彼方のボーダーライン   作:丸米

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大規模侵攻⑬

「──ヴィザ」

「隊長殿。如何いたしましたか?」

「必要十分量の雛鳥の確保は行った。──後は、金の雛鳥を捕らえるのみ」

「ですな」

「──連携し、捕えるぞ」

「承知いたしました」

 

 雨取千佳は、東地区へ向かった。

 B級合同部隊が固まり、新型を排除している地帯。

 

 もう搦手は必要ない。

 

 この遠征における最大戦力二枚の力をぶつけ、──金の雛鳥を確保する。

 

 

「では、向かおう」

 

 ヴィザ。

 及び、ハイレイン。

 

 両者は互いに頷きあうと──東地区へとワープを行った。

 

 これでミラのトリオンは尽きる。

 撤退まで、窓の影は使えない。

 

 この両者にとっても、最終局面であった。

 

 

「──映像情報を頼む」

 東春秋は。

 ハイレインとヴィザの双方の姿を確認する。

 

 ──トリオンをキューブ化するトリガーと、あらゆる全てを高速で斬り裂くトリガーの取り合わせ。

 

 連携は容易に想定できるが、だが解決策が見つからない。

 だが。

 泣き言を言っていられない。

 

 こちらも。

 迅の未来視から、いくらかの情報を得ている。

 

「──では、皆。よろしく頼む」

 

 ここには。

 東が撒いたダミービーコンと。

 それに紛れ隠れるC級と。

 

 そして──各々のB級部隊+A級隊員がいる。

 

「──笑えねぇ連中がきやがったな」

 

 B級2位部隊、影浦隊。

 その隊長たる影浦雅人はそう呟いていた。

 

「なんだぁ、カゲ? ビビってんのか?」

「るっせぇ。テメェも送られてきたデータ見たのかよ。──甘くねぇぞ」

「解ってるっつーの。──いいかカゲ! 無茶するんじゃねーぞ! あのキューブ喰らったら緊急脱出できねぇんだからな!」

「ガキじゃあるめーし。んな無茶なんざするかっての」

「お前はガキだ!」

「お前だけには言われたくねーな!」

 

 彼はオペレーターの仁礼と何やら言い争いをしているようだった。

 

「......仲いいね」

「本当にね」

 

 そして。

 その様子を──部隊員の北添とユズルは見ていた。

 

「──んだよあのクソトリガー! ざけんじゃねぇぞ!」

「どうどう、諏訪さん落ち着いて落ち着いて」

「これが落ち着いてられっか! 黒トリガー一つでクソにも程があるのに、それが二枚だぞ! 死ね!」

「諏訪さんうるさ~い」

 

 B級諏訪隊はいつもの通りであった。

 

「──本当に逃げなくてもいいのか、千佳?」

「うん。──ここまで来たなら、私も戦う」

 

 そして。

 雨取千佳もまた──戦場に立っていた。

 

 逃げてはならない理由があったから。

 

 ──王子に言われた言葉が、千佳を突き動かしていた。

 

 この力で、修を守れ、と。

 その言葉が。

 今──千佳の中の迷いを払拭していた。

 

 狙撃班も定位置に付き。

 各員はそれぞれ構える。

 

 黒い穴が、空間上に浮かび上がる。

 

 

「──さあ、最後だ」

 

 黒い角の男。

 杖を構えた老人。

 

「──金の雛鳥を、ここで確保する」

 

 大量の群生生物を付き従え。

 老人はサークルを展開する。

 

「──各員! 戦闘開始──!」

 

 東春秋の掛け声とともに。

 戦闘が開始された──。

 

 

 ヴィザが展開するブレード。

 その合間に水槽を満たすように──ハイレインは魚を泳がせる。

 

「──クソッタレ。何だこれ」

 

 ヴィザの高速回転する刃。

 それを乗り越え、肉薄せんと歩を踏み出すと──卵の冠が襲い掛かる。

 

「攻撃手は必ず銃手・射手二人以上の援護を受けた上で間合いを詰めろ! あの生物がいなくなったスペースから、弧月使いならば旋空を浴びせろ! スコーピオン使いは攪乱に集中!」

 

 東の策はシンプル。

 銃手・射手の物量により卵の冠の生命群を削り、その合間に攻撃手による一撃を挟み込んでいく。

 援護する銃手・射手はバッグワームを使用し、ダミービーコンでその身を隠蔽した上で、各自指示されたルートを移動しながらハウンド・バイパーによる攻撃を徹底させる。

 この状況下。援護役の手数が圧倒的に足りない。

 その為の埋め合わせも当然に存在はしているが──。

 

「ハイレイン殿。足元にご注意を」

 

 風刃の援護が、間断なくヴィザ・ハイレインに襲い掛かる。

 その一本一本を身に纏う卵の冠によって撃ち落とすが、しかし間断なく襲い掛かってくる。

 

「──まずは、周囲に点在する銃の使い手から排除していきましょう」

 

 そう言うと。

 ヴィザが前に出ると同時に──周囲の建造物を斬り裂きながら突っ込んでいく。

 

 崩れた建物から斬り込む刃。

 その効果範囲から逃げ込んだ先には──卵の冠が存在する。

 

 卵の冠。

 そして、星の杖。

 

 円状に高速回転する刃。

 そして自在に動き回る生物群。

 

 刃で崩し。

 生物群で囲む。

 

 この連携によって──周囲を走り回る銃手・射手を排除していく。

 緊急脱出の光が、幾度となく繰り返される。

 

 しかし。

 そこまでも東は読んでいた。

 

「──狙撃兵。撃て」

 

 建物が崩されると同時に、開かれた建造物の間。

 そこから狙撃手の援護が入る。

 物量的には大したことはないが。

 別方向から同一箇所を集中的に狙ってくるので、卵の冠の防護が間に合わず、幾らかハイレインの身体に命中はする。

 しかし。

 そうすればハイレインは周囲に散らばったキューブを回収し、回復する。

 

「──らぁ!」

 

 影浦は。

 狙撃によって空いたスペースに身を寄せ、スコーピオンを”伸ばす”。

 二対のスコーピオンを連結させ、その射程を伸ばす──マンティスを行使する。

 

 しかし。

 

「成程。こういった技巧もあるのですね」

 

 伸びるスピードよりも。

 老人の剣速が幾倍も速い。

 

 マンティスの中央部分がすぐさま叩き斬られ、反撃の一撃を貰う。

 

「──ぐ!」

 

 腹部から右肩口まで。

 ざっくりと叩き斬られていた。

 

 ──速ぇ。

 そして。

 

 ──速ぇし、このジジイ.....東のオッサンと同類だ。全く、攻撃に感情が乗ってねぇ。

 

 影浦は。

 感情受信体質という副作用を持っている。

 

 それは──自身に向けられた感情を皮膚を通じて感じる特異体質だ。

 

 それが例えば戦闘の時ならば。

 自身を斬ろう、撃とう、倒そう、とする際に乗せられる感情と、その位置までも把握できる。

 

 だが。

 

 この老人にはそれがない。

 敵意も何も乗せることなく。

 攻撃を行使している。

 

「──カゲ先輩!」

 

 更なる追撃を受けようとしていた影浦に。

 緑川がグラスホッパーを投げ込み、それに触れさせることでその場を逃れさせる。

 

 その上で。

 緑川はヴィザが追撃したことで一時的に距離の離れたハイレインの周囲に分割したグラスホッパーをその周囲に撒く。

 

 ──乱反射。

 

 ハウンドの掃射で生物群が削られるタイミング。

 そこで──歩を踏み出す。

 

 グラスホッパーからグラスホッパーへ移動しながら攻撃を重ねる技巧。

 それを行使.....しようとして。

 

 出来なかった。

 

「──そうはいきませんよ、少年」

 

 星の杖のブレードにより。

 分割したグラスホッパーは全て破砕されていた。

 

 そのまま足の置き所を無くした緑川は彼方へと飛んでいき。

 それを生物群が追って行く。

 

「くっそぉ──!」

 

 生物群に群がられ、崩壊していくトリオン体を尻目に、緑川は緊急脱出した。

 

 

 ──凄まじい。

 

 何が厄介かと言えば。

 黒トリガーの性能ではない。

 

 あの両者の対応能力が、何よりも厄介。

 

 両者とも。

 攻撃役と援護役両方できる駒だからこそ。

 互いに役割を自然に切り替えながら、最も噛み合う形で連携を取ってくる。

 

 建造物を叩き斬り、生物群を通す。

 生物群で追い込みをかけ、高速ブレードで叩き斬る。

 

 まるで隙が無い。

 

 一級の使い手。

 そして──黒トリガー。

 

 軍事国家によって醸成された最高峰の戦士二人が行使する異能のトリガー。

 

「.....」

 千佳は。

 狙撃手が撃つタイミングで、アイビスを放つ。

 しかし──そのタイミングが読まれていたのか、殺到する虫型の群衆が大砲を打ち消していく。

 

「ヴィザ」

「御意」

 

 そのタイミングで。

 ヴィザは千佳の周囲に斬撃を走らせ回避先を無くさせ。

 その先に卵の冠を走らせる。

 

 ──ああ、失敗しちゃった。

 

 そんな思いが走ると同時。

 

 ──雷鳴のように、電流が空から降り落ちてきた。

 その電流は殺到する生物群に振り落ちる。

 電流を浴びた生物群は、深海から引き上げられたかの如く膨張し、破裂する。

 

「え──?」

 

 その発生源は。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 空から。

 墜落してきた。

 

 それは壁に叩き付けられ。

 その姿を現す。

 

「──加山か!」

 

 東は驚いた声を上げる。

 なぜなら。

 

「うっす、東さん。お久しぶりです。──ああ、こんなナリしてますけど、敵じゃねぇっす。周りの人にもそう伝えて下さいな」

 

 加山は。

 黒の角を頭にくっつけ、そして──今まさに眼前で戦っている二人と、全く同じ姿をしていた。

 

「──すみません。これ近界製の黒トリガーっす。なんで換装したらこんなナリに。通信機もなかったんで、いきなり現れてすみませんっす」

「.....そうか」

「.....あの陰険そうな顔した野郎は任せてください。このトリガーとは、多分相性がいい」

「.....ならば」

「はい。あの爺さんの対処は任せます」

 

 少し遅れて。

 遊真も落ちてくる。

 

「さあて。──勝負はこっからだぜ」

 

 加山は。

 両腕から──電流を放射していく。

 

 電流を流し、パルスを形成し。

 ──ハイレインと向かい合う。

 

「......貴様が、エネドラの黒トリガーの適応者か」

「......そうだけど」

「純粋に興味があるな。──何故、奴がわざわざ玄界に自らの命を差し出したのか」

「単純な理由だぜ。自分の人生全部踏みにじられて。踏みにじった奴をぶっ殺したい。その為だったら──猿の手でも借りるタイプの奴だったって事だ」

「それだけの信用を、お前が得た理由は?」

「そこに関しては理屈じゃないな。──まあお前には解らんだろうさ。お前は良くも悪くも常に踏みにじる側だろうからな。なあ、領主様」

「.....」

 

「始めようぜ。──ここで少しばかり。アイツの恨みを晴らしてやるさ」

 

 そう言い。

 電流が放たれた瞬間。

 

 ──回転するブレードが走る音が聞こえた。

 

 が。

 

「──ほう」

 

 加山にブレードを放った瞬間。

 一瞬──ヴィザの意識が加山に流れる、その一瞬。

 

 全てが、動き出した。

 

 北添の突撃銃の駆動音。

 影浦のマンティス。

 ユズルの狙撃。

 

 それら全て、老人に向かう。

 

 その全てを、老人は弾き出す。

 北添にはブレードを走らせ迎撃にて仕留め、影浦をマンティスごと斬り裂き、狙撃は身を屈め避ける。

 その一瞬の間。

 

「『鎖』印」

 

 遊真の黒トリガーから。

 鎖が生まれ、ヴィザに絡みつく。

 

 それを切り払おうとしたその瞬間。

 ──周囲から、風刃の刃が走る。

 

 足元からの斬撃に対応せんと──左足が削られた状態で、更に自らを宙に浮かす。

 

 その動きに合わせ──。

 

「『力』印+『弾』印、四重」

 

 遊真は──飛び出した。

 

 必殺の勢いをもって──その拳を老人に叩き付けんと。

 

 影浦隊二名の犠牲、そして風刃。

 その対処を鎖に縛られながらも行使したその老人は──その一撃すらも、星の杖にて防ぐ。

 

 ──それで、いい。

 

 ──この老人は倒す必要はない。

 

 ただ。

 防がせることで──ハイレインと距離が空けばいい。

 

 老人は吹っ飛ぶ。

 

 それと同時に──ハイレインが離れまいとそちらに移動しようとするが。

 

 その道の途上で。

 凄まじい大きさの弾丸が横切っていったため、歩を踏み出し損ねた。

 

 そこには。

 ──雨取千佳と臨時接続を行った三雲修が、アステロイドを放っていた。

 

 

 加山は。

 電流を直線状に流す。

 ハイレインの卵の冠は、電流に触れた瞬間に膨張し、破裂する。

 

 だが。

 ハイレインのそれは、直線の攻撃だけで全てを対処は出来ない。

 四方から自由な軌道をもって襲い掛かる生物群。

 その対処を行わなければならない。

 

 加山は。

 電流によって発生した力場を周囲に発生させ、そこに微弱なトリオンを流す。

 

 その力場に他のトリオンが侵入するごとに。

 放ったトリオンから、信号が送られる。

 

 どの方向から攻撃が来ているのかを。

 そして。

 加山は──受け取った信号をトリオンとトリオンが衝突し、干渉しあう「音」として処理をする。

 電気信号から拡張され伝えられる情報群を、加山は更に自らの副作用である「共感覚」とも組み合わせ処理を行う。

 

 エネドラと戦った際。

 菊池原の感覚を共有した時、あまりの情報の多さに脳がパンクしかけていた。

 

 だが。

 このトリガーは──電気信号処理に関する機能までも拡張するようだ。

 情報の処理が自然に。

 色分けすらも完全に出来るようになっていた。

 

 そこから攻撃が来るのか。

 その距離はどの程度か。

 理解できる。

 

 自身に近い順番に、電流を放射していく。

 電流が放射される生物群は、膨張して消えていく。

 

 自身の周囲が落ち着けば、ハイレインの周囲に存在する防護用の生物群。

 

 それらを引っぺがしハイレインの肉体に電撃を叩き込む。

 

「ぐ.....!」

 

 ハイレインの肉体に。

 加山の電力が入り込む。

 

 ──この黒トリガーは、トリオン体に対して直接の攻撃手段とならない。

 

 この電流はあくまでトリオン体に干渉する機能しかない。

 故に。

 トリオン体に直接流す場合の挙動としては──。

 

「く.....!」

 

 電流によりトリオンの膨張が起こり。

 トリオン体の形が崩れていく。

 特にトリオン供給体付近は、崩れ方が激しい。

 

 ハイレインの黒トリガーが、トリオン体の形を崩してキューブにするのならば。

 

 エネドラから作られたそれは、形を崩してショートさせる。

 

 崩れたトリオン体からトリオンが漏出する。

 

 膨張し肥大化したトリオンの流れに換装体が耐えきれず、緊急避難的にトリオンを外に出していくのだ。

 トリオンの量が多ければ多いほど膨張の度合いも大きく、漏出は激しくなる。

 黒トリガーによりトリオン量にブーストをかけているハイレインなどは、その分だけトリオン体の崩壊が著しい。

 

「──だが」

 

 ハイレインには。

 トリオンの回復手段がある。

 

 漏れ出て行くトリオンを埋め合わせるように周囲に散らばるキューブを吸収し賄おうとするが──。

 

「このタイミングです。──東さん」

 

 東のイーグレットが。

 ハイレインの頭部を貫いた。

 

 

 ハイレインの撃墜がされると同時。

 ミラは即座に撤退を行う。

 

「──左様でございますか。隊長が」

 

 ヴィザは。

 少々意外な表情を浮かべ、撤退の指示を受け入れる。

 

「──少年。貴方とはまた何処かで戦いたいものですな」

「.....もう勘弁だね」

 

 少年、と呼ばれた空閑遊真は。

 左腕と右腕が斬られ、袈裟に大きく傷がついていた。

 

「いやはや。──予想外が非常に多い戦場でした。素晴らしい」

 そうヴィザは呟き。

「──それでは少年。またお会いしましょう」

 ヴィザは表情を変えず、遊真に背を向け──黒い穴倉に自ら入っていった。

 

 ハイレインとヴィザは回収される。

 

「......終わったか」

 

 出来れば。

 ハイレインの黒トリガーも回収しておきたかったが。流石にそうは甘くはなかった。

 

「......やりましたね。東さん」

「ああ、よくやった....」

「それでなんですけど。東さん」

「.....どうした?」

「警戒区域付近で一番近い病院って何処ですかね?」

「......どういう意味だ?」

「あー。換装する時にあのワープ女に身体貫かれちまっていて.....多分出血量がまずい気がするんですよね....」

「──急いでボーダーの医務室に行け! そこで止血する!」

 

 東は血相を変えてそう指示する。

 

 ──さあて。

 ──俺の肉体は無事でいてくれてるかな。

 

 

 

 こうして。

 三門市を襲った二度目の大規模侵攻の幕が、降りた。

 

 

 




大規模侵攻編おーわり。

今回は前作よりかは満足でした。

MVPは間違いなく王子。
多分こいつのせいで玉狛第二の千佳ちゃん殺法が早めに解禁されます。

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