彼方のボーダーライン 作:丸米
すみません,,,,,,。
墓参りって。
何の意味があるんだろうか。
よく解らないが──それでもやらなければいけない事なのだろう。
墓石に水をかけ、花を取り換えて。線香をあげて両手を合わせる。
──この行為の意味を、加山はあまり理解できない。
三門市郊外にある墓地は真新しい。
理由はとかく簡単で、四年前の侵攻で大いに荒らされてしまったらだ。
既存の墓もその大半が壊れてしまった上に、更に数千人分の墓が急遽用意せざるを得なくなってしまった。そのくせ市内の墓石業者は当時全滅してしまい、一時市外の墓石業者が三門市に多く来ていた。
加山の両親が残した遺産は全て消え去った。
家は壊れたし、残っていた資産は入っていた保険含めその全てが父が起こした事件の賠償の為消え去った。
残ったなけなしの金も──眼前の墓石を買うために消えた。
あの世なんてあるのだろうか。
地獄や天国もあるのだろうか。
あってたまるものか。
そう加山は思う。
もし。
あの侵攻が無ければ親父は信念を持った警官のまま、一生を終わらせることが出来たのだろう。
息子の命可愛さに事件なんて起こすこともなく。
懺悔の念を呪詛のように吐いてこの世を去る事もなかった。
今生きているこの世界の中で、特定の人間だけに押し付けられた理不尽。
その中で取った行動の是非を、生きている間だけでなく、死んだ後も償わなければならないのか。
何処かの世界では、理不尽なんて知らずに誰かを愛して、愛したまま一生を終えるような人間もいて。
そして、何処かには理不尽に押し込まれてくたばる人間もいて。
理不尽であろうと不運であろうと。この世の中で起こした行動についてはこの世においてその是非と責任を問われるべきだろう。
死は平等に訪れる。
ならば。
死んだ後も、平等であってくれてもいいじゃないか。
地獄なんて。
この世だけで十分だ。
そうじゃなければ、救いなんか何処にだって存在しない。
......なんて。
思っている自分が両親に祈る事なんて何があるのだろうか。
祈ることの意味があるのだろうか。
解らないが、それでも祈る。
静寂の中に響く音が以前は好きだった。
鳥のさえずりや、ひゅうと時々訪れる風音。
綺麗な色を運んでくれる音ばかりが、静かに響いていて。
でも。
こんな静寂の中で父は死んでいった。
懺悔という名の呪詛だけを息子に吐き散らして。
桶と柄杓を所定の場所に戻り、さて帰ろうかと背を向けた時。
「あ」
「.....」
そこには。
香取隊の、染井華がいた。
「久しぶりです、染井先輩」
「ええ。久しぶり、加山君」
厚手のセーターの上に紺のシンプルな上着を着込んだ彼女の手には、同じように桶と柄杓があった。
「墓参りですか」
「ええ。丁度終わったところ」
彼女も丁度同じ場所に桶と柄杓を置く。
「この前はありがとう。葉子の我儘に付き合ってもらったみたいで」
「こちらこそ。帯島と俺の連携の訓練でもありましたし。ありがたかったですよ」
「──それで」
「はい?」
「加山君の目から見て。──葉子は変わった?」
「いや、もうびっくりでしたよ」
変わった、なんてものじゃない。
以前に存在した香取葉子とは、全くの別物だった。
「ごめんなさい。──私は、貴方が書いてくれたノートの写しを、あの子に見せたの」
「だから怒ってたんすね、香取先輩」
「怒ってたんだ」
「はい」
今にも血管がブチ切れそうな表情でしたとも。ええ。
「香取先輩言っていましたよ。──染井先輩に助けられたから、上に上がらなきゃいけないって」
「そう.....」
その言葉を聞くと。
染井華は、何やら複雑な表情を浮かべる。
複雑、というのは。喜怒哀楽の中で、喜と哀の両側面がありそうな──優しい目元でありながら、渋面を作るという表情を浮かべていたから。
「──あの子は」
彼女は桶と柄杓を所定の場所に戻し、身を翻し、そして墓地の出口へと歩きながら、言葉を紡ぐ。
自然と、加山もまた彼女の歩調に合わせ、同じ方向へと歩き出す。
「はい?」
「私の、昔からの友達だったの。家が隣同士で」
「成程」
「侵攻の時に──瓦礫に埋もれていたあの子を、助けたの」
そう言うと、彼女は少し沈黙して
「自分の親は、見捨てて」
と。
そう言って。
彼女は歩く。
歩き続ける。
「.....」
「ごめんなさい。こんな話をして。──でも。加山君に、一つだけ聞きたいことがあったから」
「聞きたい事、ですか」
「うん。加山君のお父さんについて。色々噂が流れているじゃない」
「ああ。──ほとんど正しいですよ。俺の親父は、俺を助けるために犯罪を犯しました」
そう言うと。
染井華は、表情を変えずに。
いや。
表情を変えないよう、強張らせて、更に加山に尋ねる。
「加山君は以前。生き残った責任があるって、そう言っていたと思う」
「はい」
「なら。教えて。──私はあの時。葉子を助けるために、助かる可能性の低い自分の両親を、見殺しにした」
「.....」
「葉子には。どんな責任がある?」
きっと。
彼女は──こう言いたいのだろう。
加山の父親と。
染井華。
どちらも──誰かを助けるために、誰かを犠牲にした。
「──加山君が生き残った責任があるなら、あの子にも助けられた責任があると、そう思う?」
「それは.....」
「私は。自分の両親を忘れない事で、せめてもの責任を取るつもり。でもね。私が葉子を助けて、あの子に願う事は──幸せに生きてほしい。それだけしかないの。自分の両親の命を十字架代わりに背負ってほしいなんて、これっぽっちも思わない。これは推測でしかないけど──きっと、加山君のお父さんもそう願っていたと、思う」
「.....」
その時に浮かべた表情を、彼女は後ろを歩く加山に振り返って少しだけ見る。
「──私が言いたかったのは。どんな人間でも、選択肢は幾つもあるって事なの」
「選択肢、ですか」
「うん。──君は。君を責め続ける人の願いの為に生きる事も、父親の最後の思いを叶えるために生きる事も、自分の幸せを願って生きる事も、出来る」
何のために生きるのか。
その選択肢。
今まで──加山は考えたこともなかった。
「ボーダーには。君に幸せになってもらいたいって、思っている人もたくさんいる」
歩き続ける中、墓地の出口が見えてくる。
彼女は少し歩調を抑えながら、言葉を紡いでいく。
「私は。勿論あの時の事があってボーダーに入ったけど。友達は好きだし、心の底からカッコいいと思っている人もいて、充実した毎日を過ごしている。罪悪感もあるけど。それでも──日々を楽しいと思って、生きているの。それっていけない事?」
「いけない訳ないです」
「でもね。加山君を見ていると、いけないと思う事があるの」
墓地の外に出ると、彼女は加山と反対側に身体を翻す。
「──加山君が誰かの為に何かをしているように。誰かもまた加山君の為に何かしてあげたい、って思う人もいるの。加山君を責め立てる人と同じくらい」
だから、
「その声に──目を背けないであげて」
※
それから。
彼は染井華と離れ、居候先の家に帰る。
小声でただいまを呟き、半分物置と化している自室へ向かう。
染井先輩。
俺は、目を背けちゃいないです。
解っています。
人の残酷さも。
同じだけある、人の優しさも。
この家にいれる事も、誰かの優しさがあったからだ。
ボーダーの面々の優しさも、理解できている。
三輪先輩は俺に気を遣ってか、本来柄にもないであろうに話しかけてくれる。
迅さんや、忍田本部長、鬼怒田室長も俺の将来を心配してくれている。
弓場隊長は俺の助けに応えて、そしてチームに引き入れてくれた。
解る。
解っているんだ。
自分がどれだけの善意に囲まれているかが。
でも。
そこで感じるものは。
一番に申し訳なさが来る。
申し訳ない、としか。
そう思えない人間になってしまったんだ。
それが目を背けているというなら、そうなのかもしれない。
だが。
その感覚がつきまとっている自分の心の在り方を、じゃあどうすればいいのだ。
選択肢があると、染井華は言っていた。
違う。
ないんだ。
自分の前には、もう自分の幸せを願う心が、とうに無くなっている。
あの日に。
もう死んでしまったんだ。
だから、染井先輩。
貴方は、貴方のまま幸せになってください。
何も気にせずに。
自分が選択した道を信じて。
好きな人の事を想って。
自分の幸せも、香取先輩の幸せも願って。
そうあって欲しい。
そして。
そして、自分は。
自分の命が、誰かの幸せの糧になったと。
そう思えながら死ぬことが出来れば。
その時に──この感覚から、解放されると思うんです。
「.....」
今。
彼の眼前には様々に積まれたノートブックがある。
C級時代から書き溜め、今やもう三桁の大台に乗ろうかという勢いだ。
これから。
自分は弓場隊に所属し、A級に上がらなければならない。
そして。
遠征部隊に選ばれなければならない。
その為には。
自分もまた成長していかなければならない。
「雄吾君」
部屋の中、また机の上で作業をしている中。
叔父の声が聞こえた。
「少しいいかな?」
「はい」
叔父は、──紙切れを一つ、見せる。
「雄吾君は高校進学しないで、働くといっていたね」
「はい。──そのはずだったんですけど」
「ボーダー提携校の通知書が、来ていたから」
叔父は、震える声で呟く。
「まだ......ここにいるつもりかね?」
「いえ。ボーダーが貸し出してくれる寮にいくつもりです。進学しようが、しまいが。中学卒業してからは、叔父さんに迷惑をかけるつもりはないです」
「そ、そうか」
学生を続けるならば、もしかすればまだ加山が居座るつもりがあるかどうかを心配したのだろう。
その返答に、明らかに叔父はホッと一息つく。
「......高校行くのかよ」
思い切り顔を顰めた従弟が、ぼそりと叔父の背後から呟く。
「何だよ、働くってのは口だけかよ。いっちょ前に学校なんか行きやがって」
「おい」
叔父が弱々しく従弟にそう声をかけると、一つ舌打ちをして自分の部屋に向かって行った。
こういう事だ。
こういう事、なんです。
俺は。
俺が生きてしまった事で不幸になってしまった人たちから目を背けることが出来ない。
そういう人間なのだ。