彼方のボーダーライン   作:丸米

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混線と混濁

「それで──成果はあった?」

「うす。那須さんを足止めする算段は立てられましたね」

 

 徹夜ゲーを終えた加山は、寝入っていた帯島を背負い作戦室のソファに寝かせて自身は寮の自室に戻り一眠り。

 ぐっすりと眠ったのちに、またその足で弓場隊作戦室へ向かう。

 

 そこには。未だ眠ったままの帯島と、壁に椅子を引いて静かに小説を読んでいた外岡がいた。

 

 加山が入ってくると、外岡は「お疲れ様」と静かに言って、自然と太刀川隊での訓練の話になった。

 

「──成程ね。三輪先輩のシールド展開かー。あれが出来れば、確かに那須さんの対策になるね」

「まだあれだけの細分化は出来ないですけどね」

「三輪先輩のあれも、十分に変態技巧だからなー」

 

 本音を言うと。

 加山は実のところ、未だ外岡との距離を微妙に測り損ねていた。

 

 外岡は何というか、非常に掴みどころのない人物なのだ。

 何だかんだ言いながら世話焼きな気質であろう弓場や藤丸や非常に素直で解りやすい帯島と比べて。

 新しく入ってきた加山に対してどういった感情を抱いているのか、掴み切れていない。

 

 とてもよくしてくれているし、優しいのも理解できるが。

 基本的に聞き上手な性格であることも加えて、本心が解らない。

 まあ、本心では実のところ......というようなキャラではないのは理解できているが。それでも少々躊躇してしまう。

 加山としては他の隊員よりも、少しだけ距離がある。

 

「......」

 

 加山はノートを開き、昨日の訓練のおさらいを行う。

 恐らく。これからもこの構成で戦い続けるのならば、シールドの細分化はかなり重要な技術になるだろう。

 次回のラウンドが終わった後もまた、訓練を続けねばならない。

 

 そうしてうんうん悩みながらノートに諸々を書きなぐっていると。

 コトリ、と。茶が置かれた。

 

「はい。どうぞ」

「あ、すみません」

 

 いつの間にか外岡が二人分の茶をカップに入れ、加山の前に置いていた。

 

「ほうじ茶でよかった?」

「ありがとうございます。──ああ、落ち着きますね」

 

 香ばしく、舌触りもいい。

 気分が、何だか落ち着いてくる。

 

「落ち着くよねー」

「ですねー」

 

 何だろうなぁ。

 無理に会話を続けなくとも気まずくならない独自の空気が、外岡にはある。

 ......自然体だ。

 外岡はあ、と一つ呟くと、加山に声をかける。

 

「そうだ加山君。一つ気になってたんだけど」

「はいっす」

「戦闘スタイル、ガラリと変えたけど。今のところ困ってたりはしない?」

「そこら辺は、今のところ大丈夫ですね。──むしろ、今の方がしっくりくるくらいです」

「......人型近界民の記憶の継承、だっけ」

「ですねぇ。──記憶を継いだ奴。最終的に頭がおかしくなりましたけど、元はとんでもない軍事エリートだったので。俺よりもこっちの記憶に合わせて戦った方がとにかくやりやすい」

 

 エネドラの記憶は、加山にとってまさしく死した教材であった。

 トリオンコントロールと空間把握能力。そしてトリオン体の動かし方。

 この辺りに関して、著しい経験をエネドラという記憶媒体から得られる事となった。

 

「へえ~。俺だったら多分混乱しているだろうなぁ。人の戦い方の感覚が入ってきたら」

「...何ででしょうね」

 

 加山自身も、もう少し混乱するものと思っていたのだ。

 他者の記憶が入り込んで、自分の記憶とすり合わせる過程の中で。

 

 だが。

 今のところ。エネドラの記憶と加山自身の記憶は完全に分離され、整理されている。

 

 加山は。

 あの黒トリガーの効果であると考えている。

 

 エネドラの黒トリガーは、使用者の脳機能まで拡張していた。

 拡張を支援した電気信号はないが、拡張された脳味噌そのものが解除と同時に拡縮することは無いのではないのだろうか──と加山は推測している。

 まあ、推測の範囲は超えない訳だが。

 

「多分。それに関する事かな。──昨日鬼怒田さんが加山君を探していたんだよ」

「あ、そうなんですか」

「訓練で外出しています、って言ったら。また後日来るって言って帰った」

「へぇ。──あの黒トリガーで何か進展があったのかな」

 

 ふんふむ。

 防衛任務までまだ時間があるし、鬼怒田さんに連絡して後から技術室に行ってみようかな。

 

「じゃあ、俺技術室の方へ行ってきますね」

「うん。行ってらっしゃい~」

 

 ノートを閉じ、お茶を飲み干し、カップを洗って片付けて、加山は作戦室を出る。

 .....はい。

 先程の会話で理解した。普通にいい人でした、外岡先輩。

 

 

「おお。わざわざ来てもらってすまんな、加山」

 本部技術室内。

 鬼怒田は実に不健康そうな顔色で、加山を出迎えた。

「いえいえ。昨日はいなくてすみませんでした」

「いや。この要件は別に急ぎのものではないからな。──取り敢えず、お前に試してもらいたいことが幾つかあってな」

「黒トリガーですか?」

「ああ。──取り敢えず、一度仮想空間内で起動してくれ」

「了解です」

 

 加山は仮想空間内に入り、その中で黒トリガーを起動させる。

 

「今回、お前に試してもらいたいのは。お前が生み出しているトリオン製の”電流”は、こちらのトリオン機材に対応できるか、という事だ」

「と、いいますと?」

「こちらも、トリオンエネルギーを”電気”の性質に転換して運用しているものが幾つもある。レーダーもそうだし、各種設置されている罠も通信設備も。全てトリオンを電波・電流型に転嫁し使用しておる。──お前から生み出せるその電流も、それと同じ性質に転嫁できるのか。それを試してもらいたい」

「了解です。──俺もその辺りすんごく気にかかっていたので。試せるなら嬉しいっすね」

「それじゃあ。──まずは、この通信機の電波をキャッチできるかを試してみろ」

「了解」

 

 その後。

 加山は電磁波を展開し、技術室から飛ばされる電波を拾う。

 

「──ぬぅ。波長が合わんか。違う電波同士が干渉しあって、ジャックが起きておる」

「干渉しあえるんですね? なら──出力を調整出来れば、キャッチできるはずです」

 

 その後。

 電磁波の出力の上げ下げを繰り返していき──ボーダー側の電波の波数を合わせていけば──。

 

「......聞こえるか、加山」

「聞こえていますよ鬼怒田さん」

 

 聞こえた。

 

「──とはいえ、そっちの指示は聞けますけど。マイク機能がないのでこちらから本部への報告は出来ませんね。やっぱり、単独での使用はやりにくいっすね」

「だな。──だが、一歩前進だ」

 

 基となった素材が近界民故に、通常玄界のトリガーに備えられている機能がこの黒トリガーにはない。

 その最も重大な部分が通信機能がない事であり、基本的に本部が一括でそれぞれの部隊の情報を吸いながら管理し防衛するボーダーの基本思想と全く合わない。

 

 要は不便な黒トリガーであり、この部分をどうするかで大きく運用が変わってくるのだ。

 

「後は。──これだな」

 鬼怒田は、また別の機材を取り出す。

 

「何ですかこれ?」

「管制システムの一部。アンテナを張って位置情報を送受信する遠征艦の機材の一つだな」

「それで。何をすればいいんですか?」

「こいつに──出来るだけ強度を高めた電波を送ってみてくれ」

 

 ふむん、と一つ加山は頷くと。

 指示通り。出力をマックスに上げた電磁波をその機材に流し込む。

 

「──成程。やはりか。この機材の破損までは無理だが、十分にジャミングすることは出来るようだの」

 鬼怒田は機材の中と、それに繋がっているのであろう小型のモニターの数値を何度か見返し、そう呟いた。

「あー。敵の遠征艇への妨害装置として使えるかどうか、ってことですか」

「うむ。前回のアフトクラトルの侵攻においても、基本的に彼奴ら遠征艇を忍ばせてそこから軍勢を差し向けておった。艦そのものにダメージを与えられる方法があるならば、早期に撤退させることも可能であろう」

「あー。確かにそうですね」

 前回。アフトクラトルは窓の影というワープ機能を持つ反則ものの黒トリガーを持ち込んだからこそ、艦を隠しながら進行が行えたが。

 別の国家が襲うとなると......敵の艦そのものも把握できる状況での防衛戦になるかもしれない。

「やはり。この黒トリガーは防衛において非常に秀でた力を秘めておる。このまま少しずつ研究を進めていかねばな」

 ふむん、と加山は呟き。

「いえ。鬼怒田さん。俺は──これは、遠征でこそ使える機能だと思います」

「ほう」

「こいつは、攪乱と索敵に秀でた黒トリガーです。電磁波によるジャミングと索敵。トリオンに対しての干渉機能を使用した破壊工作。──基本的にこの二つの機能が活きるのって、敵地だと思うんですよね」

「だが、十全な機材があればあるほど活きるトリガーであろう」

「勿論。電流を用いた防衛サポート機能も滅茶苦茶高いと思います。──けど、鬼怒田さん。敵地は基本的に全部トリオンで賄われている場所なんですよ」

「.....」

「これは電流・電磁波による干渉機能がメインの黒トリガーです。──敵地であれば、すべからくこの黒トリガーの干渉物まみれという事になるんですよ。これは、遠征でこそ十全に使える代物だと、個人的には思います」

 

 鬼怒田は。

 ああ、と一つ納得した。

 

 ──加山は。近界を完全なる敵対勢力としか見ていない。

 だから。

 この黒トリガーの最大効率を、「敵地への被害」という観点で見出しているのだろう。

 

 そもそもの認識の時点で、かなりの差異がある。

 指摘するべきか、と少し思ったが。

 

 ......加山の過去と、これまでの経緯を思い出し。そして──自らがやっている事も、同時に思い出す。

 

「近界は敵である」という看板で集めた人材。

 それが今のボーダーだ。

 その看板に──乗っかった人物の代表が、眼前の男だ。

 

 だから。

 否定できなかった。

 

「そう.....だな」

 

 と。

 そう力ない言葉を、鬼怒田は発していた。

 

 

 その後。

 加山が技術室を出て作戦室に戻ると──フルメンバーがそろっていた。

 

「加山先輩、申し訳ないッス! 先に寝てしまって、あまつさえ作戦室に運んでもらうなんて......!」

「ああ。別にいいよー。......中学生に徹ゲーさせる女子高生の方がよっぽどおかしい」

 そう帯島が頭を下げる横に。

 

「──で。どうだ加山。何か掴めてきたか」

「うっす隊長。──もうばっちりです」

 

 そう加山は一つ頷いた。

 よし、と弓場は一つ声を上げて。

 

「それじゃあ──。次のランク戦。作戦を決めっぞ」

 

 弓場がそう言うと同時。

 皆は一つ声を上げ──作戦会議が始まった。

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