彼方のボーダーライン   作:丸米

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大規模侵攻⑤

 戦況は、二分される。

 警戒区域内と、その外。

 そのそれぞれに、二体ずつ人型近界民が現れたことにより。

 

 その情報が、加山にもリアルタイムに伝わってくる。

 

 何故だろう、と。

 加山は思考する。

 

 警戒区域内に現れた人型の意図は理解できる。

 本丸は外のC級だろう。

 もう今の段階で、かなりの数のC級が捕われてしまっている。今回は有象無象の市民ではなく、ある程度のトリオン量が担保されており、かつ緊急脱出機能がついていないC級隊員を狙ったのだろう。

 

 だが。

 外に現れた二体の人型近界民は南西区域に二体が固まって現れた。

 その意図が理解できない。

 

「──アレか」

 

 既に風間隊は黒トリガーと交戦を始めていた。

 ロン毛の如何にも性格の悪そうな男が何事かを叫び、それと同時に床が崩落した。

 ビルディングの屋上にいた風間隊は、黒トリガーの攻撃によってぶち破られた床面から中に入ったようだ。

 

「加山、指定の建物に現着」

「加山か。──他のメンバーはどうした」

「二宮隊は外でセットアップ中です。黒トリガーが外に出た瞬間を狙うとの事です。太刀川さんはもう少ししたら着きます。俺は建物の中に入ってダミービーコンの仕込みを行います」

「了解した」

 

 バッグワームを着込み、一旦反応を消しつつ建物に入り。

 風間隊と黒トリガーが戦っている場所周辺の壁の向こうに、幾つかのビーコンを仕込んでおく。

 多分この手の内はバレているから、引っかかりはしないだろう。

 だが、それはそれとして構いやしない。

 一番の目的は──ここでビーコンを仕込んでおくことで、太刀川を安全にこの建物内に侵入させ、偽のトリオン反応に紛れさせた彼を黒トリガーに急襲させるためにある。

 

 黒トリガーがいかなる性能であれ、風間隊の近接連携に意識を割かれた状態からの太刀川の急襲は完全な対応は難しいだろうから。

 

 敵に気付かれぬように、壁の向こう側の音を聞きながら慎重にビーコンを設置する。

 

「気を付けろ加山。──こいつは液体化できるブレードを放ちながら攻撃してくる」

 風間隊から、交戦データが送られてくる。

 そのデータには、壁や床面から突如として現れるブレード攻撃が映っていた。

 死角側から現れるその攻撃に、風間隊は当然のように対応している。恐らくは菊地原の強化聴覚の情報を共有する事によりそのからくりが解っていたのだろう。

 

 成程。

 敵の黒トリガーはどうやら、液状化したトリオンを壁や床に染み込ませるように仕込み、そしてそれを硬質化させる事によりブレードを飛ばしてくるという性能をしているようだ。

 

「──ちょこちょこと。鬱陶しいぞ、この猿共がァ!」

 罵声と共に、敵が攻撃を加えていく。

 自身に纏わせた液体をブレードとして飛ばすと同時。

 壁に仕込んでおいた液体からもブレードを顕現させる

「おっと」

 敵の黒トリガーの攻撃により、壁の一部が崩落する。

 危なかったが、これで自分にも交戦する際の音を聞くことが出来る。

 

 加山は耳を澄ます。

 が。加山は音の色分けをするという特殊な感覚こそあれ、特段聴力がいいわけではない。

 ブレードが顕現する際の瞬間の音は聞こえるが、それでも壁の中や床面の音までは中々聞こえない。

 だが、それでも。

 壁に耳をあて聞いてみると、微かに。ほんの微かに、液体が流動する感じの色合いが脳内に浮かんでくる。

 ブレードが顕現する際の音。

 壁の中を蠢く液体の音。

 まだ。

 まだ、何かある気がするのだ。

 

「風間先輩」

 加山は、風間に一つお願いする。

 

「俺にも、菊地原先輩の聴覚情報の共有をお願いしてもいいですか?」

 菊池原の聴覚共有。

 菊池原の強化された聴覚から得た情報を

「何故だ?」

「俺は共感覚の副作用を持っています。──音さえ拾えれば、アイツの攻撃のからくりが解るかもしれない」

「やめた方がいいよ」

 通信を聞いていたのであろう。

 菊池原は加山に、そう言ってきた。

「意図は解るけどさ。でもこれ、普通の人がやると情報量の多さに酔ってくるんだよね。僕たちは訓練でどうにか慣れたけど、君なんかがやったらその間使い物にならないよ」

「解ってます。だから、ほんの十秒位でいい。その間、ビーコンの反応に紛れてジッとしています」

 自分の能力に加え、菊地原から送られる膨大な情報を脳内に叩き込まれる。

 多分、今までに感じたことのないような膨大な色の奔流が送り込まれるのだろう。

 混乱もするだろうし、酩酊もするだろう。その間にまともに動けるとは、自分も想定していない。

 だが。

 嫌な予感がする。

 ちょくちょく。

 液体から固体に変わるその瞬間の色以外の音が、聞こえてくるのだ。

 

「三上」

 風間が、指示を出す。

「加山に、聴覚共有を繋いでやれ」

 

 そう、風間は決断した。

 

 一つ加山は頷き──そして目を閉じた。

 

 三上の、聴覚共有開始、の声と共に。

 加山の脳内に──膨大な音の奔流と、色が襲い掛かってきた。

 

 

 頭が。

 ガンガンと揺れる。

 

 与えられる聴覚情報の奔流が、同時に色彩の暴力を叩きつけてくる。

 今まで感じてきた色が。

 何重もの色彩となって、混じり合って、ぐちゃぐちゃになって、脳内を駆け巡っていく。

 これが。

 これが、菊地原の聴力をもって感じる、加山雄吾の世界。

 だが。

 やるべきことがある。

 

 選別だ。

 選別しろ。

 

 今まで感じた事のある色は全て無視。

 あの黒トリガーが発する音だけに集中しろ。

 

 今ならば解る。

 

 発せられる、音が。

 硬質化したブレードが飛び出る色。

 液体が、硬質化する色。

 

 そして。

 奴の身体の中もまた、その液体が流動する音が聞こえ。

 そして。

 もう一つ。

 別の音が、聞こえる。

 

「──風間、さん」

 息も絶え絶え。

 膨大な音と色がぐるぐる回る脳内で、それでも。

 伝える。

 

「──液体だけじゃない」

 その音は。

 聞いた事がある。

 日常の中。

 ゴポゴポと沸き立つ湯の上で漂う。

 あの、感じ。

 

 あの色は──。

 

「あのトリオンは──空気化も、している」

 

 

 その瞬間。

 聴覚共有が解かれる。

 

 

 

「──おうふ」

 

 その時。

 加山は歌川に肩を担ぎ込まれていた。

 

「ありゃ。ここは、何処ですか....」

「一旦外に出てもらった。──奴が黒トリガーで大技を使ったから、その隙に」

 気付けば。

 いつの間にやら景色は薄暗い廃ビルの中ではなく、煙が立ち込める外にいた。

 ビルを見れば、上階部分が完全に吹き飛んでいる。

 本当に──黒トリガーの出力はインチキにも程がある。

 

「──全く根性ないね」

 歌川に担がれたままの加山を見て、菊地原は実に乾いた口調でそう言葉を投げた。

「うす。根性なしですみません」

「これだけみっともない姿晒したんだから、少しでも情報を得たんだろうね」

「うす。風間さんにはもう伝えています」

「──成程な。ガスか」

 

 風間が、そう呟く。

 

「ガスですか?」

「ああ。奴のトリオンは液体、固体、そして──気体にも変化する」

 気を付けろ、と風間が言う。

「恐らく奴はフルパワーでの攻撃を行使する事で、わざと視界を狭めて俺の攻撃を誘ったのだろう。そこで近づいてしまっていれば、俺は奴が纏ったガスにやられていた。──お前の情報提供がギリギリ間に合った。助かった、加山」

「気体、ですか。目視は難しいですよね....」

「とはいえトリオンではあるだろう。三上、あの黒トリガー周辺のトリオン反応をこちらにも共有してくれ」

「了解」

 とはいえ。

 外に出て行きはしたが──あの黒トリガーは何処にいるのだろう、と疑問に思ったが。

 ビルの中から破砕音が聞こえてくる。

 

「お前のダミービーコンを壊しまわりながら、隠れている奴がいないかを探しているらしいな」

「そうっすか。──だったら丁度いいや。二宮さん」

「何だ」

「爆撃する準備OKですか?」

「ああ」

 了解、と加山は一つ呟くと。

 メテオラをセットし、

 

 発動した。

 

 その瞬間。

 

 地響きと共に──廃ビルが崩れ去る。

 

「上階部分を吹っ飛ばしたせいで、あんまり上からのプレスがかかんないですね。でもまあいいや。頼みます、二宮さん」

 

 崩壊したビル群の瓦礫が。

 黒い奔流に元気に吹っ飛ばされる。

 

 その上空に。

「サラマンダー」

 

 ハウンドとメテオラ。

 二つのトリオンキューブを合成し、出来上がった──追尾炸裂弾がその頭上に降り注いだ。

 

 

 ランバネインの両手が。

 マントの中で、構えられる。

 

「アステロイド」

 と呟きながら水上は──ハウンドをランバネインの周囲を囲むように放つ。

 

「ふむん」

 それら全て、幾重にも発生した円盤状のシールドで防ぎながら。

 ランバネインの両手は。

 水上と、生駒に向けられる。

 

 水上は、それをフルガードで防ごうとし。

 生駒は即座に横方向への回避動作に入る。

 

 して。

 

「げ」

 間の抜けた声と共に。

 水上のフルガードはいとも容易く砕け──その先にあるトリオン体までも、真っ二つに砕け散る。

 ──水上、緊急脱出。

 

「──うっそやん」

 

 間一髪でそれを避けた生駒は、思わず呟く。

 

「何やあのゴリラ。ゴリラの癖にとんでもない弾丸撃ってくるやん。ゴリラの癖に。砲撃ゴリラか。何や新しいやん」

「イコさん逃げて。超逃げて。あのアホみたいな弾丸防ぐの無理。アイビスなんか可愛いくらいの威力や何やあれ」

 通信を通じて水上が、珍しく焦った様子で捲し立てる。

「わかっとる。このまま何もいい所がないままゴリラに殺されるのだけは堪忍や」

「あの威力やから連射はないでしょ。隠岐が援護するから、その隙にとにかく他の部隊との合流しましょ」

「近くやと、どの部隊が近いん?」

「弓場隊やな。とにかくガン逃げやガン逃げ。他の仲間おらんとどうしようもない」

「弓場っち。弓場っちか。おっしゃ了解や。あのマグナムでゴリラ狩りやってもらうわ。──うわ何かまた光り出したわアイツの両手。はよう援護してやイケメン」

「イケメンや無いすけど、撃ちますよー」

 瞬間。

 ランバネインの頭蓋目掛け、弾丸が飛んでくる。

 

「──ふむ。遠くにまた一人」

 

 そう呟くと。

 両手から射出せんとした弾丸を収め。

 

「何やあれ?」

 背中に昆虫のような、四角いフォルムの一対の翼がある。

 それが、

 トリオン光で、眩しく光る。

 

 その光が次第に収束し、何重という弾丸の形になった瞬間。

 隠岐の判断は素早かった。

 

 イーグレットを解除しグラスホッパーを装着。

 

 そのまま這う這うの体で、背後へと飛んでいく。何とか事なきは得たが、爆撃に多少巻き込まれ、足が削れていた。

 

「ひぇー。イコさんイコさん。アレヤバいっす」

「ヤバいな。見ただけで分かるわ。何であの威力で連射できんねん。──おい海。お前何でそんな所に移動してんねん」

「へ? イコさんと合流しようと思って....」

 見ると。

 離れた場所で巡回を行っていた南沢海が、生駒の襲撃を受け合流せんと近づいてきていた。

 それ自体は問題ないのだが、問題はそのルートだ。

 たった今爆撃を受けた隠岐側から、生駒に向かっていた。

 水上が、叫ぶ。

 

「アホ! そこあの砲撃ゴリラの射程圏内や!」

 

 また一人か。

 そうランバネインが呟くと同時──今度は、大型のライフルのようなフォルムの銃を、腕と一体化させた形で出す。

 

 弾倉代わりのトリオン球を数珠つなぎに銃に送り込み、機関砲よろしくぶっ飛ばしていく。

 

 どどどどどど、という凄まじい銃声と共に、

 

「ひぇ~」

 と。

 何とも気の抜けた声を上げながら──南沢もまた、緊急脱出した。

 

「もう生きているの俺だけやん!」

「俺も生きてますよイコさん」

「そうや! まだ隠岐が生きとる! 隠岐がイケメンなだけのこの部隊が、まだ継続しとるんや......!」

「もうそれでいいですから早く逃げて下さいマジで」

 

 生駒は口では中々にふざけた会話をしながらも、オペレーターの細井が示す逃走ルートを着実に踏破していった。

 

「逃がさぬぞ」

 

 ランバネインは、──背の翼からトリオンを噴出させ、そのまま生駒に向かう。

 

「おい隠岐」

「はいイコさん。飛んでますね。あのゴリラ」

「飛んだ。ゴリラが、飛んだ」

 まるで木によじ登った豚でも見たかの如き呆けた反応を返しながら。

 上空を見かけていると。

 

 幾つもの光が、煌めいていて。

 

 まるで。

 ゴリラが流れ星になって、黒く染まった空の上から流星の雨を降り続けているんだ。

 

 そんな風に、生駒は思った。

 




生駒隊の描写は心からふざけました。
すみません。

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