彼方のボーダーライン   作:丸米

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大規模侵攻⑨

「──成程な。敵さんの最大戦力がこっちに来ているのか」

「うん。そう。今太刀川さんが握っている黒トリガーを奪い返しにね」

 だから、と迅は言う。

 

「俺達の役割は、一秒でも長くその敵を引き付けておく事。その黒トリガーは奪い返されても構わない」

「いいのか?」

「それよりもよっぽど優先しなければいけない事があるからね。今回襲い掛かってくる爺さんを無理に撃破しようとしなくていい。それよりも、時間稼ぎが最優先。──その為に色々仕込みもしているから」

 

 さあて、と。

 迅は言う。

 

「ここから、どんどん未来の分岐が始まってくる。頑張っていかないとね」

 その為にも。

 これからまた幾つかお願いをしなければならない。

 

「──忍田さん」

「迅か。どうした?」

「ドライブ中の加古さんって、あとどれくらいでこっちに来る?」

「もう少しで警戒区域内に到着するとの事だ」

「了解。──加古さんがここに到着するタイミングで、ちょっと集めてほしい人がいる。冬島さんと協力して早急に──」

 可能な限りの、最良の未来。

 それを得る為ならば。

 

 

 戦況は。

 ボーダー側、アフトクラトル側双方とも戦力が分散している状態であった。

 

 アフトクラトル側のトリオン兵の分散に関しては、彼ら自身の戦略によるものだが──後に投入した人型近界民もまた分散していく形となっている。

 それは、それぞれの条件を満たすためだ。

 

 一つに、金の雛鳥の回収。

 二つに、泥の王の回収。

 

 それぞれの役割の為にヒュースとヴィザを使ってしまっている。

 更に言えば──ヒュース・ヴィザ共に玄界の最高戦力を相手にすることとなっている。

 

 ヴィザに関しては何一つ心配はしていないが、ヒュースに関しては非常に大きな問題を抱えていた。

 

 ヒュースは。

 金の雛鳥を回収できなければ置いていかなければならないのだ。

 彼は様々な事情により──金の雛鳥の回収が失敗した状態で国に戻すわけにはいかないのだ。

 

 ヒュースに関しては、全面的に信頼を置いて運用するわけにはいかない。

 

 優先順位は泥の王の回収。

 だから、そちらにヴィザを向かわせた。

 

 残された余剰戦力。

 ラービット複数と、そして──ハイレイン自身。

 

 この配置をどうするか。

 

 ──決まった。

 

「──ヒュースは、手練れにてこずっているようだ」

 ならば。

 

「私が出よう。──ミラ。転送を頼む」

 

 ここで自らが行わねばならないのは。

 金の雛鳥の回収。

 そして──エネドラの排除だ。

 

 

「──く!」

 その頃。

 王子隊と香取隊、そして修、緑川、千佳はC級を引き連れ本部の脱出路までの道をひた走っていた。

 その道中。

 

「──流石はユーゴーだね。地味にいい働きをしている」

 トリオン兵の足止めの為に作られた大量のエスクードが、未だ残っていた。

 これは市民の避難区域に兵をやらない為に設置されたもので、それは着実にトリオン兵の移動を鈍化させていた。

 その分、やりやすい。

 

「──千佳、やれるか」

 修が尋ねると、

「うん」

 そう応え。

 千佳はトリオン兵の集団に砲撃を叩き込む。

 それだけで非常に硬い装甲を持つ新型が破砕される。

 

「──お」

 王子は。

 進行方向から大きく西に外れた地点に大量のトリオン反応が浮かび上がったのを把握した。

 付近のトリオン兵の幾らかが、そのトリオン反応に引かれてそちらに向かって行く。

 

「こんちゃす、王子先輩に香取先輩」

 眼前に。

 小柄な男が現れた。

 加山雄吾であった。

「無事だったみたいだね。安心したよ」

「心配かけてすみません」

 

「──なに、それ」

 香取は。

 加山の肩に担がれたロン毛の男を睨んだ。

「──ああ。んだこのクソ女。雌猿は黙っとけ」

「──アンタ人型近界民? いい度胸じゃない......!」

 ただでさえ沸騰しやすい香取に、人型近界民という超ド級の油が叩き込まれればどうなるか。

 据わった目で睨みつける香取に、加山と王子がどうどうと止める。

 

「こんなクソ野郎でも貴重な情報源ッス。本部に連れて行きますよ」

「あらら手首が斬れちゃってるね」

 王子は担がれた男の左腕を見て、そう呟く。

 止血の為に雑に焼かれた切断面の上に巻かれた包帯に、どす黒い血の滲みが染み出ている。実に痛々しい

「うっす。俺が斬り落としたんで」

「.....やるじゃないか」

「でしょう?」

「テメェ! 何ふざけた事抜かしてんだこのクソが!」

 切断面を焼かれる地獄の激痛をつい先ほど体感したエネドラは、この軽口の応酬に真っ当な文句を吐く。

 

「まあうるせぇ羽虫一匹連れてますけど、気にせず行きましょう。壁だったら幾らでも作りますから」

「──そうか。ちょっとユーゴー」

「はい?」

 王子は何かを思いついたのだろう。

 千佳を加山の前に連れてくる。

 

「ユーゴー。さっきの砲撃は見たかい?」

「うっす。──アイビスですってね。ヤバいですね」

「うん。その砲撃撃ったのは、この子。アマトリチャーナだ」

「加山雄吾っす。お願いだから本名教えて?」

「......雨取千佳です」

 

 初対面の子の前で堂々とあだ名で紹介するなこの阿呆が。

 そんな事を加山は思った。

 

「よし。ユーゴーは手を出してー」

「はい」

「その手をアマトリチャーナは取ってー」

「はい」

 

「ああ、成程──」

 臨時接続、の音声が流れる。

 千佳のトリガーを通じて、膨大なトリオンが流れていく。

 臨時接続。

 トリガー同士を合わせ、自身のトリオンを対象の相手に送り込むという機能だ。

 それを。

 千佳が、加山に行った。

 その意図を、加山は即座に理解した。

 

「OK。やりたい事は理解しました。──エスクード」

 

 右手を千佳に預け。

 加山はエスクードを発生させる。

 

 その瞬間。

 

 眼前に広がる景色のあらゆる場所に──巨大な壁が次々と生え出てくる。

 厚みを増したその壁は、トリオン兵の進路を地平線ごと防ぎ、四方を囲み、そして膨大な通路を作り出す。

 

 そうして周辺に散っているトリオン兵を雑に仕分けすると、

 

「ハウンド」

 

 千佳と、加山のトリオンが乗った巨大なキューブが、頭上に現れる。

 

 それを細かく分割し、

 放った。

 

 流星の如く舞い散った細々としたハウンドは──隕石群の如き勢いをもって仕分けられたトリオン兵の頭上に降り注ぐ。

 鳴り響く破砕音。

 轟々と砕かれていく大地。

 それを。

 何度か繰り返した。

 ハウンドとメテオラ。

 そして破砕された大地に壁を作って。

 そんな事を。

 

「......」

「......」

 

 あっという間に。

 進路上に存在するトリオン兵の半数が破壊され、そのほとんどが何かしらの破損が生まれている状態となった。

 

「よし、行こう」

 王子は飄々と笑いながら開かれたエスクードの進路を歩んでいく。

 

 そして

 

「.....」

「.....」

「.....」

「.....」

 修も。

 緑川も。

 香取も。

 若村も。

 そして

「.....」

 エネドラさえも。

 

 呆然としていた。

 

 

「──あら。お爺さんに置いていかれたの。可哀想に」

 小南は、そう言って一人残された男に向かいそう言った。

 ヴィザが去った、南西区画の中。

 ヒュースと、玉狛第一の三人が向かい合っていた。

 

「ふん。──ヴィザ翁の手を煩わせるまでもない」

 

 ヒュースはそう呟くと、黒い塊を蠢かせる。

 それはまるで虫の群体のようだった。

 一つ一つの欠片が集まり、蠢き、宙に浮かんでいた。

 

「任された限りは、必ず成し遂げて見せる」

 

 蝶の楯が展開され、レール状のバレルを持つ銃砲を取り出す。

 

 塊が剥がれ落ちるように欠片が射出されていく。

「エスクード」

 鳥丸のエスクードでそれらを防ぐと同時。

 

 小南が動き出す。

 射出される黒い欠片の動きに注視しながら、

「接続」

 

 小ぶりの二つの斧の柄同士を合わせ──身の丈以上の大斧に変化する。

 

 軽い踏み込みから身を捩っての一撃。

 それを回避しながら──斧に欠片が纏わりついてくる。

 

 ──これは、

 

 小南は本能的にこれを受けてはまずいと判断し、バックステップで避け、

 鳥丸とレイジが、その動きに援護を入れる。

 共に突撃銃を構えヒュースに向けて弾幕を張り、背後へと向かう小南への追撃を防ぐ。

 

 ヒュースに張られたその弾幕に集るように、黒い塊は蠢く。

 蠢いたそれらは弾丸一つ一つをいなすようにそれらは斜め後ろに弾いていく。

 

「......く」

 黒い欠片が散発的に撒かれていく中で。

 ヒュースは銃砲を放つ。

 放たれるものは、欠片。

 しかし──塊から散発的に放たれるものとは段違いの速度をもって、放たれる。

 それが。

 烏丸の左腕に当たる。

 

「──とりまる!」

「ぐ.....」

 その時。

 烏丸は自らの背後にあるエスクード──先程あの欠片を受け止めたそれに向かって、腕が流れていく感覚を覚えた。

 自らに埋め込まれた欠片と、エスクードに埋め込まれた欠片の間で、微細な電磁波のようなものが流れ──その間で力が引き合っていた。

 

 すぐさま小南は烏丸の左手を斬り落とす。

 その手が、びたん、とエスクードにぶち当たり──エスクードに張り付き、トリオンの煙を吐き出していた。

 

「──磁力ですかね、こいつの黒い欠片」

「だろうな」

 

 欠片同士がそれぞれ引き合い、もしくは反発する力を有している。

 それらが集合化しヒュースの周りで形成され、盾として、また攻撃手段として成り立っている。

 

 ──動きに迷いがない。更に勘も鋭い。

 

 一連の動きを見据え。

 ヒュースはこの部隊の練度の評価を固める。

 

「──出し惜しみなしだ」

 

 黒い集合が線で引かれるように、別な形成をする。

 

 それは線路のレールのように等間隔に配置されていき、三人を取り囲むような形となっていく。

 そのレールの上に。

 彼は足をかける。

 

「──成程。こういう使い方も出来るのか」

 足をかけた瞬間。

 彼はそのレールの上を滑空していた。

 滑空しながらも彼は集合体を操り、欠片を変わらず飛ばしていく。

 全方位を高速移動しながらの、また全方位からの攻撃を──至極当然の如くヒュースは行使していた。

「うっざい戦い方ね!」

 レールに合わせ烏丸がエスクードを敷いていき、その間を飛び跳ねるように小南はその欠片を避けていく。

 レイジはレイガストを装着し欠片を防ぎながらハウンド突撃銃をヒュースに放つ。

 

 滑空するヒュース。

 それを追うハウンド。

 するとヒュースはレールの進行方向を自在に変え、滑空地点を操り──攻撃地点までも変更し、欠片を飛ばしていく。

 

「──すみません、これはもうエスクードでの防護が間に合わないです」

「了解。烏丸はアイツの迎撃に参加しろ。──何としてもあいつを地上に引き摺り降ろすぞ」

 

 そうレイジが指示を出すと同時。

 

「──スピード勝負だ。奴を追い込んだ先で一撃をくらわせる」

 レイジはそう言うと左手に突撃銃を構え。

 右腕に──透明化したレイガストを握り込んだ。

 

 

「ここで、いいんだな。迅」

「.....相手は、黒トリガーか」

「うん」

 

 東地区。

 そこには、四人がいた。

 迅悠一。

 太刀川慶。

 風間蒼也

 二宮匡貴。

 ボーダー総合ランクトップ3と、元S級の隊員が

 

「太刀川さん。例の物は持っている?」

「おおう、これだな」

 太刀川はポケットから、加山から渡された黒トリガ──―泥の王を取り出す。

「俺に渡してくれ」

 そう迅に言われた瞬間、えー、と太刀川は言う。

「これ持っていると積極的に狙われるんだろ?」

「うん。──でもマジで狙われる奴は回避に集中しないと死ぬから。マジで」

 

 そう迅に言われ、渋々と太刀川が渡す。

 

「──じゃあ皆。打合せ通りにおねがいします」

 

 そして。

 眼前に──老人が現れた。

 

「おお。先程エネドラ殿を仕留めた三名と、新手が一人ですか」

 

 彼は杖の先を一つ空中に置く。

 

「──これは楽しめそうです」

 

 ジッと。

 迅は老人の目を見る。

 

 そこから見える未来に。

 

「......まあ、やるしかないよね」

 少しばかり冷や汗を掻きながらも──構えた。


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