彼方のボーダーライン 作:丸米
「──あの時はすまなかったな、加山」
「いえいえ。優秀だと無茶振りされて大変ですね、東さん」
加山は
以前と同じように、東と隊室で話をしていた。
「ぶっちゃけ、東さん。あの時本気を出してました?」
「本気だったぞ。ただ、俺は俺の役割を果たしただけだ。俺が指揮官の太刀川から与えられた仕事は迅の足止めと部隊のかく乱だったからな。その役割に全力を尽くしただけだ」
「そこなんですよね。俺が疑問に思ったの」
「疑問?」
「何で、城戸司令は東さんを指揮官にしなかったのかなって」
加山の失策により、東という手札を手に入れた城戸。
しかし、何故に東を指揮官にしなかったのか。
加山は、あの争奪戦の後にずっと考えていた。
城戸が、迅の立ち位置・スタンスを理解した上で──あの任務を迅が妨害する事を想定していない訳がないと。
ならば。
黒トリガーを持った迅に最も対抗できるであろう太刀川に指揮権を与えた理由は何だろうか、と。
太刀川が十分に指揮ができることは理解している。
だが、あの争奪戦の太刀川の一連の動きを見てみると、やはり指揮官としての動きを最優先していたように思う。
迅の足止め。そして迅と分断した他部隊へ向かった動き。
私情を優先しないその動きに感心しながらも──やはり、思う事はある。
もしも他の人間が指揮を執って。
太刀川を迅の討伐の為だけに動かすことが出来たならば。
もっと、太刀川はその力を発揮できたのではないかと。
「俺が城戸司令の派閥ではない、というのもあるのだろうが.....」
「が?」
「別段、あの時の城戸司令は絶対に任務を成功させなければならないとは考えていなかったのではないか──と俺は思っている」
ふむん、と加山は呟く。
「よろしければ、根拠を教えてもらってもいいですか?」
「加山。お前は俺に相談し、上層部の根回しを依頼したことを悪手だと思っているようだが。別にそれは何も間違ってはいない。根回しは、顔の広い人間を利用する方が効率的だ」
「......」
「ただ──何をもって合理的とするかは、人によって異なるんだ。加山」
東は微笑む。
「お前は純粋な功利を求めていったつもりだったんだろうがな。それもやっぱりお前の中の合理性の基準に基づいた行動なんだよ。『ボーダーの戦力向上と情報優位の確立』がお前の中の合理基準なら、城戸司令は『組織の継続運営』を基準としていた」
「.......成程」
何となしに、東が言おうとしていることを加山は感づいた。
「城戸司令にとって、この争奪戦はどうあれ起こさなければならなかった......という事なんですね」
「そういう事だ。この争いが発生したことで、迅の譲歩を引き出し、支部間のパワーバランスの問題は解決できた。そして、城戸司令派の人間たちも、任務を失敗した手前空閑がボーダーに入隊する事に対して強くも言えない。この手続きを踏んだ上で、戦力も向上させ情報も手に入れる。これこそが、城戸司令の合理性を満たすには必要な事だった」
だから、と東は続ける。
「城戸司令は迅の妨害も想定した上で、あの作戦を行ったんだと思っている。派閥の外にいる俺に指揮官をやらせて、俺の不興を買わせてまで何が何でも成功させなければならなかった作戦ではなかったんだろう」
成程、と。
加山は思った。
組織運営をする上では、ただただ利益を追い求めて行けばいいという訳ではない。
人を動かす以上。
その人に対する感情もまた、考慮しなければならない。
敵を引き入れる事。
そこから発生する忌避感。それは敵意があるとかないとか、そういう次元で考えるべき事項ではなかった。
城戸はそこを想定し、
加山は想定できなかった。
確かに、不正解ではないある意味では正しいのだろう。加山の中の合理性を満たすかどうか、という部分であるならば正解だった。
だが──その中に、他人の価値基準を推し量るという行為が含まれなかった、という意味で。それは不正解だった。
「だが。今ここにおいて空閑をボーダーに引き入れるという、お前が望む結果を手に入れたじゃないか。それにお前はそれとはまた別の利益を手に入れた」
「利益?」
「ああ。──城戸司令という人間の思考を学ぶことが出来た。望む結果を手に入れて、その上で司令の考え方まで学べたんだ。次の交渉は、もっと上手くいくだろう」
確かに。
前向きに考えれば、そういう事かもしれない。
望む結果を得ることが出来て、苦労した分だけの利益が手に入った。
今回は、そういう風に捉えておいた方が、気持ちは楽かもしれない。
「さて、加山。──弓場隊に入ったらしいな」
「うす」
「理由は──まあ、何となく」
「義理と人情。取引における等価交換。どう捉えてもらっても結構っすよ」
「アイツはいい隊長だ。学ぶことが多いだろう。──それにお前の戦術とも相性がいいだろうしな」
「ですねぇ。──あの争奪戦における俺のダミービーコンの使い方に関して、戦評をお願いしてもいいですか?」
「よかったぞ。ちゃんとお前の意図通りになっていただろう。敵をあの区画に集めるという目的を達成していた。極秘任務中という環境を利用し、爆破を行って敵をおびき寄せる。その中で姿をくらまし、工作の時間を稼ぐためにダミービーコンを使う。使いどころもちゃんと解っていた」
「ありがとうございます」
「ダミービーコンは、結局『敵がどうしても足を踏み入れなければならない場所』の中で効果を発揮するものだ。今回はお前の爆破でその環境を作っていたようだが、ランク戦の中ではまた別の理由を作らなければならない」
「ですね.....」
今回、弓場隊は最下位からのスタートだ。点数を積極的に取らなければ上位復帰は厳しく、その為待ち伏せの戦術が採用しにくい。
ダミービーコンの威力が発揮しにくいのは確かだ。
「東さんはあの争奪戦の中で狙撃手を用いて『踏み入れなければならない区画』を使ったわけですからね」
争奪戦の中、東は狙撃手の再編成にビーコンを使い、そして自身がその中に紛れることでビーコン区画に木虎を引き入れた。
アレが、基本の使い方なのだろう。
.......その上で東は引き入れた後に、狙撃手の射線上におびき寄せる餌としても利用していたわけだが。やはりこの人は心の底からおかしいと感じた一幕でした。
「ああ。だからこれからお前がランク戦の中でビーコンを活かすにあたってカギになるのは外岡だろうな」
「ですね」
「狙撃手に、万能手に、攻撃手として運用する銃手。全員が射程を持っている構成の弓場隊は、お前のエスクードもダミービーコンもきっと活かせるだろう」
「ありがたい話です。──東さん」
「ん?」
「東さんから見て、俺が加わった弓場隊の戦力をどう評価しますか?」
「B級上位レベルなのは間違いない。今の環境でA級になれるかどうかは──お前と帯島の成長にかかっているだろうな」
「現状じゃあ、やっぱり厳しいというのが東さんの見立てなんですね」
「というより、今の環境があまりにも厳しすぎるというのが正確な所だな。二宮隊も影浦隊も本来A級だ」
「早くA級に帰れよあの人たち」
本当。
あの二隊だよ本当に。
勘弁してほしい。
「まあ愚痴を言っても仕方がない。──お互い、頑張ろうか」
「うす」
──帯島と、そして加山自身の成長。
自分はどう成長していけばいいのだろうか。
割と。自分が出来ることはやってきたつもりだったが。
その部分含めて──部隊戦の中で掴んでいくしかないのか。
何を成長させ。
どう活かすか。
自分の強みと弱み。
──見つめなおしていかないと。
弓場隊で上がると決めたのだから。
現状で足りないものは、自分が埋めて行くしかない。
頑張っていこう
※
「......あ」
「......あ」
ばったり。
東隊の隊室から出て、ブースを抜けた廊下の途中で出会った人物。
それは、
「お久しぶりです、三輪先輩」
「......加山か」
あの時の争奪戦以来の。
三輪秀次であった。
「.......加山」
「はい」
「あの時の事、別に恨んではいない。その上で、聞かせてくれ。──お前は、何故あの時近界民に味方した」
「先輩」
「......どうした」
「俺はですね。近界を全部ぶっ壊したいと思っているんです」
「.......ならば、何故」
「必要だからです。足りないからです。近界を全部壊すには、戦力も、技術も、情報も、資金も、何もかも。何もかも足りないんです。──現状のボーダーでは、まだ何もできない」
「......」
「近界民とはいえ、彼は必要な戦力で、そして情報源です。──あの時殺させるわけにはいかなかった」
「近界民を、信用するのか?」
「俺は。人を信用するかどうかは俺の目と耳だけで決めます。──日本人だろうと外国人だろうと近界民だろうと。善人もいれば悪人もいるんです。そこに違いはない」
そして、と加山は続ける。
「その上で。──近界は全部ぶっ壊すことに決めたんです」
あの時。
侵攻の地獄の中。
こちら側の人間だって、善人も悪人もいた。
人を必死になって助けようとした人もいれば──息子を助けるために拳銃を向けるような人間だっていたんだ。
そして。
恐らくこちらに侵攻してきている人間だって、悪人であるとは限らない。
やむを得ない理由があって侵攻してきているのかもしれない。自国の人間を守るために必死にやっている事なのかもしれない。
その上で。
その上でだ。
善人も悪人も関係なく。
この世界の為に。
近界には死んでもらう。
それが加山の覚悟であり、行動原理だ。
「だからあの時。俺はああいう行動をしました。空閑君は、引き入れなければならない人物だと、そう判断しました」
「.......そうか」
「すみません」
「いや。謝る事はない。──あの時のお前は、明確な意思があってああしたのだと、それが解っただけでも、十分だ」
三輪は、優しい。
本当に。
そう加山は心の底から思う。
だからなのだと思う。
許せない。
自分の大切な人を奪った理不尽を。
優しさゆえの憎悪。
それが三輪の根底であり、突き動かしている理由なのだと思う。
自分は、そうじゃない。
優しさが原理じゃない。
だから。
自分もまた自分で。
明瞭な意思の下、歩いていかなければならないと。そう思う。