彼方のボーダーライン   作:丸米

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色彩の価値は、きっと等価

「次の相手は.....弓場隊と、諏訪隊ね」

 

 三門市にあるとある住宅の中。

 作戦会議が粛々と行われていた。

 

 ベッドに上半身を起こした女性と、床に座る女性が二人。そして端末から見える塩昆布咥えた女。

 

 那須玲の家であった。

 

「.....諏訪隊とは戦い慣れていますけど、弓場隊は初めてですね」

 端末から、オペレーターの小夜子の声が聞こえてくる。

 遅い昼飯を食べているのだろうか。ポリポリと塩昆布を齧る音が聞こえてくる。

「ずっと上位部隊だったもの。むしろ、何が原因で下位に落とされたのか不思議なくらいよ」

 

 弓場隊は昨期にボーダーを脱退した神田の代わりに、新たに加山を引き入れた。

 その代わりとでも言うように部隊ランクを剥奪され、最下位からのスタートとなり──下位部隊相手に対して虐殺の如き試合を展開していた訳であるが。

 

「あの試合でとても参考になるのが。──玉狛第二との戦いだね」

 

 弓場隊はあの試合の中。エースの空閑遊真を唯一の脅威と捉え、徹底して潰しにかかってきた。

 下位の部隊を足止めし、それを狩りに来た遊真に狙撃手と加山が連携して仕留めにかかり、弓場と連動して狩っていた。

 

「元々上位だけあって、徹底して対策を講じてきてる。中位相手でも油断はしないだろうね。──今回、対策されているのは玲だと思う」

 置かれたテーブルの上で茶を啜りながら、那須隊攻撃手熊谷はそう呟き、那須もまたその声に頷く。

「でしょうね....」

「多分、玲には外岡君が高確率で張り付くと思う。狙撃に警戒して」

「解ったわ」

 

 あの試合で弓場隊の基本戦術が理解できたように思う。

 対戦相手の中で一番の脅威に、隠蔽・狙撃技術共に高水準な外岡を張り付け監視させ、加山が盤面を動かしつつ連携して相手に圧力をかける。

 弓場か帯島のどちらかが加山と合流し、残った一人が浮いた駒を狩りに行く。

 

「真っ先に狩りに行かないといけないのは──加山君でしょうね」

「.....部隊に所属したら恐ろしいことになると思ってはいたけど、これほどまでとはね」

 

 加山雄吾は、熊谷と一度だけチーム戦で戦ったことがある。

 エスクード・ダミービーコン・メテオラを組み合わせた戦術にまんまと引っ掛かり、メテオラの爆撃によって戦線離脱を余儀なくされた。

 

「いつの間にか射手に転向しちゃっているし。──玲は、射手の目から見て加山君の動きはどう見える」

「.....動きがいいわ。不慣れな感じは全くない。とても堅実」

「.....何というか。加山君は以前戦った時は、迷いはないけど動きそのものは鈍い印象があったけど。その辺りも凄く成長している」

 

 部隊に所属してからの加山は。

 純粋に、動きがより良くなった。

 身のこなしの部分もそうであるし、射手トリガーの生成から射出までの速度も大きく向上している。

 元々、その辺りの動きの鈍さをカバーする為に作り上げたスタイルなのだろうが。その弱点すらも克服している。

 段々と、隙のない隊員になってきている。

 

「とはいえ。撃ち合いで私が負けるつもりもないわ。──加山君は、私が狩りに行く」

「.....マップ選択権があっちにある分、難しいだろうけど。速攻で仕留めなきゃね」

 

 作戦会議が続く中。

 珍しく──口数の少ない者が、いた。

 

「大丈夫? 茜」

 そう熊谷から声を掛けられ、は、と声を上げて

「す、すみません! ちょっと考え事をしていて....」

 

 その謝罪の言葉に。

 皆が、皆。沈痛な表情を浮かべていた。

 

 日浦茜。

 

 ──このシーズンを終え、中学を卒業すると同時に、家を引っ越す。そう両親に告げられていた中学三年生であった。

 

 

 ──また、心配かけちゃった。

 

 日浦茜は。

 とぼとぼとボーダーの食堂に向かっていた。

 

 彼女はとにもかくにも感情表現が豊かな少女で、その裏返しの側面として──感情をすぐに表情に出してしまう。

 隊の皆にも、ともに訓練する狙撃手の仲間にも、とても心配をかけられている。

 訓練を終えて。後は特に用もなく食事をして家に帰るだけ。

 換装を解いて生身の肉体に戻って、食堂に向かっているのだが。

 表情は、晴れない。

 家に、帰りたくない。

 

 ──大規模侵攻後、ボーダーを脱退する人間の数はとても多い。

 

 何せ、実際に隊員が攫われているのだ。

 市民の死者がゼロだったのは大いなる進歩だろう。

 だが。それ故に──ボーダーのC級隊員が攫われた事実が大きくクローズアップされる事となる。

 

 ボーダーにいることが、危険とイコール関係になる。そう考える人間がとても多くなったのだと思う。

 日浦茜の両親も、そういう人間の一人だ。

 

 ボーダーが必要な組織であることも。トリオン兵の駆除も誰かがやらなければいけないことだと解っている。

 でも。

 その役割を──自分の愛娘に負わせたくない。

 

 そう思う気持ちも、重々に理解できる。

 だからこそ、納得できない。

 

 自分は。

 誇りをもってこの仕事をしている。

 仲間もいて。

 大事な、かけがえのない友達もいて。

 

 ──それを、全部奪われなければいけないのか。

 

 嫌だ。

 それだけは、嫌だ。

 

 でも、嫌だと思っても。

 どうすればいいんだろう? 

 

「.....」

 

 悩めば、悩むだけ。

 表情に出る。

 

「──ありゃ。日浦さん。どうしたの?」

 

 食堂につき定食を頼み席について。

 でも一口も食べる気がしなかった。

 食事を前に沈痛な表情をして一口も口に運ばないその姿を見て──対面の席に座った同級生が、声をかけた。

 

「あ.....加山君」

「奇遇っすね。訓練終わり?」

「うん」

 正直な所。

 加山と日浦はさほどの面識はない。

 

 年齢が同じなだけで、ポジションも違うし入隊時期も違う。

 そんな特に面識もない人が心配するくらい──今の自分はひどい顔をしているのだろう。

 

「飯、食えない? 体調悪いなら医務室に連れて行こうか?」

「あ、ううん! 大丈夫!」

 

 いけないいけない。

 全く、人に余計な心配させてどうするんだ全く。

 自分でご飯を頼んで食べずにじっとしていたら心配をかけるに決まっている。

 そう思って急いで汁物だけでも手にかけようとして。

 

「あ」

 

 器がすべる。

 床に落ちたそれがからん、と音がすると同時──日浦茜の制服にべちゃりと、汁が零れた。

 

「.....」

「.....」

「今、那須隊の作戦室、誰かいる?」

「.....」

 基本、那須隊は作戦室を使用しない。

 ぶんぶんと、茜は首を横に振る。

 

 加山は。

 無言のまま、──作戦室に連絡を入れる。

 

「帯島? 今作戦室にいる? この後用事はある? ──オッケー。ちょっと一人お客さん連れてくるから、何か着替えがあれば用意してて。ジャージとかスウェットとかでいいから。うん、すまん。ちょっと待ってて。すぐに連れてくるから」

 

 と、いう訳で。

 加山は日浦茜を作戦室まで連れていくこととなった。

 

 

「....ずびば、ずびばぜぇん.....! どわぁぁぁぁ」

「いや、いいんだけどさ...」

 

 その後。

 作戦室で帯島のジャージに身を包んだ茜は、もう辛抱できなくなったのか涙を流して謝罪の言葉を繰り返していた。

 その様子に帯島が必死になってなだめる構図が暫く続き、加山は何をすればいいかわからず遠目で目を泳がせていた。

 

 現在。

 弓場隊は幸か不幸か帯島と加山以外の隊員は出払っていた。人数が少なく茜が人目を気にせずに済むという点ではいい事なのだろうが、こういう時に大いに頼りになるであろう藤丸がいないのは非常にマイナス。

 

「それで.....その、何があったの? 日浦さん」

「.....」

「いや。無理に言う必要はないんだけど。──まあ、ほら。一応人並みに心配はしているんだよ。こう見えても」

「先輩。色々言葉に予防線張る必要もないッスよ.....」

 

 うん。

 自分でも予防線張りまくりの酷い台詞であることは重々に理解できているけど。

 されど仕方なし。

 これまでの人生、本当に初めての経験なのだから。

 とはいえ、言っていることに偽りはない。

 心配しているのだ。本当に。

 

「その....」

 

 それは、十分に伝わったのだろう。そして、色々と限界でもあったのだろう。

 

 茜は──二人に全てを打ち明けた。

 

 

「.....」

「.....」

 

 両親が、引っ越しを決めた。

 

 だから──ボーダーをやめなければいけない。

 ああ。

 そうか。

 

 ──そりゃ、そうだ。

 加山は、思う。

 ──当然の思いだ。あんな侵攻があったんだ。

 

 心配するのも当然だ。

 娘の命を守りたいと思うのも、また。

 

 帯島もまた──その話に、真剣な表情をしていた。

 同じだ。

 彼女も──そう両親に言われても、おかしくない状況なのだ。

 

 

 生半可な言葉を言う訳にはいかない。

 せめて。

 自分が言える本気の言葉を──茜に告げよう。

 そう加山は決めた。

 

「日浦さん」

「....」

「俺は──日浦さんの親御さんのいう事を、否定することはできない。多分、那須隊の皆も同じだと思う」

「....はい」

 言えるわけがない。

 ここにいる誰もが、三門市に住む人たちを守りたいと思うように。

 親は、子を守りたいのだ。

 加山もまた。

 そんな親の思いで生かされた命なのだから。

 

「でも」

 

 でも。

 それでも。

 加山は──その先の言葉も、また言ってやりたかった。

 

「──その親の思いを突っぱねる権利が、日浦さんだけにはあるんだ」

「あ....」

 

 日浦がボーダーにいたいという思い。

 親が、そんな意思を挫かせてまで子を守りたいという思い。

 

 どちらも等価だ。

 他者がその価値の大小を決められるわけもない。

 ただ。

 ──自分の思いが、誰よりも大きいと信じる権利は、誰にでもあるんだ。

 

「多分だけど。うちの隊長ならこういうと思う。──悩む余地のないくらい、全力で戦ってこいって。どんな手段を使ってでも。自分の意思を通す為に手を尽くせって。全力に全力を尽くして、それでもダメなら──多分、後悔は生まれないだろうから」

 

 悩み、後悔するのは。

 その余地がまだあるからだ。

 これ以上はもう駄目だ、という所まで。

 全力で戦う。

 

「でも、そんな我儘....」

「これは親が共々死んでしまった人間だから言えるけど。──今のうちに我儘言っておかないと、いつか親を後悔させることになると思う」

「後悔....」

「自分のエゴで、子どもに大きな後悔を残してしまったって。そのわだかまりが解消されるまでに──親が生きている保証はないんだ」

「......!」

 

 帯島もまた。

 とても、とても意外そうな表情で加山を見ていた。

 らしくない台詞であると、加山自身も理解している。

 

 でも。

 愛を持って育てている両親がいる彼女だからこそ。

 本気の言葉を、言ってあげたかった。

 

「全力で、戦ってみるんだ。家出も籠城も上等。本気で喧嘩して、自分の意思を通してみるんだ。──その先に、多分見えるものもあるだろうから」

 

 その言葉に。

 ──茜の表情に、喜色が徐々に戻り始めた。

 

「──はい!」

 そして。

 

「日浦茜! ──全力で戦ってきます!!」

 

 そう宣言した。

 

 

 その後。

「ありがとうございました────! 今度のランク戦、お互いに健闘しましょ──────ー!」

 茜は帯島と話しているうちにとても意気投合したようで。制服が乾くまでの間ずっと喋り続け、連絡先も交換して、ぶんぶんと両手を広げて威勢よく帰っていった。

 

「上手くいけばいいなぁ」

「そうッスね。──はい、先輩」

「ん?」

 

 ピロリン、と携帯が鳴ると同時。

 加山にもまた──日浦の連絡先が送られてきていた。

 

「見直したッス。先輩」

「そりゃどーも」

 

 一つ息をついて、加山はソファに沈み込んだ。

 慣れないことするもんじゃねーや、と呟きながら。

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