彼方のボーダーライン   作:丸米

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白黒の決断

そうして。

 染井からの許諾を受け、日浦を伴い部屋へと赴く。

 

 玄関先に足を運び、チャイムを鳴らし、日浦を届ける。

 

「ではこれにて失礼します」

「待ちなさい」

 

 日浦を送り届け、すわ退散──とはならなかった。

 

「事情を聞かせてもらうから、ひとまず加山君も入って」

 

 はい、と有無もいわず返事をし、すごすごと染井の部屋に入っていった.....。

 

 

「成程.....家出ね」

 

 染井華は茶を啜りながら、一つ息を吐いた。

 ....その部屋の中は、あまり生活感のない、質素なものに見えた。

 テーブルにベッドのほかに、小さなソファがあって。それ以外のものはちょちょく小物があるばかり。

 三人は茶が置かれた小さなテーブルに腰かけ、それぞれ向かい合っていた。

 

 彼女は一通りの事情を聴くと、一つ溜息。

 

「それで.....どうするのよ。明日も学校があるでしょう?」

「.....はい」

「今日ここに泊めることは別に構わないけど。それだと根本的な解決にはならないでしょう?」

「...」

 黙って茶を啜っていた加山は、二人の会話を聞いていた。

 

 .....おや? 

 意外だな、と加山は思う。

 

 染井は、この日浦の行動に肯定的であると思っていた。

 彼女は、自分の意思をはっきり持っているし、その意思を持たず周りに流されることを好まない人物であろうと。

 

「まあ、すぐに根本的な解決を持って来いってのも無理な話じゃないですか、染井先輩」

「いいえ。この事態を想定していたのなら準備をする必要があったと私は思う。──感情に訴えれば両親が折れてくれる、なんて甘い見通しに過ぎない」

 

 う、と日浦は思わず呟いた。

 しかし。これには──日浦にアドバイスした加山も少しばかり反論を行いたくなる。

 

「感情の部分を全力でぶつけることも必要でしょうよ。家出でもなんでも。意思表示しなきゃどれだけ全力か、って部分が伝わらないじゃないですか」

「一日家出しただけで後はまた家に帰るっていうなら、それは駄々っ子と変わらないじゃない。駄々っ子の襟首掴まえて引き摺って行く力も権利も親にはあるのよ」

 

 そういうものよ、と染井は言う。

 .....あー。確か以前に本人から聞いたなぁ。

 彼女の、今は亡き両親はひどく厳格な両親だったと。

 そこを基準として、彼女は語っているのだ。

 

 厳格故に、感情に訴えても意味はなかった両親を基準に。

 

 だからこそ。家出という、一種の我儘な意思表示を行う事に意味を見出せないのだろう。

 

「あの....ごめんなさい...」

 

 加山と染井が軽い言い争いをしていたら。

 日浦の方が、少しばかりべそをかき始めた。

 

「....」

「....」

 

 ひとまず。

 落ち着くことにした。

 

 

 

「その....日浦さん。ごめんなさい。言い過ぎたわ」

「俺は染井先輩に。すみません。駆け付けた分際で勝手言っちゃって」

「あ、謝らないでください染井先輩!」

 

 そうして。

 ひとまず、今夜だけは染井華の部屋にて日浦は泊まる事となった。

 明日の早朝にここを出て、家に帰り、学校は行く。

 そこはしっかり確認し、そして携帯から両親に連絡して、事なきを得た。

 

「明日.....また家族会議をすると。お父さんが....」

「....」

 

 染井華は。

 顎に手を当て、ゆっくり何事かを考えていた。

 

「中学卒業と同時に、日浦さんは市外に引っ越すのよね」

「はい...」

「....これはね。私からの提案」

 

 染井華は。

 日浦に一つ提案する。

 

「明日の家族会議で......ボーダーの寮から高校に通う提案をするのはどうかしら?」

「.....」

「貴方は、高校生になれば親元から離れる選択ができる。──ボーダーで働いてお金を稼いで、生活する。その選択を普通に取ることが出来るの」

 

 親元から離れ、生活する。

 .....それも恐らくは経済的援助のないまま。

 

 ボーダーの寮は無料で住める。その上防衛任務を入れればお金も稼ぐことが出来る。バイトだって可能だ。

 

 .....一人で何もかもをこなしていく覚悟さえあれば、十分に可能な選択肢である。

 

「これなら。──覚悟さえ決まっていれば、両親を説得できる。いや、説得というより強行突破ね。.....私が考えるのは、こういう所かしら」

 

 この提案は。

 ──自立を重んじる染井華故のものであろう。

 

 自身のやりたいこと。親とは違う意思を突き通すには──それに伴うリスクや覚悟を背負わねばならないのだと。

 そういう考え方が根底にある。

 

「...」

 日浦は。

 実に真剣な表情で、その提案を聞いていた。

 

 .....何というか。

 本当に、大人なのだ。染井華という人間は。

 

「ここに泊まっている間に、明日の家族会議で何を言うかをしっかり考えた方がいいと思う」

「はい.....!」

 

 そして。

 落ち込み気味だった日浦の表情に──また光が差したように思えた。

 

 

 その後の話。

 日浦を連れてきた加山は当然のごとくその場を後にし──染井の部屋には日浦だけが残された。

 

 日浦は加山の予備の寝袋を渡され、部屋の隅っこにせっせと準備を行っている。

 

「日浦さん。ベッド使ってもいいよ」

 染井はそう提案するが──。

 

「おお、これが寝袋....! どうわぁ、何だかト■ロみたい!」

 

 はじめて寝袋というものを使用したのだろうか。目をキラキラさせながらその中に身体を収めころころと転がって遊んでいた。

 

「....」

 特に心配する事もなかったな、と。そう安心して染井華は歯磨きをはじめ、寝る準備をした。

 

「....あの」

「ん?」

 歯磨きを終え、水で洗い流し、口元が空いた時。

 日浦から話しかけられる。

 

「ありがとうございます! ──いきなり来て、ここに泊めていただきまして」

「気にしないで」

 

 別段気にする事もない。一晩、ちょっとスペースを貸すだけの事だ。

 その返答を聞き、日浦は生来の調子が戻ってきた。

 

「その.....染井先輩は、加山君と仲がいいんですか?」

 日浦は。

 基本的に聞きたがりで話したがりな、人懐っこい女の子だ。

 それ故に。どんなことでもいいから、共通の話題を出して会話の花を咲かせたいと──そう思うのだろう。

「ん? .....まあ、友人の範疇には入るでしょうね」

 

 その返答を聞くと、へー、と。日浦は呟く。

 

「何というか、凄く意外です」

「意外?」

「その.....加山君。凄く変わった人じゃないですか」

「変わっている..」

「学校よくサボってましたし」

「あ、そうなのね」

 そうなんだ。

「ボーダーのラウンジで奇声あげていましたし」

「そうね....」

 むしろ。

 その奇声を上げながら作っていたノートが、仲良くなったきっかけと言ってもいい。

 

「....何というか。凄く真面目な染井さんと仲がいい、っていうのが。凄く意外で」

「そうかな。──でも、日浦さん」

「はい」

「私、香取隊だよ。.....あの隊長と同じ隊よ?」

 

 あ、と日浦は思わず呟いた。

 

「あの子、人気取りたくて那須隊の制服をモデルに隊服作っていたの。そんな隊長と同じ隊のオペレーター。──葉子とは子供のころから仲が良かったのよ」

「そ、そうなんですか!?」

「うん。だから、別に真面目かどうかで人付き合いしているわけじゃない」

 

 別に、染井華は友人を選ぶことは無い。

 ただ、.....自分があまりにも面白味のない人間だから、他人の選択肢から外れているし、そこを改善して友達を得たいと思えるほどに飢えてもいなかった。それだけだ。

 

「.....あの」

「うん?」

「.....私。ちょっと怖かったんです。加山君と、染井先輩」

 

「....」

 怖い。

 自分がそう評されるのは何となく理解できる。

 加山は....どうだろう。

 アレは怖い人間なのだろうか。

 

「その....加山君。私と同じ時期位に入ってきているんですけど」

「うん」

「その時、本当に余裕がない感じで。すっごく表情が怖かった時があったんです」

 

 ああ、と染井は頷く。

 きっと.....正隊員ではなかった頃は、今とは比較にならないくらい余裕がなかったのだろう。それは実に想像しやすい。

 

「あの時の印象と....加山君の噂とかも含めて。近寄りにくい人なんだと、勝手に思っていたんです」

 

 加山の噂。

 もとい事実。

 犯罪者の息子という、レッテルであろう。

 

「だから....その、怖いと思っていた人に凄く親切にされて。本当に申し訳ないな、って」

 

 日浦茜は、とてもいい子だ。

 明るく、分け隔てもなく、空気も読める、可愛い子だ。

 

 そういう子だからこそ。

 加山と染井は、空気を読んで話しかけてはいけない人間だという評価になってしまうのだろう。

 

 それを、きっと彼女は怖かったから、という解釈をしている。

 そう染井華は思った。

 

「.....その」

「は、はい」

 何というか。

 自分も──随分と口が軽くなっているなぁ、と思う。

 

「私も、加山君も──両親が亡くなっているの」

「.....」

 

 その台詞が聞こえてきた瞬間。

 日浦は真一文字に口を閉じ、しっかりと染井の言葉に耳を傾ける。

 

「だから。──加山君も私も、両親がどれだけありがたい存在なのかっていうのもしっているつもり。私たちは、否応なく両親のいない状況になった人間だから」

「.....はい」

「だから。──両親がいるけど、両親という存在が枷になって、それを振り払おうとしている日浦さんの姿が。凄く新鮮だったの」

 

 え、と。

 日浦は呟く。

 

「──私はね、日浦さん。子供だから両親のいう事を全部従うべきだ、なんてちっとも思わない。むしろ、親のいう事が正しくなかったときにリカバリできるように備えなくちゃ、って思っている」

「...」

「だから。──親のいう事よりも、自分がやりたいことをしたい、って。足掻いている日浦さんの事を凄く眩しく思うし、応援したいとも思えるの」

 

 ──幼いころから。

 染井華は、勉強をし続けてきた。

 

 ずっと。ずっと。

 厳格な親の影響──ではなく。完全なる自分の意思で。

 

 それは。

 自分の意思で。自分が判断した道を──進みたいと、そう思ったから。

 

 今。

 日浦茜はその岐路に立っている。

 

 親のいう事。

 自分のやりたいこと。

 

 その分岐点に。

 

 だから──中途半端ではなく、感情に訴えるんじゃなく、現実に即したきちんとした手法をとってほしくて、最初に厳しい事を言ったのであって。

 日浦茜自身の意思は──とても、素晴らしいものだと思っている。

 それは染井だけでなく、加山もだ。

 

 彼はリスクを背負って両親から分離するリスクを負うよりもまず、感情に訴えればいいと言った。

 そこは彼の優しさであり、甘さでもあると思う。

 両親を失ったからこそ、出来るならば「両親と共に暮らしながら」「日浦茜がボーダーに通える」方法を諦めきれなったのだ。

 

 でも。

 染井華は違う。

 

 自分の意思を押し通すのならば──それは一種の自立であると。そう思うのだ。

 

「どんな決断をしても....私も加山君も、日浦さんの事は応援する」

 

 そう染井華は言う。

 こんな事言うキャラじゃない、というのも理解している。

 でも、決めたのだ。

 言うべきことは、言うと。

 

 ──それは染井華が決めたことだから。

 

「....ありがとうございます!」

 

 その言葉に。

 日浦茜も──大きく頷いた。

 

「不肖、日浦茜! ──明日もまた、頑張ってきます!」

 




その後普通にお喋りして仲良くなった
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