彼方のボーダーライン   作:丸米

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全部シリアス。
しかも加山の自分語り。
許してちょ


その身に内在する色は、もう

 俺は。

 いつからこうなったのだろう。

 

 最初の一人称は確か「僕」で。

 親父が死んでから「俺」となった。

 

「僕」という一人称からなる音の響きは、人を包むような柔らかな色合いで。

「俺」という一人称は、自分を押し出すような強く硬い色合いがある。

 

 

 自分はどんな子供だったっけ。

 思い出す。

 確か。

 音が聞こえるたびに、一々ビクついていた子供だったような気がする。

 柔らかくて優しい色合いを運んでくる音が好きで。

 突如として襲い掛かる激しい色合いを運ぶ音が苦手で。

 

 静寂が好きで。

 自然と一人が好きになっていって。

 人付き合いも好きだけど。

 悪意ある人間が放つ人の音が苦手で。

 自然と、内向的になっていった。

 

 音にびくびくする性質を逆手に取られて嫌がらせも受けた。

 それでも、それで何かをしようとは思えなかった。

 そこで自分が反撃して。

 相手が恐怖に身震いするような声が聞こえてきたら。

 その音が運ぶ、じめりとした昏い音が、何よりも怖かったから。

 

 人が怯える声。苦しむ声。

 そこから運ばれてくる色。

 嫌いだった。

 何よりも嫌いだった。

 

 それを優しさというかはわからない。

 単純に臆病だったのだと思う。

 

 嫌がらせを受けた所で。

 俺は特段、傷つくこともなかった。

 それよりも恐ろしいものを知っていたから。

 何よりも嫌なものを、知っていたから。

 

 調和されたメロディーを運んでくる音楽は。

 普段怖く感じる色合いすらしっかりと肉付けし、耳朶に運んでくる。

 普段自分が目を逸らしている、暗く激しい色も。

 向き合わせてくれる。

 

 人は好きだった。

 色んな色彩を見せてくれる人々が。とても好きだった。

 だが。

 自分はどうも、暗い色彩を多く見せられる人間だったようで。

 ならば仕方がない、と思った。

 愛する静寂の中に自分を置き。

 人付き合いを出来るだけ避けて。

 そういう風に、生きていくのが自分の人生なのだと。

 何処か達観──というよりかは、諦めていたのだと思う。

 

 諦めが早く。

 特段の情熱や、才能とか。

 そういうものもなく。

 自然に作られた殻の中に自分を置いて。

 生きているばかり。

 

 音に宿る色彩。

 特殊な感覚から生み出された感受性の中。

 ちょっとだけ、殻を作ってしまった人間。

 

 それがかつての俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて。

 かつて──そう。かつて。

 あの時。

 化物が行進し町を破壊したあの日から、何かが変わってしまった。

 

 

 家屋が壊れて。

 隣には自分を庇って死んだ母親の死体。

 身動きが取れない中。

 響く。

 響き続ける。

 自分が大嫌いだった音。

 恐怖に劈く音。

 死に怯える声。

 断末魔。

 破壊音。

 怒号。

 悲鳴。

 

 混じっていく。

 音が混じっていく。

 

 コンクリが砕かれ家屋が崩れ、化物が侵攻する音と共に。

 恐怖に泣き出す女子供の声。

 逃げ惑う男たちの叫び声とか。

 囂々と燃え盛る炎の音とか。

 

 混じる。

 混じっていく。

 嫌いな音と嫌いな音と嫌いな音と嫌いな音とが

 混じる。

 混じっていく。

 

 混じる中。

 見たこともない色が見えていく。

 

 あらゆる音が乱暴に叩き付けられ混じり合うその色は。

 どす黒い。

 あらゆる色が混じり合う先に存在する色は、黒と相場が決まっている。

 沼底を攫ったような、昏く恐ろし気な黒。

 

 そして。

 知った。

 

 ──ああ、これが「死」の色なのだろうな、って。

 

 

 

 

 

 

 

 正確に言えば。

 親父は間違いなく罪を犯した「罪人」ではあるが刑法上の「犯罪人」ではない。

 理由は簡単で。

 裁判にかけられる前に死んでしまったからだ。

 

 とはいえ。

 親父が発砲し怪我した市民やマーケットからの損害賠償は当然発生したし、その支払いの為に資産という資産が消えていった。

 

 まあ。

 民法上の責任はしっかりと追及されて裁判記録にしっかりと残る事になってしまった訳で。

 

 実質上、親父は犯罪者となった訳である。

 

 しかし。

 死んでしまったのだ。

 

 責任を取るべき人間が消え。

 その親族だけが残されれば。

 どうなるか。

 よく理解できた。

 

 親戚累々全てが敵に回った。

 犯罪者が身内から出てしまった。恥だ。近づくな。顔も見たくない。消えてくれ。

 全て直接に叩き付けられた言葉だった。

 ──怒りと失望。そんな言葉。

 

 周囲の目も変わっていった。

 あら。加山さんち半壊しているのにどうしたのかしら。ああアレは差し押さえられてるのよ。加山さんの所のお父さん、息子さん助けるために発砲しちゃったんだって。賠償金の支払いの為に土地も売却するんですって。あらあら可哀そうに。侵攻受けた所の土地なんて二束三文にしかならないでしょうに。まあ仕方ないわね。──あらあの子息子さんかしら。可哀そうにねぇ。

 ──憐れみと侮蔑。そんな言葉。

 

 叔父は。

 親父と仲が良かった。

 子供のころから仲がいい兄弟で、俺にも良くしてくれた人だった。

 だから引き取ってくれた。

 が。

 叔父は知らなかったのだろう。

 犯罪者の身内を引き入れれば、引き入れた一家すら犯罪者と同義のように扱われるという事を。

 

 あんな子供を押し付けられちゃって可哀想ねぇ。

 

 そう毎日のように近所の人間に言われ続けた叔母は精神を病んだ。

 

 従弟は俺の親父と同じで、警官になりたかった。

 だがその夢も断たれた。

 身内に犯罪者が出て警官になんかなれるわけがない。

 

 叔父もまた。

 職場で噂が立てられるようになった。

 犯罪者の身内を匿っている。何か弱みでも握られて脅されているんじゃないのか。

 そんな風に。次第に居場所を失って行って。

 

 さて。

 どうするべきだろう。

 俺の親父が俺を生かしたことで。

 不幸を撒き散らしている自分が。

 何をすればいい。

 何になればいい。

 

 死ねばいいのか? 

 いやダメだ。

 死ぬならあの時に死ななければならなかった。

 本当に。あの時に。

 さっさと死んでおけばよかったのだ。

 半端に生き残ってしまったから。

 親父があんなことをしでかすことになった。

 俺を生かす為に親父が何もかもをドブに捨てたのだ。

 そうして拾い上げた命を更にドブに捨ててしまったというならば。

 あまりにも。不誠実だ。

 

 自分が生きてしまった責任は、生きて履行しなければならない。

 では何を履行すればいい。

 

 何をすれば。

 何をすれば、自分は責任を果たしたことになるのだろうか。

 

 

 ずっと。

 ずっと。

 それを悩み続けていた。

 

 ──命を、価値として。

 ──自分が生き残るために積み立てられた価値に対して、俺は代償を払わなければならない。

 

 その思考の中。

 出した結論は。

 

 あの時に起きた悲劇の中。

 喪われた命と同等の命を救うために生きる事であった。

 

 悲劇を防ぐ。

 全ての悲劇の根源を破壊しなければならない。

 

 だから。

 俺はボーダーに入った。

 ここで。

 出来ることをすべて行う。そんな覚悟を。

 

 

 

 

 

 

 その頃から。

 何もかもを変える事にした。

 

 内向的な性格のままではボーダーの中で情報が得られない。

 悪意を恐れるな。

 声を出せ。

 人と会話をしろ。

 そうしなければお前はこの環境の中で、何もできないままに終わってしまうぞ。

 

 戦いを恐れるな。

 眼前で怯えている人間の顔を怯えるな。

 お前はここでやっていく覚悟を決めたのだろう。

 戦いなんて嫌いだ。

 死ぬほど嫌いだ。

 人を傷つけることも。戦闘の中に鳴り響く激しい音も。射撃音も剣戟も爆発音も何もかも。嫌いだ。吐くほどに嫌いだ。実際に吐いた。沸き上がる嫌悪感を抑えられず吐いたこともあった。でも繰り返した。繰り返し繰り返し繰り返し戦った。嫌悪感を抑え込み、繰り返し繰り返し繰り返し。そのうちに慣れていった。見て見ぬ振りが出来るようになり、嫌悪を感じる感覚質が擦り切れていった。

 

 音を恐れるな。

 耳を澄ませ。

 お前の数少ない武器だ。耳を澄ませ。戦いの音を聞け。嫌いだろうが吐き気を催そうが怖かろうが聞け。聞かなければならない。そこから聞こえてくる音を分類しろ。分類すればするほど、お前は戦闘の中でその価値を積み上げることが出来る。

 

 逃げるな。

 かつての自分に逃げるな。

 好きだった音楽類はもう何も聴いていない。

 収集していたレコードは全部賠償金の為に消え去ったが。もうそれから音楽に触れるのはやめた。

 優しい音色に逃げるな。

 この恐ろしい音に慣れろ。

 

 変えろ。

 変えなければならない。

 何もかもが嫌いだ。

 何もかもが恐ろしい。

 でも仕方がない。

 そうしなければお前は何も責任を取れない。

 お前の命の価値なんてない。

 いいじゃないか臆病な心持ちは。

 お前の臆病さはある種の武器だ。

 臆病だから最悪を想定できるお前のその思考は美徳だ。

 恐怖に身を竦ませるな。

 恐怖を感じるその感覚の一芥まで活かせ。

 

 さあ。

 では。

 そうして作り上げていった自分はどうなっただろうか。

 

 へらへら笑って。

 人と会話してそれとなく情報を得ることが出来るようになって。

 変わっていった。

 全てを。

 変えていった。

 

「俺」という一人称は。

 自分を押し出すような、強い色合いをしている。

 押し出せ。

 内に引っ込むな。

 押し出せ。

 自分を押し出せ。

 

 そうしなければ。

 そうしなければ。

 

 俺は。

 何者にも成れないままだ。

 

 思い出せ。

 思い出すんだ。

 あの死を明確に思い浮かべたあの時の記憶を。

 思い出せ。

 あの色に比べれば。

 なにも恐ろしくはないだろう。

 

 お前が何もしなければ。

 あの地獄のような色をもう一度その耳で。その脳髄で。見ることになるかもしれない。

 また死ぬぞ。

 お前の所為で死ぬぞ。

 

 何も怖くない。

 大丈夫だ。

 何も怖くない。

 俺の命に何の価値もない。

 大丈夫だ。

 

 死ねばそれまでだ。

 そこが終着点だ。

 ならば生きている間は。

 この地獄の中。

 地獄を終わらせる為に。

 生きて行かないといけない。

 

 でも、

 時々思う。

 

 自分は

 ──いつからこうなったのだろうって。

 

 まあ。

 考える価値もない事だ。

 

 俺は。

 俺に課した俺のまま。

 目的だけを詰めた器のまま。

 生きていくのだ。

 

 

 

 

 

 そして。

 来たる。

 

「──何だ、あれは」

 

 それは。

 かつてと同じような光景であった。

 

 鳴り響くアラート。

 空が闇色に齧られたような、漆黒の山。それが埋まりに埋まり──まるで夜空のように。

 

 そして、響く──緊急呼び出しの音。

 

 大規模な『門』が発生。

 緊急事態発令を下す。

 全戦力をもって──迎撃に当たる。

 

 

 同じだ。

 あの時と。

 

「....」

 

 加山は、無言のまま──その光景に向けて走り出した。




次話から大規模侵攻編に突入です☆

今回ドラえもんクロスの反省を活かすべくしっかり準備した上で臨もうと思うので、ちょいと間隔が空くかもしれないです。

重ねて許して。
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