彼方のボーダーライン   作:丸米

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変色と進化との狭間には

 訓練ブース内を市街地Aに設定し。

 弓場と加山が向かい合う。

 

「それでは──この勝負! 自分が仕切らせてもらうッス!」

 

 それぞれ五十メートルほどの距離を取り。

 その間に帯島が立つ。

 

「それでは──スタート!」

 

 帯島の号令と共に。

 両者が動き出す。

 

 加山は地面に手を付けエスクードを一帯に敷き

 弓場は二丁拳銃を構え加山に狙いを定める。

 

 エスクードの壁の上側から弓場にハウンドを放つ加山の動きに合わせ、弓場はエスクードを破砕しながら加山に肉薄していく。

 加山はエスクードの壁側に身を隠し、更に幾つかエスクードを増産していく。

 

 ハウンドの雨を前へ前へと進むことで避けながら、──弓場は加山のレーダーの反応を追っていく。

 

 遂に──レーダーが反応する加山の位置まで、弓場は突き進んだ。

 

 そこには。

「ダミービーコン....!」

 

 宙に浮く、ダミービーコンが一つ。

 レーダーに反応があったのは、これ一つ。

 つまり──今加山はバッグワームを着込み、何処かに潜伏している。

 

 そして。

 左右を見る。

 

 そこには──

 

「アステロイド」

 

 ──幾つものキューブが、弓場の両脇を挟み込んでいた。

 

「ほぉ......!」

 

 置き弾。

 弓場の斜め後ろ側に増設したエスクードの影に潜伏していた加山がアステロイドを放つ。

 

 挟まれた弓場は、両足を削られる。

 その頭上から。

 

 ハウンドが降り落ちる。

 

「──やるじゃねぇか」

 そう呟くと同時。

 弓場は全身を貫かれ、緊急脱出した。

 

 

 次は。

 加山は敢えてエスクードを使わず、同じ条件で弓場と対面する。

 弓場の銃撃の有効範囲の外側から、ハウンドとアステロイドを切り替えつつ戦闘を行う。

 ハウンドで足を止め、アステロイドで削る。

 弓場の破壊力のある直線に対抗すべく。

 タン、タン、とステップを踏み、

 障害物を利用しながら。

 ──射手トリガーの良い所は、タイムラグがある事だ。

 例えば路地の入口で逃げ込む動作をしながら撃つとき。

 逃げ込む動作を終了させたと同時に撃つことが出来る。

 銃トリガーは撃つ動作と攻撃を放つタイミングがほぼ同じ故に、こういう場合相手の攻撃に当たるリスクを背負いながら、路地から身を出して撃たなければいけない。

 だが。射手は一度その空間にキューブを出したのならば、後は使い手が逃げの体勢に入っても勝手に射出してくれる。

 

 当然、タイムラグがある事は真正面からの撃ち合いにおいて先を取られる欠点でもあるのだが。

 それでも──加山の戦闘スタイルには、こちらの方が合っていた。

 

 そして。

「メテオラ」

 メテオラの路地の曲がり角に設置し

「スパイダー」

 足元の影となっている部分に、薄黒色のスパイダーをメテオラと連結し仕掛ける。

 そしてその曲がり角の前でエスクードを生やす。

 

 加山を追う弓場がその場を訪れた時。

 エスクードを撃ち壊し、角を曲がろうとした瞬間。

 

 線が布地に振れる感覚が走った瞬間──弓場は直感でバッグステップを行使する。

 爆裂音と、周囲の壁が破壊される音が響き渡り、そして──煙が巻き起こる。

 

 その煙に紛れて、

 頭上から降り注ぐハウンドと、正面から襲い来るアステロイドの二種類が弓場に襲い掛かる。

 

「──そう何度も負けてられっかよ」

 弓場は。

 逃げ道がないと判断するや否や、逃げ道を作る判断を行使。

 隣にある壁を拳銃で破壊し、建造物の中に無理やり身体を避難させる。

 その過程でいくらか身体は削れたが、加山の位置の真横まで建物内を移動し、壁越しに発砲する。

 

「──マジですか」

 加山は今の攻撃に対応した弓場の一連の動きにそう思わず口走りながらも、アステロイドを生み出す。

 

「この距離感で──俺に勝てる奴は、いねぇぞ加山ァ!」

 その言葉の通り。

 加山がキューブを生成するその瞬間には──加山は弓場の二丁に貫かれていた。

 

 

 

「今まで拳銃とスコーピオンを装着していたんですけど。これをアステロイドとスパイダーに変えました」

 10本を戦い終え。

 弓場に対し3本を取った。

 まあ、一定の成果を上げたと言ってもいいだろう。

 

「大きく分けて今の俺には二つの手札が追加されました。アステロイドによる広範囲の直線攻撃。そしてスパイダーとメテオラを使ったトラップですね」

 勝負を終え。

 加山は弓場隊の前で自身のトリガー構成の変更について説明を行う。

 

「エスクードで陣を敷いて、今まではメテオラの置き弾と上を通すハウンドばかり使ってきました。でも結局これだと、一定レベルに達した人達にはばかばかエスクード壊されるんですよね」

 

 エスクードの先にメテオラの置き弾。

 エスクードの上から通すハウンド。

 

 この二つが加山のエスクードを使用するうえでの柱だった。

 しかしこの構成であると上位の攻撃陣には爆発は見抜かれるし、ハウンドも問題なく防がれる。

 割と、連携する相手の力量やポジションによって左右される構造だった。

 

「例えば一本目なんですけど。俺はビーコンを設置した場所からハウンドを置き弾にして隊長に向けて撃っていました。ハウンドが撃たれている先でトリオンのレーダー反応があると、そこに向かって進んでくれるじゃないですか。でもここにあるのは、ハウンドの置き弾とダミービーコンなんです」

 

 加山が弓場から一本目を取った時。

 加山はハウンドの置き弾をセットすると同時に、ダミービーコンを置いていた。

 

 ビーコンの設置場所からハウンドが放たれる。

 →相手はビーコンの反応場所に加山がいるとそちらに向かう。

 →ハウンドの射出と同時に加山はバッグワームを着込んで別の隠れ場へ移動する。

 →ビーコンの場所に敵が辿り着いた瞬間に、バッグワームを解除し左右に仕込んだアステロイドの置き弾を放つ。

 

 こういった手順で、加山は一本目を取った。

 

「これで例えば弓場隊長と連携を取れば。ハウンドで焦って前に出る相手を出合い頭にぶっぱする事も出来ますし。帯島と連携をすれば、アステロイドの置き弾の代わりにバッグワーム着込ませた帯島を忍ばせるもいい。爆発だけじゃなく、直線的なトラップも作れるようになりたかったんですよね」

 

「成程なぁ。──それで、スパイダーはメテオラトラップ用か」

「うっす。完全に逃走用・攪乱用ですね。これからダミービーコンの地帯にスパイダーを張り巡らしながら、所々でああいう爆破トラップを仕掛けようかと」

「......ふむん」

「次から始まるランク戦。一先ずはこの構成で行こうと思っています」

「了解。そいつはいい。──そんで、加山」

「はい」

「──お前、どうした?」

 

 弓場は少しだけ訝し気にこちらを眺める。

 

「戦法の変化もそうだけどよ。──明らかに動きがよくなっている。身のこなしの部分もそうだし、何よりまだ触れ始めのアステロイドのコントロールの部分。初心者が出来る事じゃねぇ」

 

 トリオンで追跡をかけられるハウンドと違い。

 アステロイドは直線でしか飛ばない。

 身体の延長線上の武器として使える銃トリガーのアステロイドと、射手トリガーのアステロイドは、使い方の部分で大きく異なる。

 

「──ああ、そのことなんですけど」

 

 加山は。

 エネドラが黒トリガーになり、それを使用してからの一連の出来事を──隊の前で話した。

 

 

「.....記憶の継承!?」

 聞き終えて。

 真っ先に帯島が声を上げた。

 

「へぇー......そんな事もあるんだね」

「まあ.....ウチも、記憶を”消す”処置ならトリオンで出来るんだ。記憶を”継承する”事も、出来ないとは言い切れないんじゃねぇか?」

 

 外岡と藤丸は、少々混乱しつつもそれを受け入れ。

 弓場は──。

 

「加山」

「はい」

「──その記憶、消してもらおうとは思わねぇのか?」

 

 そう尋ねた。

 ああ、そういえばそうか。

 ボーダーは記憶を忘却させる技術を持っている。

 それをもってすれば、確かにエネドラから継承した記憶を消すことも可能かもしれない。

 これからあの黒トリガーを起動するごとに処置をしてもらえば、元の自分に戻れるやもしれない。

 

 だが、

「いえ。思いません」

 

 と。

 そう加山は言い切った。

 

「今は──使える手を何でも使いたいです」

 エネドラの記憶は。

 今の加山にとって──何物にも勝る武器だ。

 加山は、トリオン以外にとりたてた才能がないからこそ、このスタイルで戦い続けてきた。

 自分が積み上げてきたものは、割ともうこれ以上の上澄みはないと心のどこかに思っていた。

 

 その上で。

 エネドラという軍事国家のエリートとして積み上げてきた記憶が入った事により。

 加山の中で、確かな上澄みの余地がここに生まれたのだ。

 

「確かに、他人の記憶が入り込んでいるのは気持ち悪いですけど。それでも──こいつは確かな武器ですから」

 

 加山は。

 迷いなくそう言い切った。

 

 

 そうして。

 一通りの訓練を終えて。

 

 休憩室で水を飲んでいる時だった。

 

「──ああ、そっか。もうそんな時間か」

 備え付けのテレビから、ボーダーの記者会見が始まっていた。

 

 壇上には根付室長が立ち、メディアからの質問のその悉くを捌いていく。

 前回進行との被害比較を主題として、ボーダーの成果をはっきりと伝え──メディアの意地悪さを上手く引き立たせていた。

 ああいう会見において重要なのは。

 メディア側を悪く引き立たせる立ち回りをする事だ。

 こちらは誠実で。

 あちらは不誠実。

 そういう空気感を作り上げる事。

 

 根付室長は。

 正直な所、あまり部隊員の評判がいいとはいえない人物だ。

 

 だが。

 

 ──やっぱり、凄い人だ。

 加山が耳を澄ませると。

 少しずつ根付の声音が違う事が理解できる。色が、少しずつ違う。

 恐らく──即興で答えている質問と、事前にメディア側に仕込んでいる質問の両方があり、言葉を選びながら話している言葉と事前に完璧に用意している言葉の双方が根付室長にはある。

 

 ──あの手の仕込みもまた、上手いんだなぁ。

 

 そして質問内容が移り変わる。

 

 ──C級隊員の隊務規定違反について、という部分にメディア側が切り込んできた。

 

 これも仕込みだろうな、と。加山は思った。

 確か、一カ月前。三雲修が警戒区域外でトリガーを使った事件だ。

 C級が多数近界に攫われた話題から、C級側の体制についての話題転換。

 上手く大規模侵攻の話題から転換できるうえに、もう既に処理まで終わっている話だ。

 

 ──なんて、思っていたら。

 

「へ?」

 そこに。

 三雲修本人が現れた。

 そして。

 つかつかと壇上に上がり。

 

 ──僕が、隊務規定違反をした三雲修です。

 

 そう言葉を放ち。

 

 ──質問は全て受けます。

 

 と。

 そう答えたのだった。

 

 はぁ~、と一つ息を吐いて。

 

「いや.....すげぇな」

 と。

 感嘆の溜息をもう一つ吐いた。

 

 迅は。

 修はかなりの重要人物だと言っていた。

 

 ──遊真を繋ぎ止めるためのカギだとばかり思っていた。

 

 だが。

 そうではなかった。

 遊真は、本当に──彼だからこそ、繋ぎ止められているのだ。

 

 ──僕は、もう一度同じ状況になっても、同じ選択をすると思います。

 

 あの応答に。

 どれだけ彼が守った人たちは感謝を払うだろうか。

 

 違反したことに後悔はない。

 同じ状況に陥ってももう一度同じ選択をする。

 

 ──そう馬鹿正直に言いきれる男なのだ。

 

「.....俺も、頑張らないとなぁ」

 よし、と一つ気合を入れて。

 加山はまた訓練室へと向かって行った。




メイン:アステロイド(拳銃) メテオラ エスクード ダミービーコン

サブ:スコーピオン ハウンド シールド バッグワーム

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