彼方のボーダーライン   作:丸米

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大規模侵攻⑩

「......」

二宮匡貴は。

この侵攻が始まる数日前に――迅から依頼を受けていた。

 

「――この一週間くらいで、とんでもない敵が現れる」

二宮隊の隊室に突如現れた迅は、カナダ産のジンジャーエールとぼんち揚げというあまりにも取り合わせがアレな二つを手渡し、二宮にそう言った。

 

「多分――二宮さんはそのとんでもない敵と戦う事になると思う」

「黒トリガーか?」

「うん。使い手も黒トリガーの性能も、破格中の破格。ボーダーの全戦力をかけても、勝てるかどうかわからない位の使い手」

「.....それで。俺は何をすればいい」

「その時二宮さんは――バッグワームを外して、別のトリガーを入れてもらいたい」

「何だそれは?」

そう二宮に尋ねると。

迅はそのトリガーの名を答えた。

 

 

「成程。我々の事を、よく理解しているようだ」

 

杖を手に。

ヴィザは見やる。

 

見ればわかる。

――手練れだ。

 

意図も理解できる。

泥の王を釣り餌に、雛鳥から戦力を分散させるため。

 

「では。――いち早く、泥の王を取り返させていただきましょう」

 

そして。

呟く。

 

星の杖、と。

 

「――風間さん、下がれ」

 

迅の言葉が放たれ、即座に風間がバックステップをした瞬間。

それは放たれた。

 

空間が揺らぎ、風が裂かれるような一瞬の間に。

斬り裂かれるビル群が。

 

「――何だ、これは」

 

脇腹が、大きく抉れている。

――攻撃が、一切見えていなかった。

 

「――初見のアレを避けますか。非常に俊敏だ」

 

老人は杖を前に構えながら、風間の動きを追う。

「それと。エネドラ殿相手に使っていた隠密用のトリガー。意識の外から現れる敵の厄介さは存じております」

故に、

お前をまずもって先に狩ると、言外に伝えているようだった。

 

その眼前に

 

「ふむ」

 

壁がせり立つ。

 

「あの小柄な少年が使っていたトリガーですか。これも玄界規格のトリガーなのですね」

 

風間を追うヴィザ。

その前に立ちはだかる壁の左右から迂回する弾丸が襲い掛かる。

 

迂回するハウンドに合わせ。

左右から迅と太刀川が挟み込む。

 

――成程。狙いもすぐさま読まれる。

 

恐らく。

ここで左右のどちらかを狙えば、またその動きを読んで風間がカメレオンを使用し、急襲を仕掛けるのだろう。

目的はブラさず。視線は風間のまま。

その状態でも――どうにかできる手段は持っている。

 

立ち止まることなく壁を斬り裂き。

左右にまた――星の杖を展開する。

 

「うぉ!」

「おお!」

迅も太刀川も、双方とも――”見えない斬撃”に足を止める。

 

「見えねぇ」

「ですねぇ」

「どうすんだ?」

「ちゃんと対策は考えているよ――それでも多分勝てないだろうけど」

 

多分勝てない、という迅の言葉は。

――絶対に勝てないという言葉を幾分か希釈した言葉であった。

 

このメンバーであっても。

何百回も試行して一度勝ちを掴めるかどうか。

 

そういうレベルの相手なのだ。

 

「二宮さん――頼みます」

 

風間を追うその老人を。

二宮は――少し離れた廃ビルの上から見下ろしていた。

 

「ハウンド」

 

その弾丸は。

黒く、染まっていた。

 

 

「――何だ、ありゃあ」

 

そして。

南西区域から本部への避難路を目指す一行の前に。

 

黒い穴の中から。

男が現れた。

 

「――黒い角」

そう王子が呟くと同時。

またかよ、と加山がぼやく。

 

そして――

 

「ハイレイン......!」

 

エネドラは、奥歯を噛み締め、そう呟いた。

眼前の男は。

かつての自らの上官であり――そして、自らを切り捨てた張本人。

 

「おい」

「何だエネドラ」

「気を付けろ。アイツの黒トリガーは――」

 

男の手に、卵のような形をしたキューブがある。

その卵を出口として。

様々な形の生物を模したトリオンとなってそこにいた。

 

「捕獲能力に特化したトリガーだ。――あのクソ多い魚に触れたら、キューブにされちまうぞ」

 

「.....煩いぞエネドラ」

「は。よぉハイレイン。よくも俺を切り捨ててくれたもんだなぁ。俺がやられる前提で出しておいて泥の王を回収できなかった気分はどうだ?」

「よく回る舌だ。――お前はこの場で必ず処分する」

「やってみやがれクソ陰険野郎。テメェのお魚どもじゃ、生身の俺はやれねぇだろうが」

エネドラの口調には。

隠すつもりもない憎悪が込められていた。

 

「――さて。お喋りもここまでだ」

ぐるぐると。

川面を泳ぐように、魚たちが――こちらに泳ぎ出す。

「金の雛鳥を捕え、エネドラを始末する。――まずは、邪魔者を片付けさせてもらおう」

 

「気を付けろ!アレはトリオンで出来てるもの全部、キューブに変えちまう!お前らの雑魚シールドなんざ何も役に立たねぇぞ!」

 

殺到するその魚たちは、C級隊員に殺到する。

 

「う........うああああああああああああああああ!!」

鳴り響く恐怖と、末魔の声。

 

まるで蝗の大群の如きそれらと衝突すると同時――彼等は次々にキューブに変わっていく。

手が。足が。そして体全体が――水に溶ける片栗粉のようにどろりと変化し、そしてキューブと化していく。

それらを一瞥し、

 

「成程。了解した」

 

と。王子はエネドラの言葉を瞬時に頷くと、トリガーをハウンドに切り替える。

 

「ユーゴーはエスクードをあのお魚の進路に準じて生やして。僕とカトリーヌで――その間を抜けながらアイツを攻撃していくから」

「了解。――エスクード」

 

あの生物群の群れを分断するように、エスクードを生やす。

幾つかエスクードと衝突するものの――変化は起きない。

 

「成程。――トリオンにしかあれは反応しないのね」

 

エスクードはトリオンをもって物質を作成するトリガーだ。それ故、壁そのものはあの生物群のキューブ変化の影響は受けない。

 

壁が出来たことで生物群はそれらと衝突を避けるように迂回し、迫ってくる。

 

「――やはり迂回してくるか。なら」

やりやすい、と。

王子は呟き、ハウンドをその迂回路に向けて撃っていく。

ハウンドは生物群に当たると同時に小粒のキューブに変わっていく。

 

エスクードの射出をし、生物群を分断する。

その後に迂回する一方向に弾丸を集中させ生物群を撃ち落とし、――ハイレインへ至る経路を作っていく。

 

だが。

 

「――やっぱり厳しいか」

経路を辿り、ハイレインへ肉薄せんと踏み込んだ瞬間。

魚ではない、別の生物種が襲い来る。

蠅か、もしくは蜂か。飛行型の昆虫を模した生物群が横合いから襲い掛かり、王子はそれ以上踏み込むことは出来なかった。

 

が。

 

「っらああああああああ!!」

 

叫び声をあげながら。

 

「カトリーヌ!」

「こんな虫共なんて......!」

 

香取は、踏み込んだ。

昆虫型の大群が襲い掛かるその区画を。

 

踏み込んで、身を捩る。

多少身体を溶け出すが躊躇わず。

 

「何も怖くないのよ.......!」

――グラスホッパーを展開しハイレインの斜め側に位置取り――拳銃を構える。

 

 

「――いい位置取りだ、カトリーヌ」

「ナイスっす、香取先輩」

 

その意図を把握した王子と加山が、共にハウンドを撃ち放つ。

この位置関係ならば。

 

加山・王子・香取で三方向からの射撃が行使できる。

 

多方向からの物量攻撃。

これならば――何発かは当たってくれるだろう。

その動きに合わせ。

蔵内と若村もまた、射撃の準備。万一こちらでトリオン生命体を削り切れなかったときに追加の一撃を叩き込む要員だ。

 

そう思っていたのだが。

 

囲まれた瞬間には、ハイレインは黒い穴の中にまた入り込む。

 

「ワープ!逃げ――」

逃げやがった、と。

そう口にする前に――香取の背後に穴が現れる。

 

「香取先輩!緊急脱出してください!」

「くっそぉ......!」

 

穴倉から。

黒い角がついた男女二人と――生命群が、現れていく。

 

「いい動きだったな。――無駄だったが」

「.......ッ!」

 

そのセリフに。

憎悪と殺意が入り混じった視線を射殺さんばかりに浴びせて――香取は緊急脱出した。

 

「葉子!――あ、クソ!」

 

香取に向かっていた生物群の集団が割れて、その一部が若村へと向かい――全身がキューブに変化する前に、緊急脱出する。

 

――ここだ。

加山は。

分断し、千切れていく生物群の動きを観察しつつ、その合間合間にエスクードを挟んで、

 

「ちょいと失礼」

「ああん?――おお!」

 

エネドラの衣服の襟口を掴んで、

担いだ。

 

「――あの黒トリガーは」

そして。

生物種の間を、駆け抜けていく。

 

「おいテメェ!馬鹿か!突っ込んだら死ぬだろうが!」

「死なない!――なぜなら!」

 

握った襟口を。

引っ張り上げる。

 

「――お前がいるからだァ!」

 

そして。

殺到する生物種を――トリオン体の膂力を十分に活かし、エネドラを左右にぶん回し、払っていく。

 

「ぐぇあああああああああああああテメェ何やってんだぁぁああああああだあああだあああだ!」

「喋るな舌が噛み切れるぞおおおおおおおおおお!!」

 

自身よりも遥かに高い体躯を持つエネドラという生身の肉体は、加山にとって最高の肉楯であった。

エスクードで生物群を迂回させ、その中に身体を持っていき、エネドラの肉体を左右に振り回し、時に弓矢の雨に突っ込むように前に突き出し、加山は突っ走っていく。

ひどく、真面目な表情で。

捕虜とはいえ――生身の人間をトリオン攻撃の楯にするという所業を、躊躇いなく行使していた。

加山雄吾。

やると決めたらやる。迷いのない男であった。

「エネドラ!お前は凄い奴だ!役立たずかと思えば、ここまで有用な盾になってくれるとは!敵の人型近界民かつ捕虜であり生身のお前でなければ出来なかった!お前は凄い!」

「テミャああああああええええええええおえおえおえおえおえええええええ!」

「何せ一般人をこんな事に使う訳にはいかないからな!――さあさあエネドラ叫ぶのは自由だが舌を噛むなよおおおおおおお!」

左右確認よし上下確認よし。

姿勢を低くし的を小さくしたうえで、最大限エネドラシールドの防護範囲を狭め、――道を、切り開く。

それはまるで――草木を切り開く鎌の如き扱いであった。

 

「退路は開いた!早く来い雨取さん!」

三雲修の手に引かれた雨取千佳が、その中を走ってくる。

 

「――真っすぐに来い!大丈夫だ!なぜなら――」

 

加山は。

捉えていた。

 

その存在を。

 

「――『射』印」

 

千佳と修の周辺に群がる生物群が。

彼方から撃ち放たれた射撃により――撃ち落とされる。

 

「――空閑」

 

張り詰めていた修の表情に。

笑みが零れた。

 

「おー。かっけぇ」

それを見た緑川はそう呟き。

それと同時――。

 

「――嵐山隊、現着した」

警戒区域内で新型の排除を行っていた嵐山隊が到着する。

玉狛第一が離れ、黒トリガーを相手取るには絶望的だった戦力が、揃ってくる。

 

 

「――アマトリチャーナ」

 

そして。

王子は千佳に近寄り、こう耳打ちした。

 

「いいかい。君は――命を懸けて、オッサムを守るんだ」

「え......」

 

あまりにも。

あまりにも、意外な言葉であった。

 

「君が迷えば。君が捕らえられる可能性がある。そして――オッサムは多分、君の為なら簡単に自分の命を捨てられる人間だ」

「.......」

この言葉は。

王子の勘であった。

別に外れてても構わない言葉だ。

王子は修の人となりについてはまだはっきりと判別できていないが。

 

雨取については、もう理解していた。

 

「君が捕らえられる事イコール、オッサムの危機だ。君がどう思おうが、望まなくとも、君の為にオッサムは死ねる。――陳腐な言い回しだけど、君の命は本当に文字通り君だけのものじゃない。オッサムの運命まで付随していると思ってくれ」

 

自分を犠牲にしたところで。

修はその犠牲を許容せず、命を懸けて救おうとする。

 

だから。

自分の身を守る事――それが修を守るにあたって最重要事項だ、と。

 

そう。千佳に言った。

 

「後は僕達でどうにかするから。――君たちは逃げるんだ」

「――はい」

 

千佳は。

少し震えながらも――それでも真っすぐに、頷いた。

 

「ユーゴー。君も逃げろ。――その近界民を本部に連れて行くんだ」

「了解っす。――それじゃあ、ご無事で」

「ああ、君も。無事で」

 

 

「――ミラ」

「はい。如何なさいましたか?」

「大窓は、あと何度使用できる?」

「残り四回ほど。撤退する分も考えると、残り三回が現実的です」

「了解した。――では、俺はヴィザが到着するまで、ここで足止めを行う。お前は奴等の逃走経路を大窓で防ぎながら――」

「......」

「エネドラを始末しろ」

 

 

「――遅れて申し訳なかったわね。中々酷いことになっているじゃない」

「全くだ。――ゴリラ狩りが済んだと思えば、こんな所に連れ出しやがって」

「......成程。本部に置かれているからこそ、こういう風に.....」

「......」

「腹減った」

 

ボーダー本部屋上。

そこには五人の隊員が集まっていた。

加古望

弓場拓磨

村上鋼

三輪秀次

生駒達人。

 

その眼前には。

――風刃が、そこにある。

 

「作戦は簡単だ。一人が風刃を装着し、残りの者がその警護を行う。風刃の発生区画はこっちから指示出す。で、敵さんがいっぱい来ちまったらショートワープで別の所に飛ばす。トリオンが尽きそうになったらトリガーオフして通常のトリガーに換装。後にベイルアウト。これでいいか?」

「解りやすい説明ありがとう冬島さん。――私やりたいけど、ここで唯一の射手がやる訳にはいかないわね。迅君から使い方教えてもらった人他にいるかしら?」

「俺は副作用を見込まれて、迅さんから使い方を教えて頂きました」

「あら。偉いわね村上君。――それじゃあ、取り敢えずは村上君に任せましょうか」

 

一つ村上は頷くと。

 

「――風刃、起動」

村上は、風刃を起動した。

 

 

二宮が放った黒いハウンドは。

オプショントリガーである鉛弾を付属させた代物であった。

 

できうる限り細かく分割し放ったそれらは――ヴィザの周囲に撒かれていく。

 

「――成程」

 

その弾丸が。

ヴィザの黒トリガーの正体を顕わにする。

 

幾重もの刃が、線に繋がり。

ヴィザを中心に――衛星のように回転している。

 

「要は、滅茶苦茶速い扇風機、ってことか」

太刀川がそう呟く。

 

刃が、円上に回転する。

それだけのトリガーなのだが。

必殺かつ、最速。

 

防御も出来ず、そして目で追う事すらできない。

 

そして――

 

「.......」

 

使い手もまた。

達人中の達人と来ている。

 

「――これは驚きました」

 

現在。

二宮の鉛弾ハウンドにより――かろうじてその姿が見える程度には、回転は遅くなっている。

 

「ですが」

 

死角からカメレオンを解き襲い掛かる風間。

そして左方から襲い来る太刀川の旋空。

 

その双方を――星の杖による迎撃で防ぎながら。

 

「まずは、一人」

この場においてヴィザは。

何よりも優先すべきは――泥の王であり、そして速やかにこれを回収した後に――ハイレインと合流する事だ。

 

現在金の雛鳥が砦に向かい逃走しているとの報告も上がってきている。

遊んでいる暇はない。

 

杖に仕込んだ刃が、風間の首を飛ばす。

 

 

「そして、二人」

 

星の杖の一撃に左腕を斬り飛ばされながらもそれでも――旋空を伸ばす太刀川。

それを、束ねたブレードで防ぎながらも、またもや神速の抜刀にてその首を飛ばす。

 

二人が仕留められたその時。

 

フルアタックのハウンドが、二宮から放たれた。

 

「――三人」

 

ヴィザは自らに振り落ちてくる射撃を一目見て。

高低差の違う二つの弧を描く弾丸を見抜く。

 

ヴィザの現在地点に降り注ぐハウンド。

 

そして――それを避けつつ、突っ込んだタイミングで振り落ちる第二のハウンド。

 

「――素晴らしい弾の制御能力だ。しかし」

一つ目の弧を避け。

前に突っ込みながら――ブレードを束ね、二つ目の弧を防ぐ。

「一手、私の方が速かった」

 

「.......」

二宮がポッケから出した指から弾丸が放たれるその瞬間。

上半身が斬り裂かれていた。

 

「ほう」

斬られながら放たれたその弾丸は。

ヴィザの左右に散り――地面を抉り、爆発し、煙に埋まる。

 

その煙を封じ込めるように、老人の三方に――エスクードが生える。

 

そして。

 

一つだけ空いた右手側から――迅悠一が、斬りかかる。

ブレードを回転させ、迎撃する。

 

しかし、――身を捻り、それを避ける。

 

ほう、と。

ヴィザは――今の攻撃を避けたのか、と。内心少しだけ意外に思った。

 

「だが、惜しい」

 

そして。

煙に紛れながら、最後に残った男と斬り結び――そして、斬り裂いた。

 

「――いや、惜しくない」

 

そう。

迅が口に出した瞬間。

 

三方から生み出されたエスクード。

 

その全てから。

 

「――ほぅ」

 

迅ごと貫く。

――彼方からの刃が、生み出されていた。

 

 

 


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