彼方のボーダーライン   作:丸米

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大規模侵攻⑫

 加山は。

 周囲を見る。

 

「──しかし」

 

 今のうちの選択肢としては、隠れる以外ないのかもしれない。

 

 今の加山が新型を相手に出来るのはせいぜい一体まで。それもエスクードで有利な地形を作った上での奇襲でしか撃破できない。

 本部に行こうにもトップチームを壊滅させた近界民がおり、そして元の道にはキューブ化してくる近界民がいる。

 

 一先ず、かく乱用のダミービーコンを使用しようとして、

 

「──マジか」

 

 ダミービーコンは、物質化が上手く行かず宙に浮かず零れ落ちた。

 試しにハウンドを生成してみる。

 半分ほどの弾丸がキューブ化に失敗し、崩れ落ちている。

 

「──おいおい、こりゃどういうことだ」

 

「──金の雛鳥の出力を下手にノーマルトリガーで使用した弊害ね」

 

 背後から。

 先程のワープ女が出現した。

 

「......無駄なトリオンを使えないんじゃなかったっけ。この陰険女がっ」

「感謝するわ。──廃棄予定の役立たずが、一転して宝石に変わったわ。それを回収させてもらうわね」

 

 ミラは、

 加山に向け──エネドラの脇腹を貫いた釘状のブレードを飛ばす。

 

 然程スピードはないため、避けるのに苦労はしないが。

 .....あからさまに、新型の方向に加山を誘導しているのが解る攻撃だ。

 

 反撃をしようにも。

 ロクにトリガーが実体化しない。

 

「──諦めなさい」

 

 現状じゃあ。

 詰みだ。

 

 加山は理解していた。

 このままならば──エネドラの意思も虚しく、敵にこの黒トリガーが取られて終わりだ。

 

「──いいや」

 

 だが。

 それは加山自身が拒否した。

 

 やる。

 ──俺は、やる。

 

 必ず、必ず。

 約束は果たす。

 

 ──その為に、全力を尽くす。

 ここにある自分の全力を。

 尽くす。絶対に。

 

 

 加山は走り出した。

 

「無駄よ」

 

 新型への道を走りながら、

 加山は右手側にある高層建築物に逃げ込む。

 

 バッグワームはまだ着込んだままだ。

 

 当然。

 ワープ女は追ってくる。

 

 逃げる場所を先回りしながら。

 ワープも使いながら。

 

 

 ──諦めるな。

 

 加山は昇る。

 昇り続ける。

 

 階段で。

 階段が塞がれたのならば、外壁から飛び跳ねて。

 

 上へ。

 上へ。

 

「──窮地で冷静さを失ったのかしら。上へ行けば行くほど、貴方の逃げ道はなくなっていく」

 

 ──はっ。

 

 鼻で笑う。

 

 逃げ場がない? 

 ハナから逃げようなんて思考は、加山にはない。

 ──俺は逃げない。死んでも。逃げやしない。

 

 俺は、可能性にかける。

 

 

 地面から。

 空中から。

 生え出る黒い刃を避けて。

 

 高層建築物の最上階。

 

 ここでミラは。

 ──先回りしワープする。

 

 そこは。

 階段だった。

 

 開けており、上から飛び降りが可能な屋上へ逃げ込もうとしていると判断したのだろう。

 

 そんな事はしない。

 

 やる事は。

 決まっていた。

 

「──トリガーオフ」

 

 加山は換装を解き、制服を着込んだ生身の肉体に戻る。

 そして。

 ──壁へよじ登り、そこから身を投げ出す。

 

「──何を」

 

 加山の行動を見とがめたミラが加山にブレードを放つ。

 右肩に突き刺さり、そこから大きく背中を袈裟に斬られる。

 結構深いが、しかし致命傷には至らない。

 

 ──よっしゃ。第一段階はクリア。

 

 加山はガッツポーズを掲げる。

 

 このタイミングでトリオン体の換装を解いたのか。

 

 トリオン体を大きく傷つける訳にはいかなかったからだ。

 今この場において。

 加山自身の肉体よりも、トリオン体の方が余程重要だった。

 大きくトリオン体を損傷をした上で、再換装できるかどうか。それが不明確だったから。

 

 加山は。

 血しぶきを上げながらも、そのまま──飛び降りた。

 

 高度は、ざっと四十メートル程。

 生身の肉体が飛び降りて助かる訳がない。

 

「──トリガー、オン」

 その手に持つのは。

 ボーダーのトリガーではなく。

 

 ──エネドラから受け継ぎし、黒トリガーだった。

 

 黒トリガーは。

 適応するかどうかは解らない。

 もし適応しなければ、──このまま加山は地面に叩き付けられて死ぬだけだ。

 

 だが。

 あの状況からミラを振り払って換装を解いて黒トリガーを再換装するには──この方法しか、加山には思いつかなかった。

 

「後はお前次第だぜ、エネドラ。しっかり、俺に合わせやがれ──!」

 窮地を脱するか。

 惨めに死に晒すか。

 

 ──その全てをベットしてやる。お前という存在にだ、エネドラ。

 

 それが。

 ──お前という黒トリガーを受け持った、俺の誠意だ。

 

 そして。

 

 地面に

 降り立った。

 

 ──アフトクラトルの軍服を着込み、黒い外套を纏った姿で。

 

「.......なんて」

 愚か、とミラは呟く。

 

 あの男は。

 敵国の人間によって作られた黒トリガーを、適合する事を前提に動いていた。

 そして。

 適合しなければ、自身は死に、そして黒トリガーも回収されていたのだろう。

 

 自分が黒トリガーに適合する。

 そんな僅かな可能性に──自らの命を、文字通り賭けていたのだ。

 

「そう言ってくれるなよ、()()

 

 加山は。

 そう言った。

 

「何にせよ。俺も、エネドラも──お前の想定を上回ったんだぜ」

 

 加山が換装したその姿は。

 ──エネドラと同じように、二対の黒い角が生え出ていた。

 

 そこから流れてくる。

 ──トリガー角に採取された、エネドラという人間の切れ端が。

 

「──こっから、反撃開始だぜ」

 

 加山は。

 笑みを浮かべながら──上空のミラを見据えていた。

 

 

 バチ、バチ。

 加山の中にあるトリオンが、火花を鳴らすような音が鳴り響いていた。

 

 ──成程。こういうタイプか。

 

 これは。

 ──電流か。

 

 加山にくっ付いた角トリガーを起点として。

 体内に巡るトリオンが、電流となって身体を駆け巡っていく。

 

 ──あの新型の頭部にくっ付いた、電撃能力のようなものか。

 

 巡るトリオンを電流に変え。

 放出先を指定。

 加山は右手を掲げ、──目に映るミラに向ける。

 

「──くっ」

 

 バチバチと火花が鳴りながら、電撃が走る。

 ミラはすぐさま窓の影によりワープ穴を作り逃げ込む。

 

 電撃は。

 ミラではなく、その穴倉に衝突する。

 

 すると。

 

「──っ」

 穴の奥から。

 ミラが歯噛みする。

 

 電撃がワープ穴に衝突した瞬間──その穴が拡張し、維持したからだ。

 

 ──加山が持つ黒トリガーから発生した電撃に、別なトリオンを用いた代物に衝突した瞬間。

 ──そのトリオンは、膨張する。

 

 本来ならば。

 トリガーという出力装置から発生されたトリオンは、出力装置により制御される。

 ミラの窓の影もまた。窓の影によりそれを発生できるし、そしてワープ先を繋ぐ亜空間の出し入れも窓の影により制御できる。

 

 だが。

 加山の黒トリガーによる電撃が出力物に衝突した瞬間。

 そこに内在するトリオンが膨張を起こし、一定期間制御が不可能となる。

 

 故に。

 亜空間が膨張を起こし、窓の影の制御を奪っている形となり──亜空間が開きっぱなしになっているのだ。

 

 その間。

 出力装置である窓の影はその膨張した亜空間の維持・制御にトリオンを注ぎ込むこととなり、それは転じてミラのトリオンが余計に消費される事に繋がる。

 

 加山は。

 左腕から、更に電撃を流す。

 今度は亜空間の中に入り込み──アフトクラトルの艦内に、電撃を流し込む。

 

「よくも...!」

 

 ミラは亜空間の制御を取り戻し、すぐさまそれを閉じる。

 

 

「──成程、ね」

 この黒トリガーは。

 トリオンに電流の性質を持たせる黒トリガーなのだろう。

 

 体内で電流型のトリオンを作り出し、場所を指定し、それを放つ。

 

 そして。電流の衝突先にトリオンが存在すれば、それを膨張させ一定期間制御不能とさせる。

 

 あくまで、電流型の「トリオン」であり、現実にある電流とはまた違うのだろうが。

 トリオンに干渉し、トリオンに膨張を引き起こすという性質は実に電力らしい挙動であった。

 

 恐らく、トリオンを消費すればするほど射程は伸ばせるのだろうが。

 しっかり当てられる現実的な距離としては五十メートル位が限界だろうか。

 

 恐らくは電流が作れるのならば、電磁波も発生できるのだろうが。

 そこまでの応用は今の段階で使いこなせるか解らない。

 電磁波でジャックをして本部に現状の説明を行いたいのだが、恐らくそこまではまだ出来ない。というより、下手すれば本部の通信機能が死ぬ可能性もあるのでできない。

 これは玄界製のトリガーが基となり作られた物ではない為、通信は使用できない。

 

「──多分、迅さんが見てくれてるだろう」

 

 さあて。

 .....さっさと片付けなければ肉体の方がやばいかもしれない。

 ミラにやられた傷は結構深い。致命傷ではないが、出血は結構激しかった。時間がたてばたつほど、不味い事になるのは目に見えている。

 

「──ハイレインをぶっ倒せば終わりだ」

 

 して。

 加山は──来た道を戻っていった。

 

「新型で色々と性能を試しながら、行ってみますか」

 

 

「──申し訳ありません、隊長。黒トリガーの奪取に失敗しました」

「......玄界の戦士と適合したか」

「はい」

「.....そして、その戦士はこちらに来ている」

 

 ハイレインは顔を顰める。

 

 ミラから報告を受けたエネドラの黒トリガー。

 それは玄界の戦士に受け継がれ、そして──今ハイレインの下に向かっている。

 

 現状、理解していることは。

 それは電流型の攻撃を放つトリガーであり、その電撃はトリオンに干渉し、膨張を引き起こさせるものだという事だ。

 

 まだまだ未知数な部分が多いが──話を聞く限りでも、トリオンで作られた特殊物質を生み出しているハイレインの卵の冠とは相性が悪いだろう。

 

 大穴で落とした新型が。

 次々と破砕されていく。

 頭部の電撃装置に電流を流し込み、トリオンを急激に膨張させ頭部を爆砕しているのだという。

 

 ──電流の性質を持っている、となると。恐らくはトリオン体そのものに衝突すれば、動きが止められるのだろう。

 

「ミラ。前線に出れるか?」

「撤退の為のトリオンを考慮すると、もう大穴は使えません。そして艦内に流された電流で、レーダーに異常が来しています」

「──了解だ。ならば後は、賭けに出るしかあるまい」

 

 ここで。

 ハイレインは最後の賭けに出る。

 

「ミラ。私を──ヴィザの下に送れ」

 

 

 嵐山隊・王子と空閑遊真VSハイレインの戦いは。

 膠着状態に陥っていた。

 遊真のトリガーは、学習型の黒トリガーだ。

 その内の大半が、近距離で攻撃する・もしくは近づく為のトリガーである。

 

 だがハイレインの卵の冠の防護の前に近付くわけにもいかず、飛び回りながら『射』印を撃ちだし攻撃する役割に固定化されていた。

 

 その攻撃に乗じて嵐山隊が攻撃を仕掛けるが、通らない。

 そして。

 

「......回復まで出来るの....?」

 

 攻撃が多少通っても、周囲に散らばったキューブから回復まで行える。

 既に木虎の両足には歪みが走り、機動力が著しく低下している。

 

 援護役の嵐山・時枝もあちこちに歪みが走っており、それ故に攻め込めず、そして──ハイレインもまた無理には攻め込まず、膠着状態に陥っていた。

 

 そして。

 

 黒い穴倉に取り込まれ──消えていった。

 

「.....く!」

 

 膠着状態は。

 恐らくこの場を移動する余裕を作り出す為に、意図的に作られたものだったのだろう。

 

「──空閑君。すまない。俺達は移動が厳しい。──恐らく雨取さんの所に行った。君だけでも向かってほしい」

「僕ももう、動けそうにない。――後は任せた、クーガー」

「解った」

 

 遊真は一つ頷く。

 

「それじゃあ、先に行ってるから」

 

 遊真はそう言うと──『弾』印を使い、大きく飛び跳ねる。

 その移動の最中千佳の居所を掴むと同時。

 

「ユーマ」

 すると──遊真に付き従う、自律型トリオン兵、レプリカが宙に浮きながら遊真に声をかける。

「うん?」

「下に降りよう。──下に、カヤマユウゴがいる」

 見れば。

 何故かアフトクラトルの軍服を着込み、角まで生やした加山がいた。

「カヤマ.....確か、迅さんが言っていた人か」

 

 レプリカの言に従い、遊真は下に降りる。

 

「──おお、空閑君。あの時以来だね」

「だね。あの時はどうもお世話になりました」

「なんのなんの。──今こうして戦力になってんだから、やっぱり俺の判断は間違っていなかったって事だ。感謝するのはこっちの方だ」

「で」

 その恰好は何だ、と問おうとして。

「この格好はさ.....いや、すまん。突っ込みたい気持ちは一旦飲み込んでくれ。敵方の人間が作った黒トリガーで換装したらこうなったんだ」

「ふむん。成程」

 遊真との意思疎通は実に簡単だ。

 嘘が理解できるので、例えどれだけ言い訳らしいことを弁解なしで言おうと、しっかりそれが事実だと判断してくれる。

「で、君が移動しているという事は。ハイレインがもう移動したか」

「ハイレイン?」

「ああ、あのお魚野郎だ」

「そうだね」

「おっしゃ。──それじゃあ俺も一緒に連れて行ってくれ」

 

 ふぅ、と一つ加山は息を吐き。

 

「──もうこれが最終局面だ。俺もキリキリ働きまっせ」

 

 残すところ。

 敵が千佳を攫えるのかどうかの戦いだ。

 

 恐らく。

 ハイレインはヴィザと組み、連携して千佳を攫おうとするのだろう。

 

「了解。それじゃあ、掴まって」

「うっす」

 

 遊真の身体にがっしりと掴まり。

 加山は──飛んでいった。

 

 さあ。

 最終局面だ。


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