彼方のボーダーライン 作:丸米
「ランク戦ラウンド1昼の部、決着。生存点含み7点を取り、弓場隊の勝利となりました。──それでは、解説の皆さん。総評をよろしくお願いします」
「この試合。──ぶっちゃけ勝負の土俵に上がれていたのは弓場隊と玉狛第二だけだったな」
「......まあ、だな」
米屋がそう呟くと同時。
荒船もその言葉に同意する。
終わってみれば、吉里隊と茶野隊は一点も取ることが出来ず、
弓場隊と玉狛第二のみが点を取る事となった。
「ま、なんで。どうして弓場隊が玉狛第二を上回れたか、って視点に立って話す事になるんだけど。──玉狛第二は良くも悪くも空閑のチームで、その空閑に対して常に弓場隊がマンマークできる体制が出来ていた事にあったと思う。その辺りは荒船先輩の方がしっかり説明できそうなんで、よろしくお願いするっす」
「......弓場隊は、危惧していたことが2つあった。第一に雨取の砲撃。第二に空閑の存在。この二つは弓場を打倒しうる存在として捉えていたんだと思う。よって、弓場以外の隊員がその二人を徹底してマークしていた」
加山が空閑が向かう先をコントロールし、雨取の位置を炙り出し。
帯島が炙り出した雨取を狩りに向かい。
外岡が徹底して空閑の動きをマークしていた。
「加山が厄介ですね。部隊戦だと、自分で無理に倒さなくていい分攪乱に全力を注げますから。攪乱、というと高度に聞こえるかもしれないですけど。要は嫌がらせですから」
「嫌がらせ、というと。具体的にはどのような部分で?」
「合流をしたい部隊に対して路地を塞ぐ。そのルート上にある建物の中に籠城しているように見せる。これが吉里隊に見せた嫌がらせ。で、足止めした吉里隊を使って、空閑を路地に引き込んで雨取の砲撃を誘う。雨取のカバーに向かおうとする空閑を外岡と連携して阻止する。これが玉狛に見せた嫌がらせ。相手がやりたい事を事前に察知してその邪魔をする動きを徹底しているんですよね」
「地形をもって人を動かすってのが基本的な戦術になるんだが──加山はエスクードとメテオラを使って自在に地形を作る事も均す事も出来る。嫌がらせに自由度が増す。で、....だからこそ、雨取を一番に警戒していたんだろうな。どれだけ労力を割いて有利な地形を作っても、あの砲撃で一発でおしゃかになる可能性があるからな」
加山は自在に有利な地形を作る能力があり、
雨取千佳は自在に地形を破壊する能力がある。
相性の悪さは明らかだ。
「だから、雨取の砲撃が入った瞬間、すぐに帯島を送り込んだ。──最後の空閑とのやり合いの時も、あの砲撃で場が荒らされてたらどう転ぶか解らなかった。危険視したからすぐに狩りに向かわせたんだ。だからこそ、帯島に追われて最後の最後で緊急脱出の判断をした雨取の判断が解せない。あれだけの破壊力があれば、ハウンドとメテオラを適当に散らしておけば帯島を狩ることが出来たはずだ」
「俺も、そこに関しては荒船さんと同意見かな。雨取が帯島を落として、空閑の援護が出来てたら勝負は解らなかった」
最後の局面。
加山と弓場が連携し遊真を追い詰め、そして落とした。
「弓場さんはとにかく攻撃手に対してマジで強い。その強さって言うのが、攻撃手にも劣らない射撃を、こっちが届かない射程内でぶっ放してくるから。タイマンだと一方的に撃たれてやられちまう」
「ただ、空閑は相当な機動力があるから、勝ち筋を望むならば機動力で一気に詰める事になるが──加山と外岡の連携で足が削れ、その分のリソースを回しながら戦う事になった。その上で、弓場さんの間合いをしっかり加山がコントロールしながら戦っていた分──撃破は、難しかっただろうな」
加山がエスクードとハウンドで機動の上下の動きを制限し。
弓場の攻撃を一方的に叩き付ける両者の連携。
「俺と秀次が一回弓場さんと加山の組み合わせでやりあった事があるんだけどな。マジで強くて、二人での攻略が出来なかった」
遊真の黒トリガーを巡っての争いの際。
米屋と三輪の二人組は加山と弓場の連携を目にしていた。
エスクードで前への動きを制限し、ハウンドで上と後ろへの移動を制限しつつ。
弓場の適正範囲内での戦いを強制させる立ち回り。
「司令塔だった神田さんが抜けた後の弓場隊は、弓場さんっていうタイマンが滅茶苦茶強い駒がいるけど、タイマンを仕掛けた後の横やりへのリカバリーが上手く行かなくて負ける事が多かったんだけど。──加山の地形操作に指揮が加わったことで、相手を弓場さんとのタイマンへ誘導して、他の隊員で邪魔をさせないようにするという前と近い戦い方ができている。加えて加山と連携を組んだら弓場さんはそうそう落ちないだろうな。部隊の安定感がグッと上がった気がしますね」
現在の弓場隊は。
かつての香取隊と良くも悪くも似ていた傾向のある部隊であった。
弓場という単騎で大暴れできる駒がある分、その大暴れでどれだけポイントを取れるかで勝敗が決まる部隊であった。
だが。加山の加入により──弓場が撃墜される危険性が非常に減った。
それだけでも、大きな価値がある。
「......成程。新加入の加山隊員の存在が非常に大きな試合だったと言えるわけですね」
「とはいえ。初戦でこれだけやっちまったら対策はされるだろうな。マジで敵チーム同士が連携して”加山を殺せ”になりかねない」
「ほっといても有利な地形を着々と作っていくし、どの駒とも連携が出来る。長生きしてもらうと長生きするだけ面倒で厄介な駒だけに。最初から狙われる事になるだろうな....」
「でもさ。なんか妙に動きが軽くなったように思わないっすか、荒船さん?」
「そうだな。フリー隊員だったときよりも、明らかに動きがよくなっている。──前は二人以上で囲めばまあ倒せるだろう、って駒だったから。今回空閑に対してしっかり粘れていたのは好材料だろうな」
「.....お二人とも。解説ありがとうございました」
程々の時間が過ぎ、染井はここで総評を打ち切った。
──加山君。
大規模侵攻で病院に運ばれた、という報告を聞いて。
染井はすぐさま病院に向かったのだが、面会謝絶状態であった。
──元気にやっているみたいね。
心配で仕方がなかったが。
ちゃんと弓場隊の一員として、やっていけているようだ。
「.....本当に、心配ばかりかけて」
そう少しだけ恨めし気に呟き、染井は立ち上がった。
※
そして。
ところ変わって──玉狛支部。
総評を聞いて、
「──何よあの解説! まるで千佳が悪者みたいじゃない!」
憤慨している女が一人。
小南桐絵であった。
追い込まれてすぐに離脱した雨取千佳の行動に”解せない”と言った解説に対して。
「──仕方がないだろう。実際にあの場面、他の隊から見れば緊急脱出は不可解だ。あれだけの威力のハウンドが使えるなら、誰でもあの局面を乗り切れると判断するはずだからな」
「.....多分、千佳が人を撃てない事、弓場隊には伝わっているでしょうね」
烏丸は、ぼそりと呟く。
その傍では。
「....」
「....」
修と千佳が、互いに頭を抱えていた。
解っていた。
解っては、いた。
早々に上位部隊との戦いを経験し、その差を痛感した。
──弓場隊は、遊真の脅威を正しく理解し、狙撃手を常に付けた状態で対処していた。
こちらで点を取れる手札は、遊真しかいない。
それ故に遊真を足止めする事に全力を注ぎ、千佳と修を片付け、最終的には連携をして倒した。
単純に地力が違う。
地力の差が、そのまま戦術の柔軟性に繋がっていた。
──最終的には、あの部隊に勝てるようにならないとA級にはいけない。
その事実に、修は──自分の目標との差異を、思い知らされた。
そして千佳は。
──この敗北が誰のせいなのか、という部分を誰よりも理解していた。
自分が人を撃てないせいだ。
それを、重々に理解していた。
居場所が割られた時に。
自分が人を撃つことが出来たら幾らでもやりようがあった。
加山に対して射撃を行使してあの場を乱して遊真が脱出できる隙を作る事が出来れば。
そもそも帯島をあの場面で仕留めることが出来れば。
状況は一気に変わっただろう。
「.....」
その二人を見て。
遊真もまた反省の弁を告げる。
「ちょっと、甘く見てたかもしれないな。ゆばさんも、カヤマも、強かった」
エスクードと射手トリガーを組み合わせ行動の制限を仕掛けてくる加山と、早撃ちの速攻で抜群の破壊力を持つ弓場。
とてつもない連携の妙手の前に──ほとんど何も出来なかった。
「──あれが、上位か」
※
「取り敢えずは、7点か。──まあ、上々だな」
「上々ですねぇ」
一方、弓場隊作戦室は。
粛々と試合後の振り返りを行っていた。
「今回、雨取さんに単独で帯島を向かわせたのは判断ミスでしたね。すみません。あのトリオンだ。居場所を割れば仕留められる他の狙撃手と一緒くたにするべきじゃなかった」
「まあ、しゃーねぇ。空閑をあそこで釘づける必要はあったからあの判断は間違っているとは言えねぇ。──とはいえ、撃てなかったみたいだったがな」
「超朗報っすね。あのトリオン量で爆撃されたらたまったもんじゃねぇ。俺の作戦全部死んじまう」
間違いなく。
雨取千佳は、加山雄吾にとって天敵の一人であろう。
あの膨大なトリオン量に比べれば、自分なんて鼻くそ以下だ。
豊富なトリオン量を活かした物量戦を仕掛ける加山にとって、アレはあまりにも卑怯すぎる。ちょこまかと動き回れる戦術兵器みたいなもので、どうしようもない。
「.....とはいえ」
加山は。
一つの疑念を持っていた。
──本当に、雨取千佳は人を撃てないのか?
彼女の存在を、王子から聞いてはいた。
──当初、戦う事も恐れてはいたが。最終的には戦えるようになった、と。
自分の行動が、他者の救済に繋がる時。彼女は勇気を出すことが出来る。
その心理を利用して、王子は様々な言葉を千佳にかけており、それで彼女は大規模侵攻で迷いなく戦うことが出来たのだという。
ならば。
いずれ──人を撃つ事を、部隊が必要としてしまったら。
彼女は、撃てるようになるのではないだろうか。
そうなってしまったら。
「おっそろしいねぇ......」
加山は一つ息を吐き。
大きく溜息を吐いた。