかどうかって所になるんだね」

 香取がハンデを与えたのも、それを期待しているからだろう。

 仮に弓場隊で対加山・帯島との戦闘になった時──せめて二人がかりで帯島だけは落とせるようになってくれ、と。

 加山の援護を受けた帯島を、二人がかりで仕留められるか。

 それが、今回の訓練の課題だ。

 

 

「帯島。今回俺は後方支援に徹するから、前衛よろしく」

「ッス!」

「俺は基本的にあの二人を分断するようにエスクードを配置していくから、好きな方を選んで仕留めて下さいな。残りを俺がハウンドで足止めしとくから。今回藤丸さんいないんで、配置を事前に伝えることはできないから、ある程度お前と距離を取ってエスクード配置する。まあ、自由に使ってくれ」

「了解!」

「今回、俺はお前の指示に従う。何かしてほしければいつでも言ってな」

「えっと......いいんですか?」

「いいのよ。後衛は前衛がやりたいようにやらせるためにあるから。これも、お前を理解する為に必要な工程だからさ」

 

 連携とは。

 結局のところ味方の思考をどれだけ理解できているかによってその練度が変わってくる。

 相手が望む行動をどれだけ素早く行使できるか。

 加山は、攻撃手がやりたい環境を作り、支援する役割の駒だ。

 ひとまず。帯島がどういう思考をして動いているのかを把握する必要がある。

 

「それじゃあ、はじめ」

 緩い感じに香取が宣言すると同時。

 先に動いたのは帯島であった。

 動くと同時、加山はエスクードを展開する。

 

 展開していくエスクードを前に、若村が三浦の斜め後ろに、そして三浦が若干体軸を正面ではなく、少々側面にずらした位置取りで陣形を引いている。

 恐らくは、エスクードを展開されると同時に、すぐに旋空を浴びせ、分断を防ぐためだろう。

 

「──加山先輩」

「どうした?」

「分断は考えなくていいッス。その分、自分の前にエスクードを多く展開してください」

 

 了解、と加山は呟き。

 帯島の前に三枚ばかりのエスクードを展開する。

 

 そしてその後ろ姿を見ながら。

 狙いが、理解できた。

 

 ──成程。

 帯島は。

 エスクードの後ろに、射手トリガーであるハウンドを生成・分割し──置く。

 

 すると帯島は──今にもエスクードを斬らんとする三浦に斬りかかる。

 

「麓郎君!」

「解ってる!」

 斬りかかり、斬り結び、剣戟が鳴り響くその時。若村は帯島に銃口を向ける。

 それを見越してか。若村に、加山からのハウンドが襲い掛かる。

 

「ぐ.....!」

 ハウンドをシールドで防ぐ、その瞬間。

 エスクードが一つ消滅する。

 その先には。

 

「な.......!」

 帯島が置いた、ハウンドがある。

 

「ハウンド」

 そう帯島が呟くと同時。

 

 それが、若村・三浦の双方に襲い掛かる。

 三浦はバックステップと共にハウンドをシールドで防ぎ、若村は加山のハウンドへの対処でシールドを使用していたため、まともに腹部に食らう。

 

 加山はその瞬間に帯島の左手側にエスクードを展開する。

 若村の銃弾がエスクードに防がれるのを視認すると、加山は帯島の斜め後ろに移動しつつトリガーを拳銃に切り替え、数発撃つ。

 弾丸への対処の為サイドにステップした三浦に旋空を浴びせ、緊急脱出させる。

 

 その後。

 

「く.......!」

 加山のハウンドと帯島のハウンドが、若村の頭上に降り注いだ。

 

 

 その後。

「なっさけない、二人とも」

 審判をしていた香取は一つ息を吐き、そう呟いた。

 

「まあでも、一本は取れたから許す」

 

 十本勝負し、崩せたのは一本のみ。

 帯島のハウンドが射出タイミングを誤った隙をつき若村が取った一本。

 それのみ。

 

「すみません。最後にミスしたッス」

「まあ、最初の連携訓練と考えれば上出来じゃないかね」

 

 帯島は。

 思った以上に強かだ。

 そう加山は思った。

 動きが軽快で防御が上手いのは勿論のことだが──射手トリガーの使い方が上手い。

 

 若村を牽制し援護を封じ込めた上で三浦との斬りあいを選択する。

 加山のハウンドで防御の隙が出来た相手に、追加でアステロイドを使用する。

 

 といったように。

 牽制や、相手の防御を崩す目的で積極的に使用しているように感じる。

 この使い方であるならば。

 エスクードの影に置き弾を隠すという使い方が非常に有効となる。

 

 ──恐らく、加山の加入が決まった瞬間からこの連携を帯島は考えていたのだろう。

 

 その辺りも含めて。

 強かだ、と考えた。

 

 割とこれは──例えば弓場と組み合わせて連携をしても面白そうだと加山は感じた。

 

「──今日は付き合ってもらってありがとう」

「ありがとうね。本当に助かったよ」

 そう若村と三浦は──背後から浴びせられる香取の不平不満を背中に受けながら、それでも礼を一つ言うと、彼女を宥めにかかっていた。

 

「──帯島。今回香取の戦いをどう見た?」

「──凄く強かったッス」

「いや。ほんと。アレは参った」

 今の香取は。

 A級でも十分に得点源となれるだけの実力を持っていた。

 動きに無駄が無くなり、周囲もよく見えている。周囲が見えている分だけ、立ち回りや駆け引きも以前とは比べられないほどに成長している。

 まだ粗がない事もない。だがその粗は、圧倒的攻撃力に転嫁できる粗さだ。

 

「まあチームとしては危惧すべきなんだろうけど。──最後にゃ味方だ。心強い味方が増えるのはいい事だ」

「......そう言えるのは、本当に尊敬するッス」

 そう帯島に声をかけられた瞬間、加山は──急激に腹が減ってきた。

「さて、昼めし食いに行くわ」

「あ、加山先輩もお昼ですか?」

「おう。これから食堂行くけど、どう?」

「お供するッス」

 

 で。

 

 加山は弁当片手に食堂の席に着き、帯島は食券を購入しゴボウ天ぷらそばを持ってくる。

 

 そして──加山の弁当箱には。

 

「......」

「.......どうした、帯島」

「あの、加山先輩。これ、なんですか.....?」

 

 本日の、加山☆メニュー

 

 ①へたれたレタス

 ②つくしの炒め物

 ③人参スティック

 

 以上。

 帯島の問いかけに、加山は憮然とした表情で答える。

 

「昼飯だ」

「あの。よければゴボウの天ぷら少し差し上げま」

「ありがたいが、後輩から恵んでもらうのはあまりにも気が引ける。気にするな。割とうまいんだ」

 全部の台詞を言い終える前に、加山は帯島にそう断りを入れた。

 ふふ。

 大丈夫だ。

 栄養バランスも何もかも知った事ではない。

 腹が満たされればそれでいいのだ。

 

「いいか帯島。──こんなのになっちゃダメだぞ」

「ダメだというなら、まず加山先輩に変わって欲しいッス.....!」

「勿体ない精神の化物だ。金も食い物も時間もすべて有限だぜ帯島」

 

 後に。

 この食生活を目の当たりにした弓場に無理やりに飯屋に連れて行かれるのは、また別の話。

 


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