彼方のボーダーライン 作:丸米
加山により雨水管が破られ、浸水と地滑りが巻き起こった直後。
実況の宇佐美はうひゃー、と驚きながらも、解説の二人に話題を振る。
「いや、本当に驚きましたね。急勾配の地形をこのような形で使うとは。お二方は今の加山隊員の戦術についてどう思われますか?」
「うざったいことこの上ないわね」
香取は、憎々しげにそう呟く。
「弓場隊は全員射程のある武器を持っているから、敵の足が止まってくれれば止まってくれるだけ得をする。その上で東側のルートが完全に潰されたから.....弓場さんのいるルートの付近を自然と通らざるを得ない。やられた側からすればたまったものじゃない」
「.....自分が真っ先に狙われることが解っていたんだろうな。だから人を集めて、一気に被害をもたらす方針で作戦を立てたのだろう」
この作戦は。
何よりもまず──実行者である加山の居所がすぐに判明してしまうという大いなる戦術上の弱点がある。
しかし、初めから相手をする両隊に狙われている事を理解していれば──その弱点を活かすことが出来る。
自身という的に向けて向かってくる相手に、一方的な不利益を与える。
「最初から狙われることが解っているならば──狙ってきた相手に徹底して不利益を与えるように立ち回れる。──香取のうざい、という表現は正しい。加山を真っ先に狙ってきた人間から、被害を受けている」
とはいえ、と風間は続ける。
「西側の建造物はそのままだ。あの間を抜けて──那須が来ている」
浸水している地上ではなく、周囲に点在する建造物の間を飛び跳ねながら──那須玲は、加山のいる地点へと向かって行く。
最初に加山の位置を補足し動向を見守っていた笹森と異なり、那須は西側から迂回してきた弓場隊に近く、そちらに意識が向いていたのだろう。幾らか遅れて、加山に向かう。
「那須に足止めは効かない。──逃げるにせよ、相手をするにせよ、加山の周囲にいる笹森と熊谷を速やかに処理しなければ加山の命もここまでとなる」
※
西側から笹森がカメレオンを起動し加山に向かい。
眼下から熊谷が向かう。
──この状況下での弧月を使う攻撃手はあまり怖くない。
攻撃手が射撃を掻い潜れるだけの地形条件が死んでいる。足は動かないし射程でもこちらに分がある。──遊真や香取のような機動力を持つ攻撃手でもなければ、2対1でも特に怖くはない。
その上で。
自分にはエスクードがある。
浸水と爆撃によりまっさらになった地面の上。
加山はエスクードを作成し、その上に飛び乗る。
飛び乗ったエスクードの上からも──自身の四方をエスクードで固めていく。
自身の周囲が、降りしきる雨水が溜まり水嵩が増していく。およそ、膝が埋まる程度の水量であろうか。──攻撃手、特に弧月使いともあれば戦いにくいことこの上ないだろう。
壁で水を貯め相手の機動力を殺し、こちらは一方的に高所を取る。
それが──ここにおける最適解であろうと、加山は判断する。
位置を確認。
笹森は物陰でカメレオンを解除しバッグワームを着込んで右手側に迂回中。
熊谷は下側の住居の影からこちらの動向を探っている。
よし。
これならば大丈夫であろう。
そう判断した加山は──笹森と熊谷にハウンドを浴びせていく。
「ぐ.....!」
笹森も熊谷も、隊の仲間と連携して加山を仕留めんと狙っていた。それ故に、最初の段階で手出しができずにいた。
しかし──予想外の戦術により諏訪・堤は迂回を余儀なくされ、那須は西側の警戒に意識を割いていた分だけ遅れて向かっている真っ最中。
両隊とも加山を仕留めるために合流が出来ない中、二人の位置が加山の戦術で炙り出される形となった。
「こんなもの.....!」
熊谷は旋空をもってエスクードの壁を斬り裂く。
壁がこちらの動きを阻害するならば、斬り裂いていけばいい。
しかし、──その動きも当然想定済み。
斬り裂かれたと同時に加山は周囲に散らしたアステロイド弾を即座に熊谷に放つ。
壁が壊されれば。
高威力のアステロイドの射線が通る。
そして、放ったアステロイドに回避動作を余儀なくされる間に、新たなエスクードを生成し、修復する。
ぬかるみ、雨水が流れ込む急勾配の地面。どうしても回避が遅れ、散らされた弾丸の幾つかが熊谷を貫いていく。
──足場がぬかるんで、力が籠められない。なのに、敵が上にいる。
ぬかるむ地面を、水の流れに逆らいつつ、そして加山が作り出す壁と射撃を掻い潜り、向かう。最初のうちに加山を仕留められなかったことで──この高低差が一方的に不利を押し付けられる最悪の条件として顕現している。
自らの不利な状況を理解し──熊谷は笹森の動向に目を光らせる。
笹森とて、この状況の元凶である加山は仕留めたいはずだ。下方にいる熊谷が足が止まっているならば、笹森側からもアプローチをかけねばならないはずだ。
その意図に──笹森は乗ってくれた。
「──この!」
笹森はカメレオンをもって加山の弾丸を掻い潜り、──彼もまたエスクードの足場の上に立つ。
同じような足場を二つ挟んで、加山と笹森は向かい合う。
距離は四メートルもない。
これならば──いける!
「──くらえ!」
そのまま旋空を加山に叩き込もうとして。
壁が、地面から消える。
「──あ」
エスクードは出すことも、仕舞う事も出来る。
単純であるが、その仕様を笹森はこの瞬間頭から抜けていた。
再度加山の眼下に叩き落された笹森は、尻もちをついて地面に落ちる。
「うわ、わっぷ」
仕舞ったエスクードが貯め込んだ雨水の本流を全身で受けながら──笹森の背後から更にエスクードが生える。
エスクードは、発生するスピードそのものも凄まじい。
背中側から這い出てきたエスクードで背中を叩きつけられ──笹森はジェットが打ち出されたように空中に吹き飛ばされる。
「ハウンド」
加山はその瞬間、ハウンドを放つ。
そのハウンドは空中で回避手段のない笹森に向かう軌道を描きながら──
「.....読まれていたか」
笹森の対処をしている間に近づいてきていた熊谷に向け軌道を変える。
熊谷はシールドを張りそれを防ぐものの。
次弾に放たれたアステロイドの弾丸まで防ぐ事叶わず──緊急脱出。
こうして。
熊谷は始末し、笹森は下の道路まで吹き飛ばした。
....よし。
ここで加山は那須を迎え撃つ前に──熊谷と笹森を戦線離脱させることに成功した。
「さあて。──後は那須先輩の対処をするだけだな」
邪魔者を片付け。
迎え撃つは──高機動型弾馬鹿姉ちゃん、那須玲。
「.....エスクードの用意ヨシ。シールドの装着もヨシ。足も削れていない。──さあ」
加山は周囲にエスクードを次々と撒きながら。
呟く。
「逃げるか」
撒いたエスクードの下に掻い潜り。
加山雄吾は那須の反応をレーダーで捉えながら──逃走を開始した。
そう。
あくまで加山雄吾の役割は時間稼ぎ。
まともに真正面から戦う気など毛頭なく──彼はそのまま走り去っていった。
※
「く...」
位置を晒した加山を狙い向かって行ったものの。
笹森は──周到に用意された加山の罠に引っ掛かり、下まで叩き落されてしまった。
叩き落された場所は。
道路。
下層と上層を繋ぐ、中間地点。
現在笹森は空からここに降ってきた。
周囲に障害物もないまっさらな場所に。思い切り自らの位置を晒しながら。
その意味は。
──他部隊の狙撃手から、自分の位置は丸見えで。狙撃の射線は全方位何処も通っている事を意味する。
「やば.....!」
そう思い下層へ飛び込んだ瞬間──頭が吹き飛ぶ。
下層の高層建築物から、──那須隊、日浦茜が狙撃を敢行していた。
「.....くそ!」
暴風雨の中といえど、障害物もない場所に打ち上げられた状態では狙撃手のいい餌だ。
「.....」
撃った茜は、一つ息をつくと。
すぐさまその場から動き出した。
※
「──日浦の位置が補足出来たな。帯島ァ、外岡ァ」
「ッス」
「はい」
「今上層の連中は加山に向かって行っている。外岡はそのまま高所を取って狙撃地点につけ。俺と帯島で──西側に向かってきてる諏訪隊の二人をぶっ潰す」
現在。
上層にいた熊谷と笹森は既に緊急脱出し、残すところ加山と那須のみ。
東側のルートを潰され迂回してきている諏訪と堤。
そして笹森を仕留めた日浦。
日浦は下層にいて、その上で位置も補足出来ている。今のところさほどの脅威はない。
「──ここで陣取る。諏訪サンと堤サンの二人は必ずこの近辺に来る。後はぶっ潰すだけだ」
※
「──弓場隊が1ポイント、そして那須隊が1ポイント。加山隊員のエスクードと射手トリガーを巧みに組み合わせた戦術により弓場隊が先取。その後、上層よりエスクードで吹き飛ばされた笹森隊員を日浦隊員が狙撃によりポイントを稼ぎました。一方下層では西側で弓場隊長、帯島隊員が待ち構える中、外岡隊員が道路を渡り上層へ向かいます。諏訪隊の両名は西側に待つ弓場隊の両名を監視しつつ徐々に間合いを詰めていっています」
「.....地形での利を生かしたな」
風間は一連の流れを観察しつつ、そう呟いた。
「エスクードで足場を作り、そして足元に水を貯める。攻撃手で、かつ射撃トリガーを持たない二人が取れる選択肢を潰していた。周到な奴だ」
「選択肢、とは何でしょうか風間隊長」
「エスクードを崩すか、同じ高度を持つ足場に立つかの二つだな。熊谷はエスクードを崩そうとして射撃が叩き込まれ、笹森はエスクードの足場に誘い込まれ罠にかかった。──メテオラで空いた地形上にエスクードを作ったからこそ出来た戦術だ。他に足場がないから、加山がコントロールできるエスクードに行くしかない」
下はぬかるみ、水がたまった地形。
ここで高所を取られているのならば、高所から加山を引きずり落とすか、自身が同じ高所に行くしか選択肢がない。
加山は周囲の障害物もまっさらにしたうえで──その選択肢に対する解答を用意していた。
壁を斬れば、そこに射線を通し再度壁を作る。
壁を登れば、壁を引っ込めて下に引きずり降ろす。
「あの場合、足場がなくなる前にすぐあのチビに突っ込まないといけなかったわね。まあ、暴風雨の中で一瞬で踏ん張りきかせて飛び掛かれ、ってのも難しい話だろうけど」
「恐らく。相手が空閑のようなタイプだったなら別の仕込みをしていただろう。──戦術の引き出しの多さ、という部分が加山は抜きんでている」
「とはいえ、那須さんが来たらもうお終いでしょ。──並みの射手じゃ太刀打ちできないわ」
「あそこまで仕込みに仕込んでおいて那須の対策だけはしていません、はあまり考えたくないな。──何かしらしてくれるだろう」
「話をすれば。那須隊長が加山隊員に向け、フルアタックのバイパー攻撃を放ちました」
加山に向かっていた那須玲の両腕から、バイパー弾が浮かび上がり、放たれる。
飛び立つような左右の軌道から弾丸が向かい来る。
その姿を見て──画面上の加山が憎々しげに目を細めながらも──口元は、笑っていた。
「──どう乗り切るのか。見せてみろ」
風間はその弾丸の行く先を──ジッと、見ていた。