彼方のボーダーライン   作:丸米

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ランク戦辺り編
色彩は、混じり合う


「──撤退.....!?」

 

 その頃。

 南西区画の警戒区域付近で戦いを続けていたヒュースは。

 

 門が閉じられ晴れ渡る空を見ながら、ヒュースは愕然とした声を上げていた。

 

「あら残念ね。置いてかれちゃって」

「今、本部の方から敵の撤退が確認された」

 

 ヒュースと玉狛第一の戦いは。

 敵の撤退により終わった。

 

「......何故だ」

 ヒュースは目を大きく開き、空を見上げていた。

 

 

 その後。

 

 加山は医務室にて換装を解いた瞬間、激痛と寒気に、気を失った。

 奇跡的と言うべきか。重要な神経や内臓は傷つかなかったが。しかしとにもかくにも出血量があまりにも多かった。

 

 ボーダー医務室で止血と傷口の縫合を終わらせると、即座にボーダー提携の病院に送られる。

 

 呼吸器から送られる空気を体内に巡らせて。

 加山は──夢とも、走馬灯ともとれる感覚の中にいた。

 

 

 ──貴方、何の為にそんなに苦しんでいるの? 

 

 いつだっただろうか。

 そんな声をかけられた気がする。

 

 ──個人戦やるごとにゲーゲー吐いてちゃそりゃ心配になるわよ。ねぇ、本当に戦闘員続けるつもりなの。

 

 

 ああ、そうだ。加古さんだ。思い出した。

 そうだった。

 

 知ってた。

 実際の戦争でも、最初から人に向けて発砲できる奴なんて半分もいないって。

 そして自分は、どうも撃てない側だったという事に。

 だが。

 それでもやらなければいけなかった。

 

 ここは実際の戦場ではない。

 いくら殺しても、実際に人は死なない。

 よくできたシステムだ。

 ならば。

 慣れるまで殺し続けよう。

 

 生理的に受け付けられない情けない脳味噌の作りをしているのならば。

 その生理的嫌悪感すら飲み込めるまでに繰り返せばいい。

 

 ダメなら、死ぬしかない。

 この先。

 俺は、俺は必ず──やらなければいけないのだから。

 

 

 ──はっきり言うと、貴方には致命的に才能がないわ。

 

 理解している。

 でもスタートラインには立てているんだ。

 隊員の中でも、かなり上の方のトリオンはある。

 これで、後は慣れさえすればいい。

 ゲロ吐くのは換装が解かれた後だ。

 それまでに何度も繰り返せばいい。

 繰り返しだ。

 繰り返し、繰り返し.......。

 

 

 今度の記憶は──。

 

 おお。

 俺の記憶じゃないな。

 

 何というか不思議な気分だ。

 誰かの記憶を、俺という視点から見ている。

 こいつ、誰だろう? 

 

 ──エネドラ。貴方は、泥の王に適合したわ。

 

 エネドラ。

 .....ああ、何だ。アイツの記憶か。

 そう言えばミラとかいう女が言っていたな。

 トリガー角が、脳に侵食していたと。

 あの角を起点としてトリガーが出来たから。

 

 

 ──候補は何人かいたのだけれどね。その中でも、貴方はとびっきり優秀だったから。貴方は黒トリガー用にカスタマイズされた角の施術を行うわ。これをすることで、トリオンの増加と、適合率の上昇が見込めるの。指定した日時に、こちらに来るように──。

 

 ああ。

 この時。こいつ、こんなに嬉しかったんだな。

 聡明故に感情をしっかり押し殺しながら。その分内心を、選ばれたことの喜びに満たしながら。

 

 そうか。

 そうなんだ。

 

 ──こいつにも、こんな時期があったんだ。

 

 そんな風に。

 思ってしまった。

 

 記憶が廻る。

 その中でこいつは。

 真面目に訓練をこなし。

 驚くほどの成果を上げて。

 周囲に認められて、取り上げられて。

 それを誇りとしながらも、

 自分の祖国を思う一人の少年で。

 

 そして。

 

 次第に。

 感情の制御が効かなくなって。

 声を荒げ。

 物に当たり

 些細な事に苛立ち

 命令される事に耐えられなくなり

 傲慢になり

 独断専行を繰り返し

 苛立ちを弱者への虐殺で発散するようになり

 

 そして。

 棄てられた。

 

 国の為に必死に学び。

 必死に耐え忍び。

 

 その果てに。

 国に棄てられた。

 

 エネドラの人生は。

 そういうものだった。

 

 

「──よう、チビ猿」

 その果て。

 対面する。

 

「ようエネドラ。──ここは夢の中かね?」

 

 記憶は巡り。

 エネドラの記憶にとっての最終地点へと至る。

 

「知らねぇな。俺はもう死んでんだ」

「何を言ってんだ。お前はいつまでも俺の中で生きているぞ」

「気持ち悪ィ。下らねぇ事言ってんじゃねぇぞ」

「死んでるなら、お前は地獄行きかね」

「はん。地獄行きなら大歓迎だ。連中を出迎えて、もう一度殺し尽くしてやる」

 

 それで、と。

 加山は尋ねる。

 

「──この記憶は、あのトリガーを解いても俺の脳に残ったまんま?」

「当たりめぇだろ。お前は換装体の時に覚えたことを生身に戻って忘れるかよ」

「それもそうか。──うえぇ。お前の記憶が俺の中に残ったまんまかよ。気持ち悪ぃ」

「はっ。だったらその気持ち悪さは一生もんだ。俺の黒トリガーなんぞ使っちまった事を後悔しながら生きやがれ」

「まあいいや。気持ち悪い事を気持ち悪いまま繰り返して慣れる事は、もう慣れっこよ。俺は」

 

 ケッ、とエネドラは吐き捨て。

 呟く。

 

「──人撃つだけでもゲロ吐くようなボンクラがこの先本当にやっていけるのかね。テメェは近界史上に残る大虐殺者になるんだろうが」

「さあねぇ。──まあでも、これは俺の生きる目的だからよ。あるだけの力を総動員して。お前の故郷を滅ぼしてやるさ」

 

 そうかぃ、と。

 そう呟き──エネドラは背を向けた。

 

「期待はしねぇが......ま、精々あがけよ」

「おうとも」

 

 回帰する記憶は幕を引き。

 意識は──暗澹たる水底に落ちていった。

 

 

 病院というのはあまり好きではない。

 まあでも、好きだと言える人間は随分と物好きだろうが。

 薬品の匂いがするし。

 あまり賑やかじゃないし。

 

「それに──炒飯の差し入れなんて出来ないものね~」

 

 流石に入院患者に炒飯を作ってきてやる事も出来ず、面白みの欠片もないフルーツの盛り合わせを一つ持って。

 加古望は、加山雄吾の見舞いに来ていた。

 

 この前。

 ようやく面会謝絶状態からは良くなったとの事。

 

「邪魔するわね」

 加山の表札が掛けられた部屋に入ると。

 呼吸器の音だけが響く室内であった。

 

 机を見る。

 そこには、加古と同じような見舞いの品に溢れていた。

 

「ほぅほぅ。──色々来ているみたいじゃない」

 

 その様を見て一つ微笑むと。

 加古は手頃な椅子を持ってきて、座る。

 

 ......あの時は。

 こんな風になるとは思わなかった。

 

 戦いに対して生理的な嫌悪感を持っている人間は珍しくない。

 加山雄吾は──それを乗り越えた。

 

 それは。

 彼のどうにもならない根性で。

 彼は自分を労わるという発想がない。

 だから自分に降りかかる嫌悪感も、それを飲み込めるまで、そして慣れるまで、ずっとずっと繰り返しながら乗り越えていったのだ。

 

 どうにかなる、と彼は言った。

 それは何も強がりではなかったのだ。

 どうにかなる、と心から確信して言い放った言葉だった。

 

 

 そんな事を思い。

 少しばかり椅子に座っている最中だった。

 

「──失礼します。あ、ご先客でしたか」

 

 扉が開かれ。

 二人の男が入ってくる。

 

 一人は、眼鏡をかけた中年の男。

 そしてもう一人は、年若い男の二人。

 

「はい。私はボーダーの同僚です。どうぞお構いなく」

「ああ、そうですか。雄吾君の為に、わざわざ来ていただいてありがとうございます」

 

 中年の男は、世辞の張り付いた笑みを浮かべ。

 そしてもう一人はとても不機嫌そうな面立ちだった。

 

 ──ああ。

 これが。

 加山の家族か。

 

「.....」

 

 見れば見る程。

 ──虫唾が走ってくる。

 

 それは加山への同情というよりも。

 ──かつて一緒に隊を組んでいた、三輪とも重ね合わせてのものだった。

 

 どうしてあの男の顔が不機嫌なのか。

 加古には理解できていた。

 

「ねぇ、貴方」

 そして。

 加古望は──実に素直な人間だ。

 自らの虫唾は、吐き出さないと気が済まない人間だ。

 

「.....何ですか?」

「貴方。加山君に生き残って欲しいのかしら? それとも死んでくれなくて残念だったのかしら?」

「....」

 

 黙るな。

 答えろ。

 

「ちょ、ちょっと.....」

 中年の男が止めに入ろうとするが。

 

「う...」

 加古の目が。

 それを防いだ。

 

「少なくとも。ここは生き残って欲しいと願っている人間だけが足を踏み入れるべき場所よ。そうじゃないなら出て行きなさい」

「.....」

 

 男の目が。

 歪んでいく。

 

「......はん。ボーダーのお仲間かよ」

「そうよ」

「関係ねぇんだったら口出しするな」

「......」

 

 その言葉を聞いて。

 加古は笑みを浮かべた。

 

 よし決めた。

 言いたい事を全部言う決心だ。

 

「貴方、確か加山君の従弟よね」

「だからどうした?」

「警察官の夢が断たれたみたいねぇ」

 

 男の顔面が、歪む。

 

「で? それを加山君の所為だと思って、いまそんな表情をしているのね」

「.....」

「成程。つまり貴方はこう言いたいわけなのね。──”自分の夢の為に、加山君はあの侵攻の時に死ぬべきだった”って」

 

 その言葉に。

 従弟の表情が、更に歪んでいく。

 

「貴方の夢は、加山君一人の命よりも重かった。なのに自分の夢は潰えたのに、死ぬべきだった加山君がなぜか生きている。──そう恥ずかしげもなく思っている訳でしょう?」

 まだだ。

 まだ続ける。

 

「貴方の言う”ボーダーのお仲間”は。家族も夢もなくした人間で溢れかえっているわ。その上で、その憎悪を直接の原因である近界民に向けて、もう二度とあんなことが起きないようにという願いをもってボーダーに在籍しているの」

 思い浮かべるは。

 ──かつて同じ部隊にいた、一人の少年。

 

「近界民は恨みたくてもボーダーに入る気概もない。だから身近でそれとなく恨める相手を見つけられたから恨んでいる。そんな惨めな存在が貴方よ。──彼の父親と、近界民。夢を潰した原因に近いのはどう見ても近界民じゃない。そんな事も解らないのかしら?」

 

 ふん、と。

 鼻を鳴らす。

 心の中で思うのは、ただ一つ。

 ──この負け犬、と。

 

「貴方が誰を恨もうと別に勝手だけど。──そういう惨めな恨み方だって自覚した上で恨みなさい」

 

 そう最後に告げると。

 それでも尚、憎悪を隠さぬ目で加古と加山を睨みつけ、──そのまま走り去っていった。

 

「あ、──く....」

 

 加古の存在に言葉を無くし。

 叔父もまた、息子を言葉なく追っていく。

 

「.....」

 ようやく。

 不愉快な人間が出て行った。

 

「あんな空気を毎日吸ってたら。──死んでもいいか、って思うのもまあ仕方がないわね」

 加山は。

 死ぬ事を絶望と捉えていない。

 生きる事が地獄で。

 死んだ先で楽になれると思っている。

 

 ただ──地獄の中で生きる責任を勝手に背負って生きているだけだ。

 

 それは。

 自由を愛する加古望にとって、何一つ理解できない生き方だった。

 

「人生なんて──楽に生きようと思えば、いくらでも楽にできるものなのにねぇ」

 

 まあ。

 それも含めて──加山雄吾という人間なのだろう。

 

 そう、思った。




なんかファンタジーな話になってすみません......

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