彼方のボーダーライン 作:丸米
ランク戦中位第2ラウンド、昼の部。まもなくはじまりまーす」
陽気な声が、実況・解説室に響き渡る。
「実況はこの私、宇佐美栞。解説には──」
「風間隊、風間だ」
「....香取隊、香取デス」
「以上三名でお送りさせていただきまーす!」
人物が紹介されると。
少しだけ場内がざわついた。
──香取葉子。
何故。
この女が解説席に座っているのか──。
彼女の性格はボーダーに広く知れ渡っている。実力に微妙に裏付けされていない高慢かつ俗な性格で、──このような場所にわざわざ出てくるような人物ではなかったはずだ。
「....うーん。やっぱりムカつくわこの反応。予想はしていたけど.....!」
「今までの行動の積み重ねだな。大いに反省しろ」
「....はい」
現在。
香取は風間に師事している。
その中で──他部隊の戦闘を俯瞰から眺めることもまた勉強になるだろう。そう判断した風間が彼女を引っ張り出し、解説席に座らせたのであった。
「いやー! 珍しい方が解説席に来ましたねー! ──さて、今回のラウンドは弓場隊・那須隊・諏訪隊の三つ巴戦ですが、マップ選択権のある弓場隊が選んだのは──」
画面に、マップが選択される。
「──市街地Cです」
市街地C。
急勾配の住宅地地帯で、高低差のある構造となっているマップだ。
「弓場隊はどのような狙いでこのマップを選択したと思いますか?」
「...」
風間は軽く香取に視線を向け、それを実に嫌そうに見返しながらも、一つため息をついて話し始める。
「多分だけど。急勾配の立地を利用して移動に制限をかけていくつもりじゃないの?」
「ほほう。移動の制限」
「弓場隊の大きな強みの一つが、自由に壁を作って道を塞げること。加山がマップの上を取ることが出来れば、それだけで大きな有利を取ることが出来る。壁作って上からハウンドを降らせておけば、特に狙撃もできないし中距離も散弾しかない諏訪隊なんか一気に死ぬ」
その解説に、一つ風間も頷く。
「弓場隊は四人の隊員のうち三人が中距離で戦える隊員だ。その上で狙撃手もいる。上を真っ先に取ることが出来れば、一方的に中距離戦を仕掛けることが出来る。その分では、大きく有利を取ることが出来るマップと言える」
しかし、と風間は言う。
「これは諏訪隊に対しては非常に大きな効果を持つが──射手のマスターランクである那須と、狙撃手の日浦が部隊にいる那須隊の対策になっているとは言い難い。もう一つ──気候の部分で手を打ってくる可能性が高い」
先程の有利は、弓場隊が”先に”高所を取れた場合、という付帯条件が付いている。
中距離に秀で、高い機動力を誇る那須がそのまま高所を取った場合、その条件が崩れることとなる。
「成程。──では、気候部分でどのように仕掛けてくるかも見所ですね」
そうして。
事前説明が終わると共に、カウントが表示される。
「さて、残り僅かでランク戦がスタートします。目を見開いて、見にくい方は是非とも眼鏡を着用して、しっかり見ていきましょう~」
※
「市街地C! ざっけんな! クソマップじゃねーか!」
さて。
諏訪隊作戦室。隊長の諏訪は通告されたマップを見て荒れに荒れていた。
中距離・遠距離での戦闘手段を持たない諏訪隊にとって、まさしく鬼門と言えるマップであった。
「油断してましたね.....弓場隊は昨年までずっと市街地Bを選んでいた部隊だったのに」
「あー! これで考えていた対策全部パーだざっけんな!」
「諏訪さんうるさーい」
はぁ~っと一つ溜息をついて。
諏訪はそれでも方針を伝える。
「こうなったらしゃーねぇ。せめて合流して固まって動くぞ。出来れば那須隊と弓場隊カチ合わせてその隙に上に行きてぇな」
「....事前で立てていた、加山君を真っ先に狙いつけるのは変更なしですか?」
「おう。──あいつが本当に目障りだからよ。さっさと始末するに限る」
「了解です」
こうして。
諏訪隊の方針は、パッと定まり──細かい話し合いが続けられていた。
※
「.....市街地Cね」
「特段、こちらが不利になる要素はなさそうね」
「ええ。──でも何か仕掛けられてくるかもしれないから、油断だけはしないようにね」
「はい!」
那須隊は。
事前の方針がもう定まっているのか。意外なマップ選択にも慌てず騒がず。そのまま時が来るのを待っていた。
※
「ほいじゃあ──。そろそろ始まりますので。皆さん、メテオラは持ちましたかー」
「おう」
「はい!」
「それじゃあ。──いっちょ、やってやりますか」
そうして。
──各部隊、転送が始まる。
※
「さあ、転送が始まりました。──マップは、市街地C」
そして。
「これは──!」
鳴り響く水の音。
ごうごうと響き渡る風切り音と、ざあざあと打ち付ける雨の音。
「──えぇ...」
「.....暴風雨、か」
弓場隊は。
気候条件を、暴風雨に設定していた。
「さあ。それぞれの部隊の配置は、以上のようになります」
東側の高所に加山、熊谷。
西側の高所に那須と笹森。
下層部分に弓場、帯島、外岡、日浦、諏訪、堤がそれぞれ散らばる形。
「──マップ選択した分、弓場隊の動き出しが速い」
加山は即座に住宅地を西南方向に走り出し、帯島と外岡が合流に向かう。そして弓場は単独、西側へ向かっていく。
「マップ上層に、狙撃手が誰もいない」
「という事は──上で生き残った奴の部隊が、一気に有利を取ることになるわね」
住宅街の中、ごうごうと打ち付ける暴風雨は。
叩きつけられる雨量がそのまま、上から下に流れていく。
その勢いは尋常ではなく、マップ全体が軽い浸水状態となっている。
下から上へ向かう動きが、大きく制限されることとなる。
故に。
上に向かうのが難しい分──下から上げるための援護が重要になってくる。
「さあ。開幕から実に波乱な滑り出しとなりましたが──これがどうなってくるのか。見ていきましょう」
※
「──クソッタレ。マジで俺たちを殺しにかかってんな」
市街地C。
そして暴風雨。
「──まあ、お前とさっさと合流できたのが不幸中の幸いか」
「ですね」
諏訪と堤はマップ下層部分で互いに合流し、共に東側の道へと向かって行っている。
「弓場のヤローはバッグワームつけてねぇな。あいつが西側に向かって行ってるってことは。そっちに敵がいるってこった」
「ですね」
「よし。だったら俺たちは東側からシールド張りつつ上へ向かって──そのまま加山を見つけるぞ」
そして。
「ケッ。出たようざってぇ」
撒かれていくダミービーコンが次々と起動していく。
「とはいえ、ここではあんまり意味がないでしょうね。高所にいれば、位置はバレバレだ。──なぁ、笹森」
「はい」
笹森は、西側の台地から加山を補足していた。
加山は東側の住居区画から西南へ向かい、高所の中央地点へ向かって行っていた。その様を、笹森はしっかり視認していた。
「笹森。このまま加山の位置を監視し続けろ。俺達が東側から回り込んだ段階でアイツの足止めをして──連携して仕留めるぞ」
「了解です」
加山はとにかく移動速度を重視しているのか、ダミービーコンを撒くのもそこそこに、住居から住居に身を隠しながら向かうでもなく、一直線に西南へと向かっていた。
「アイツ何をするつもり──って、ええ!?」
「どうした笹森!」
「加山が立ち止まって、メテオラを置いて.....そのまままた東側に戻って行って」
加山は住居の細々とした路地の中心にメテオラを置き、そのまま幾つかの地点に細々としたそれらを置いていく。
上層の中心から東側に向かって。
大きなキューブを一つ置き、残りは細々としたそれを撒きながら──加山は向かって行く。
そして。
加山が十分な距離を稼いだ瞬間。
それが、炸裂する。
炸裂音と爆撃音が鳴る──その瞬間。
ぶしゅ、という音も同時に響く。
「あいつ、まさか.....」
メテオラが破裂したその場所から。
水が湧き出てくる。
「──諏訪さん! 下がって!」
湧き出た水は爆撃と共に噴水のように湧き上がる。
「──加山が下水管を壊した! 一気に水が来ます!」
雨水を処理する為に設置された、雨水管。
それを加山は破壊した。
急勾配の市街地の雨水を下層に向けて流し込むための、設備。
それが爆破によって破壊され、行き先を見失った雨水が地下から溢れ出ていく。
溢れ出る水の更に上へと向かって行く加山。
嵩増しされた水が上層の住宅までも浸水の枠を広げていく中。
加山は上層の地盤の幾つかを、アステロイドで貫いていき、そして大型のメテオラを住居と、上層と下層を分ける中間にある道路に叩きつける。
それを幾度か繰り返し──流れゆく雨水に、住宅の瓦礫や砕かれた地盤も混じり、軽い地滑りのような状態となった。
「.....」
結果。
諏訪たちが向かおうとしたルートは、丸々潰れる事となった。
瓦礫に埋もれたそのルートは雨足があまりにも強く、そして粉々に砕かれた区画が穴となり視認が容易い。
故に。
「うおおお!」
加山は自身の前方と西側に幾つかエスクードを設置し。
そして──諏訪と堤に対してハウンドを放っていく。
前方の障害物を一気に叩き壊したことで、両者の位置が丸見えとなったのだろう。加山はすぐさま位置を補足し、両者に弾丸を降らせていく。
「ああ、畜生!」
諏訪はそう呟くと、たたらを踏んで西側へ逃げていく。
「堤! 無事か!」
「なんとか......!」
幸い、距離があったためそこまでの威力はなかったが。
序盤、不利なマップで弓場隊に位置を把握された、という事実が何よりも重い。
「クソッタレ.....マジで一筋縄じゃいかねぇなあの野郎共.....!」
瓦礫に埋もれる高台を見て、憎々しげにそう諏訪は呟いた。
※
弓場隊の作戦は。
①上層の雨水管を破壊し、上層から下層に繋ぐラインを浸水させ、潰すこと。
②加山がいる反対方向から隊が上層へ向かう事。
この2点だ。
今回加山はこの作戦をとるにあたって、市街地Cのマップをじっくりと実地にて訓練を幾度も行った。
雨水管の位置。地盤の崩し方。住居の位置関係。雨水の通り道。
これら全て頭に入れた上で──状況を整理した。
恐らく二隊とも自身をまず潰しにかかるであろうこと。
そして潰すために最短経路で向かうことが予測されること。
故に。
加山はマップのどちらか──東側か西側、どちらかに寄る形で動くことを決めていた。
加山の初期配置が、上層でも下層でも同じこと。
初期配置が下層なら、他の仲間たちのメテオラで雨水管を破砕すればいい。
そして──加山を狩り出すために、有利な上層からわざわざ人員を送り込んでくれるならよし。放置するならば下層からエスクードとメテオラを組み合わせて狙撃対策を行ったうえで圧力をかけていけばよし。
そして、今。
加山が、加山の正面のルートを潰したことで。
弓場が向かっている西側のルートを、下層の人間は向かわざるを得ない。
弓場と対面するリスクを負いながら、ただでさえ危険な上方向への移動を敢行しなければならない。
どう転んでも、隊に利益がある作戦だ。
「さあて」
後の加山の役割は。
一秒でも長く──この高層地帯で生き残ること。
生き残れば生き残るだけ。自分を狙う人間が寄り集まり、そして食い合って死んでいく。
弓場か帯島・外岡が上層に来るまで時間を稼げれば、自分の役割は終わりだ。
「西側からの狙撃はない。という事は、日浦さんは下層にいるのか。──後は」
見える。
西側から笹森が向かってきているのと。
下から熊谷が様子を伺っている事と。
そして。
──弓場以上のスピードをもって、こちらに向かってくる那須玲の姿が。
「ここからが俺の真骨頂。──しぶとく、ゴキブリのように逃げ回ってやりますわ」