彼方のボーダーライン   作:丸米

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書き溜めを切り崩す。
もう次で預貯金ゼロです。
貯金は私には無理だった。


大規模侵攻②

 そして。

「風間隊。現着」

「二宮隊。現着した」

 

 この両隊が、加山が作り出したトリオン兵の密集地帯へと、足を踏み入れる。

 

「新型の数は──五体か。しかしまた湧き出てくる可能性もあるな」

「どう対処していきますか、風間さん?」

「俺等で新型を一体ずつ狩っていく。二宮隊は他の敵が入らないよう援護を頼む。新たな新型が近づいてきたら、足止めを頼む。場合によってはそのまま撃破してもらっても構わん」

「了解」

 二宮は、風間の指示に一つ頷く。

 二宮は理解している。

 こと、この新型に対しては──遠方からの制圧力に長ける二宮隊よりも、機動力をもって近接で削り切る風間隊の方が相性がいいと。

 

 それに。

 風間率いるこの隊が、近接しか攻撃手段がない新型にやられる想像が出来ない。

 二宮は、加山に通信を入れる。

 

「こちら二宮。加山、聞こえているか」

「現着感謝しますよ、二宮さん」

 加山の疲れたような声が聞こえてくる。

 同情するそぶりすら見せず、二宮は変わらぬ声音で告げる。

「お前は一旦俺の指揮下に入れ」

「はい了解。──で、俺は今こそこそこの区画を逃げ回っているんですが、どうすればいいですか」

「風間隊が一体ずつ新型を破壊していくから、俺達はその援護をする。俺と後方支援を行え」

「了解。それじゃあそっちに合流しますね」

 

 そうして。

 加山は二宮と合流し、周囲のトリオン兵を片付けていき、風間隊を援護していく。

 風間隊は攻撃手同士が動き回って連携をする分、他の隊の援護を受けづらい特性がある。

 

 故に、役割分担。

 広域の面制圧が出来る二宮を中心とした二宮隊は、風間隊を邪魔させないという援護の仕方が出来る。

 風間隊が新型を削り殺している間、二宮隊がその邪魔立てをさせない。

 

 加山はその後、二宮と合流し後方支援に徹していた。

 風間隊は──三人が新型を取り囲み機動力で翻弄しつつ、装甲の薄い部分を削り、防御の隙が出来た所で急所を突く戦法を取っている。

 

「──やっぱり増えましたね、新型」

 大型捕獲用トリオン兵であるバムスターを倒すごとに、新型が高確率でそこから這い出てくる。

 

「今二体倒して、二体増えましたね。キリがない」

「ふん。一匹ずつ仕留めていけばいいだけだ。──こちらも新型一匹にてこずる部隊ではない」

 

 新型が、こちらに向かってくる。

「加山」

「はい」

 その足元に、加山がエスクードを生やす。

 

 新型はそれを見て、足元に力を籠め飛び上がる。

 

 その瞬間──二宮のハウンドが全方位から襲い掛かる。

 飛び上がり、逃げ場のない空中。何とか急所を守らんと硬い両腕で急所を防ぐ動きをするが、

 

「旋空弧月」

 

 新型の着地点付近に移動していた辻新之助が、削られた外装に旋空をねじ込み、斬り裂く。

 腹先から顎先にかけ縦に振られたその斬撃は新型の頭部の間にある眼球を割り、新型は動きを停止する。

 

「残りは四体か」

「ですね。また湧き出てくるかもしれないっすけど。──ってあれ。え?」

 

 え? 

 

 何だか不思議な光景がそこに。

 新型が次々と斬られていく。

 風間隊が緻密な連携の末に削り殺しているアレを、ただの一太刀で

 

 4体いた新型が。

 一体減り。二体同時に叩き斬られ。

 そしてまた一体、斬られる。

 

「よ、二宮に風間さん」

 

 そこには。

 にこやかにそう挨拶する──太刀川慶の姿があった。

 

「新型ぶった切ってこいって命令だったからさ。ここにいい感じに新型が集まってたから来た」

 

 何というか。

 本当に。

 ボーダートップっていうのはここまでの化物なんだなぁ、と。

 

 

 戦況が本部からリアルタイムで伝わってくる。

 飛び交う通信を聞きながら、加山は状況を整理していく。

 

 ①『門』の発生から、大量のトリオン兵が四方に散らばり出現した。

 ②撃破したトリオン兵から新型が出現。A級であろうとも単独での撃退は難しいレベルの戦力。これも同じく四散している。

 ③①、②の状況を受け本部は警戒区域内をA級部隊に対処させ、市街地の防衛をB級合同部隊に順繰りに回らせる策を取る。回らせる順番は、市民の避難誘導が上手く行っている順。

 

 現在。

 A級が新型の排除。B級が市街の防衛と役割付けをされている。

 

 さて。

 ここで次の動きをするに辺り──どう動くべきか。

 

「二宮さん」

「何だ」

「敵の狙いは何だと思います」

 

 風間隊・二宮隊──そして太刀川。

 彼等が揃ったこの地区は──新型抜きのトリオン兵などただの鏖殺対象だ。

 

 思考に余裕がもたらされた瞬間。この戦いが始まってからずっと続いている疑問を二宮に投げかけた。

 解らないのだ。

 敵方の狙いが。

 普段は口を利く事すら辟易するほどに何もかも理解が及ばない人物であるが、こと戦場に立たせればこの男は誰よりも理性的かつ合理的となる。加山にとっての合理と二宮にとっての合理ががっちり噛み合う。戦場だけが、二人にとっての共通の合理性を保たせる場所であった。

 

「一つ決まっていることは。──敵はまだこちらに全戦力を見せていないという事だろうな」

「第二波があると?」

「今度はただの戦力の投入ではないだろうな。──今の俺達は相手が出してきた駒に対処しているにすぎん。後手だ。後手に回っている状況下で、ボーダーの戦力を吐き出されている状況。敵は恐らく、ボーダー側の戦力を一度盤面に吐き出させたかったのではないかと、俺は想定している」

 

 成程。

 二宮の言葉に、加山は深く納得した。

 ボーダーの戦力を、全て盤面に吐き出させる。

 新型のトリオン兵までも四散させ、防衛にかかる戦力を分散させ負荷をかける。

 

 そうか。

 この状況での敵の狙いは。

 戦力を吐き出させ、負荷をかけ──不測の事態が起きた際にすぐさまに対処できる戦力を無くす事か。

 

 戦力の見極めが済めば。

 第二波の手駒の置き方が決まる。

 

「次の戦力の投入で、相手の狙いが解るだろう。後手に回っている以上、今の段階ではこれ位しか言えない。今は、第二波で飲まれる穴を出来る限り塞ぐ事しかできん」

 

 

 そう。

 戦力が散っている。

 そして。

 B級は固まっている。

 A級は警戒区域内にいる。

 

 この状況は。

 

 警戒区域と市街の、その間が。

 ぽっかりと空いていて。

 

 そこに。

 市民の避難誘導をしている、C級が、何者の庇護もなくぽっかりと空いている事と同義だ。

 

「さて。──出番は近いぞ」

 

 想定通りに形成されていく盤面に、男は微笑んだ。

 

 

 その頃。

 雨取千佳は。

 南西地区の警戒区域付近の市街地にて、懸命に避難誘導をしていた。

 

 巨大かつ大量の『門』が発生したその時。彼女の友人である三雲修に指示を受け他のC級隊員と混じり市民の避難誘導を行っていた。

 

 雨取千佳。

 ボーダー所属のC級隊員。

 そして──近界へと『門』を辿り向かった一団のメンバーの一人である雨取麟児の、妹。

 

 B級隊員である三雲と空閑は、敵の撃退の為に別区画へ向かっているという。

 

 そんな中。

 

「──いやー。やっぱり凄いねA級トップ陣は。あ、でも二宮さんは一応B級だったか」

 スタイルよし。顔面よし。佇まいも雰囲気も何処か高貴さが滲み出ている男が、そこにいた。

 その近くに

「ね? カトリーヌ」

「......王子先輩。そのふざけたあだ名呼び止めてくれません?」

 香取葉子が、実に不機嫌そうな表情で呟いていた。

 王子先輩、と呼ばれたその男は肩を竦ませ、言葉を続ける。

 

「ユーゴーも粋な計らいをしてくれたものだよ。B級の合同部隊に参加しなきゃいけないのに、その道中に新型がわんさか集めてくれたからね。危険でおちおちいけやしない。困ったもんだ」

 台詞の内容に反して、王子は困っているどころか非常に楽しそうだ

 そう。

 王子隊と香取隊は、B級は全隊合流命令が出た時。

 丁度加山が敷いたビーコン地帯の直線上にある区画にいた。

 その為合流地点に向かう地点上に大きな危険地帯がある事となり、王子隊・香取隊はならばとC級の避難誘導の手伝いと周囲のトリオン兵の排除を行っていたのだ。

 

「全く。面倒なことしてくれちゃって」

「いや。だがそのおかげで市街側のトリオン兵の多くがあっちに行った。こちらは防衛ラインを突破されずに済んでいる」

「ジャクソンの言う通り。ユーゴーが敵を集めて、集まった敵をトップ勢が叩き潰す。市民側に流れる敵を引き寄せることまで考えればベストな選択だったと僕も思うよ。──カシオ。避難状況はどうなっている?」

「市民の誘導はほとんど終了しています」

 王子隊隊員、樫尾が王子の問いかけにはきはきと答える。

 その報告に、うんうんと王子は頷き、そして顎先に手を当てる。

「そうか。──うーん」

「どうしました?」

「いや。──何となくだけどさ」

 王子は周囲を見渡し。

 そして本部から送られてきたデータと報告事項を確認し。

 うん、と一つ頷く。

 

「市民の避難が上手く行っている場所。──ここで何かが起こる気がしていたんだよね」

「何故ですか?」

「敵がもしこの盤面を見ていたら。──新たに戦力を投入するなら、ここだろうな、って」

 

 さらりと王子がそう呟く。

 

「どういうことだ、王子?」

 旧弓場隊時代からの戦友である蔵内が、その言葉に反応する。

 

「今のこの戦力の散り方で、明らかに穴になっている部分って。B級の合同部隊が回り切れていない所なんだよね。それは本部も承知しているはず。ある程度の市街地への被害は飲み込んで、部隊の結集と新型の排除を優先させているから」

 

 B級が回されていない、避難が上手く行っている所。

 

 ここが盤面上の穴だ、と王子は呟く。

 

「多分。敵は戦力を全部投入していない。あんな中途半端な戦力の投入の仕方をしているんだ。アレが全部の戦力だとは思えない。むしろ──こちらの盤面の穴を作為的に作っている」

 

 だからだ、と王子は言う。

「その穴となっている場所は。今の盤面から見ればここなんだよ。避難が上手く行っている。だからB級が回されていない。そして──ここから直線に向かった警戒区域内には手練れが結集しているユーゴーのダミービーコン区画もある。その戦力を分散させるにしろそのまま足止めさせるにしろ、ここに戦力を投入するのは効果的でもあるんだよ」

 

 だから、と王子は呟く。

 

「何かが起こると、僕は思っているんだ」

 

 

 その言葉が発せられた。

 その瞬間。

 

 ──複数の『門』が、頭上に現れた。


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