彼方のボーダーライン 作:丸米
「.....くまちゃん」
周到に仕掛けられた戦術により、──熊谷は落とされた。
西側の地点。
雨水管を破壊し濁流が流れゆく中。
──自ら作り上げた壁の上に立ち、加山雄吾が那須の視界の中に現れた。
「仇は討つわ」
ランク戦の最中で親友が討たれたとて、それを根に持つような人間ではない。
とはいえ──ランク戦でできた借りは、その中で返してやる。
そう思考しているだけだ。
※
「──でも。もうあらかた弓場隊の勝利で決まりじゃない?」
香取は動いていく盤面を見つつ、ポツリそう呟いた。
「ほほう。香取隊長。その心は」
「単純に──弓場隊だけがフルメンバーで生き残ってて。その上でもう狙撃手の外岡が上を取っているから」
そもそも、と前置きをしつつ──香取は言う。
「このマップは加山がしっちゃかめっちゃかにしたから忘れられてるけど。基本的に一番射程長い奴が上に立ったらもう勝ちなの。その条件をもう弓場隊は満たした」
高低差の激しいマップ条件の中。基本的な戦術は──上を取ること。
加山が諏訪隊を押し流し、熊谷と笹森をやり過ごしている間に──那須隊の日浦よりも早く外岡が上を取った。
「ここで那須さんが加山を仕留めた所で。結局那須隊は弓場隊の残りを片付けなければトップには立てない。そして、その通り道には外岡がいる。それは那須さんも解っているだろうから──フルアタックが封印されている状態で弓場隊長と戦う事となる。かなり無茶な条件よ」
「ふんふむ。──風間隊長はこの意見に異論は?」
「ない」
風間も、香取の発言に対して特段の異論は挟まない。
「そもそも弓場隊は元々上位部隊だ。その部隊がマップ条件すら決めて中位部隊と戦っているんだ。勝ってもらわなければ困る。──この場面。加山が落ちようが落ちまいが弓場隊が十中八九勝利する」
とはいえ、と風間は続ける。
「ここで那須相手に生き残れるかどうかが──弓場隊が上位で躍進できるかどうかの分水嶺だと思っている」
「ほうほう。──そこまでしなければ、神田さんの代わりは務められないと」
「単純に。加山が神田以上の駒にならなければ、現在のランク戦でA級に上がるなど無理だろうからな」
風間は知っている。
──弓場隊が何故に加山を引き入れたのかを。
隊を下位に沈めてでも。隊長自らがポイントを没収されてでも。引き入れたその意味。
だからこそ。
──加山が背負う責任は、意外と重いのだ。
※
シールドをセットし。
──軌道を、見る。
よし。
距離が離れている分だけ。バイパー弾の威力も速度も低い。
すぐに起動するな。
ギリギリまで視認し、軌道を頭に叩き込んだ上でシールドを張れ。
そうすれば──これが出来る。
バイパーが曲がる通り道に。
小さなシールドを置く。
最小限に分割したシールドを細かく散らす。
弾丸がシールドと衝突し、消滅していく。
散った弾丸の全てを消そうだなんて思わなくていい。
ただ。
自分の回避先を担保できれば、それでいいのだ。
「......おぉ!」
出来た。
出来た!
回避、出来た。
「.....三輪君の分割シールド。トリガー構成的にフルガードは出来ないとは思っていたけど...」
那須はそう呟きつつ、更なる弾丸を用意していく。
が。
「──そうはさせねぇっすよ那須さん」
加山はハウンドを手に、那須に放つ。
「....」
那須は顔をしかめつつシールドで幾つかの弾丸を防ぎ、機動力を以てその弾丸を回避していく。
とはいえ。
地面は激流の最中で、足元には加山が作り出したエスクードの足場でいっぱい。
この足場は加山が自由に出し入れできるものであり信用は出来ない。梯子として使う訳にもいかないが、地面に降りては機動力を封じられ逆にこちらがピンチになる。
那須は。
このエスクードの足場の利用は最小限にとどめ最速で離れねばならない地点であり。
そして地面に足をつけるわけにはいかない。
足元の障害物が非常に頼りない。
その分だけ機動力が非常に怪しくなる。
そして──。
加山が逃げながら撃つ弾丸の中、幾つかのタイミングでメテオラを紛れ込ませている。
那須の足場となる建造物を爆撃で破壊し、横の足場も削っていく。
──ちゃんと対策が出来ている。
地面という下の足場。建造物という横の足場。
障害物を盾に機動力を以て追い詰める那須玲のスタイルに対し──機動力を制限し障害物を破壊するという解答を、加山はぶつけてきたのだ。
「......このままじゃ」
逃げ切られる。
解っている。
加山がここから逃げ出した先に──外岡か弓場が待ち構えているのだろう。
そうなれば、勝ち筋はもうなくなる。
ここで、加山を仕留めねばならない。
那須は。
上と連動させ、水面にバイパー弾を潜らせる。
「.....おおう! マジですかい!」
エスクードの足場を這うように現れたバイパー弾に、加山はすぐさまその場から飛びのき、別の足場へとジャンプする。
「.....ここよ、茜ちゃん」
足場から現れる弾丸に分割のシールドを張っている事も確認しつつ──那須はそう呟いた。
その返答に。
「げ.....!」
今にも着地せんとする加山の右足に──ライトニングの弾丸が叩き込まれる。
──狙撃!
右足が削られ、着地に失敗。
加山は足場から転げ落ち──濁流の中へ落ちていく。
追撃のバイパー弾を用意する那須に対し。
加山は即座にシールドを解除しアステロイドをセット(三輪の忠告通り、メインとサブにそれぞれセットしていたアステロイドとハウンドは入れ替えた)し、那須に放つ。
放たれる弾丸をよけつつ、那須もまたバイパー弾を放つ。
加山は濁流の中、横になり水面に沈みながら──左手側の建造物側からエスクードを生成。バイパー弾を直前で何とか防ぐ。
現在──加山はエスクードの下、濁流の下に沈む形となる。
──下側からの茜のアシストにより、ここで加山は自分が作り上げたアドバンテージの全てを失った。
足場から転げ落ち。濁流にのまれ。高所を那須にとられる形となって。
那須は──エスクードの両脇から弾丸を叩き込むよう軌道を設定。
加山に向けて撃ち放った。
「──かかったなぁ!」
瞬間。
片脇からシールドを張りながら──水面からのっそりと加山が現れる。
守り切れず、手足と腹部に弾丸を叩き込まれながらも──楽し気に、顔面を歪めながら。
その瞬間であった。
エスクードと、水面。
その下に設置されていた──ハウンドの置き弾。
丁度。
上にいる那須の死角となるその場所より──放つ。
虚を突かれながらも、那須は何とか自らの正面へ向かうそれをシールドで防ぐ。
が。
加山は即座にサブのシールドを解除し──アステロイドをセット。
那須の側面まで向かい──大きく分割したそれを、放つ。
「──う、く」
追撃用のバイパーをセットしていた那須はフルガードしようにも間に合わず。
加山の弾丸に、その身を貫かせていた。
──そうか。
加山は。
自らが足場を崩され下に落とされる状況も、想定したのだ。
足場が崩され下に落ちれば。
水面に潜り、エスクードで身を隠し──その下に置き弾をセットする。
エスクードの下にいる自身に追撃をかけようとした者を──水面下に隠した置き弾で反撃を食らわせる。
「──悔しいわ」
下方からの狙撃、という不測の事態であっても。
冷静さを失わずに事前に考えた策を実行できる機転のよさと、勝負度胸に敬服しつつ──それでも隠し切れぬ悔しさをにじませて。
那須玲は、緊急脱出した。
※
「──加山が那須を仕留めたか。よくやった」
弓場は、ニッと笑みを浮かべ。
「これで──上の事は気にせず、下の連中をぶっ殺せばいいってだけだな」
弓場は二丁を構え。
帯島は弧月を構え。
「行くぞォ! 帯島ァ! ──もう待ち伏せは要らねェ!」
「ッス!」
「残り三人──ぶっ潰す!」
待ち伏せ場所から、歩き出した。
※
日浦は、二撃目の弾丸を撃ち放った後。
その場を離れようとしていたが──。
.....諏訪隊の二人が、来ている。
自身を挟み込むような軌道で。
諏訪・堤の両隊員がこちらに来ている。
「......」
一つ。
息を吐いて。
ライトニングを構える。
──もう緊急脱出も出来ない。
自主緊急脱出が可能なのは、半径六十メートルに敵がいないことが条件だ。
その範囲に、もう敵がいる。
ならば。
「せめて.....あと一点......!」
日浦は。
諏訪に照準を合わせる。
ライトニングで頭を狙って──撃つ。
「──もう解っているっつーの」
諏訪は当然のようにそれをシールドで防ぐ。
.....位置が解っている狙撃なんて、防いで当然だ。
「あぁ.....ああ!?」
しかし。
防いだ瞬間にしっかりと息を合わせるような一発が──上から飛んでくる。
「──あ、くそ! 外岡、テメェ!」
高所から、しっかりと諏訪に狙いを定めていた外岡。
諏訪が日浦の狙撃にシールドを張ることは織り込んだうえで──その横から、着実に諏訪の頭蓋を吹き飛ばしていた。
「──く」
そして。
その場面を目撃してしまった日浦は──逆側から向かってきた堤の散弾銃に貫かれる。
「ごめんなさい......先輩....!」
全滅が決まった瞬間──そう痛ましげな声を上げながら、日浦茜は緊急脱出した。
「.....一点。取ったけどなぁ」
そうして。
日浦を撃ちぬいた堤の背後から。
.....弓場と帯島のコンビが現れる。
「やあ、弓場君。──今回互いにあんまり見せ場が無かったね」
「ああ。──次に期待だ」
堤が散弾銃を向けるより早く。
弓場の銃口が堤のトリオン体に風穴を通す。
「......ったく。那須とは連携してやるって話だったのに。一人でやっちまったから、やることなくなっちまったじゃねーか」
まあ、いい──そう弓場が呟く。
「大金星だ加山。──後から誉めてやろうじゃねーか」
嫌味の後に称賛も交え。
弓場隊は──勝利のアナウンスを聞いていた。