彼方のボーダーライン   作:丸米

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大規模侵攻編
大規模侵攻①


 開かれていく、空を覆うほどに巨大な『門』。

 湧き出るトリオン兵。

 逃げ惑う市民。

 鳴り響く、戦いの音。

 

 この日。

 三門市にて。

 第二次大規模侵攻が始まった。

 

 

「──隊長。今何処にいますか?」

「加山か! 今警戒区域に駆り出されている! お前は何処だ!」

「今警戒区域内に向かっています。──やべぇっすね。市民の避難が間に合っていない」

「トリオン兵どもが散ってやがるせいで市民の避難誘導が間に合ってねぇ。C級が何とかやっちゃいるが、とにかく何処もいっぱいいっぱいだ」

「何が起きてるんすか、これ」

「知らねぇ。──大量の『門』が開いた。大量の敵がわんさか出てきやがった。それだけだ!」

「こりゃあ──最悪人型近界民の襲撃も覚悟しなきゃいけねぇっすね。単独行動は中々きつい状況ですけど.....」

 周囲を見渡せど。

 区域との境界線近くには他の隊の姿はない。

「合流できそうか?」

「今転送してもらった隊長たちの場所から、大分距離が空いていますね。──俺の事は気にせず、そっちでやってて下さい。藤丸先輩も隊長側の支援を優先してください。──俺は何とか、自分の役割見つけて頑張ります」

 流石の藤丸でも、この状況下。完全に別マップにいる加山の支援までオペレートを回す余裕は無いだろう。そこまでの時間と危険性を鑑みても、合流は非合理だ。

「俺はこっち側に来た増援部隊と連携してやっておきますので。後で余裕が出来れば合流しましょう」

「了解。──合流すんまでくたばんじゃねぇぞ」

「お互い死なんように頑張りましょ。──それじゃあ通信切ります」

 

 眼前には。

 突如として発生した大量の『門』の開放に伴う大量のトリオン兵。

 警戒区域周辺の市街では濁流のような非難する市民の集団があった。

 

「エスクード!」

 

 加山は。

 避難する市民の最後尾まで行くと、エスクードで路地を封鎖していく。

 空中を浮遊するタイプのトリオン兵も山ほどいるが。

 そういう連中よりも、建造物で射線が通らないトリオン兵の方が何倍も厄介だ。

 路地に進軍してくるトリオン兵はエスクードで路地を封鎖し足を止めさせ、空中に向かうトリオン兵の山はハウンドで叩き落としていく。

 

「──にしたって、数が多い!」

 

 兎にも角にも。

 トリオン兵の数が尋常ではない。加山一人で処理できる範囲を大きく超えている。

 

「よくやった加山。これで、まとめてこいつら薙ぎ払える」

 

 警戒区域内に移動しつつ空中のトリオン兵をハウンドで落としていると。

 そんな声が聞こえた。

 

 それと同時。

 エスクードによって進路を塞がれ、溜まったトリオン兵の群れが──地面から湧き出た機関砲と、剣山によって仕留められていく。

 

「冬島さん!?」

 通信で届いた声は、A級2位冬島隊隊長、冬島慎次のものであった。

「おう。今本部の方からトラップを発動させている。──そっち方面の敵はまあ、大分片付いたかな」

 

 後ろを振り返る。

 今の攻撃によって、トリオン兵の大部分が仕留められた為か、市民の避難はかなり進んでいるようだ。

 

「冬島さん。こっち側は割と避難がスムーズなんですね?」

「ん。まあ割と」

「了解です。──このまま警戒区域内に入り込んで、トリオン兵を集めます」

 

 とにかく。

 市街地から出来るだけ遠ざけなければなるまい。

 

 加山は進むごとにエスクードを作成していき、通路を封鎖していく。

 これだけでも、市外へ向かうトリオン兵の足を鈍らせる事は出来る。

 

 それと同時。

 警戒区域内に入ると同時、周囲を見渡し市民の避難誘導の様子を眺めつつ、着々とダミービーコンを置き、また周囲の建造物を巡りながらエスクードを張り巡らし──鉄骨を破壊していく。

 

 いつものやり方だ。

 この周辺のトリオン兵は──市街地に向かわせない。

 ビーコンのトリオン反応でトリオン兵を釣り出し、敵をこちらに集める。

 

 ──部隊を分断させるより、集中させた方が連携も取りやすい。

 本部から送られたレーダーを見るに。

 敵は四方に兵を散らせて、防衛するこちら側の勢力を分散させようとしているように感じる。

 

 本部側もそれを承知してか。

 A級部隊で区域内の敵を始末にかかり、B級部隊を集め順次区域を回らせ各個撃破する作戦を取っている。回る順番は避難が上手く行っていない順だ。

 ならば。

 避難が上手く行っているこの区画を中心に、出来る限り敵を一点に集め、部隊が防衛する時間を削り移動を早めていく。

 それが出来れば──他の区画の市民への避難も余裕をもって当たらせる事が出来るだろう。

 

「──さっさと来やがれ。そしてくたばれ!」

 

 加山は。

 ビーコンを発動させた。

 

 

「──ほほう。これはこれは」

 

 老人の声が、響く。

 それは、『門』の向こう側にある艦内の作戦室。

 暗い室内を、中央のマップ図から放たれるトリオン光に照らされる中。

 六人が顔を突き合わせ、戦局を眺めていた。

 

 皺の寄った、穏やかな顔つきの老人。

 鷹揚な顔つきの偉丈夫。

 舌打ち混じりに悪態をつく、不機嫌そうな顔つきの男。

 無表情のままマップを眺める、少年に近い年頃であろう男

 黒い球体を掌に浮かべ、佇む女性。

 彼ら全員を統べる様に落ち着いた表情で彼等を見渡す男。

 

 彼等は老人を除き──その全員が、頭部に角がついている。

 

「成程。偽のトリオン反応を作り出し、兵をそちらに集めている。──この区域内においては、分散した兵力が一つに集まっておりますな。いやはや、玄界も面白いトリガーを開発している」

 老人がそう言うと、

「市街への被害を抑える為であろうな。こちらが兵力を分散している意図に気付き、兵力を集める為だ。中々に鋭いじゃないか。──どうする、隊長?」

 と偉丈夫が続ける。

 その会話を耳に入れながら、

「未だ兵力そのものが集まっているわけではない。アレを動かしている兵を排除すればまた自然と兵力は分散する。放置しても構わん」

 と。

 隊長、と呼ばれた男は答えた。

 マップを眺める

 大量の偽のトリオン反応により、釣り出されたトリオン兵。それらがこちらの意図していない動きを見せている。

 突如として湧き出たトリオン反応に釣り出されて区画の兵隊が寄り集まってきている。

「とはいえ。あの状態が長続きするようならば手を打つ。一先ず」

 マップを見る。

 倒されたトリオン兵。

 消失したレーダー反応から──また、新たな反応が生まれる。

 

「ラービットの反応を見てからだ」

 

 

 そして。

 

「──おいおい。何だよコレ」

 ビーコンに釣り出されたトリオン兵をハウンドとメテオラのつるべ撃ちで撃破していく中。

 

 倒されたトリオン兵の外装を引っぺがし。

 

 何かが、現れた。

 

 それは。

 二足歩行形態の、トリオン兵だった。

 

 大きさは三メートルあるかどうか。太い両腕に如何にも硬そうな外装があり、垂れ下がった長い両耳がくっ付いている。

 サイズは然程でもない。

 だが、理解できる。

 

「──ありゃあ」

 加山は本能的にあの──今まで見たことのないトリオン兵は、やばいと感じた。

 すぐさま加山はバッグワームを着込み、隣の建造物のダミービーコンを発動させる。

 

「......これは単独で始末するのは無理だな」

 見ると。

 あの新型は五体ほどいる。

 

「増援が来るまでやり過ごすしかないな。とはいえ今ビーコンの管理は俺がやらなきゃいけないから、余計な交戦をしている余裕もない」

 

 自身が所属する弓場隊は、見事に分断されている──自分がやれることは出来る限りやっておかねばならない。

 

「──忍田本部長。新型のトリオン兵が出てきました。全部で五体。人型で二足歩行。まだ交戦はしていません」

「新型か。今各隊より報告が上がっている。アレは絶対に単独で戦うな。手強いぞ。──今データを送信する」

 忍田からそう伝えられると、データが視覚情報として送られてくる。

 

 弓場隊と新型との交戦記録であった。

 それは、弓場の射撃の援護の為に弧月で斬りかかった帯島と交戦している姿。

 帯島は新型の太い腕に叩き伏せられ、そのまま数メートル先の建造物まで吹き飛ばされていた。

 その光景だけで、──今の自分が単独でどうにか出来るものじゃない事は理解できた。

 

「了解です。増援が来るまでこそこそ隠れておきます」

「ああ。そうしておいてくれ。アレは基本的に接近戦主体のトリオン兵で、こちらの隊員を捕える動きをする。B級部隊員ももう何人かやられている。──いまそちらには二隊向かっている。それまで何とか耐えてくれ」

 成程。

 アレは──非戦闘員ではなく、こちら側の戦力を捕えることを目的にしているトリオン兵か。

「了解です。ちなみにどの隊ですか?」

「二宮隊と風間隊だ。──到着次第、彼等と連携を行いトリオン兵の殲滅の支援をしてくれ」

「了解です。そこまではつかず離れずで何とかやっていきます。──うわ近づいてきやがった」

 

 加山がいる建造物に、”新型”が近づいてくる音を捉えた加山は、その場を離れる。

 こちらから手を出さないうちは、位置がバレる心配はしていない。

 

 市街地に兵が流れないかは都度都度確認しつつ、応援が来るのを待つほかない。

 

 さて。

 ここで一つ疑問が走る。

 

「兵力を分散させているのは何でだろうな?」

 

 今回の侵攻。

 敵方は何を目的にしているのだろうか? 

 

 ──本部基地の陥落? 

 いや。

 仮に自分が敵の指揮官ならば、弱いトリオン兵を市街地付近に撒いてボーダーの戦力を外側に集めて、あの新型を集めて本部基地に突貫させる作戦を取ると思う。一番強い手駒まで分散させている意図が解らない。

 

 ならば市街地への侵攻だろうか? 

 それにしてはトリオン兵の外への圧力が弱い気がする。

 

 新型というボーダーにとっての未知の戦力をここで分散して撒く意図は何だろうか? 

 

「──戦力の炙り出し?」

 

 今までとは規格が違う戦力を出せば、当然それに伴い戦力を過重に出さなければならない。

 その分。

 新型の対応、という一要素が区画にあると、ボーダーにとっての最大戦力であるA級が分散して対応せざるを得ない状況となる。

 

 ならば。

 分散すれば当然市民の避難はその分均等にやり易くなる。

 手薄になるのは何処だろうか? 

 

「──どうすっかね」

 

 意図が解らなければ。

 トリオン兵を一ヵ所に集めている自身の行動が裏目に働く可能性すらある。

 眼前の情報から構築した想定を敵が裏切る事なんて幾らでもある。それで以前も痛い目を見たのだから。

 これから先の展開を、しっかりと見ていかねば。

 

 その時。

 爆音が鳴り響く。

「──おいおい」

 空飛ぶ巨大爆撃トリオン兵。

 イルガーが──本部へと向かう様を、見かけてしまった。

 

 

 突如として発生した大量の『門』の発生に対する、ボーダー本部の対策は以下のようなものであった。

 ①市街の防衛よりも前に戦力の結集を優先。A級部隊が警戒区域内の新型を排除しつつ、B級合同部隊を区画ごとに回らせトリオン兵の排除を行う。

 ②B級部隊が回る順番は、避難が出来ていない所を優先する。

 

 部隊を散らせるのではなく、集結させる事を優先。

 ある程度の市街への被害は飲み込む。下手に部隊を散らして戦力を削らせない。

 この方針を鑑みれば──加山の行動は最善と言えるものだった。

 市街へ散るリスクのあるトリオン兵を、一か所に集める。

 これによって、多少ではあるが──市街の防衛に余裕が持てるようになれた。

 

 そして。

 忍田もまた──敵兵が分散しているこの状況を訝しんでいた。

 敵の目的が見えない。

 本部を陥落させるには敵の動きが緩慢だ。

 

「──本部長! イルガーが接近中!」

 本部オペレーターの沢村が映し出す画面上。

 自爆機能を搭載したトリオン兵が襲来する。

 

「一発、来ます!」

 本部からの砲撃により一体を仕留めるものの。

 仕留めきれなかったイルガーが突っ込んでくる。

 

 地響きのような衝撃と爆音が、ボーダー本部に鳴り響く。

 

「鬼怒田さん! 外壁は未だ耐えられますか!?」

「あと一発しか保証できん! だが......!」

 襲い来るイルガーの数は、三体。

「一体に砲撃を集中させろ!」

「一体に!? 外壁は残り一体分しか保証できんぞ!」

「大丈夫だ。一体は」

 

 瞬間。

 見えた。

 黒のコートをたなびかせ、本部から射出される男の姿が。

 

「旋空弧月」

 二刀を伸ばし。

 その先端を、寸分違わず。

 パーツが零れるように──イルガーは斬り裂かれ、地面に落ちていく。

 

「──慶。よくやった。お前はこのまま新型の撃破にかかれ」

「了解」

 遥か空中。

 徐々に近づいていく地面をじぃ、と見ながら。

 太刀川は笑っていた。

 

「新型、新型、と──お」

 レーダーを確認。

「──新型がいい感じに集まっている場所があるじゃないか。あっちを取り敢えず回ってみようかな」

 太刀川慶。

 加山が配置したダミービーコンに引き寄せられる、新型の山。

 それを視認し、一つ笑った。


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