彼方のボーダーライン   作:丸米

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木虎とのお話。


無情険悪の黒色、それが木虎藍との関係性

「メテオラをメインでセットする射手がいねぇのって、シールドが便利すぎるのと対人向けの訓練が多すぎるのが理由だと思うのよねぇ」

 

男は何事かを喋っている。

ボーダー本部内の訓練ブース。眼前に立つ何者かに語り掛けている――にしては、彼女の目線に合わせることなく、地面に視線を向けながら何事かを呟いている。

 

「これが普通の戦争だったらさぁ。こっちも侵略する事もあるわけじゃん。侵略するとなるとさ、手っ取り早く効率的に多人数をぶっ殺せる方法がある方があればあるほど便利なのよ。敵の生産ライン爆撃したりして補給を止めたりさ。適当な都市の市民にダムダム弾撃ち込んで恐怖を煽ったりとかさ。ああ、そうだ。恐怖ってのもミソだな。トリオン体あるから皆ケガするのが怖くねーんだもん。皮膚が焼かれたりもしねーし痛みもねー。広範囲の爆撃食らわしたところで結局致命傷与えなきゃだめだもんなぁ。広く、浅く、拡散するタイプの攻撃ってトリオン体だとあんまり役に立たねぇ。かすり傷はゼロに等しいからねトリオン体。――まあ今のボーダーの評価基準でメインで使うような阿呆はいないわなぁ」

 

不満げな声だ。

 

「メテオラにはロマンがあるが、俺はロマンに全て突っ込めるほどに子供じゃなかったんだ。許せメテオラ。二枠使いたかったけど、俺は結局スコーピオンと拳銃に逃げてしまった-----」

 

「で」

「ん?」

 

ぶつぶつと何事かを呟くその男の眼前。

一人の女がいた。

その女は両腕を組み、男を見据え、蔑みの視線を浴びせかけていた。

 

「やあ木虎。何か用?」

木虎、と呼ばれたその女は――端正な顔を思い切り歪め、歪んだ分だけ視線を鋭くし男を見据える。

「何か用、ではないのだけれど」

「ないのか。俺は用なしという訳だな。ではそこで俺が喋る内容を聞いておくかそのまま過ぎ去ってくれ」

「------」

 

眼光の鋭さが増していく。

冷たい。

 

「何だよ。そんなに見つめないでくれないか恥ずかしい」

「何をぶつぶつ言ってるの加山君。気味が悪い。同期として恥ずかしいわ」

「ここでぶつぶつ言っているのはな。俺の声を分類しているんだ。暇な時間があったらさ、どういうイントネーションの言葉がどういう色をするのかを実際に独り言を喋って分析してんの。その声をピックアップしていって、他の人間の声に近付ければ声真似だって出来るんだぞ。そうだな。――”気味が悪いわね。帰って頂戴”。おお、似ている!どうだ木虎!俺の声帯模写も大したものだろう。がはははははは」

男――加山は変わらず木虎と視線を交えることなくジッと視線を地面に向けながら――確かに、確かに木虎と寸分変わらぬ声で最後のセリフを言い放ち、自画自賛し、笑っていた。

視線は変わらず下を向きながら。

 

木虎のこめかみに血管が浮かんでくる。

 

「――何故顔を合わせないのかしら?」

「因縁をつけられない為に顔を見ないってのは基本中の基本だぜ。俺のように気の弱い人間の基本スキルだ」

 

こめかみ。より青く。

 

「――丁度いいわね。喧嘩なら買うわよ。丁度そこにブースもあるわけだし」

「おうとも上等。胸を貸してやるぜ同期」

「胸を貸す?自惚れないで」

「ふふん。B級昇格から俺にまだ勝ち越してないだろう。自惚れちゃいないさ」

「C級時代散々負け越したじゃない」

「あの時の俺はメテオラに夢を見ていたロマンチストでガキだった。現実と理想の間に見事に着地した今の俺のスタイルでお前に負ける道理はない」

「その現実を突きつけたのが誰かお忘れかしら?」

「だから今度は俺が現実見せてやるよ」

 

両者の間に、冷たい火花が散る。

 

「10本でいいわね」

「おうとも」

 

両者は、冷たい空気のまま、ブースの中に吸い込まれていった。

 

 

木虎藍と加山雄吾は仲が悪い。

二人は、同期であった。

 

ボーダーには、三つの階級がある。

 

A級、B級、C級の三ランク。

ボーダーに入隊すると、皆Cランクからのスタートとなる。その後訓練と、C級隊員同士の個人戦を繰り返し、個人ポイントを4000稼げばB級に昇格できる。

 

通常であるならばC級隊員は1000ポイントからのスタートであるが、木虎藍はその圧倒的センスが認められ特例で3600のポイントを与えられていた。

加山雄吾も高いトリオン能力が認められ、同じく特例で3200からのスタートだった。

 

両者はその当時からポイントを奪っては奪い返しの繰り返しの中で、その仲を自然に険悪にさせていった。

高トリオンを活かしたメテオラによる爆破で着々とポイントを稼いでいた加山は木虎との個人戦でボロ負けを喫しごっそりとポイントを奪い取られ、その後メテオラからアステロイド拳銃に武器を変更。その後木虎との最後の個人戦で勝ちを重ね、彼女から奪ったポイントで一足早くB級昇格を果たしたという屈辱極まりない過去を塗り付けていったのであった。

 

そして。

「----え?お前銃手じゃなくなったの?」

「ええ」

 

眼前で構える木虎は――攻撃手用のトリガーである「スコーピオン」を手に取っていた。

 

「ええ。やめてくれよ。何で俺とお前、全く同じトリガーなのよ」

「うるさいわね」

 

現在。

両者は全く同じトリガーを手にしていた。

片手に拳銃。片手にスコーピオン。

 

「――以前と同じだと舐めてかかると、痛い目見るわよ」

「痛い目なんぞ散々みてきたわ。ついさっきだって食い物でだって死にかけたんじゃい。――お前こそ、新しいスタイルで痛い目見ねぇ事だな!」

 

両者ともに、同時に動き出した。

 

・   ・   ・   ・

 

同時に向けられ、撃鉄が落とされた銃弾は互いの身体を削る。

 

削面を見ると、木虎の方が大きい。

同じアステロイド銃を使用しているが、――加山の『トリオン』が木虎に大きく上回るために、木虎のそれよりも遥かに大きな威力を内包しているのだ。

木虎は即座にその場を離れると、側面の狭い路地に引く。

 

「いやいや、そりゃ悪手だろ木虎」

 

加山のトリガーは、スコーピオンと拳銃だけではない。

拳銃を下ろし、加山はトリガーを切り替える。

 

「――エスクード」

 

木虎が引っ込んだ路地の入口を、地面から生え出る『壁』――エスクードで塞ぐ。

そして、

「こいつも食らっとけ――ハウンド」

 

エスクードを飛び越えようとする木虎の動きに先んじて、ハウンドを上空に放つ。

封鎖された狭い路地の上。

降りかかる弾雨。

 

「――仕留められなかったか」

 

加山は今の状況で木虎が生き残る方法を考える。

恐らくは左右の路地を象る壁を飛び越えたかスコピで斬り裂いたか。左右どちらかの建造物に隠れているのだろう。

 

――まあでも、距離が生まれれば、それだけ俺の方が有利だ。

 

近接戦での手数・精度では加山は木虎に勝てない。

されど、加山は中距離での手札をかなり備えている隊員だ。

だからこそ、距離が生まれれば生まれる程やりやすい。

 

加山雄吾のトリガー構成は、銃手・攻撃手・射手トリガーが揃った構成となっている。

アステロイド・スコーピオン・ハウンド・メテオラとトリガーを組み込み、残る枠をシールド・エスクード・ダミービーコン・バッグワームで埋めている。

 

加山は路地の左右の建物の正面を更にエスクードで防ぐと、自身の周囲にもエスクードを張り巡らす。

 

「――さあ、どう来るかね」

エスクードで射線を切り、加山はアステロイド拳銃とハウンドを構える。

 

この状況を作れば。

木虎は遠方からの攻撃手段が拳銃しかない。

詳細なトリガー構成は解らないが――スコーピオン以外のトリガーを詰めるだけの余裕は無かったはずだ。

 

拳銃による射撃は通らない。

機動力を活かし壁を乗り越えこちらにやってくるならば、ハウンドで足を止めてアステロイドで仕留めればいい。

 

エスクードはトリオン消費量が多いという大いなる欠陥を抱えているが――その問題さえクリアできれば、非常に有用なトリガーへと早変わりする。

何より加山が気に入ったのは、一度壁を作る事さえできればトリガーの切り替えによって消えない事だ。

 

シールドは非常に利便性が高いトリガーであるが、使用している間は他のトリガーが使えない。

 

だが。エスクードは時間を稼ぎ壁を作る事さえできれば、後はトリガーを切り替えても消えない。破壊されない限り、そこに残り続ける。

故に。

エスクードの壁に隠れながら、トリガーを二つ装備し待ち構えるという手法がとれる。

 

じぃ、と。

加山は耳を澄ます。

 

「――建造物から逃げ出して、更に側面側に向かって行ったな」

耳から拾う微細な音の変化を感じ取り、加山はそう判断する。

 

レーダーから反応を消した木虎を

今木虎は恐らく、バッグワームを起動しながら側面側に回り出方を伺っているのだろう。

流石にあの状況で真正面から攻め込むような甘い隊員でないこと位、加山も理解できている。その判断力の高さも、新人時代から評価されていた部分だ。

 

「そうは問屋が卸さんぞ」

加山は自分が待ち構えている場所に゛ダミービーコン”を設置する。

球体状の物質で、ふわふわ浮かぶそれを現在地にセットし発動。同時に自らはバッグワームに紛れる。

 

そして、更に左右にエスクードを生やし、如何にも”側面からの攻撃に備えています”と言わんばかりの配置を行い、そうして生やしたエスクードの陰に隠れ、ついでにメテオラキューブをその背後に撒きながら、自らも建造物の中に紛れる。

 

そして。

 

「――かかったな、木虎」

 

ダミービーコンの反応を追い、側面を回り込みエスクードを踏み越えてきた木虎に、――バッグワームを解除すると同時に、ハウンドを放つ。

 

木虎はすぐさま反対側のエスクードを踏み越えハウンドの盾とする。

 

その、隣。

 

「あ」

木虎の隣には、大きなメテオラキューブが一つでん、と鎮座していた。

 

加山がその様をにっこり笑みながら見据えると――そこに弾丸を放つ。

 

キューブに埋め込まれる弾丸。

それと共に巻き上がる爆炎。

 

――木虎、緊急脱出。

 

トリオン体が瞬時に崩れ、木虎はそのままブースへと飛ばされていった。

 

 

「7-3か」

「------」

木虎は負け越した事実に、歯噛みする。

「――木虎。アンタ、グラスホッパー積む気はないのか?」

見た限り、木虎は拳銃とスコーピオン、バッグワームとシールドしか積んでいない。

今回、木虎が持ち込んだスコーピオンは正直厄介だった。

銃手としては火力が足りない分を、近接で補う。その方針は木虎に合っていたし、その練度も非常に高かった。

だが。その分だけ、――距離が開いたときにどう距離を詰めるのか、といった部分に問題が生まれてしまう。

木虎の身のこなしは、ボーダーでも屈指だ。

だからこそ、移動方法に何かしらの変化をもたらすものが一つでもあれば、更に強くなるであろう。あの身のこなしであれば、移動用トリガーも難なく扱えるであろう。

 

「人の心配なんてする余裕なんてあるの?」

「余裕がなくても、俺は必要だと思えばアドバイスをするぞ。例え、お前みたいに嫌いな奴だろうがな」

 

「----どういう事?」

「俺は別に自分が強かろうが弱かろうがどうでもいいのよ。何なら、俺以外全員俺より強くなって最弱になっているような状況になってくれるなら、それはそれで本気で喜ばしい。――それだけボーダーがクソ強くなってるんだから。まあ、お前に負けたくないってのは本音だ。だからC級でお前にあんだけ食い下がったからさ。でも、お前含め全員強くなって――ボーダーが強くなってくれ、って思ってるのも本音。――で、無理?グラスホッパーは?」

 

「-----無理よ。トリオンが足りない」

「-----そうか。うーむ。どうにか一つ、トリオン食わずに移動補助が出来る方法が無いものかね」

「いいのよそんなに必死に考えてくれなくても。――私は、今は個人よりも部隊での勝利を一先ず目指すから」

 

「へぇ。――何処の部隊に所属する事になったんだ?」

「嵐山隊よ。――あそこは、中・遠距離で移動のサポートが出来る人が揃ってるから。別に一人で無理に動く必要がない」

「成程。――へぇ。へぇぇ」

「何よ」

「いや。――何か、意外だったんだよ。お前が、そういう事言うの」

他人をあてにする、という行為を木虎は嫌っていた。

それは彼女の高い自尊心故だ。

 

だが――「部隊の力を借りる事」と「他人の力をあてにする」ことは別物であると判断できる冷静さは、ちゃんとあったのだな、と。

 

「当たり前よ。――私は無駄な努力に時間を費やしている人は、嫌いだから」

 

「------」

 

-----少し、見誤っていたと加山は思った。

木虎にアドバイスなんか必要ない。

木虎は、ちゃんと自分が「やるべきこと」を理解できている。

どの努力が適正で。

どの努力が無駄になるのか。

その線引きが、出来ている。

 

「----悪かった」

 

素直に一つ謝ると木虎は実に気味悪げにこちらを見た。

 

うん。

やっぱりこいつの事は嫌いだわ。


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