彼方のボーダーライン 作:丸米
警戒区域外『門』から現れるは。
多数のトリオン兵を従えた──三体の、新型であった。
三体のうち、一体を除き──全てが色違い。
「──皆。散開して」
この事態を一番に想定していたのは、王子であった。
彼は即座に隊員に指示を出す。
「カトリーヌ」
「何!?」
不測の事態だったのだろう。香取は眼前の光景に大いに驚き、驚いたままの声音で王子に返答する。
「すぐに答えてほしい。──君の隊であの新型を倒せるかな?」
その声はひどく落ち着いていて。
香取の頭もそれに合わせてクールダウンしていく。
「僕は出来ると踏んでいる」
そう王子はさらりと言った。
「君の成長を、鑑みればね」
香取を乗せるための言葉だろう。そしてその言葉はこう言っているようにも聞こえる。
香取隊が単独であの新型を倒せるのならば──この事態を好転させられる算段があるとも。
「──邪魔立てさえなければ、仕留められる」
「了解。──こちらが責任をもって援護しよう。頼んだよ」
王子一彰は思考する。
慌てる必要はない。
彼我の戦力差は、思考を放棄する理由とはなりえない。
「狙いは、C級の子たちか。──全部守り切るのは難しいね。出来るだけ素早く仕留めないと被害が広まるばかりだ」
※
「あの音......!」
その頃。
三雲修と空閑遊真は警戒区域に向かい走っていた。
大規模なトリオン兵の侵攻が行われたその瞬間、彼等はトリガーの換装を行い警戒区域内の敵勢の排除へと向かっていた。
物々しく溢れるトリオン兵を掻き分け掻き分け。B級部隊の合流地点へと急ぎ向かっていたところであった。
その時だ。
『門』が開かれ、派手な破砕音が聞こえてきたのは。
その方向には。
──雨取千佳がいる、避難誘導区域。
「千佳がいる方向だ......!」
ぐ、と修は思わず声を上げる。
「──多分アレ、ラービットの音だよね、レプリカ」
遊真はそう尋ねる。
レプリカ、と呼ばれた浮遊する物体はその言葉に肯定を示す
「恐らく。それも一体ではない」
空中を浮遊する炊飯器──といった風情の機器生命体が、そう告げる。
「それに。──こちら側にも戦力が雪崩れ込んできている」
開かれた『門』は一つではない。
各避難区域に新たに追加された戦力が、あぶれるようにこちらに流れ込む。
「一旦退いた方がいい。数が多すぎる」
レプリカの言葉の正しさは、修も解っている。
だが、ここでこのトリオン兵を通した先には──千佳がいる。
「ここを通してしまえば......!」
故に修も引くわけにはいかない。
その様子を、ジッと遊真は見ていた。
戦力差は現状埋められぬほどあって。
だが眼前の敵は倒さなければならない。
だから。
遊真は即座に──黒トリガーを起動した。
全身を、黒色のトリオンに身を包む。
「空閑!」
遊真は現在、黒トリガーの使用許可は出ていない。
咎めるような修の言葉に、涼しく遊真は返す。
「ここを通せば、チカがヤバいんだろ。だったら手段は選ぶべきじゃない」
そう告げると。
遊真は黒トリガーによる攻撃を開始する。
「『射』印、二重」
告げたその言葉に呼応するように。
陣が形成される。
その陣から──直線に飛ぶ射撃攻撃が周囲のトリオン兵に降り注ぐ。
雨あられの如く建造物とコンクリ床ごと破砕する射撃で、トリオン兵の半数が消え去った。
舞い上がる粉塵と地面に放り出されるトリオン兵の亡骸。
「──よぅ。派手にやってくれているじゃねぇか」
攻撃が止むと。
そんな声が聞こえた。
「あ、ヨースケ先輩......に、ミドリカワ」
「よっす、遊真先輩」
そこには。
遊真が以前から多少の親交があった二人と、知らない一人がそこにいた。
槍を持ち笑みを浮かべる青年、米屋。
あどけなさが残る顔つきの小柄な少年、緑川。
米屋は以前、三輪隊が遊真を調査していた関係で、本部に顔を出していた遊真に声をかけた時からの付き合いで。
緑川は──ある事情で修にちょっかいをかけた際、遊真に懲らしめられた時からの付き合いだ。
そして──その隣には、黒のロングコートを着込んだ男。
こちらは、遊真には面識がなかった。
「それと.....」
「おーっす、黒トリガー君。俺は出水ってんだ。──あらあら随分派手にやっちゃって」
「非常事態ですから」
「ああ。非常事態ならしゃーねぇな。──で、いいですか本部長。はい。はい。──よかったね」
「何が?」
「本部長お墨付きだ。非常事態だから仕方がない」
出水はそう言って笑うと。
「俺達はこれから警戒区域内の新型のお掃除に向かうが、お前らはどうすんだ?」
「──僕達は」
命令は、B級合同部隊への合流。
だが。
警戒区域外の地点で新型含め新たなトリオン兵が投入され──千佳をはじめとしたC級隊員がピンチになっている。
「──南西地区の、避難誘導区画に行きます」
修は決断した。
千佳を救う。
「──忍田本部長。僕等はこれから南西区域の援護に向かいます」
決めた瞬間、修は即座に忍田と連絡を取る。
「今新型が三体出た所か。ああ、今そちらに手が回っていないんだ。是非とも──」
「いや」
修の言葉に、否の声を上げたのは。
城戸司令であった。
「援護に向かうのは、三雲隊員だけだ。空閑隊員の同行は認めない」
「な.....何故ですか!」
「空閑隊員の黒トリガーの姿は、一般市民からすればあまりに異様だ。近界民に間違えられてもおかしくはない」
空閑遊真の黒トリガーは。
全身を黒色のトリオン装束に包まれており、その攻撃方法も陣を敷いてたような攻撃を行うという、通常のトリガーの規格から大きく外れている見た目と性質をしている。
一般市民から見たその姿がどう映るか。
安心を運ぶ、というよりも──不安を煽る姿をしているのは間違いないだろう。
──どうする?
自分一人で、あちらに行くか。
「どーする? あっちには王子先輩と香取がいるが」
南西区画には、王子隊と香取隊がいる。
あちらに着けば、十分な助けがある。
だが。
この道中にも、相当な数のトリオン兵がいたはずだ。
自分一人で、やれるだろうか?
「いけ。オサム」
迷う中。
相棒が、そう声をかけた。
「チカがピンチなんだ。──オサムが行くしかない」
そうだ。
自分がやるべき事。
怖気づく、暇はない。
「──ヨネヤン先輩。出水先輩」
「あん?」
「俺、三雲先輩についていくよ」
その時。
緑川はそう言った。
「実は遊真先輩にも三雲先輩にも借りがあるからさ。ここいらでちょっと、返させてもらおうかと」
「いいのか、ミドリカワ?」
「いーのいーの。丁度俺の所の隊誰もいなくてさ。A級なのに暇だから」
それじゃあ、と緑川は呟き。
「行こう、三雲先輩」
「......ありがとう緑川」
何であれ。
ここで、非常に心強い道連れが出来た。
「おっし。それじゃあこっからは手分けだな。遊真は、俺達と警戒区域の新型狩り」
「それで俺達は南西区域の援護だね。──よっし、がんばろー!」
※
南西区域では。
早くも──新型と、香取隊・王子隊との戦闘が始まっていた。
「.....トロい!!」
香取は単騎新型に突っ込み、肉薄する。
新型の太い両腕が、香取に襲い掛かる。
──何よ。
それを、避ける。
最小限の動き。体軸を足捌きでずらす、足運びのみで。
──そんなもの
解る。
今まで積み重ねて来たものが。
どれだけ攻撃が早かろうが
こんな大ぶりの攻撃が、自分に当たるわけがない。
なぜなら。
──風間さんに比べれば!
足先でその腕を蹴り。
側面へ飛ぶ。
飛びながら拳銃弾を撃ち込み続ける。
「麓郎! アンタは頭部!」
若村に頭部の間にある眼球を狙わせ。
「雄太は、腹を狙え!」
眼球への若村の弾丸で両腕を動かし、
三浦は比較的装甲が薄い腹部に旋空を放つ。
頭部は腕に塞がれ。
旋空は側面へ飛び込まれ回避される。
だが。
これで十分。
腕も足も、これで動かせた。
後は──懐に入り込んで、削るだけだ。
足にスコーピオンを通し。
腹に弾丸を叩き込む。
焦るな。
今自分が出来る最大限の動作を意識しろ。
無駄のない所作と
削り切れる箇所を。
「ありったけを──叩き込んでやる!」
その瞬間。
両腕の間に隠された、目玉から──エネルギーが収束する気配を感じる。
それは。
自分ではなく。
「──雄太! 避けろ!」
弧月を構え、正面を取っていた三浦に向けられていた。
放たれる。
それはレーザーのように直線状のトリオンエネルギーの放射であった。
完全に予想外──報告にすら上がってなかったその攻撃に。三浦は回避もシールドも間に合わない。
──三浦、緊急脱出。
「こ......のぉ!」
だが。
それを放ったという事は、
急所の眼球の守りが無くなったという事であり。
香取はすぐさま剥き出しの眼球に、スコーピオンを通す。
「──気を付けて! コイツ、普通の新型じゃない!」
倒れ伏した新型の眼球に、更に三発程銃弾を叩き込むと、香取が
「眼球からの放射か。やっかいだね。──こっちはこっちで、別の機能が追加されているみたいだ」
王子隊の眼前にいる新型は。
両腕を液状化させ、地中にそれを潜り込ませ、足元から黒色のブレードを出現させるという機能を持っていた。
王子隊は機動力を活かし、残る二体の新型に対し、前衛の樫尾が新型を誘導しつつ、蔵内が中距離で足先を鈍らせ、王子がC級護衛の為にカバーに入るという連携で場を保たせていたが──そのダメージの蓄積は、着実に樫尾のみに刻まれていっている。
このギリギリの状況下。
C級を本部までじりじりと後退する。
「──隊長!」
樫尾から、更に報告が上がる。
「新型の反応がこちらに! 警戒区域から流れてきてます!」
「もう防衛ラインまで超えてきているのか。まずいね。──このままでは挟み撃ちにあう」
イレギュラー『門』から発生した新型含むトリオン兵。
そして、警戒区域から市街地に雪崩れ込んでくる新型。
それは──C級を完全に挟み込む陣形をしていた。
その瞬間。
王子のカバーが遅れる。
挟撃されている状況下、手が回らなくなった。
──まずい。
王子の顔色に変化が訪れる。
C級の一人が、新型の両腕に囚われてしまった。
うわぁ、という純然たる恐怖の声。
そうなるのも、当たり前だ。
彼等には、緊急脱出装置がない。
こういった状況下での命綱すらないのだ。
王子は──この状況を覚悟はしていたが、それでも顔を顰める。
「──んにゃろー!! 離しやがれ!」
そんな中。
一人の女性C級隊員が、狙撃銃トリガーを手に──新型に銃弾を放つ。
その銃弾に反応してか。
新型は、C級を握り込む両手を、防御に使用した。
そこに──わずかな隙が出来た。
「カトリーヌ」
「解っている!」
王子のハウンドと、
香取のスコーピオンが、
両脇から飛び込むように新型に襲い掛かり──その眼球を破砕した。
「.....」
さて。
どうしたものか。
狙撃銃トリガーを握る、C級隊員を見る。
鋭い目をした、如何にも闊達そうな女性であった。
C級隊員は、基地以外でのトリガーの使用が禁じられている。
だから。彼女は今規則違反をしたことになる。
だが。
その違反のおかげで、助かった隊員がいることも確かだ。
それを責めるのか?
それとも──
王子の判断は早かった。
「──ありがとう。君のおかげで、あの子を助けられた」
そう言った。
その言葉しか、浮かんでこなかった。
恐らく、規則云々を言われるのかと思っていたのだろう。眼前の少女は目をぱちくりさせ、呆けた表情をしていた。
規律か。
命か。
当然かつ合理的な判断だ。
「──C級の皆」
その時。
王子は声をかけた。
「見ての通り。──僕等では、今の状況で君達を守る事が出来なかった。ごめんね」
だから、と続ける。
「死にたくなければ──武器を抜くんだ。生き残ったなら、後で言い訳に僕──王子一彰の名前を使ってもらって構わない」
王子は思考する。
合理的に。
ここで──C級をただの重荷として扱うのはよくない。
「皆で生き残ろう。──聞こえてましたね。忍田本部長に城戸司令。C級の皆に戦闘を指示したのは僕ですので。どうぞよろしく」
王子は笑む。
B級隊が二つ。
そしてC級隊員。
残る敵は、新型二体とトリオン兵。
「──そして皆、朗報だ」
繋いだ通信から。
援軍の情報が入る。
「ボーダー最強部隊が、あと数分もすれば到着する」
南西地区に。
ボーダー最強部隊と名高い──玉狛第一が向かっている、と。
「攻撃手トリガーを持っている子は、無茶をしなくていい。ただ身を守るためにトリガーを使ってくれ。射手・銃手・狙撃手トリガーの子は、一つだけ指示を出す。──近づいてきた敵に皆で一斉放射。それだけでいい。それだけをしながら、後退していくんだ。しんがりは僕等が務める」
西南区域。
現在C級隊員と共に、王子隊・香取隊と連携して本部に向かって撤退中。
※
「──おおー」
壮観だった。
何もない。
地平線先まで、家屋も壁も床面も全てが全て破砕された光景だけが広がる空間が、そこに展開されていた。
「調子いいな、天羽」
「迅さん.....」
白のパーカーを着込んだ少年が一人。
手頃な瓦礫に腰掛け、その光景をジッと見ていた。
「全く。手加減しろよー」
「ヤダよ面倒くさい。どいつもこいつもつまらない色の雑魚ばっかでやる気が出ない」
天羽月彦。
黒トリガーを所有した、S級隊員。
北西区画のトリオン兵の殲滅を命じられ、──そのありあまる黒トリガーの破壊力に任せ、光景ごと無に帰した。まる。
「──で、申し訳ないんだけど。俺の担当の所。お前に頼んでもいい?」
「えー。なんで....?」
「──丁度敵さんが、動き始める。俺も向かった方がよさそうだ」
動き始める。
そう迅が言うという事は。
今まさに──未来の分岐が始まったという事なのだろう。
その意味を理解してか、天羽もそれ以上に声をかけることはしなかった。
北西・西側区域。
迅が、移動中。
※
そして。
「──私、も」
C級の皆が。
撃っている。
眼前のトリオン兵に。
生き残るために。
もしかしたら、誰かを守るために。
そして。
懸命にB級の王子隊・香取隊が最前線で戦っている。
王子が、その責を負ってまで。
C級の皆を生き残らせようと腐心し、その結果として今武器を握れているのに。
それなのに。
自分は震えたまま、引金を引けないでいる。
どうして?
どうして、撃てない。
撃て。
撃たなくちゃ。
だって──だって。
そうしなくちゃ。
「──危ない!」
迫る、人型のトリオン兵。
王子隊、樫尾がC級に襲い来るそれを身を庇い、防ぐ。
もうずっと前線に立ち続けて、彼の戦闘体は全身どこもかしこも傷だらけで、多くのトリオンが漏れていた。
その光景は。
千佳の眼前で起きた。
トリオン兵の胸部が開かれ、そこから二本の管が樫尾に突き刺さり──そして。
食われた。
戦闘体の姿があやふやになり、崩れ、──そして、胸の中に、閉じ込められた。
「──あ」
あ。
今。
自分は何をしていたのだろう。
カシオ!
そう叫ぶ声が聞こえてきて。
今自分を庇った人への声が聞こえてきて。
自分が撃てば。
あの新型を倒せたんじゃ、ないだろうか。
かつて自分は。
訓練の時に──トリオンの多さゆえに、基地の防壁まで破壊していた。
懸命に戦った人が。
何も出来ずにいる、自分のような人間の為に──食われた。
「あ、ああ......」
ああ。
ああああああ。
「──う、あ」
その現実を目の当たりにして。
千佳は。
狙撃銃を、向けた。
そして。
引いた。
なんか以前もおんなじ様なこと千佳ちゃんで書いてた気がする。
ま、いっか。
知らん。