彼方のボーダーライン   作:丸米

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混沌色の名付け親、その名は王子一彰

 ――え? 銃手になりたいって? いいね! いいよ! 確かにメテオラでタイマン勝つのは凄く難しいもんね! うんうん! でも、他の射手トリガーは試さないの? 君のトリオンだったらハウンドやアステロイド使っても凄く威力が出せると思うよ? あ、B級上がったらハウンドは使うつもりなんだね。でも何でここで銃手なのかな? まあいいや。銃手のスタイルは凄くいいよ! 訓練すればするだけ、身体に叩き込めば叩き込むだけ、はっきりと上達していくしね! そっか! 拳銃型の銃を使うんだね。よーし、じゃあ早速練習してみようか。――おお、凄く構えが綺麗だね! へー、お父さんが警察官なんだ。基本がかなり出来ているから後は練習あるのみだね! よし、やっていこう加山君! 

 

 何か。

 C級の時にやたらと親切にされた記憶を思い出した。

 名前も聞いていないけど。誰だったっけあの人。

 

 木虎との個人戦の後で、ふとそんな事を思い出した。

 

 C級時代。

 

 訓練を続けていくうちに、何となしに解っていった。

 自分には、さして才能は無い。

 

 

 トリオン、というエネルギーは自分は非常に恵まれていた。それを才能というなら、自分はその意味では才能があるのだと思う。

 それ故に様々な戦い方が選択でき、攻撃の一つ一つの威力を重くすることが出来る。

 

 だが、それでもボーダーは自身よりも大きくトリオンが劣る木虎の方を高く評価した。

 

 その意味は、彼女と個人戦をした瞬間に理解できた。

 

 人間離れした身のこなしから放たれる弾丸の雨あられ。障害物を蹴り上げ周囲を駆け回りながら常に視界から逃れる動作。

 最早その動きすら追う事も出来ず、生成したメテオラキューブを撃ち抜かれ仕留められること三回。

 

 C級は基本的に一つしか武装を持てない。

 動きに追いつけない人間に対してメテオラを使う事など、ただの自殺行為だったのだ。

 

 今は亡き警官の父から、動きを教わったことがある。

 だが――この場においてそんなもの、役にも立たない。

 あれは人間のフィジカルで、人間を相手にする時に有用なだけであり。

 トリオン体という化物じみたフィジカルで、化物を殺すための動きに掠りもしないのだ。むしろ、その動きをなまじ知っているために、そのフィジカルを全力で活かす発想力や身のこなしが身についていないのだ。

 

 その結果。

 彼は名前も知らないさすらいの銃手に声をかけると、唐突に指導を受けることとなった。

 

 訓練内容自体はシンプルかつ的確で、加山は指導通りの訓練を続けた。

 

 訓練を続けると共に、木虎の動きとその対策に取り掛かる。

 

 何が彼女の強みで。

 何が彼女の弱点か。

 

 その強みをどう潰せるか。

 弱点を活かすためにどう立ち回ればいいのか。

 泥臭く、ねちっこく。

 木虎に勝つための方策を常に考え続けた。

 

 その対策を続け、C級最後の一戦でギリギリ勝ち越す事が出来た。

 

 B級に上がり、木虎に勝ち越すことが出来るようになったが――それでも彼女を上回ったとは口が裂けても言えなかった。

 

 これから間違いなく木虎はA級に行くのだろう。

 戦いと訓練を続けていく中でトリオンも成長していくだろう。A級に上がって既存の武装を改造する事で問題を解決するのかもしれない。

 きっと、もっと強くなるのだろう。

 ならば。

 自身もまた、より――彼女とは違う方向で強くならねばならない。そう思えた。

 

 

 

 彼はそうしてB級に上がると同時に、正隊員用のトリガーを渡される。

 彼はC級時から、何をセットするかは決めていた。

 

 メイン:アステロイド(拳銃) メテオラ エスクード ダミービーコン

 サブ:スコーピオン ハウンド シールド バッグワーム

 

 コンセプトは、一つ。

 現在のボーダーは、防衛を重視した武装を整え、そしてそれを評価基準としている。

 それ自体は何も否定しない。

 ボーダーの第一目的は、侵攻してくる近界民からの防衛だ。この三門市を守る事を第一とするべきであり、防衛に力を入れることは当然の事。

 

 だが。

 近い将来。

 ボーダーが力をつけ、人員も増え、組織が大きくなり、資金も潤沢になり、防衛にかかる負荷が小さくなっていけば。

 

 適時的な「防衛」ではなく。

 ――そもそも『門』から現れる敵に対しての、根本的根絶を行う時が来るのではないかと。

 

 侵攻され、防衛する。

 この図式から。

 ――こちらが侵攻し、防衛を掻い潜り近界そのものに攻撃を加える。

 

 そんな日が、来るのではないかと。

 

 実際に、その方向に舵取りがされているように感じている。

 近界への遠征も度々行われるようになり、

 その遠征艇も次第に大きくしていく方針でもあると。

 

 もし。

 こちら側から「侵攻」する側になるならば。

 メテオラのような範囲攻撃が出来るトリガーは重宝されるのではないか? 

 エスクードのように簡易に地形を変えられるトリガーは敵地の中で大いに役立つのではないか? 

 トリオンレーダーに負荷をかけ、相手の追跡を躱せる事が可能なダミービーコンは必需品に近いものなのではないか? 

 

 彼は。

 ある種のテロリスト的な思考の下に、トリガーを決定した。

 

 防衛ではなく。

 侵攻の為。

 

 彼の目的である――「近界を滅ぼす」為に考えられたトリガーセットであった。

 

 

 どうやら王子一彰には加山雄吾の何処かしらにフランスの歴史的作家の面影を感じるらしい。

 

「ユーゴー。今日の合同での防衛任務、よろしくね」

 

 スタイルのいい体躯に優雅な笑顔をその爽やかな顔面に貼り付け、王子は加山にそう声をかけた。

 かけた。

 ユーゴー、と。

 

 おう、知っているぞ。知っているとも。

 ヴィクトル・ユーゴー。

 現在もまだベストセラーの街道を突き進むロマン主義小説の金字塔「レ・ミゼラブル」の作者のフランス子爵、かつひげむじゃらのジジイだ。

 

 無論加山は髭も生やしていないし、作家でもないし、子爵でもない。

 ただ名前が雄吾なだけだ。

 

 ユーゴー。

 それが、王子にとっての加山の呼び名だった。

 

「どうしたんだい? ユーゴー。そんな訝し気な目で僕を見て」

「訝しむだけの要素が王子先輩にあるからですね」

「何だい? 僕の顔に何かついているかい?」

「いつも通りのイケメンですよ」

「ありがとう。嬉しいよ」

 

 実に自然な笑みと共に感謝の言葉を告げ、王子は加山に背を向け去っていく。

 

 加山はB級に上がってからというもの、何処の隊にも所属することなく日々を過ごしていた。

 なので防衛任務の時は、他の隊に入れてもらって行う事が多い。

 

 で。

 

 弓場隊、王子一彰は初対面から「ユーゴー」と呼び掛けてきたのであった。

 ん? 

 発音の問題だろうか? 何故語尾を伸ばすのだろう? それにしても最初から名前呼びとは。このレベルのイケメンがやると馴れ馴れしさも感じないのだから凄いものだ。

 

 で。

 

 彼は道行く人々に更に声をかけていく。

 やあ、みずかみんぐ。

 やあ、オッキー

 やあ、ジャクソン。

 

 で。

 

「うちのカンダタが実は急用で出られなくてね。来てくれてありがとう、ユーゴー」

 

 カンダタとはあれか。

 ドラクエに出てくる、ビキニパンツ一丁で覆面を着込んで斧を握って襲い掛かってくる、あのモンスターか。そうなのか? 

 

 で。

 知った。

 

 この人は初対面で名前呼びするどころか――滅茶苦茶テキトーなあだ名をつけて話しかけてくる変人なのだと。

 そうして。

 王子にとって加山雄吾は「ユーゴー」となったのであった。

 南無。

 

 

「――おゥ。時間通りだな加山ァ」

 そうして、連れて行かれた隊室には。

 

 メガネ・リーゼント・強面と三拍子そろったインテリヤクザが、そこに。

 

「俺の名前は弓場拓磨。この隊の隊長をさせてもらってる。今日は神田の穴埋めに来てもらってすまねえなァ」

「――あたしの名前は藤丸ののだ。新人だろうが何だろうが、来てもらったからにはビシバシ働いてもらうからなァ! 覚悟しておけ!」

 

 して。

 もうとにもかくにも何もかもでかい女性がそこに。

 反り返る体から主張する双丘は、グラビア雑誌でもめったにお目にかかれないほどの豪快さ。だがあまり嬉しくない。それ以上に「そこに目線をやったら殺される」という本能のアラートが伝える恐怖が上回る。引き攣った笑みのまま、加山は目線を一切下げることなく藤丸を見据えていた。自分の生存本能の高さに感心するばかり。

 

「よろしくお願いします、加山君」

 して、次いで王子とは別系統のイケメンの男が、一礼しながらこちらを見据える。

 

「じゃあ、今回僕らが担当する区画はこの地点だね。――それじゃあ、仕事に向かいますか」

 現在。

 加山雄吾は内向的な性格を無理矢理に矯正し、――陽気かどうかはともかく、とにかく多弁な性格にはなった。

 だが、この空間内では、完全に元通りになってしまった。

 死人の如く口を噤み、そのままじぃっとしていた。

 

 

「-------」

「-------」

 

 隣に

 

「------敵、出ねえなァ」

「------ですね」

 

 弓場拓磨が、いた。

 本日の防衛任務。

 特に門が開くこともなく、そのままただただ周囲を警邏しているばかりであった。

 

 会話は、ない。

 無論、空気は重い。

 

 冗談一つ飛ばせば殺されるのではないか――そんな気配すらするこの男に、引き攣った笑みをずっと浮かべるばかり。

 

「まあ、出ないに越したことはねぇんだけどよ。――にしても、加山ァ。お前中々見ないトリガーの構成してんじゃねぇか」

 防衛任務に出る前に、当然連携について話し合われ、その過程で加山は自らのトリガー編成を教えていた。

 皆がかなり驚いていたのが、印象に残っていた。

 

「エスクードにダミービーコン。一つ使ってても珍しいのに、二つとくりゃあはじめてかもしれねェ」

「そうなんですか?」

「おゥ。――もし、敵が現れたら、そいつで俺の援護をしてみな。中々隊で連携を取る事なんて機会もねぇだろ。――と、話してりゃあ、来やがったなァ」

 

 雷鳴のような闇色が、空に現れる。

 その音が、――かつての記憶を呼び起こす。

 同じだ。

 あの時に感じた、音と色。

 

「-------」

 意識が、切り替わる。

 

「――いい眼してんじゃねぇか。一緒に来い。連携してぶっ倒すぞ」

 

 ・   ・   ・

 

「南方にバンダー二体! モールモッド四体! 結構一気に来やがったな、とっとと片付けろォ!」

 藤丸の指示が飛ぶ中、各自が動き出す。

 

 眼前に、一体小型トラック程の大きさのトリオン兵――モールモッドが現れる。

 大きな胴体に、くっついた四足で動き回る中、格納された三本のブレードが開く。

 

 弓場が正面にアステロイドを撃つ間に、加山はそこから一歩引いてハウンドを側面に放つ。

 二方向の攻撃に足を止めると同時、加山はモールモッドの前脚の前にエスクードを生やす。

 前足の動きが制限されたモールモッドは、そのまま完全に足が止まる。

 

「――いい足止めだ、加山ァ!」

 そう言うと、弓場は銃口を向け、モールモッドの急所である眼を撃ち抜く。

 

「まずは一体! ――お」

 

 王子と蔵内はどうやら背後に佇む砲撃用トリオン兵のバンダーを仕留めに行ったらしい。

 空に駆けるハウンドがバンダーに叩き付けられると、そのまま爆発を起こす。

 その間に王子がバンダーの急所を突き、二体は仕留められた。

 

「――王子と蔵内がこっちに戻る前に、さっさと仕留めるぞ」

「了解っす」

 

 残り、モールモッド三体。

 正面から二体。側面から一体。

 

 側面からやってくる一体の通り道に加山は近づき、エスクードを生やす。一旦モールモッドを分断させ、正面の二体を見据える。

 

 加山はトリガーを切り替え、メテオラをセットし生成し、射出。前足を潰し、モールモッドの移動を鈍らせる。

 後は弓場と同時にアステロイドを浴びせ、二体を撃破。

 

 残るは、一体。

 

「――エスクード」

 残る一体の四方を、エスクードで囲む。

 

 そして。

 

 ――その頭上に、加山のトリオンを詰めたメテオラが叩き込まれた。

 

 

「――今日はありがとうユーゴー」

「ういっす、王子先輩。あと俺は雄吾ですんで」

「ん? ユーゴーだろう?」

「もういいや。-----じゃあ、これで上がりですね」

 防衛任務のシフトが終わり、報告書を上げ、弓場に何とも不器用なねぎらいの言葉を投げかけられ。

 加山はそのまま通り過ぎようとする。

 

「ねぇ。ユーゴー」

 その後ろから、王子が語り掛ける。

 

「はい?」

「僕はね。来期から自分のチームを持つんだ」

 え、と声が出る。

 

「で、だ。――もし君がよかったら、一緒に組まないかい? 今三人決まっていて、あと一人までなら入れるんだ」

 

 ――今自分は、隊に誘われているのか。

 ありえる、と想定していた可能性であった。

 いずれ自分も隊に誘われることもあるんじゃないかと。

 

 ――決めていた文句を、そこで言った。

 

「誘ってくれて、ありがとうございます。――でも」

 すみません、と。

 そう呟いた。

「この一年間は、隊に縛られずに動いてみたいんです。ちょっとだけ、自分の中で目標があって。色々な隊に顔を出しながら、学びたいって思っているんです」

「そっか」

「はい」

「なら、仕方ないね」

 ちょっとだけ困ったように首を傾げ、王子はそう呟いた。

 

「じゃあね、ユーゴー」

「はい。それじゃあ、王子先輩」

 

 その後。

 王子と蔵内が弓場隊を脱退し、新たに王子隊が出来たという。

 

「二人脱退かぁ-----」

 容赦ねぇな、とぼそりと呟いた。


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