彼方のボーダーライン   作:丸米

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大規模侵攻③

 警戒区域外『門』から現れるは。

 多数のトリオン兵を従えた──三体の、新型であった。

 三体のうち、一体を除き──全てが色違い。

 

「──皆。散開して」

 この事態を一番に想定していたのは、王子であった。

 彼は即座に隊員に指示を出す。

 

「カトリーヌ」

「何!?」

 不測の事態だったのだろう。香取は眼前の光景に大いに驚き、驚いたままの声音で王子に返答する。

 

「すぐに答えてほしい。──君の隊であの新型を倒せるかな?」

 

 その声はひどく落ち着いていて。

 香取の頭もそれに合わせてクールダウンしていく。

 

「僕は出来ると踏んでいる」

 

 そう王子はさらりと言った。

 

「君の成長を、鑑みればね」

 

 香取を乗せるための言葉だろう。そしてその言葉はこう言っているようにも聞こえる。

 香取隊が単独であの新型を倒せるのならば──この事態を好転させられる算段があるとも。

 

「──邪魔立てさえなければ、仕留められる」

「了解。──こちらが責任をもって援護しよう。頼んだよ」

 

 王子一彰は思考する。

 慌てる必要はない。

 彼我の戦力差は、思考を放棄する理由とはなりえない。

 

「狙いは、C級の子たちか。──全部守り切るのは難しいね。出来るだけ素早く仕留めないと被害が広まるばかりだ」

 

 

「あの音......!」

 

 その頃。

 三雲修と空閑遊真は警戒区域に向かい走っていた。

 

 大規模なトリオン兵の侵攻が行われたその瞬間、彼等はトリガーの換装を行い警戒区域内の敵勢の排除へと向かっていた。

 物々しく溢れるトリオン兵を掻き分け掻き分け。B級部隊の合流地点へと急ぎ向かっていたところであった。

 

 その時だ。

『門』が開かれ、派手な破砕音が聞こえてきたのは。

 

 その方向には。

 ──雨取千佳がいる、避難誘導区域。

 

「千佳がいる方向だ......!」

 

 ぐ、と修は思わず声を上げる。

「──多分アレ、ラービットの音だよね、レプリカ」

 遊真はそう尋ねる。

 レプリカ、と呼ばれた浮遊する物体はその言葉に肯定を示す

「恐らく。それも一体ではない」

 空中を浮遊する炊飯器──といった風情の機器生命体が、そう告げる。

 

「それに。──こちら側にも戦力が雪崩れ込んできている」

 

 開かれた『門』は一つではない。

 各避難区域に新たに追加された戦力が、あぶれるようにこちらに流れ込む。

「一旦退いた方がいい。数が多すぎる」

 レプリカの言葉の正しさは、修も解っている。

 だが、ここでこのトリオン兵を通した先には──千佳がいる。

「ここを通してしまえば......!」

 故に修も引くわけにはいかない。

 

 その様子を、ジッと遊真は見ていた。

 戦力差は現状埋められぬほどあって。

 だが眼前の敵は倒さなければならない。

 

 だから。

 遊真は即座に──黒トリガーを起動した。

 全身を、黒色のトリオンに身を包む。

 

「空閑!」

 遊真は現在、黒トリガーの使用許可は出ていない。

 咎めるような修の言葉に、涼しく遊真は返す。

 

「ここを通せば、チカがヤバいんだろ。だったら手段は選ぶべきじゃない」

 

 そう告げると。

 遊真は黒トリガーによる攻撃を開始する。

 

「『射』印、二重」

 

 告げたその言葉に呼応するように。

 陣が形成される。

 

 その陣から──直線に飛ぶ射撃攻撃が周囲のトリオン兵に降り注ぐ。

 

 雨あられの如く建造物とコンクリ床ごと破砕する射撃で、トリオン兵の半数が消え去った。

 舞い上がる粉塵と地面に放り出されるトリオン兵の亡骸。

 

 

「──よぅ。派手にやってくれているじゃねぇか」

 攻撃が止むと。

 そんな声が聞こえた。

 

「あ、ヨースケ先輩......に、ミドリカワ」

「よっす、遊真先輩」

 そこには。

 遊真が以前から多少の親交があった二人と、知らない一人がそこにいた。

 槍を持ち笑みを浮かべる青年、米屋。

 あどけなさが残る顔つきの小柄な少年、緑川。

 米屋は以前、三輪隊が遊真を調査していた関係で、本部に顔を出していた遊真に声をかけた時からの付き合いで。

 緑川は──ある事情で修にちょっかいをかけた際、遊真に懲らしめられた時からの付き合いだ。

 そして──その隣には、黒のロングコートを着込んだ男。

 こちらは、遊真には面識がなかった。

「それと.....」

「おーっす、黒トリガー君。俺は出水ってんだ。──あらあら随分派手にやっちゃって」

「非常事態ですから」

「ああ。非常事態ならしゃーねぇな。──で、いいですか本部長。はい。はい。──よかったね」

「何が?」

「本部長お墨付きだ。非常事態だから仕方がない」

 

 出水はそう言って笑うと。

 

「俺達はこれから警戒区域内の新型のお掃除に向かうが、お前らはどうすんだ?」

「──僕達は」

 

 命令は、B級合同部隊への合流。

 だが。

 警戒区域外の地点で新型含め新たなトリオン兵が投入され──千佳をはじめとしたC級隊員がピンチになっている。

 

「──南西地区の、避難誘導区画に行きます」

 

 修は決断した。

 千佳を救う。

 

「──忍田本部長。僕等はこれから南西区域の援護に向かいます」

 決めた瞬間、修は即座に忍田と連絡を取る。

「今新型が三体出た所か。ああ、今そちらに手が回っていないんだ。是非とも──」

「いや」

 

 修の言葉に、否の声を上げたのは。

 城戸司令であった。

 

「援護に向かうのは、三雲隊員だけだ。空閑隊員の同行は認めない」

「な.....何故ですか!」

「空閑隊員の黒トリガーの姿は、一般市民からすればあまりに異様だ。近界民に間違えられてもおかしくはない」

 

 空閑遊真の黒トリガーは。

 全身を黒色のトリオン装束に包まれており、その攻撃方法も陣を敷いてたような攻撃を行うという、通常のトリガーの規格から大きく外れている見た目と性質をしている。

 一般市民から見たその姿がどう映るか。

 安心を運ぶ、というよりも──不安を煽る姿をしているのは間違いないだろう。

 

 

 ──どうする? 

 自分一人で、あちらに行くか。

 

「どーする? あっちには王子先輩と香取がいるが」

 南西区画には、王子隊と香取隊がいる。

 あちらに着けば、十分な助けがある。

 だが。

 この道中にも、相当な数のトリオン兵がいたはずだ。

 自分一人で、やれるだろうか? 

 

「いけ。オサム」

 迷う中。

 相棒が、そう声をかけた。

「チカがピンチなんだ。──オサムが行くしかない」

 そうだ。

 自分がやるべき事。

 怖気づく、暇はない。

 

「──ヨネヤン先輩。出水先輩」

「あん?」

「俺、三雲先輩についていくよ」

 

 その時。

 緑川はそう言った。

 

「実は遊真先輩にも三雲先輩にも借りがあるからさ。ここいらでちょっと、返させてもらおうかと」

「いいのか、ミドリカワ?」

「いーのいーの。丁度俺の所の隊誰もいなくてさ。A級なのに暇だから」

 

 それじゃあ、と緑川は呟き。

 

「行こう、三雲先輩」

「......ありがとう緑川」

 

 何であれ。

 ここで、非常に心強い道連れが出来た。

 

「おっし。それじゃあこっからは手分けだな。遊真は、俺達と警戒区域の新型狩り」

「それで俺達は南西区域の援護だね。──よっし、がんばろー!」

 

 

 南西区域では。

 早くも──新型と、香取隊・王子隊との戦闘が始まっていた。

 

「.....トロい!!」

 香取は単騎新型に突っ込み、肉薄する。

 新型の太い両腕が、香取に襲い掛かる。

 

 ──何よ。

 それを、避ける。

 最小限の動き。体軸を足捌きでずらす、足運びのみで。

 

 ──そんなもの

 解る。

 今まで積み重ねて来たものが。

 どれだけ攻撃が早かろうが

 こんな大ぶりの攻撃が、自分に当たるわけがない。

 なぜなら。

 ──風間さんに比べれば! 

 

 足先でその腕を蹴り。

 側面へ飛ぶ。

 飛びながら拳銃弾を撃ち込み続ける。

 

「麓郎! アンタは頭部!」

 若村に頭部の間にある眼球を狙わせ。

 

「雄太は、腹を狙え!」

 

 眼球への若村の弾丸で両腕を動かし、

 三浦は比較的装甲が薄い腹部に旋空を放つ。

 頭部は腕に塞がれ。

 旋空は側面へ飛び込まれ回避される。

 

 だが。

 これで十分。

 

 腕も足も、これで動かせた。

 

 後は──懐に入り込んで、削るだけだ。

 足にスコーピオンを通し。

 腹に弾丸を叩き込む。

 焦るな。

 今自分が出来る最大限の動作を意識しろ。

 無駄のない所作と

 削り切れる箇所を。

「ありったけを──叩き込んでやる!」

 その瞬間。

 両腕の間に隠された、目玉から──エネルギーが収束する気配を感じる。

 

 それは。

 自分ではなく。

 

「──雄太! 避けろ!」

 弧月を構え、正面を取っていた三浦に向けられていた。

 

 放たれる。

 それはレーザーのように直線状のトリオンエネルギーの放射であった。

 完全に予想外──報告にすら上がってなかったその攻撃に。三浦は回避もシールドも間に合わない。

 

 ──三浦、緊急脱出。

 

「こ......のぉ!」

 だが。

 それを放ったという事は、

 急所の眼球の守りが無くなったという事であり。

 

 香取はすぐさま剥き出しの眼球に、スコーピオンを通す。

 

「──気を付けて! コイツ、普通の新型じゃない!」

 倒れ伏した新型の眼球に、更に三発程銃弾を叩き込むと、香取が

「眼球からの放射か。やっかいだね。──こっちはこっちで、別の機能が追加されているみたいだ」

 王子隊の眼前にいる新型は。

 両腕を液状化させ、地中にそれを潜り込ませ、足元から黒色のブレードを出現させるという機能を持っていた。

 王子隊は機動力を活かし、残る二体の新型に対し、前衛の樫尾が新型を誘導しつつ、蔵内が中距離で足先を鈍らせ、王子がC級護衛の為にカバーに入るという連携で場を保たせていたが──そのダメージの蓄積は、着実に樫尾のみに刻まれていっている。

 このギリギリの状況下。

 C級を本部までじりじりと後退する。

 

 

「──隊長!」

 樫尾から、更に報告が上がる。

 

「新型の反応がこちらに! 警戒区域から流れてきてます!」

「もう防衛ラインまで超えてきているのか。まずいね。──このままでは挟み撃ちにあう」

 

 イレギュラー『門』から発生した新型含むトリオン兵。

 そして、警戒区域から市街地に雪崩れ込んでくる新型。

 

 それは──C級を完全に挟み込む陣形をしていた。

 その瞬間。

 王子のカバーが遅れる。

 挟撃されている状況下、手が回らなくなった。

 ──まずい。

 王子の顔色に変化が訪れる。

 C級の一人が、新型の両腕に囚われてしまった。

 うわぁ、という純然たる恐怖の声。

 そうなるのも、当たり前だ。

 彼等には、緊急脱出装置がない。

 こういった状況下での命綱すらないのだ。

 王子は──この状況を覚悟はしていたが、それでも顔を顰める。

 

「──んにゃろー!! 離しやがれ!」

 

 そんな中。

 一人の女性C級隊員が、狙撃銃トリガーを手に──新型に銃弾を放つ。

 

 その銃弾に反応してか。

 新型は、C級を握り込む両手を、防御に使用した。

 

 そこに──わずかな隙が出来た。

「カトリーヌ」

「解っている!」

 王子のハウンドと、

 香取のスコーピオンが、

 両脇から飛び込むように新型に襲い掛かり──その眼球を破砕した。

 

「.....」

 さて。

 どうしたものか。

 狙撃銃トリガーを握る、C級隊員を見る。

 鋭い目をした、如何にも闊達そうな女性であった。

 

 C級隊員は、基地以外でのトリガーの使用が禁じられている。

 だから。彼女は今規則違反をしたことになる。

 だが。

 その違反のおかげで、助かった隊員がいることも確かだ。

 

 それを責めるのか? 

 それとも──

 王子の判断は早かった。

 

「──ありがとう。君のおかげで、あの子を助けられた」

 

 そう言った。

 その言葉しか、浮かんでこなかった。

 恐らく、規則云々を言われるのかと思っていたのだろう。眼前の少女は目をぱちくりさせ、呆けた表情をしていた。

 

 規律か。

 命か。

 当然かつ合理的な判断だ。

 

「──C級の皆」

 

 その時。

 王子は声をかけた。

 

「見ての通り。──僕等では、今の状況で君達を守る事が出来なかった。ごめんね」

 

 だから、と続ける。

 

「死にたくなければ──武器を抜くんだ。生き残ったなら、後で言い訳に僕──王子一彰の名前を使ってもらって構わない」

 

 王子は思考する。

 合理的に。

 ここで──C級をただの重荷として扱うのはよくない。

 

「皆で生き残ろう。──聞こえてましたね。忍田本部長に城戸司令。C級の皆に戦闘を指示したのは僕ですので。どうぞよろしく」

 

 王子は笑む。

 B級隊が二つ。

 そしてC級隊員。

 

 残る敵は、新型二体とトリオン兵。

 

「──そして皆、朗報だ」

 繋いだ通信から。

 援軍の情報が入る。

 

「ボーダー最強部隊が、あと数分もすれば到着する」

 

 南西地区に。

 ボーダー最強部隊と名高い──玉狛第一が向かっている、と。

 

「攻撃手トリガーを持っている子は、無茶をしなくていい。ただ身を守るためにトリガーを使ってくれ。射手・銃手・狙撃手トリガーの子は、一つだけ指示を出す。──近づいてきた敵に皆で一斉放射。それだけでいい。それだけをしながら、後退していくんだ。しんがりは僕等が務める」

 

 西南区域。

 現在C級隊員と共に、王子隊・香取隊と連携して本部に向かって撤退中。

 

 

「──おおー」

 壮観だった。

 何もない。

 地平線先まで、家屋も壁も床面も全てが全て破砕された光景だけが広がる空間が、そこに展開されていた。

 

「調子いいな、天羽」

「迅さん.....」

 白のパーカーを着込んだ少年が一人。

 手頃な瓦礫に腰掛け、その光景をジッと見ていた。

 

「全く。手加減しろよー」

「ヤダよ面倒くさい。どいつもこいつもつまらない色の雑魚ばっかでやる気が出ない」

 天羽月彦。

 黒トリガーを所有した、S級隊員。

 北西区画のトリオン兵の殲滅を命じられ、──そのありあまる黒トリガーの破壊力に任せ、光景ごと無に帰した。まる。

 

「──で、申し訳ないんだけど。俺の担当の所。お前に頼んでもいい?」

「えー。なんで....?」

「──丁度敵さんが、動き始める。俺も向かった方がよさそうだ」

 

 動き始める。

 そう迅が言うという事は。

 今まさに──未来の分岐が始まったという事なのだろう。

 その意味を理解してか、天羽もそれ以上に声をかけることはしなかった。

 

 北西・西側区域。

 迅が、移動中。

 

 

 そして。

「──私、も」

 C級の皆が。

 撃っている。

 眼前のトリオン兵に。

 生き残るために。

 もしかしたら、誰かを守るために。

 

 そして。

 懸命にB級の王子隊・香取隊が最前線で戦っている。

 王子が、その責を負ってまで。

 C級の皆を生き残らせようと腐心し、その結果として今武器を握れているのに。

 それなのに。

 自分は震えたまま、引金を引けないでいる。

 

 どうして? 

 どうして、撃てない。

 

 撃て。

 撃たなくちゃ。

 

 だって──だって。

 そうしなくちゃ。

 

「──危ない!」

 

 迫る、人型のトリオン兵。

 王子隊、樫尾がC級に襲い来るそれを身を庇い、防ぐ。

 もうずっと前線に立ち続けて、彼の戦闘体は全身どこもかしこも傷だらけで、多くのトリオンが漏れていた。

 

 その光景は。

 千佳の眼前で起きた。

 

 トリオン兵の胸部が開かれ、そこから二本の管が樫尾に突き刺さり──そして。

 食われた。

 戦闘体の姿があやふやになり、崩れ、──そして、胸の中に、閉じ込められた。

 

「──あ」

 

 あ。

 今。

 自分は何をしていたのだろう。

 

 カシオ! 

 そう叫ぶ声が聞こえてきて。

 今自分を庇った人への声が聞こえてきて。

 

 自分が撃てば。

 あの新型を倒せたんじゃ、ないだろうか。

 かつて自分は。

 訓練の時に──トリオンの多さゆえに、基地の防壁まで破壊していた。

 

 懸命に戦った人が。

 何も出来ずにいる、自分のような人間の為に──食われた。

 

「あ、ああ......」

 

 ああ。

 ああああああ。

 

「──う、あ」

 

 その現実を目の当たりにして。

 千佳は。

 狙撃銃を、向けた。

 

 そして。

 

 引いた。

 




なんか以前もおんなじ様なこと千佳ちゃんで書いてた気がする。
ま、いっか。
知らん。
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