彼方のボーダーライン 作:丸米
それは。
一方的な破砕だった。
ボーダー側のあらゆる武装をもってしても削るのが精一杯であった、新型の頭蓋。
それを。
一撃のもとに、粉砕した。
その破砕は。
「......」
青ざめた表情で、狙撃銃トリガー、アイビスを構える一人の少女の姿。
その様を、王子は見た。
「──やるじゃないか」
王子は。
周囲に散ったトリオン兵を捌きながら、少女に向かいそう言った。
「さて」
先程少女から放たれた膨大なトリオンに反応してか。
周囲に散っていたモールモッドが、向かってくる。
王子は少女の襟を掴み脇に抱えると、ハウンドをもってそれを砕く。
「君は確か、狙撃訓練でちょっとした噂になっていた子だね。──雨取千佳、だったかな?」
「はい.....」
「今初めて見たけど、凄い威力だ」
「あ、あの....」
王子に抱えられ、そのまま千佳は運ばれるままの姿だ。
そして。
タン、タンとビルの屋上まで登ると、千佳を降ろした。
「では、アマトリチャーナ」
「あ、アマトリチャ......?」
「出来れば君の力を借りたい」
王子は、ビルの上から二つ指差す。
一つ。
今香取隊が応戦している残り一体となった新型。
そして。
C級が後退しながら向かっている本部基地への連絡通路に繋がる道に群がる、トリオン兵の軍勢。
「あの二つ。僕がタイミングを指示するから、撃ってもらっても構わないかい?」
王子は、すぐさまに理解した。
この少女が放つアイビスの砲弾はちょっとした黒トリガーだ。
数の上での不利。
そしてC級を護衛しながら撤退戦をしなければならないという状況、
それら全て──この砲弾を効果的に使う事で、解決できるかもしれない。
「本来C級の君にこんな事を言うのは道理ではないかもしれない。でも──この状況を変えられる力が君にある」
王子は言う。
理解している。
この少女が、敵を前に身を竦ませている事実に。
「ウチのカシオを助けてくれてありがとう。──でも今彼はキューブになっている。僕等としてもここで緊急脱出してはならない理由が増えた。本部にキューブを持っていかなければ、カシオは助からない」
この侵攻ではじめて現れた新型は。
トリオンを持つ人間をキューブにし、保管し、そして持ち帰る機能を持っていると本部から連絡があった。
そのキューブは、本部に持ち帰らなければ助けることはできない。
「
「......」
王子は気付いていた。
彼女が、その顔を青ざめている理由に。
彼女含むC級を庇い、樫尾が捕らえられたからだ。
庇われた罪悪感。
それ故だと。
だから。
これからの行動は、──先程引いた引金と同様の意味があると、王子は教える。
庇われた罪悪感故に引金を引いたのならば。
その罪悪感の解消する手段が、まだまだこの先にあるのだと。
樫尾を助けることが出来るのだ、と。
「君があれを撃ってくれれば、必ずカシオを助ける。約束する」
この状況を変えるべく。
王子は何もかも使う覚悟であった。
例え──眼前で怯える少女の罪悪感を利用しようとも。
心の中でごめんと、呟く。
あまりスマートなやり方とは言えない。しかも年下の少女に対して。
だが。
そうするほかない。王子とて、手段を選べる余裕は無かった。
「絶対に君の所に敵は来させない。──だから、頼む」
そう言葉にした瞬間。
その眼に怯えを宿しながらも。
雨取千佳は──アイビスを構えた。
※
「......成程。金の雛鳥も混じっていたのか」
ハイレインは。
ラービットを二体破壊し、道中にあるトリオン兵が屠られていく様を眺めながらそう呟いた。
凄まじい出力。凄まじい威力。
小さな体から戦略兵器以上の理不尽な威力を撒き散らし、──雨取千佳がそこにいた。
「ヒュース、ヴィザ」
「はっ」
「出番ですかな」
ハイレインの呼び声に、角が付いた青年と、杖を持つ老人が言葉を返す。
「お前らは金の雛鳥を捕らえてこい」
さて、とハイレインは呟く。
「──では転送を開始する。皆、程よく玄界の戦士たちと遊んで来い」
※
「なあなあ」
「何すか、イコさん」
その時。
基地南東部の警戒区域内。
ゴーグルをかけた男と、横方向に広がりを見せるもさもさとした髪をした男が実に手際よくトリオン兵を片付けながら、会話をしていた。
イコさん、と呼ばれたゴーグルをかけた男は真顔のまま話を振っていく。
「この新型の姿なんやけど」
「はい」
「フォルムがごっついよな。何か怖いわ」
「まあ、トリオン兵ですからねぇ」
「なんかあの顔面の中央にぎょろ、っと出ている眼球があかんわ。あれホンマ怖いねん。しかも急所やからそこ積極的に狙わなあかんし」
「せやなぁ。どのトリオン兵もおんなじやと思いますけど」
「多分、視界外からいきなり現れたりしたらビビり散らすと思うねん。うわ、こわって」
「んなタマですかイコさんが」
「何とか。何とかあの眼球を怖がらん方法ってないやろうか」
一つ承知しておいてほしいのだが。
この男は、至って真面目である。
ただ。
マイペースなだけなのだ。
生駒達人。
B級3位、生駒隊隊長。
攻撃手ランキングでは六位に位置する、トップクラスの弧月の使い手である。
彼等は合同部隊の一つとして、他B級部隊と共にトリオン兵の排除を行っていた。
「──思いついたわ。あの眼球を誰か別の人間の顔やと思えばええんや」
「そっちの方がよっぽど怖いわ!」
「あの眼球とかも、誰かすんごい笑顔が特徴的な奴の顔が浮かんでいると思えば、すんごいほんわかするやん」
「生首だけ人間で笑顔浮かべながらこっちタコ殴りしてくるトリオン兵とかそっちのほうがよっぽど怖いわ! 目ぇ覚ませ!」
「誰が.....誰がいいだろう.....。ウチの隊で可愛い言えばマリオちゃんやけど。マリオちゃんの可愛い可愛いお顔を斬りたくない。だったら誰がいいやろ」
「その楳図かずおのマンガみたいなホラートリオン兵の妄想まだ続くんすか?」
「仕事せぇやこの阿呆」
ついに、今まで黙っていたオペレーターのマリオこと──細井真織が声を上げる。
生駒は、それでも続ける。
「決めた。次新型が出てきた時は──眼球部分を隠岐と思う事にする」
「何でですかい」
およそ百メートル程東で狙撃銃を構える生駒隊狙撃手、隠岐孝二がまた声を上げる。
「イケメンやからや」
「えー」
あまりにもあまりな理由を聞き、隠岐は実に力のない声を上げる。
「イコさんイコさん! 俺の顔も怖くないっすよ!」
更に。
少し離れた場所で索敵を行っている南沢海も、何故か生駒の妄想の顔に立候補しだした。
「海はあかん。単純に罪悪感凄いわ。顔つき幼いんやもん」
「まるで俺の顔だと罪悪感湧かんとでもいっているみたいっすね」
「イケメンやからな」
「いやいや。俺イケメンや無いですから。マジで」
「さあ、来い新型! 隠岐の顔面をインストールした俺は、もうお前らなんて怖くない!」
瞬間。
「──『門』の反応が出とるで」
細井の警告と同時。
眼前で、『門』が開かれる。
「ほらアホな事言ってるから本当に増援来たやないすか」
呆れたように生駒の隣にいる──水上敏志が、そう呟く。
生駒は弧月を構え。
ジッとその『門』を見る。
まるでカメラを前にしているかの如く。
鋭い目力をもって。
さあ来い新型。
しっかりとその眼球部分に隠岐を投影し、そのまま旋空弧月をもって断ち切ってやろう。
そして。
現れる。
黒い外套を着込んだ、大柄な偉丈夫。
「──ふむ。二人か」
その男は。
頭部に角が生えていた。
「角付きか。これ、確か人型近界民の特徴ってことで東さんに教えられてたやつっすね」
「.....」
予想外の出来事にか。
生駒はジッと黙ってその人型を見て。
ポツリ呟いた。
「ゴリラやん」
と。
折角インストールした隠岐の顔面が。
唐突に表れたごつい顔つきの男に書き換わるその瞬間。
生駒達人の胸に到来したその感情は、例えようのない切なさだった。
「隠岐──お前の仇、取ったるで」
「俺死んでないっすよ。イコさん」
勝手に脳内で殺された隠岐の顔面に一つ黙祷を捧げ、生駒達人は弧月を構えた。
※
そして。
「──よぉ、玄界の猿共」
加山雄吾が敷いた、ダミービーコン地帯。
そこには──黒い角を生やした、長髪の男が現れる。
「黒い角.....ってことは」
「当たりだな。──黒トリガーだ」
廃棄されたビルの上。
集まるトリオン兵を処理していた風間隊の眼前に、──黒い角付きの男、エネドラが現れる。
「二宮隊、太刀川、加山。こちらに黒トリガーが現れた。これより迎撃を開始する。至急、こちらに戻れ」
「ほぉ、黒トリガーか」
「二宮隊、了解」
「加山了解」
「──よーやく、あのクソせめー艦内から出られたんだ」
エネドラは。
笑う。
嗜虐的、という表現が何よりも似合う。底意地の悪そうな、歪んだ笑みであった。
「だから、死ね」
黒いトリオンエネルギーが溢れ出る。
それが流動体のように身体に巻き付き──彼は更に笑みの皺を、上側に歪ませた。
※
そして。
丁度同じタイミングであった。
「──何よ。もう新型倒されちゃったの」
車を走らせ、突貫で急ぎ向かったその先では。
全ての新型が粉々に破砕され、そして他のトリオン兵もまたそのほとんどが倒されていた。
その様を見て、増援に来た玉狛第一の小南桐絵は思わずそう呟いた。
「──増援感謝します木崎さん」
そして。
王子は玉狛第一の最年長──木崎レイジに、そう通信を入れる。
レイジはその大柄な体を静かに揺らし、周囲を見渡す。
「報告は聞いていた。──C級を動員して何とか危機を乗り切ったと」
「危機を乗り切ったのは、彼女のおかげですね」
「.....雨取か」
雨取千佳は。
震える腕を叱咤しながら──懸命に銃を握り込んでいた。
「彼女のおかげでC級の子たちの避難経路を確保できました。木崎さんの弟子らしいですね。──正隊員でもないのに、勝手に戦わせて、すみません」
「いや。──この状況に陥らせた俺達側に責任がある」
この場は。
王子の柔軟な方針によって収まった。
C級も使い、そして新型を一撃で葬れる千佳の砲撃を効果的に利用して。
「──千佳、大丈夫か」
「うん。大丈夫だよ修君」
そして。
玉狛第一が到着する少し前。
修と緑川のコンビもまた、ここに到着していた。
「ひゃー、すっごいね。あれだけてこずった新型を一撃で....」
緑川は、修の隣でそう呟いていた。
「千佳。もう大丈夫だ。これから僕達と一緒に避難するんだ」
「俺もそこまでは付き合うよ」
その様を見ながら。
王子は少しだけ申し訳ないと感じる。
言ってしまえば。彼はそれとなく千佳の良心を利用し、彼女を戦わせたのだから。
それでも、後悔はしていない。
アレが思いつく限りにおいて、皆を助けるための最善策だったと。今でも思っているから。
後は。
C級を避難させ、この区画のトリオン兵を排除すればひとまず危機を脱したと言えるだろう。
そう。
思っていたが。
『門』が開かれる。
「──では、行きますか」
「はい」
「金の雛鳥を、捕らえましょう」
ヴィザ。そしてヒュース。
彼等の眼光は──雨取千佳を捉えていた。