彼方のボーダーライン 作:丸米
玉狛第二とのランク戦が終わった後の事だ。
迅悠一から連絡を受け、現在玉狛支部へと向かっている。
何だろうか。
玉狛第一総勢で負かした腹いせに寄ってたかってボコるつもりなのだろうか。
......小南辺りはやりかねないので気を付けておこう、と思いながら加山は支部へやってきた。
「あ、どうもいらっしゃい~」
支部の呼び鈴を鳴らすと、眼鏡の女性――宇佐美栞が現れる。
「あ、加山君ね。久しぶり~。いきなり呼び出してごめんね~」
ボーダーでは珍しくない、ユルユル系女子らしさを醸し出しながら、眼鏡をくいっと指先で上げて。
「要件は迅さんから聞いているかな?」
「何も聞いちゃいないですね」
「あ、そうなんだ。──あのね、この前弓場隊と戦ったうちの子で、千佳ちゃんって子がいたの覚えている?」
「ああ。そりゃあまあ」
忘れる訳もない。
あんな化物。どれだけ必死に対策を組んでいたと思っている。
「ちょっとあの子が──加山君に相談があるらしいから。お話だけでも聞いてあげてもらっていいかな?」
「何で俺なんですか」
いやいや。
相談するならもっと適任がいるだろう。
そう思いはしたものの。
「.....」
「うわ。何か睨まれている」
こちらを睨みつけ今にも噛みつきそうな狂暴系女子高生が背後にいた。
逃がさねぇぞ、と言外に伝えているようだ。
そうして。
支部の中に通され、キッチンに隣接したリビングのテーブルに腰掛けると。
「.....お久しぶりです」
小柄な少女が、ピンと立った髪ごとぺこりと頭を下げて、現れた。
「あの。今回、足を運んでいただきありがとうございます」
「おお。来てくれたんだなカヤマ」
その隣には、玉狛第二の隊長の三雲修と、その隊員である空閑遊真もいた。
「あ、加山君。これどうぞ~」
宇佐美さんが茶と、どら焼きを出してくる。
「いえ、いいです」
「ありゃ? 甘いもの苦手?」
「以前、出されたものを素直に食べたらそこのその人に因縁つけられたことがありまして。ねえ?」
「......うっさい!」
小南桐絵に目線をやると。
実に解りやすい怒り顔をしながら睨み返してくる。
そうこうしているうちに、
そして。
雨取千佳は、相談内容を切り出した。
「──成程。人が撃てない、か」
ふーん、と加山は呟いて。茶を啜る。
......怖い。
現状を説明します。
加山の左右。宇佐美さんと小南。背後。レイジに遊真。正面。千佳に修、そして鳥丸。
完全に取り囲まれている。逃げ場はない。
「まあ、あの試合見りゃそうなんだろうなーって。多分皆気付いているだろうね」
「それで.....迅さんが、人が撃てないんだったら、一度相談してみてはどうかって」
「.....ランク戦でぶち当たる相手だって解ってんのかね、あの人」
「す、すみません....」
「いや、いい。あの人には俺も借りがあるから。──まあ、まずは幾つか質問をしてもいい?」
「はい」
加山は──あの試合で覚えた違和感があった。
それを知るために。
幾つか聞かなければいけない事があった。
「多分迅さんが俺を呼んだのは。──俺もまあ、人を撃つ事が生理的に無理な人間だったからだろうな」
「え。そうなんですか」
「そうなのよ。人を撃ったらさ、身体が拒絶反応起こしてゲロ吐くの。トリオン体だろうが関係なく。人を撃って破壊する事そのものが生理的に無理な人間だった」
その言葉を聞いた瞬間。
サッと、千佳の表情から顔色が失われていく。
「ど....どうして、撃てるようになったんですか....」
「慣れたから」
「慣れた....」
「うん。ゲロ吐かないようになるまで撃ちまくった。ゲロ吐いても、続けていけばいずれゲロ吐かんようになるよ。まあ、これは俺の経験でしかないから、あんまり参考にならないんだろうけど」
「.....」
その話に、少し顔を顰めている人物がいた。
宇佐美栞だ。
恐らく──この話で千佳が「無茶をすれば解決できる」という発想にならないか心配しているのだろう。
「でも、雨取さんそのタイプじゃないよね?」
「え?」
「人撃つと、生理的嫌悪感で拒絶反応起こるタイプじゃないっすよね。大規模侵攻で、普通にばかすか撃ってましたし」
「.....」
「大別すると。人を撃てない奴と、人を撃ちたくない奴がこの世にいると思うんですけど。──雨取さんは、自分ではどっち側の人間だと思います?」
「撃てない、と撃たない....」
「例えば。──そこの三雲隊長が、人型近界民に攫われようとしています」
「え」
「撃てますか、撃てませんか。どっち?」
そう聞くと。
「......撃てると、思います」
「雨取さん。撃てない人ってのは、この状況でも撃てません。三雲隊長だけじゃなくて。例えそれが親友でも恋人でも両親でも。どんな人間が危機に見舞われようと撃てません。そういう人がいるんです。──だから、雨取さんは分類で言えば人を撃ちたくない人になります」
「.....」
戦場では。
味方が危機に陥ろうとも、撃てない人間がいる。
その中には、撃つふりをしてまで誤魔化そうとしている人間すらいる。
そういう人にとって、自ら他者に撃つ事は毒物を飲み込むことと同じなのだ。
飲もうとしても、身体が拒絶する。吐き出そうとする。自分の意思と肉体が、完全に分離しているような人間だ。
「その上で聞きます。──雨取さんはどうしてランク戦で撃てないんですか?」
雨取さんは。
大規模侵攻時や、味方がピンチになる時には撃つことが出来る。
なら。
このランク戦という環境において撃てない。その理由を追求する事こそがまずスタートだろう。
「ちょ、ちょっと待って! ストップ! ストップ加山君!」
慌てて、宇佐美さんが止めに入る。
ハッ、と気づいて──千佳の表情を見る。
真っ青のまま、下を俯いていた。
「......すまん、加山。お前が真剣に考えてくれて話していることは十分に理解できる。言っていることも正しい」
レイジは。
本当に、心の底から申し訳なさげに頭を下げ、そして言う。
「何故撃てないのか、という部分は。恐らく千佳にとって一番心理的に深い所に踏み込むことになる。──これ以上は、すまない」
「いえ。こちらも無遠慮でした....」
やってしまった、と思った。
それはそうだ。
C級であるにもかかわらず、あれだけ戦ってくれた人間だ。真面目で、責任感の強い人なのは理解できていた。
そんな人が、それでも”撃てない”と言っているのだ。
それ相応の理由があるはずで、その理由に──今ずけずけと足を踏み込もうとしていたのだ。
それは。この段階でやってはいけない事だった。
「.....」
遊真は。
ジッとその話を聞いていた。
その上で。
「チカ」
「.....」
千佳が。
遊真の目を見る。
「もう、いいか?」
「.....」
恐らくは、
この相談も、千佳の意思の下に行われていたのだろう。
現状を変えたい、という思いで。
彼女自身も理解できているのだろう。
あの試合──帯島に逃げて、最終的に自発的緊急脱出を行った事。
あれで遊真が孤立をしてしまい、結果負けたのだと。
「......私は」
呟く。
どんな形でもいい。
どんな役割でもいい。
「皆の、役に立ちたいんです.....」
「.....」
人は撃てなくとも。
役に立てる方法。
それは──加山雄吾が、最もよく知る手法であった。
※
「成程.....」
その後。
加山が提案したのは──千佳がエスクード、スパイダーを積み込む事であった。
「エスクードは、普通は二~三十メートル位の範囲でしか発生できないんですけど。多分雨取さんのトリオンなら普通に百メートル単位で壁が作れるんですよね。その上で、エスクードは生やすにあたって”軌道”が見えないので。それだけ長射程からエスクードを発生させれば、身隠れしていてもバレるリスクがあんまりないんですよね」
エスクードは地面から壁を生やすトリガーだ。
銃トリガーのように、使用者から対象へと向かう形のトリガーではなく。
使用した時点で対象に力が発生するものなので、それを遠隔から使って位置がバレる事はない。
「それで。言い方悪いんですけど、雨取さんは自分が手にかけるのは嫌なだけで、相手が勝手に死んでくれたり仲間をサポートした結果で落とす分には大丈夫っぽいので。積んだメテオラとスパイダーでトラップ作って勝手に相手が死んでくれるようにする形で撃破する分には精神的ダメージはないんじゃないかな、って」
「ア・ン・タ・は──ちっとは言い方を考えろ!」
背後の小南よりぽかりと頭が叩かれる。
地味に痛い。
「エスクード、スパイダー.....」
「丁度この支部には鳥丸先輩もレイジさんもいますし。両方習うことが出来るでしょ。そういう部分も踏まえた上で、俺が出来る提案です」
その提案に。
千佳が、頷いた。
「.....私。練習します。エスクードと、スパイダー」
そう。
千佳は言った。
「その.....今日は、本当にありがとうございました」
「いや。....追い詰めてしまって、すみませんでした」
「いえ。──相談を持ち掛けた時から、これは覚悟しなければならない事だったんです。私の覚悟が足りなかったからなので。加山先輩は何も悪くないです。私の方こそ、ごめんなさい」
千佳は、
少しだけ晴れやかな表情をしていた。
※
「──こっわ。うわぁー。加山君本当に怖い~」
加山が玉狛から帰った後。
宇佐美栞はそう言って、ソファに倒れ込んでいた。
「だが。言っていることは正確だった。大規模侵攻とランク戦の一戦だけで、千佳の状況をああも把握しているとは....」
レイジは顎先に手を置き、思考する。
──本質的に。玉狛の人間は良くも悪くも戦う事に完全に”慣れた”人間の集まりだ。
玉狛第一は無論の事。第二の人間の三人のうち遊真は傭兵で、修の精神もある種常人離れしている。
戦う事で相手を傷つける、という現象に対して鈍感な人間が多い。
その点、加山は──その精神性を無理矢理に矯正して戦えるようになった人間故に、見えるところがあるのだろう。
生理的嫌悪からくる拒絶反応か。
それとも別な精神的な障害故なのか。
人を撃てない、という現象に対しても、幾つもの回答があるのだと。彼は知っていたのだ。
思考する中。
玄関が開かれる。
「──お、皆お揃いで。丁度加山が帰った辺りかな」
「迅か。──お前、ここまで読んでいたんだな」
「当然。──別に千佳ちゃん苛めるために加山呼んだんじゃないぜ。絶対に、この先のプラスになるから呼んだんだ」
「....そうか」
加山は。
ボーダーの利益になるのならば、敵チームの人間であろうと手助けをする。
そういう意味でも──千佳の現状を踏まえての現実的な提案までやってくれる。それを読めた上での人選だった。
「そう言えば。──さっき加山から聞かれたんだが」
レイジが、思い出したように迅に伝える。
「何を?」
「──ヒュースの事」
そう言葉を放つと。
迅は頭を掻いた。
「──そうか。知っていたのか」
「王子経由で聞いたらしい。王子はヒュースの姿を見ているから。──玉狛で捕らえた人型近界民は、今どういう扱いなのかと。そう聞いてきた」
「.....そうか。アイツは、エネドラの記憶を持っているから。
見捨てられ、残されているはずのヒュースの存在。
それが本部にいないとなると──当然、それと戦っていた玉狛第一が捕らえた、と考えるのは必然であり。
「.....」
少し──厄介な事になるかもしれない、と。
迅は思った。