彼方のボーダーライン 作:丸米
オリ主は書かないと活動報告で言っていた身ですが、少し考え方が変わりました。
その部分に関しては、どうかお許しください。
※修正 高校生→中学生
炒飯の色彩を応えよ
色を感じる。
色というのは不思議なもんで。
自身が思っているイメージと同じものが想起される。
そして、
「加古さん。おい加古さん」
「何かしら加山君」
感じる。
これはいけない。
この色はいけない。
別にそこに色があるわけじゃない。
視覚から見えるその色とは違う。
『音』の中に『色』があるのだ。
眼前の厨房で繰り出される音の中に色がある。
ある。
それは。
燃え盛るような赤色と淀んだ青色が滲みだし、フライパンが振られる度にそれが混じり合い禍々しい紫色に代わっていく。
恐らくはごうごうと燃え盛るコンロの火の音色が『赤』で、その食材がフライパンの上下に合わせて浮かんで落ちる音が『青』だ。
当然、色にも感覚質がある。
まっさらな青空を見て憂鬱になる人間はいないだろう。逆に油が沈殿し淀み切った海の青色を見て喜ぶ人間もいないだろう。
副作用が叫んでいる。全力で叫んでいる。
怖いよ、痛そうだよ、あの色は『ヤバそう』だぞ、と。
「俺の副作用が言ってる。それは胃の中に入れていいものじゃねぇって。解ってるか加古さん。おい加古さん。聞こえてるなら応答せよ加古さんおい加古さん」
「何を言うの。すべて、人が普段食べているものじゃない。毒なんかないわ」
「何で洗濯剤に“他の洗濯剤を混ぜるな”って書いていると思う?単体で大丈夫でも組み合わせで有毒になるからだよ!」
「ええ、勿論知っているわよ。――それがどうしたの?」
「食材もなぁ、そうなんだよぉ!」
嫌だ。
ああ。
赤と青が混じって、紫が。紫が迫ってくる。
あの紫はアレだ。完全にイメージとしては忌避とか異端とかそういう『感じ』の色だ。
炒飯の色彩は完全に卵から出来た黄色なのに。
そこから発せられる音からは、完全なる『紫』なのだ。
その紫は着物によく見る鮮やかなものではなく、禍々しく、毒々しく、そこから想起される感覚質から発生した恐怖で脳味噌がキリキリ痛み出すアレだ。
「はっきり言っておく!貴女が今やろうとしている行為は、完全なる虐待だ!年齢の上下関係を逆手にとって逃げ場をなくさせ有毒物質を胃の中に放り込んで俺を殺そうとしている!解ってるのか俺はまだ中学生だぞこの先があるんだぞまだまだトリオンも成長するお年頃だぞ!このまま死なせていいのか成長株だぞおい!」
「あ、計測したら私のトリオン超えたみたいね。おめでとう」
「ありがとう!だから帰らせろ!」
「おめでたいじゃない。私の炒飯食べてすくすく育ってね」
「息の根止まるわ!!」
「失礼ね」
「うるさい!食材からすればアンタは失礼どころか冒涜者だ!」
「感謝しているわよきっと」
「呪われちまえ!」
「私、好奇心に呪われているの。ふふ」
ああ畜生。
この笑い声から発せられる色は綺麗だ。綺麗な純白だ。本当に純粋に楽しんでいるのだろうこの状況を。
この純然たる色の笑みを浮かばせられる感情を元手に、あの淀み切った紫を作ったのか?
善意。
完全なる善意。
きっと本気で美味いものを作ろうとしてくれている。理解できる。
でも理解する。
あの音から漏れ出す『色』で。
死ぬって。
何かの音に似ていると思ってたんだ。
あれ、
この音何かに似てるな。
何だろう。
ああ。
あれだ。
あの音だ。
明確には違うけど、それでもこの音には。
こう、スプラッター映画でベッドシーンに入った後に挿入されるBGMと同じだ。
昔、映画見ては怖い怖いと泣いていたなぁ。視覚的な怖さと聴覚的な怖さと、副次的にやってくる「音」の脅威を感じるから。
BGM一つにもそんな感じで色を感じるもんだから。
昔は結構な怖がりだったなぁ、とか。
ああ。
やめろ。
やめてくれ。
先があるんだ。
やらなきゃならないことがあるんだ。
どうか殺さないでまだ死にたくない。いや敵に殺されるならまあ別に死んでもいいけど仲間には殺されたくない解っているのか加古さんおい加古さん。
ああ。
ああああああ。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
※
警察官の親父が同姓の俳優が好きだった。
故に彼の名前は加山雄吾。
そんな名付け元となった俳優に似る事もなく、彼は小柄で、内向的な性格の人間として幼少期を過ごしてきた。
幼少のころから少しだけ人とは違う性質を持っていた。
彼は音楽が好きだった。
クラシックもロックもヒップホップも歌謡曲もポップスも。およそ音楽という名の付くもののほとんどを彼は聞き込んでいた。
――雄吾。お前は音楽が好きなんだな。
そう聞くと、彼はこう答えた。
――うん。音楽って凄く色が綺麗なんだ。
と。
それを最初は「音色」と解釈していたのだろう。特に何も考えずにその言葉を受け入れていた。
だが、次々と彼は音に色があると言葉にしていく。
母さんの足音は、淡い水色。父さんの足音は、力強い岩のような鼠色。
トラクターの音は濁流のような黒い音。
静寂の中で鳴く蛍は褪せた赤色。
そんな言葉を聞くと、両親は少しだけ実験してみた。
両親、祖父母、親戚数人。
全員の足音を目隠しした状態で聞き分けられるか。
聞き分けられた。
その後――彼は「共感覚」という性質を持っている事が判明する。
彼は、音を色別する。
本来視覚によって得られるであろう『色』という情報を、彼は音の中にも認識する。
黄色い歓声とか、七色の音色、というように。
音を色に表現する感覚を人間は持っている。
加山雄吾は、されど、本当に色を感じるのだ。喧しい女性の歓声を聞くと黄色く感じるし、幾つもの音が複合して響く様に七色以上の色を感じる。
共感覚を持つ人間というのは、少しばかり挙動が普通と違ってくる。
ちょっとした音に敏感になってしまうのだ。
なので彼は、背後から大きな音を鳴らされる嫌がらせをよく受けていた。
その結果として、他者からの排斥をごく自然と受けるようになっていったのだ。
「自分は他の人と違う」という事実と。
「人と違うと、排斥される」という現実と。
その二つを実感していくうちに――彼は次第に他人へ期待する事をやめ、そして本来の明るい性格から内向的な性格へと変わっていった。
その時、11歳。
彼は、本当の地獄を知ることになる。
・ ・ ・
騒音。
劈く悲鳴。
蠢く化け物ども。
サイレン。
叫び声。
女の悲鳴。
男の呻き声。
子供の泣き声。
声に
音に
全てが、全て。
その日、地獄に思えた。
「-------」
ごぼり、と血を吐く。
何となく理解した。
自分は、ここで死ぬんだと。
――ごめんなさい、母ちゃん。
その隣には。
自分を庇って死んだ母親の姿があった。
崩れていく家屋から息子を守らんと身を挺して庇った母親の、姿。
――庇ってくれたのに、僕は生きられそうにないや。
視界は暗くてぼやけて何も見えない。
聞こえてくるのは、音ばかり。
どす黒い色と腐った臓腑のような色と昆虫の複眼のようなぼつぼつとした青色。
もう色は常に脳内に駆け回っていた。
耳を塞ぎたい。
目を閉じても、色が見える。
死の色が。
死を表象する色が。
それは音が聞こえる限り、彼の脳内に映り込んでいく。
悲鳴が運ぶ色。建物が崩れていく音が。鳴り響くサイレンが。
視界は見えず、臭いもしない。そんな中、音が運び込む地獄の最中、彼は身動き一つとれずに自らの体温を感じ続けていた。もはや笑みすら浮かべていた。果てしのない地獄に、狂気に脳内が侵されそうになる。
音が、地獄を叩きつけてくる。
今まで感じたことのないほどに――不吉で、禍々しく、死へと直結する色が脳味噌に駆け巡る中。
ぼんやりと――せめて父さんだけでも生きてくれと願いを込めて目を閉じた。
後に――三門市を広く世に知らせることになる、近界民による大規模な侵攻。
結論として彼は死ななかった。
――父親が侵攻の最中で起きたマーケットの略奪行為に参加し、銃を発砲して市民を傷つけ、奪い取った医療道具で息子の応急処置をした事で。
加山雄吾が父、加山敏郎。
彼もまた死んだ。
略奪に参加し許可なく市民に発砲した忌むべき犯罪者として。
※
嫌な夢を見ていた気がする。
誰の所為だ。
「起きたかしら?」
ああ。
そうだこの人の所為だ。
「危うく地獄に落ちるところだった」
「大袈裟ねぇ」
「もっと言ってやろうか。死んだほうがましな程にひでぇ思いをした」
「おいしさも限度が過ぎると毒になるのね」
「純然たる意味で毒だよあれは!」
加古望。
数少ないA級隊長の一人だ。
必殺☆心臓潰し★炒飯の作り手だ。
他にも言うべきことは幾らでもあるが、残念ながら今まさに殺されかけた身からしてみればまず真っ先に挙げておかなければならない要素だろう。
入隊初期から親交のある隊員の一人で、何が気に入られたのやら。よくよくこうして炒飯が振舞われている。八割の確率で美味いタダ飯が食え、二割の確率で生死の境に吹っ飛ばされる阿弥陀クジ。開けてみるまで解らぬパンドラボックスなのだが、悲しいかな。彼は調理過程の音を聞くだけで自らの未来を知ることが出来るのだ。生きては死に、死んでは生き返りの繰り返しの中。彼にとっての加古望はちょっとだけの友愛と果てしない恐怖の権化となっていた。
嫌いではないのだ。
別に悪意はないから。
だが悪意がない事と恐怖を感じることは別々であるのだ。
「で。――どう?B級に上がって一カ月ちょっと。感想は?」
「安心しました。まともな人もいるんだって」
「あら?」
「だって。C級の時に知り合った人なんざ、加古さんでしょ。当真先輩でしょ。で、同期の木虎と別役先輩でしょ。――ああ、クソ。何であの人を先輩なんて言わなきゃいけねぇんだあんだけ尻拭いさせといてふざけんなよ。――まあ、ほら。木虎除くと割とこう、うん-----な人が、ね。木虎も木虎で、真っ当な常識は持ち合わせてますけど。それはそれとしてコミュニケーションに常に対抗心を持ち込まれるのが面倒くさい」
「何で私もその勘定に入っているのかしら?」
「ご自分の胸に手ぇ当ててしっかり考えて下さいよ。――でB級に上がって。柿崎先輩に来馬先輩に会ったわけですよ。いやもうボーダーにもこんな人がいるんだって。もう嬉しくて泣きそうだったんすよ解ります加古さん」
「貴方もたいがい変人じゃない」
「何ですと?」
「何でC級の初期武装、メテオラ選んじゃったのよ」
「広域の爆撃をお手軽にぶっ放せるとか絶対に強いじゃんとか思ったのが運の尽きでしたね。木虎に撃ち抜かれてメテオラ放つ前に死んじゃってましたもんね。まあいいさ。俺もアステロイド拳銃に変えて、アイツの昇格前に勝負仕掛けてポイントごっそりとって一足早くB級に上がりましたし。イッヒッヒ」
「恨まれているわね。間違いないわ」
「でしょうねぇ。――まあ取り敢えずB級上がんないと金も稼げないし。ここからここから。――今住んでいる所も、中学卒業したら出て行く事になりますしね」
「冷たいわね、貴方の叔父さん」
「しゃーない。犯罪者の息子いつまでも置いとく訳にもいかないでしょうし」
それに、と加山は続ける。
「中学卒業したら存分に働けますしね。防衛任務もかなり入れられますし。バイトも解禁されますし。出ていくタイミングとしては一番適当でしょ」
「-----高校は、いかないのね?」
「行きません。――俺は割とボーダーに命かける覚悟でここに入りましたからね。ボーダーが死ぬならまあ一緒に心中しても後悔はないです。ボーダーが必要なくなる状態になってなくなっても、それはそれで人生の目標を達成できたといえますし。放り出されてそのまま野垂れ死んでも本望です」
ケロリと、加山はそう言った。
言った。
変わらぬ表情で。
加古は――表情を変えない。
「――そういう会話、他ではやっていないでしょうね」
「口が裂けてもいいませんよ。特に柿崎先輩とか、来馬先輩には。絶対に余計な気を回す人ですし。加古さんみたいに、いい感じにテキトーな人だから言えるんですよ。口も意外に固いですし」
「失礼ね。――ねぇ、近界民は憎くないの?」
加古は、尋ねる。
彼と――彼女がかつて同じ隊に所属していた少年。その過去が、非常に似通っているから。
身内が、近界の侵攻によって喪われた辺りが、特に。
「うーん。――何というか」
加山は頭を捻らせる。
「憎いですよ。でも、何というか-----憎み方、ってのも、大事だと思うんですよ」
「憎み方?」
「身内殺したのは確かに近界民ですけど。じゃあ近界民全員復讐対象じゃ、って中々俺は出来なかったんです」
「どうして?」
「俺はこの副作用持ってて、排斥された側でしたからね。他人とは違う、ってレッテル貼られて生きてきたわけですよ。で、近界民の侵略後は、犯罪者の息子っていうレッテルも新たに追加されて」
「------」
「近界民、ってレッテル貼っていっしょくたにして憎む、ってのも同じことだと思うんですよね。多分、あっちには同じように生きている人間もいるんだろうし。だからそれは俺には出来なかったんです。――でも三輪先輩の事は、否定はしないし、出来ないです。あの人はあの人で、別の優しさがありますし。それで、近界民を憎むようになったんでしょうし」
「理性的なのね」
「なので、憎み方です。――俺は近界民じゃなくて、近界を憎む」
近界民、ではなく。
近界を憎む。
「いつか言っていたわね」
「ですね。――俺の最終目標は、近界からの侵略を完全になくす事です」
加山は。
口調を変えずとも――それでも、貫徹する意思を携えた力を込めた言葉を、放つ。
「その手段として――近界そのものを、滅ぼす。ここで生きている人間の為に、近界には死んでもらう。それが俺の憎み方で、復讐の方法です」
気負いも衒いもなく。
彼はそう自然な口調で――そう、言い切った。
ここ二カ月ばかり、色々な作者の方とお話をする中で、オリ主に挑戦してみたいと考えるようになり、初めて書く事に致しました。
至らぬ点もあるかも解らないですが、暖かい目で見てもらえれば。