彼方のボーダーライン 作:丸米
──あまり、いい未来を選べなかった。
迅悠一は一つ舌打つ。
ここでヴィザに全員倒されるのは想定内。
──その中で、どれだけの手傷を負わせられるか。
迅含め全員の動きは、完璧であった。
風間も、太刀川も、二宮も、そして迅も。
全てが──何も間違ってはいなかった。
最初に、妨害用のエスクードを意識させ、
全員で総攻撃をかけ、
そして──妨害用だと意識させたエスクードを、風刃を通すための道具にする。
風刃による攻撃は、この老人にとっても意外なものだったはずだ。
そのはずだった──のに。
「素晴らしい連撃でした」
老人は。
風刃が到来するその瞬間には──瞬時の判断でエスクードを叩き切っていた。
その為、刺さったのは足元から生え出た風刃のみ。
ヴィザの右足と、脇腹を貫くのみで、終わった。
「恐らくは、黒トリガーでしょうか。物体を介して行使される斬撃。──壁を作るトリガーでの妨害を意識させ攻撃に用いる。いやはや、恐れ入ります」
だが、
「しかし。透明化の機能を持つ少年の行動といい、そこからの黒い重石のついた弾丸といい。──私を足止めし、この場にはない道具で、仕留めるであろう気配は感じておりました。少しばかり作為を感じたものですから」
ヴィザは。
この四人部隊の初動から──外部攻撃の可能性を読み、それを意識した上で立ち回っていたのだ。
最後の一人となった迅を仕留めるその瞬間も抜け目なく、突如生え出たエスクードを即座に斬り飛ばせるほどに。
「......恐ろしい爺さんだ」
「この身は伊達ではございませんので」
──迅悠一の緊急脱出を見届け。
「足がやられましたな。──仕方がありませんな。彼等は強かった」
足元に転がった泥の王を拾い上げ
誰もいなくなった地区から背を向ける。
ヴィザは変わらぬ表情を浮かべていた。
「ハイレイン殿の援護に向かいましょう」
※
「──迅も、緊急脱出しました.....」
「.....」
皆がその戦いを見て。
言葉を失っていた。
黒トリガー持ちと言えど。
あの四人は、ボーダーが誇る最高戦力であった。
それが、壊滅したのだ。
「──黒トリガーがこちらに向かっています!」
沢村が、慌てた様子で声を上げる。
「......」
忍田は。
腕を組みながら──その姿を目に追う。
先程の戦闘を見るだけでも。
あの老人の脅威が理解できる。
「.....」
「ど、どうするのかね忍田本部長.....」
震えた声で、根付が忍田に尋ねる。
「あの老人が本部に踏み込むようならば──私が出よう」
忍田真史は。
そう言った。
──『虎』
彼の異名だ。
「......勝算はあるのか?」
城戸は。
虎に問う。
「......風刃と、狙撃手の協力の下、時間を稼ぐ算段ならばある」
「時間を稼いで──どうやってあの脅威を去らせる」
「──捕えた人型近界民を通じて、加山君から連絡があった。現在警戒区域内にもう一人いる黒トリガー持ちが、敵の首魁だと」
「迅を倒した黒トリガー相手に時間稼ぎをしながら、もう一体の黒トリガーを討つという事か」
「最悪の事態ならば──そうなります」
「だが.....」
「解っております。──あちらの黒トリガーも、非常に強力だ」
脅威度で言えば。
あの老人よりも遥かに上かもしれない。
生物群を模したトリオンを常時発生させ、次々と戦闘員を戦闘不能に追い込んでいる黒トリガー。
アレでキューブにされたC級隊員が、次々と回収されていっている。
「ですが。──敵の首魁が前線に出ているのならば、それはチャンスです」
あの進行部隊は。
あの男を倒すことが出来れば撤退する。
それが解っただけでも、価値がある。
「しかし、その情報は信じていいものか。捕虜の者だろう」
「その捕虜は、敵勢力に命を狙われているとの事です」
「.....」
「故に。敵の情報と引き換えに本部まで連れて行く事を取引したとの事です。あの人型近界民にとって嘘を吐くメリットはない」
「成程....」
「綱渡りのようだが.....それでも、やるしかない」
この侵攻も、終盤に差し掛かっている。
手段を択んでいる暇は、ない。
「──報告です!」
「何だ?」
「人型近界民が、本部南区画の路上で立ち止まりました! 距離が近いです!」
老人は。
本部から南に近い位置の路上に立ち、そして立ち止まっていた。
そして。
──周囲の建造物を、叩き切っていく。
それも分断し破壊する、というようなものではなく──。
幾度となき斬撃で粉々にする破壊活動であった。
「──風刃対策か」
先程の戦いで、風刃の性質を理解したのだろう。
自らの周囲に刃を伝播させる物体を無くしていた。
その上で自らは黒トリガーの機能を使い、宙に浮く。
ぐ、と忍田は歯ぎしりする。
あの老人は──間違いない。歴戦の将なのだろう。
黒トリガーの能力だけではない。
あの使い手もまた、こちらとは比肩にならない実力の持ち主だ。
「──忍田さん」
作戦室の扉が開けられ。
「迅」
「すみません。やられました」
「いや。──それで、どうだ。何か未来が見えたか?」
忍田のその声に。
迅は頷く。
「取り敢えず今の段階で、市民が殺される未来は回避できました。最悪の中の最悪は、もうないです。初期の目的は達成できました」
「......そうか。では、今存在している危機は何だ?」
「一つ。千佳ちゃんが攫われる事。で、二つ──」
迅は。
表情を変えず、言った。
「加山の死亡ですね」
※
「──クソッタレ」
加山は一つ、そう吐き捨てた。
「あちゃあ。──あれはまずい。進路を塞がれちゃった」
緑川が頭を掻きながら、どうしようかなー、と呟く。
「あの立ち位置.....畜生。本部への逃げ道が完全に塞がれてら」
「あのジジイめ.....!」
エネドラもまた。
彼方で佇むヴィザの姿に、苦々しく表情を歪める。
「迅さん太刀川さん二宮さん風間さんぶっ倒したやつだろ。──勝てる訳がねぇ」
「そんな......なら、引き返し──」
「引き返してどうする。あのお魚野郎がいるんだ。アイツが倒されない限り千佳ちゃんがキューブにされて終わりだ。──俺達は今挟まれている」
前門のヴィザ。
後門のハイレイン。
今、逃げ場は完全に塞がれている形だ。
そして──。
「......まあ、そう来るだろうな」
空に黒い穴が開き。
──新型が、降り落ちてくる。
「雨取さん。三雲君。──アンタたちはこの地点に向かえ」
「東....ですか?」
「そっちには、東さん含むB級合同部隊がいる。もう本部までの道が塞がれているんだ。そっちと合流してくれ。──俺はこの新型を引き付けておくから」
「そんな.....加山君は」
「三雲君。──君の最優先目的は何だ?」
「.....」
「ブレるな。──いいか。他の部隊員は、死んでも緊急脱出がある。でも、雨取さんは死ねば終わりだ。解っているな?」
「......はい!」
そう短く返事を返すと。
三雲は雨取と緑川を引き連れ──東側へ向かった。
「それじゃあエネドラ。暫く付き合ってもらうぜ」
「ケッ。ざっけんじゃねーぞチビ猿が。いつになったら俺はお前らの巣に行けるんだよ」
「恨むならあの通せんぼしてる爺さんに行ってくれ。こっちもうんざりだ」
そんな
軽口の応酬をしていると。
「──貴方がこの世にいられる時間も、今日で終わりよ」
空から。
そんな声が聞こえてきた。
「──ミラ....!」
そこには。
黒い角を生やした、女の姿。
「醜いわね、エネドラ。貴方、何の為に逃げ回っているの?」
「ああ!? ──当たり前だ。戻ってテメェ等ぶっ殺す為だ.....」
「ああ。無理よ、そんなの」
ミラは。
ふっと微笑を浮かべ、告げる。
「どうせ貴方──ここで殺されなかろうが、近々死ぬんですもの」
そんな言葉を。
「──は?」
「トリガー角が脳に侵食していって。目の色まで黒く変色していってる。その影響で人格にまで影響を及ぼしている。もう貴方、末期なのよ」
「.....」
「昔は聡明な子だったのに.....。本当に、哀れ。ここで終わらせてあげるわ」
「テ、テメェ......!」
エネドラの表情が。
あからさまに変わる。
それは、
その場で起きた事の不満を吸い上げ吐き出す短気故の怒りからのものではなく。
これまで積み重ねてきた自らの在り方──それが崩された故の、募る感情が屹立し、爆発したが故の感情だった。
涙すら滲ませ。
怒りと絶望の狭間にその身を置いて。
そんな、そんな、表情だった。
「エネドラ。落ち着け」
「俺を.....俺を騙しやがったなァァァァァァァァァァ!」
それは。
咆哮だった。
エネドラという一個の人間の。
かつて聡明だった男が。
この国の施術で埋め込まれた道具によって人格まで捻じ曲げられ。
使い物にならなくなり、打ち棄てられる。
そんな。
そんな、惨めな──他者に利用されるだけ利用されて使い棄てられるだけの人生。
それが。
自らが選ばされてきた道だと理解して。
騙されたのは。
自らの人生そのものの、価値だったのだと。
そう自覚し、認識し、──絶望の谷に叩き落されたが故の、咆哮だった。
「俺は! 俺はァ! ──こんな事の、こんな事の為に──!!」
「エネドラ! ──畜生、ここを離れるぞ!」
冷静さを失ったエネドラは、加山に担がれるや否や暴れ出す。
「暴れるな! ここから逃がしてやるから!」
「殺す! 殺してやる! テメェ等絶対に殺してやる! ミラもハイレインもヴィザも! 四大領主の糞野郎共も! アフトクラトルも! 何もかもぶっ殺してやる! 俺は、俺は──」
呼び出された新型が襲い掛かる。
暴れる身体を担ぎながら、エスクードで進路を塞いで、その場を離れようとして──。
「貴方も可哀想ね。そんな失敗作を守るように命令されて。──まあ、でも」
暴れていたエネドラは。
一つ電流が流れたように身体を反り返らせ──そして、
担ぐ加山の身体に、血が降り注ぐ。
「これで、お終い」
黒い釘のようなそれが、エネドラの腹部を貫いていた。
「もうこれ以上トリオンの無駄遣いも出来ないし──さようならエネドラ」
そうして。
ミラは消えていった。
「........畜生!」
加山は。
メテオラを新型の足元に叩き付け爆煙を発生させると、バッグワームを着込み──エネドラを抱えてその場を離れる。
そして、手頃な建造物の中にエネドラを横たえさせ
「待ってろ! まだ救助用の医療道具が余っていたはずだ!」
「.....もう、いい....」
エネドラは。
そんな言葉を吐いた。
先程まで、あれだけ生き残る意思を見せていた、エネドラが。
「エネドラ....」
「わ、笑える.....ぜ。何も、知ら....ねぇ.....まま、こんなもん、付けちまって....最後には、切り捨てられて、......終わり、か.....」
だが。
エネドラのその眼からは。
生きる意思は潰えた。
その代わりに。
──ひどく淀んだ情念が、そこに込められていた。
「おい.....チビ、猿」
「......何だ?」
「お前の言葉に、偽りは.....ねえ、...か。滅ぼすん....だろう...」
「.....ああ」
「なら......くれて、やる」
そう言うと。
エネドラは──笑みを浮かべた。
その笑みは、形容できない。
絶望の中。更なる絶望へ他者を引き摺り下ろすような.....そんな、笑みだった。
エネドラの身体が。
発光する。
「おい、まさかエネドラ、お前──!」
「.....いいか、チビ猿。マザートリガーだ」
「マザートリガー.......?」
「そうだ。そいつさえぶっ壊すことが出来れば......近界は、滅ぼせる.....!」
だから。
「.....ぶっ殺せ。アイツらを。アイツらを取り巻く世界も。このクソみたいな人生.......絶対に、絶対に、報いを受けさせてやる.....!!」
そう言うと。
エネドラは風に舞う灰燼のように。塵となってその肉体は消え去った。
そして。
──二対のトリガー角をチェーンで繋いだ形をした
今この時をもって。
エネドラという人型近界民は──その命を対価として、トリガーとなった。
「エネドラ....」
酷く。
酷く、哀れだ。
騙され。
利用され。
使い棄てられた。
そんな男の怨嗟が、形となっているように。
そんな風に、思えた。
「──こいつは、絶対に本部に届ける」
この男に、愛着なんぞ湧くわけもない。
敵なのだから。
でも。
その哀れさだけは──痛烈に加山の胸中に、刻まれていた。
残されたそれを手に取って。
加山はその場を走り出した。
ノリと勢いの産物。
その名も黒トリガー。