彼方のボーダーライン 作:丸米
その後の顛末であるが。
「.....茜ちゃん、大丈夫かしら」
「うん...」
那須隊作戦室内(那須邸)では、沈黙が続いていた。
この日──日浦茜とその家族との二度目の家族会議であった。
茜は一度家出を行い、その際に自分なりの結論をまとめたという。
「──茜ちゃんからだ」
響く携帯の着信音に、那須玲は急ぎ手に取る。
「うん。うん──うん!」
声からは。
明らかな喜色の兆しが垣間見える。
「皆!」
そして。
「茜ちゃん──来年以降も、ボーダーに残るって!」
きゃー、と両手を上げて喜ぶ那須の身体にガッツポーズを上げた熊谷が抱き着いていた。
日浦は「残る」ことを決めた。
両親は引っ越し。
日浦は寮に行く。
現在住んでいる家は引き払い、家族とは一旦別れる形となった。
月々の学費と生活費は仕送りすることが決められ、日浦は急遽ボーダー提携校に入学することとなるという。
「条件は、学業との両立。日々の生活をしっかりこなすこと。そして──」
Vサインをニコニコと突き出しながら、日浦茜は言う。
「──ちゃんと、生きる事」
ニコニコと。
そう日浦茜は言った。
「うん....」
「そして。──それだけボーダーにこだわりがあるなら、上にも行けって。そうも言われました」
その最後の言葉に。
一つ、那須隊は頷いた。
「うん。──なら」
「目指そう。──ここの皆で。上位入りを」
※
「....そっか。そりゃよかったっす。ボーダー残れるんすね」
日浦茜の報告は加山の耳にも届いていた。
はぁー、と一つ息を吐きだしていた。
「そりゃよかった。──おう。また相手する時があれば、変わらず全力で叩き潰したります。だから、はやく那須隊の皆に早く伝えましょうぜ」
ボーダーの休憩室。
その中で加山は通話をしていた。
「──はい。それじゃあ」
通話を切り。
加山は──今度は送られてきたメールに頭を抱えていた。
「いや....マジで...」
加山雄吾。
今週の日曜。意図せず出かけることになったわけであるが。
外行の服装が何一つない男であった.....。
──加山雄吾。
これまでの人生、女友達どころか男友達と出かけたことがない男であった.....。
さあ。
この場で、即座に人に頼ろうとするのは悪い癖であろう。
そもそも誰に頼るのだ。
自分のキャラクターは誰もが知るところ。
そんな自分が私服を買おうとしているとすれば、勘ぐられるに違いない。
自分が勘繰られる分には別にどうでもいい事であるが、今回は相手もある事だ。
「まあ、ここで意地を張るのも馬鹿らしいか」
今週は土曜の夜がランク戦だ。
作戦会議も含めて、昼までは余裕がある。
午前中に、ファッション誌に載っている服装の一式を揃えて、後はコートでも羽織っておけば別段文句を言われることもなかろう。相手はあの染井だ。服装どうこうでうるさく言うタイプではない事は重々理解できている。
と、いう訳で。
防衛任務を終え、寮に帰る前に一度警戒区域から出てコンビニに向かい、ファッション誌を一つ手に取る。
それをかごに入れた、その瞬間──。
がし、と。
両肩が掴まれていた。
振り返る。
「や、加山」
「....」
背後に。
迅悠一がいた。
「何故ここに?」
「いい未来が見えたから」
きらーん、と擬音でもつけたいほどにむかつく爽やかな笑みを浮かべて。
自称実力派エリートはそこにいた。
雑誌を加山の手から奪い迅が購入し、そしてにやけ面と共に戻ってくる。
何でだろう。
とても殴りたい。
※
その後。
丁度近くにあった定食屋にて迅と加山は食事をする事となった。
「....で。どこまで未来を知っているんですか」
「いやぁ。染井ちゃんとすれ違ったのよ」
「はぁ。で?」
「いつかはっきりとは解らないけど、お出かけするんだろう?」
「そうみたいですねぇ」
「みたいですね、って....」
「実感湧かないんですわ。唐突も唐突」
「で。ロクな私服がないからとりあえずファッション誌に手を出しましたー。デートの前日にそのまんま揃えていくつもりだ、と」
「イエス。餅は餅屋。ファッションはファッション誌」
「その割り切りは流石だが、お前その調子だと一生モテないぞ」
「でしょうねぇ。これまで俺がモテる努力をしてきた瞬間を見たことがありますか」
「ないな」
「それが答えですわな。──あ、俺この納豆定食のごはん少な目で」
「そっちはモーニング用のメニューだ、加山。もっと欲張れ」
「だって。迅さんに奢られるとか後々怖いですし」
「あっはっは。この実力派エリートがその程度で貸しなんていわないさ。すきに頼め」
「それじゃあこの煮魚定食で....」
普段魚は高いし手間だし。こういう機会でもなければ食べれそうにないので、このチョイス。
「いいじゃん。加山。青春してるじゃん」
「青春.....。青春かなぁ、これ」
「男女のお出かけの為に服をどうするのかを悩むなんて、青春と言わずに何という。季節も、もうじき春だ」
「春ですねぇ」
「.....高校、行くことになっただろ」
「なりましたねぇ」
人生、中々思うようにいかないようだ。
他者の掌の上でころころ転がされている。
「結局の所さ、お前は甘いんだよ」
「うぐ....」
「自分の事は心の底からどうでもいいんだろうけど。自分を気にかけてくれる他人に関してはどうでもいいとは思えない。そりゃそうだ。そこをどうでもいい、って思う人間はお前みたいな生き方はしない。お前は他人に甘い」
「.....迅さんに言われると腹が立ちますね。加古さんにも同じようなこと言われましたけど」
「まあでもその甘さは生きていくために重要だぞ。他人を受け入れられない奴は、間違えた時に誰も手を貸してくれない」
「....」
他人に甘い。
それは、この前染井華にも言われた。
「まあ、お前の人生が中々上手くいっているようで嬉しいという事を伝えてだな。──さて。ここからが本題だ」
「早く本題を伝えてくださいよ全く。嫌味だけ言うために金まで払うくらいに迅さんが性格が悪かったのかと思ってしまいそうになっちまいそうだった」
「──第3ラウンドが終わった後。お前にはちょっと上層部の所まで来てもらいたい」
「そりゃ、何でですか?」
「──うちで保護している捕虜に関して、今度聞き取りを行う」
「....」
成程、と加山は呟いた。
「エネドラから受け継いだ情報と照らし合わせを行うってことですかね」
「多分。あいつは何も喋らない。──捕虜の名前はヒュース。エネドラの知識の中にあるか?」
「ヒュース、ね。──ありますね」
「お前には、その知識を使っての交渉を頼みたいって事らしい。──何とか情報を引き出すためにな」
ふぅん、と加山は呟く。
ヒュース。
エネドラの記憶の中に、結構な頻度で出てくる人間だ。
曰く「エリン家の犬っころ」「黒トリガーも使っていないくせに偉そうに指図するクソ野郎」
──「見捨てられることも理解していない愚かな奴」
「──成程」
エリン家、というキーワードから。
ヒュースという男の置かれた状況が如実に理解できた。
「──飼い主の、ピンチね」
「どうした、加山」
「いえ。──あ、煮魚来ましたね」
なんとまあ哀れな男だ。
飼い主を犠牲にする計画が国家ぐるみで行われて。
その為忠犬をまず外に捨てた。
──まだまだ記憶の深堀が足りていないな。少し整理をしていこう。
「.....なあ、加山」
「うん?」
「一応聞いておきたいんだが.....どうやってヒュースから情報を聞き出すつもりなのかな?」
その質問を投げかけたその瞬間。
じぃっと、加山は迅の目を直視した。
見つめる事、数秒。
──少しだけ、迅の表情が苦し気に歪んだのを、加山は見た。
「.....やっぱり、ですね。迅さんはどうも、ヒュースに肩入れをしているらしい」
加山は。
あえて、可能性を見せた。
自分が交渉の際にやろうとしている事の中での、最悪の一部を。
「いや。俺個人の感覚としてはですね。エネドラなんかよりもよっぽど理解できるし好感の持てる奴ですよヒュースは。記憶をちょっと覗くだけでもそう思えますよ。実直真面目で優秀。非の打ちどころのない人間だ──でも」
加山は煮魚を一つ口に運ぶ。
「あれだけのことをしでかして──何のリターンもなしにおとなしく祖国に帰す事なんて、俺は許さない。祖国への忠誠心も捨てず、されど罰が与えられることもなく、情報の一つも渡さずに、のうのうと生きているそいつに、俺はあまりにも虫唾が走る」
「....だろうな。お前は、そういうやつだ」
「俺は近界民は嫌いじゃないっすよ。──でも近界に与する奴は敵です。だから、なんとしても奴を”協力者”にする」
空閑遊真と、ヒュースは違う。
遊真は最初からこちらに敵意なんてなかった。ただ交渉をしたかっただけだ。協力の意思も初期から持っていた。
だが、ヒュースは違う。
奴は近界に故郷を持ち、その忠誠心を持ち続けている。奴は今でもアフトクラトルの軍人なのだ。
「.....迅さんは、ヒュースをどう利用するつもりなんですか?」
「.....ヒュースは、後々必ず必要になる」
「なら。何がどうなって、どういう風に必要になるのか。俺にその全てを話すことが出来ますか? それなら、俺は迅さんのいう事に従います」
「....」
困ったように笑って。
迅は沈黙を続けていた。
──ああ。
──ここだ、と加山は思った。
迅の最終目標と。
加山の最終目標は違う。
ヒュースは──迅の目的には必要なのだろう。その為に、今の扱いが妥当として判断している。
だが。加山の目的とは、相いれない。
だから。
迅は加山の問いに答えられない。
「なら。──俺はやりたいようにやります」
──迅は敵ではない。
──だがここに至っては、迅のいう事に従う訳にはいかない。
そう加山は判断した。
「....煮魚、冷めるぞ」
「はい。はやく食べます。──しかし。お魚は美味しいですね」
あらゆる手段を用いて。
──俺は、俺の役割を全うしよう。
※
「──明日、鈴鳴第一と荒船隊の三つ巴戦だが。全員、記録は見てきたな?」
「ッス!」
「よろしい。今回、荒船隊がマップ選択権を持つが。──何処を選ぶと思う」
「普通に考えれば市街地Cなんでしょうけどね....」
前回のランク戦で弓場隊も選んだこのマップ。
マップ上方から下方にかけての急勾配が非常に特徴的なマップで、総じて狙撃手にとって非常に有利なマップとして機能している。それ故に、荒船隊もここを選んでくる可能性が高い。
ただ。
前回弓場隊は市街地Cでの戦いをある程度見せている。
「正直、俺達は市街地Cは特段怖くない。──障害物のない中央の通路にエスクード張って、そこから上に向かって行けばいいだけだから」
市街地Cでの戦い方の解答を、弓場隊は持っている。
「荒船隊は、荒船さん除いて狙撃手しかいませんからね。固まって動けば特段怖くない」
エスクードでの射線切り。
ビーコンを使っての攪乱。
これらを混ぜ合わせていけば、加山を起点に荒船隊の攻略は可能であると。
「....と、なれば荒船隊は別の手段を講じてくる可能性もあるってことだな」
「それか。市街地Cで確実に俺を仕留める策を持ってくるかですね」
提示された戦術を打倒できる方策をとるか。
別のマップを選択するか。
それとも──気候条件を思い切り変えてくるか。
「他にも、狙撃手が好みそうなマップも視野に入れておきましょう」
「.....荒船隊かぁ。単純にカウンタースナイプが即座にやってくるから、狙撃手としてはやりにくいんだよなぁ」
「ですねぇ」
外岡のボヤキに、加山は一つ頷く。
狙撃手の強みは、相手から届かない射程から一方的に撃てる事だ。
ただ──その範囲に届く駒が三人もいるとなれば、一人撃ったら即座にその位置が共有され、他の狙撃手から撃たれてしまう。
一人分の狙撃ならば、カバーが利きやすいが。それが二人、三人となると射線を切るだけでも相当な労力が強いられる。
「荒船隊は、最初に鈴鳴にちょっかい出してもらうのが理想ですね。別役とかいう先輩が脳死で手ぇ出してくれないかなー」
「は、はは...」
加山の発言に帯島が愛想笑いを浮かべる。
少なからず感情がにじみ出てしまった。いけないいけない。
「鈴鳴の対策なんですが──」
こうして。
作戦会議は進んでいく。