彼方のボーダーライン 作:丸米
「──新手が、二人!」
ランバネインはニッ、と笑むとその標的を視界に収める。
その瞬間には。
「──おおう!」
弾丸が、ランバネインの眼前まで迫っていた。
二丁がくるりと指先で弾かれ、銃口を向け──間断なき射撃が行使される。
幾つかはシールドで事なきを得るが、一発大きいのを肩口に貰った。
「速い!」
男の射撃は、連射性も射程も然程もない。
だが。
その威力と、放たれるまでの速さが凄まじい。
「いい駒だ。──だがここで仕留めきれなかったのが運の尽きだ!」
ランバネインの射撃が行使されるその瞬間。
帯島が細かく刻んだハウンドを左右に散らせた後に、両者ともに二手に分かれ路地を形成する建造物を砕き、入っていく。
「──その程度の建造物。雷の羽の前には瓦礫同然よ」
ランバネインが持つトリガー、雷の羽。
様々な射撃機構が身体と一体化しているそのトリガーは──火力と制圧力だけを切り取れば並みの黒トリガーすらも超える性能を誇る。路地の狭苦しい建造物を瓦礫にすることなど、実に容易い。
建物ごと破砕せんと銃を構える瞬間。
「──おおお!!!」
周囲を取り囲む路地。
そこにスゥー、と。
幾重にも重なる線が、走っていく。
それは。
トリオンの軌道であった。
それは。
地面。
そして。
路地を形成する周囲の建物にも。
走る。
そして。
それらが、一転──ランバネインに、収束する。
地面、壁に引かれた、バイパー。
まるで巣を張るような弾道で引かれたそれは、ランバネインを取り囲み、そして必殺の弾丸を叩き込まんと襲い掛かっていた。
「これは防げんな」
ランバネインは即座にジェットを行使し、その場を離れる。
バイパーに両足を削られながらも、上空へ。
その様を見て、
「──空へ行ったわ」
そう報告を行う、純白の肌をした女性がいた。
その報告は。
二人の下に届く。
緊急アラートから真っ先に警戒区域に向かう中、緑川と別れて新型の排除に手をかけていた出水公平と、米屋陽介であった。
「──弾馬鹿。那須さんから報告。ゴリラが上へ向かって行ったぜ」
「OK槍馬鹿。愉快なゴリラ狩りの始まりだ──っぜ!」
路地の傍ら。
出水公平は片手にハウンド。そしてもう一つにアステロイドを構える。
それを両者とも細かく刻み、そしてハウンドを先に放つ。
迂回する弾丸で、追い込みをかけ。
そして迂回先に──直進する弾丸を叩き込む。
「成程──やる!」
ランバネインのジェットは、トリオンがある限り無限に飛べるわけではない。
飛行時間に限界はあり、その時間を過ぎればクールダウンも必要となる。
その飛行時間を、地上からの追尾弾への回避をさせる事で消費させていけば。
引き摺り降ろすことが出来る。
そして。
「──また、別の弾丸か」
今度は、ある程度細い弾丸だ。
だが──先程の追尾弾よりも、複雑な経路を辿りながら自らを追っていることに気付く。
追尾する弾。
迂回する先に置かれる弾。
その間隙を突くような、細い弾。
空中にいながらも、非常にバリエーションが豊かだ。
ふむん、と呟き地上に火砲を撒き散らしながら。
様々な場所に意識を巡らしていく。
狙撃。
地上からの弾丸の応酬。
──成程。
いい指揮官がいる。
そうランバネインは確信を覚える。
とはいえ。──このままやられっ放しというのは性に合わない。
「──鬱陶しい狙撃手をまずは、適当に散らさせるか」
そう言うと、彼はジェットを旋回させ、各狙撃ポイントに爆撃を放っていく。
逃げきれなかった者、逃げられた者を判別する余裕はない。すぐさま、地上の連中への迎撃態勢に入る。
まずは──浮いている駒から、一体ずつだ。
急降下しながら、弾丸を浴びせる。
見える。
建物を飛び跳ねながら、こちらに弾丸を放っていく女が。
ニッと笑むと。
女が飛び跳ねる先にある建物を火砲で破壊する。
表情を歪めるその女は足場を無くし、地上へ落ちていく。
その地点に──意趣返し。
先程やられたように、着地点に弾丸を置く。
「また、一人」
ここでジェットの推進力をある程度保つべく、ランバネインは地上に降りる。
その瞬間だ。
「──テメェ。よくもゴリラの分際で那須さんをやってくれたなァ」
そう叫びながら視界内で槍による刺突を行使する米屋陽介と。
そして。
──それを陽動に、上空から襲い掛かる刀使いの那須隊攻撃手熊谷友子。
まずは。
背中のカタパルトからの弾丸の射出により上空から襲い来る熊谷を撃破すると同時。
ジェット噴射と共に背後への移動を行い、一気に背後に向かい米屋の射程外まで移動し、射撃を行使する。
米屋はその攻撃に幾らか身体を削られながらも、路地の裏へ向かい致命傷を避ける。
ここで。
「──むぅ!」
ランバネインの背後に、爆撃が落とされる。
細い路地が崩された建造物に埋められていく様を見つつ。
脱出路は。
上。
そして前。
上は。
先程の射手の追尾弾が来るのだろう。
では前には。
満身創痍の米屋。
その背後に、弓場と帯島がそれぞれ銃とハウンドを構えていた。
──槍使いでこちらの足を止め、背後の二人による波状攻撃か!
火砲を向け、シールドも展開する。
その瞬間。
思考が回る。
この三人もまた。陽動であろうと。
ならば、何処かでまた、こちらの意識外の攻撃が放たれるはずだ。
そしてこの状況下ならば。
背後を一瞬見る。
そこには──ゴーグルをかけ、剣を構える男が。
生駒達人だ。
挟撃だ。
だが。
銃使いの距離の方が、あの剣士よりも近い。
射程の関係上、銃手よりも剣士の攻撃が届くことはない。
ならば。
前方の連中を片付け──背後の剣士を、その後に倒す。
そう思考を回し。
前方にシールドと火砲を向ける。
「引っかかりやがったな、なァゴリラ。──やれ、生駒ァ!」
「俺の旋空は、地を割るゴリラすらも斬り裂く──!」
そして。
発動する。
起動時間0.2秒。
奇しくも。
ゴリラを挟み込み相対する男を倒す為に練り上げ、作った──生駒達人の、生駒達人による、規格外の旋空。
踏み込む足からしなだれた腕を振り上げて
「旋空──」
トリオンに満たされた光が斬撃の光屑を作り上げ。
「弧月──!」
それは放たれた。
円弧を描き、伸ばされた刀身が描く斬撃。
それは。
あるべきブレードの射程を埋め尽くす、一瞬の軌跡であった──。
天翔けるゴリラは地に落ち。
そして──瞬間に発生した箒星に貫かれる。
「見事........! 玄界の戦士よ.....!」
「アンタも、見事やった.....! 俺ん所の隊員全員、アンタにやられた。だから」
胸元斬り裂かれるゴリラの袈裟に、更なる踏み込み。
「──ここでおとなしく眠るんや、ゴリラ」
トリオン体が崩れ行く。
この瞬間。
生駒の脳内に一瞬の走馬灯が走った。
手甲から射撃を放ったゴリラ。
羽から弾雨を降らしたゴリラ。
でっかい銃を召喚したゴリラ。
そして──空飛ぶジェットゴリラ。
あまねくゴリラを統括した、ゴリラの中のゴリラ。王の中の王。
皆々の力を結集し、それを仕留めた彼の胸の内には──。
「弓場ちゃん」
「あん?」
「俺もう一人やけど、これからどないすればええ?」
「知るか」
もう何も残ってなかった。
※
そして。
南西区画の避難地域。
ヒュース。
そしてヴィザ。
二人の人型近界民がこの場に現れ、
──王子は、この場に人型が現れた理由を即座に理解できた。
ここまでの動き。
C級隊員を搔き集める動きをしている中。
──トリオンを持つ者を狙う中で、一人規格外がいたからか。
狙いは理解できた。
雨取千佳だ。
「──これは、困ったね」
王子はポツリと呟いた。
今ここに在る戦力は
王子、蔵内
香取、若村。
三雲、緑川。
そして玉狛第一。
この戦力を──雨取千佳含めC級を護衛する部隊と、そして今現れた人型の対処の為に分けなければならない。
「──王子」
「はい」
思考する王子に。
レイジの通信が入る。
「俺達であの人型の動きを止める。残りで、C級の護衛を行え」
「了解です」
まあ、それが妥当だろう。
王子は一つ頷くと、
「アマトリチャーナ」
「は、はい......」
「結論から言う。敵の狙いは君だ」
え、と──千佳は思わず漏らす。
その言葉に──隣に立つ修もまた、動揺が走る。
「どういうことですか!?」
「敵の狙いはトリオンを持つ人間。その中でC級隊員に目を付けた。市民を攫うよりも、ずっと効率的だからだ。そして──彼女が持つ膨大なトリオンは、敵としてはどうしても手に入れたい代物。──だからあそこに人型が二体もいるんだ」
人型のうち一人が。
雪片のような黒い欠片を結集させ銃を形作り──千佳に向けて撃つ。
それを、王子は弧月を振り、弾く。
「カトリーヌ。僕たちは引くよ。──C級とアマトリチャーナを何としても逃がすんだ」
「──しょうがないわね。引くのは性分じゃないけど」
「ではレイジさん。後は頼みました」
「ああ」
さて、と王子は呟く。
「──次々とよくもまあ色々な手を打てるものだ。まあ仕方ない。僕等は僕等で最善を尽くそう」
※
「おうゴリラ。お前はこっちに来てもらうぜ」
「ふ。──強かったな、玄界の戦士よ」
「まああれだけ囲んじまえばなぁ。お前にもう何人も倒されちまっているし」
「そうだ。それが──戦場というものであろう」
そうランバネインが言った瞬間。
「おっと」
左右から黒い亜空間が出現すると同時。
黒い棘が左右から生え出る。
「──退却よ、ランバネイン」
「おお。すまぬ。やられてしまった」
弓場はその女を視認するや否や。
即座に拳銃を構え、弾丸を叩き込む。
「あら。随分と血の気が多い事」
女はランバネインを回収すると、亜空間を閉じ弓場の弾丸を彼方へ通り過ぎさせる。
チッ、と一つ舌打ちを放ち──弓場は報告をする。
「──人型のうち、砲撃を撒き散らしていた奴は撃退した。身柄は抑えきれなかった。敵の女が──恐らくワープ機能付きの黒トリガーを使って退却させた」
取り逃がした苛立ちを少々表情に浮かべながら、弓場は忍田に状況の報告に入る。
混迷を極める戦場の中。
次にどう動くかを見定めながら──。
※
「しかし、強かったな。特にあの剣士。あれほどに伸びあがる剣技は、中々見れるものではない」
ランバネインは。
自身が撃墜され、艦に回収されたのちにそう満足げに言葉にした。
「楽しめたようね、ランバネイン」
「ああ。故に負けたことが中々に悔しい。ところで、ミラよ」
ふむん、と一つ顎先に手をかけ。
ランバネインは一つ疑問の声を上げる。
「どうしたのかしら?」
「玄界では、我等の事を”ゴリラ”と呼称するのだろうか?」
「知らないわよそんなの」