彼方のボーダーライン   作:丸米

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幸せの青い花

「──雛鳥は集めることが出来たが」

 大規模侵攻を終えたハイレインの表情は。

 実に渋かった。

 

「玄界側の戦力をむざむざ与える事になってしまった、と。いやはや。エネドラも最後の最後に大きな爪痕を残してくれたものよ」

「──」

 

 それ以上に。

 窓の影の使用者であり、エネドラ抹殺の命を受けていたミラの顔は非常に渋かった。

 

「ミラよ。そうも表情を強張らせても仕方あるまい。過ぎた事よ」

「......アレがただの黒トリガーなら、まだよかったのだけれどね」

 

 エネドラから作られたあのトリガーは。

 トリオンに干渉し、膨張させる性質を持っている。

 

「仮に.....玄界が侵攻にあのトリガーを持ち込むことになったら、それだけで大損害を被る可能性があるわ」

 

 近界にとってトリオンは、基幹エネルギーそのものだ。

 産業から農業。果ては大地や日の光すら全てトリオンを中心に回っている。

 それを膨張させる性質の黒トリガーをもって玄界が攻めてきた場合。

 

 恐らくアフトクラトルが後れを取る事はないだろうが──致命的な被害を与える結果となりえるのだ。

 

「しかし。まさにエネドラ殿の思念や願いが反映されているかのようなトリガーですな」

 ヴィザは。

 そう呟いた。

 

「──やれやれ。やはり齢を重ねると、少々感傷的になっていけませんな」

 

 

 加山雄吾。

 

 現在、──引っ越し準備の真っ最中。

 

「とはいってもなぁ」

 

 加山に割り当てられた部屋はあまりにも殺風景であった。

 制服が二着。

 私服が四着。

 そして学習机と、書き連ねてきたノート類のみ。

 

 学習机はかさばるからいらない。

 となると──持っていくものなんて、本当に僅かだ。

 

 引っ越しの代金も生活必需品の買い出しも、特級戦功の臨時収入で十分賄える。

 そして本部の寮は家賃はかからない。

 

 三桁のお金があるのなら、ボーダー隊員としての収入があればまあ何とかなるだろう。

 

 さて。

 まだ二月に入ろうかどうかという時期に何故に引っ越し準備をしているのか。

 

 

 それは──。

 一言で言えば、従弟がヒステリーを起こしたからです。

 以上。

 

 加山が入院している間に、何か決定的な事件が起こったらしい。もはやその姿を目に映す事すら憤懣やるかたなきご様子で。ヒステリックに「出て行け」と連呼され今に至る。

 

 こちらは当然ながら住まわせてもらっている立場。叔父も遠回しながら「引っ越すならば許可は出す」と言っている為、急遽引っ越しする事となりました。

 

 幸い、持っていくものもダッフルバック一つあれば十分に持っていけるだけのものしかない。業者にうん万払って持っていってもらう必要もない。

 という訳で。

 事情をある程度知っていたボーダーは素早く許可を降ろし、寮の一室を貸し出してくれた。

 

 荷物を纏め。

 家を出る。

 

「......」

 ひどく。

 安心感を覚えた。

 

 

「あら」

「ヴァ?」

 

 さて。

 本部内に存在する寮の中。

 加山はダッフルバックを放り投げ、その日の飯くらい買ってこようかと外を出てスーパーに行くと。

 

 ......加古望が、いた。

 

「......」

「......」

 

 優雅に微笑む加古望が、いた。

 買い物かごを手に取って、”あらこの食材面白そうねうふふ”とか言ってそうな自由闊達な笑みを浮かべながらそこにいた。

 目が合う。

 緊張が、走る。

 この一瞬。

 いいだろうか。この緊張は断じて男女の間に普遍的に起こりうる緊張ではない。

 生きるか死ぬか。

 デッドorアライブの延長線上にある、代物だ。

 加山は目を見開きながら、声をかける。

 

「加古さん」

「なぁに?」

「俺は病み上がりだ」

「ご苦労様」

「退院したばかりだ」

「よかったじゃない」

「そして栄養のあるものを食えこのバカチンと医者に説教食らったばかりだ」

「あらそう」

「──頼むから再度病院送りにするような真似はよしてくれ。つまりだ今日も明日も明後日も、俺はアンタの炒飯は食わない! 俺の未来は、弓場隊の未来でもあるんだ......!」

「あら失礼ね」

 

 加古はニコリ微笑むと、

 

「貴方どうしたの?」

「へ?」

「貴方がいつも来ているのは、スーパーじゃなくて河原でしょ」

「至極真っ当な事を言われたぁ.....! まあ、ほら。流石に医者に怒られるくらいだから。まあ食事位ちゃんとしようかな、って....」

「ふむん.....叔父さんの家で?」

「いいやぁ。追い出されちまいましたよ」

 

 そう言葉を放った瞬間。

 少しだけ驚いたように、加古が目を見開く。

 

「へぇ....」

「従弟に出て行け言われましてね。そう言われちゃあ出て行くしかないので。──お、この肉やっす。今日はこれでいいや。油敷いて塩振って食べよ」

 

 がさ、と期限切れかけの肉を一つ籠に入れると、簡単な調理用品を幾つか買い、レジに向かう。

 

「それじゃあ、加古さん──」

「まあ、待ちなさい」

「へ?」

「住んでいる所、寮?」

「ええ、まあ、はい....」

 そう聞くと。

 加古は、笑った。

 

「じゃあ。私が料理してあげるわ」

「ヴぇ?」

 

 さあ。

 今この瞬間に走った感情の名前を、教えてくれ。

 

 女子大学生の手料理だぞおらもっと喜べやこの野郎。

 無理です。

 無理なんです。

 

 何故か? 

 

 この人は女子大生、なんて括りに入れてはいけない。

 炒飯妖怪、加古望だからだ。

 

 そうして加山は加古の運転する車に乗せられ、寮に直行させられた。

 

 

 8割の確率で生の喜びを感じ。

 2割の確率で地獄に真っ逆さま。

 

 さあ皆の衆。

 構えよ。

 

 ......どうやら、今日は8割が当たったらしい。

 

「はい、どうぞ」

 寮に備え付けられたちびたテーブルの前で正座し、待っていると。

 生姜ベースの中華スープと、野菜と肉がふんだんに盛り込まれた炒飯がやってきた。

 

 .....ん? 

 んー? 

 

 おかしい。

 この人にとって炒飯の作成というのはいわば科学実験に近い。

 調味料と具材の化学反応を炒飯という名のフラスコに叩き込む行為全般が、この人にとっての炒飯づくりであるはずで。

 にんにく醤油と鶏ガラベースの、オーソドックスかつ外れのない炒飯を作る事なんて、まず無かったはずなのに。

 

「ありゃ、加古さん」

「どうしたの?」

「そのセリフそのまま返します。どうしたんですか」

「時々は原点に戻りたくなるものよ」

「いつまでもそのままでいてください.....!」

 

 加山は。

 加古の炒飯は当たりなら好きだ。

 純粋に美味いのもあるし、この人は良くも悪くも手間を惜しまない人だから。

 

「どうかしら?」

「そりゃ、もう。うまいっす」

「そう」

 

 いや。

 もう本当に。

 美味い。

 美味すぎる。

 

「....これから、一人暮らしかぁ」

「何故に貴方が感慨深げに溜息ついているんですか」

「そりゃそうよ。貴方なんか──あんな家にいた方が、こっちの方は心配ですもの」

「.....」

 

 そうか。

 

「私だって別段特殊な家で育ったわけじゃないのよ。普通の家で、普通に愛情を受けて、普通に暮らしてきたの。普通があったから自由の楽しさを知ったし、だからこそ両親にも感謝しているの」

「.....」

「そんな家族、ってものに対して至極普通の私から言わせてもらえば。加山君の家はやっぱり普通じゃないわ」

「でしょうね」

「まあだから。こうしてあの家から出て来られて。──私からはおめでとう、とだけ伝えておくわ」

「.....ありがとうございます」

 

 何だろう。

 今日は、奇妙な程加古さんが優しい。

 

「C級の時。貴方ゲーゲー吐いてたじゃない」

「そんな時もありましたねぇ」

「私ね。根性って言葉あんまり好きじゃないの」

「そりゃ加古さんの好きなものは明らかに才能でしょうからね」

「そうよ。私は才能大好き。──根性って、才能というものから目を背けている言葉に思えない?」

「言いたい事は解りますね」

「根性があれば、才能が無くても凌駕出来るなんてありえないわ。まず──自分は何の才能があるか向き合って、己を知って、そこからようやく根性の出番だわ」

「厳しいお言葉だァ」

「でも.....加山君は、自分の才能のなさも己も全部知った上で縋るものが根性しか無くて。根性で本当に乗り切っちゃった。これに関しては大したものよ」

「ありがとうございます」

 

 この道しかない。

 それ以外にない。

 慣れたらどうにでもなる。

 

 ただそれだけを信じて、やってきていた。

 

「で。──加山君はいつまで、そんな貴方の頑張りを見ようともしない人の為に頑張るのかしら?」

「.....へ?」

「復讐も結構。自責の念もあるんでしょう。解るんだけど。──貴方に向けられる悪意に対して、一々溜め込む必要もないの」

「.....」

「貴方の頑張りを見て。貴方の心配をして。貴方の為に更に頑張っている人もいて。──そういう人たちから貴方は目を逸らしている」

「逸らしちゃいないですよ」

「いいえ。貴方は逸らしている。──そういう人たちがいる事を理解はしているんでしょう。理解した上で、無視している。それが貴方」

 

 加古は。

 表情は笑っていた。

 

 だが。

 眼は──笑ってなんかいなかった。

 

「貴方を心配している人たちに対して責任を取りたい、って思いが一芥でもあるなら。自分の将来なんてどうでもいいとも、別に死んでも構わないなんて思う訳がないもの」

「.....」

「貴方が死んで。第二、第三の貴方が生まれるとは考えたことがないの? 今の貴方の行動が、旧ボーダー時代から在籍している本部長や迅君を傷つけているかも解らないの? 貴方は自分が死んでも気にするな、って思っているんでしょうけど。知り合いが死んでも何も気にしないしどうでもいい、なんて思っている人たちがわざわざボーダーなんて組織にいると思うの? どう、その辺?」

「......」

 

 言葉は、出ない。

 

「ボーダーが無くなって落ちぶれて死んでいく貴方も。遠征で無茶して死ぬ貴方も。見せつけられていく人間にとってはたまったものじゃないわ。どうでもいいなんて思えないの。それが普通の人間なの。ボーダーの人間は貴方が思うような異常者じゃないの。──さ、どう? 貴方はどっちに誠実であるべきだと思う? 貴方を責める身内か、貴方を一人の人間として見ているボーダーか。どっち?」

 

「.....どう、なんでしょうね」

「いい? 貴方が幸せになって許せない人もいるように。貴方が幸せになってもらわなくちゃ許せない人もいるの。それを理解しないなら、貴方は人でなしよ。──大規模侵攻でも、案の定死にかけちゃって。馬鹿じゃないの」

 

 いい、と。

 加古は言う。

 

「誰かのせいにする人生はやめなさい。──折角、あんな家から出てこれたんだから」

「.....」

「貴方が頑張っても頑張っても、あの叔父さんや従弟君は幸せになんかならないわ。あの人にとっては、貴方のせいで人生が台無しになったって思ってなきゃ生きていけない人間ですもの。──私、無駄な努力って嫌いなの」

 

 無駄な努力。

 そう、なのだろうか。

 

「でも。貴方が頑張れば頑張るほど幸せになってくれる人もいるの。その人の為に、一度頑張ってみなさい。そうして、その感謝を受け取ってみなさい。それだけで──世界は一変するわ」

「そりゃあ、誰にですか?」

「ほら。──やっぱり貴方は解っていない。ここでそんな疑問が出てくること自体、目を背けている証拠ですもの」

「......」

「ま。人生なんてこれからよ。楽しいものだわ。苦しい事もあるけど。それはその先にある楽しみの為に存在するのであって。ただただずっと続く苦しみを味わう事は”生きる”事じゃないわ」

 

 加古はここで。

 食器を持っていき、洗い始めた。

 

「──頑張りなさい、加山君。貴方の為に。貴方の幸せを望んでいる人の為に。私が言いたいのは、それだけ」

 

 洗い物を済ませ、自分のバッグを手に持って、邪魔したわねと声をかけ──そのまま加古は出て行った。

 

「......」

 人でなし、か。

 そうなのだろうな。

 

 .......。




加古さんによる言葉責め回。
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