彼方のボーダーライン 作:丸米
この手記は20XX年XX月時点におけるボーダーという組織体に対しての分析と加山雄吾自身の所感を記したものである。
本項における主題は、
①攻撃手、射手、銃手、狙撃手 の戦闘プロセスの中での役割と発展性
とする。ある程度の考えが纏まったので、ここに記す。
ボーダーの基本的なポジションは以上四種であり、それぞれが明確な役割をもっている。
ざっくりと分類するなら、
攻撃手は、『とどめ』担当
射手・銃手は、『質量』担当
狙撃手は、『遠隔』担当
と役割化されているように思う。
射手・銃手はその手数と制圧機能を持って敵勢の追い込みをかける。狙撃手はロングレンジからの射撃により相手を仕留め、もしくはその脅威を以て敵勢の動きに制限をかける。
攻撃手は、トリオン体という性質が無ければまず発生しないポジションであろう。
トリオン体は、四肢のどれかが千切れようが戦いを続行できる。痛覚もない(トリオンを血液と見るならば、出血死はあるが)。
生身で行われる戦争と比して、兵一人一人の戦闘継続要件が高い。
手足が千切れたり、腹部を撃たれたりしようものなら、通常は戦闘の続行は不可能だ。
だがトリオン体ならばそれができる。
「身体の何処かに当たれば兵が戦闘の続行が困難になる・戦線復帰の為の治療に負荷がかかる」戦場ではなく。
「心臓もしくは脳を撃たなければ兵が戦い続けられる」という特殊な戦場であるのだ。
更に言えば、弾丸を自身の身体と弾丸の間に自由に生成できるシールドの存在もあり、ますます射撃による戦闘継続要件の奪取が困難な状況となっている。
その為に生まれたポジションが、攻撃手であると考える。
これもトリオンを武器とする際の特徴であるのだが、トリオンは自己発電エネルギーである関係上「質量を増やせば増やすほど分散する」性質がある。
故に、質量で押すタイプの射手・銃手はその分一発にかけるトリオン量が分散していく。更に弾丸を「飛ばす」事にもトリオンを必要とするためその分威力も減る。それら全部を一点に収束させられるのが攻撃手であり、特に弧月を扱う攻撃手に関しては防御が非常に困難である。
それ故に、基本的に編隊上の基本戦術は「射手・銃手の質量で敵勢に対しレンジ上での優勢を取り、攻撃手が近づく為の援護を行う」という形が主流であろう。
その主流戦術に狙撃手が入れば、「狙撃手が相手の動きを大きく制限した上で射手・銃手の質量で敵勢に対しレンジ上での優勢を取り、攻撃手が近づく為の援護を行う」という形にも出来るし、「射手・銃手の質量で敵勢に対しレンジ上での優勢を取り、攻撃手が敵の防御を崩し、狙撃手が仕留めさせる」形にも出来る。
トリオンの出力が個々の兵員に依存している現在、その出力を一点に集めていく方向での進化を遂げてきたのだろう。より遠くから、より広範囲に及ぶように進化してきた通常兵器の進化の流れとはまた違った方向性だ。
その上で、各ポジションにおける発展性を記す。
攻撃手:基本的に「弾丸が飛び交う戦場で相手に近付き仕留める」というどだい無茶な役割を担わされている人間なので、発展性に関しては個人の技量・才覚による部分が大きいように思える。ただ、三輪・香取両隊長のような射撃も可能な万能手であったり、風間隊のように隠密主体のスタイルもあり、射撃との併用・オプショントリガーの充実によって発展の可能性は十分にあるポジションである。
射手・銃手:こちらは圧倒的にトリオンの出力に関して改善されればされる程に強力になるポジションであると感じる。特に銃手に関しては、弾丸一発を撃つ事に関するコストの改善が見込めればより強力なポジションになりうる。ここに関しては個人の技量の増進も重要であるが、技術の発展が進めば進むほどに強力になりうる存在であるように思える。
狙撃手:こちらに関しては、隠蔽技術・逃走技術による発展性が高い。現在でも威力・射程・射速それぞれ重視した狙撃銃トリガーが開発されており、攻撃そのものに関してはかなり現時点でも多様であるように思える。だが、現時点で狙撃手のほとんどがトリガーの枠を空けている状況があり、バッグワーム以外の隠蔽用トリガーの開発が望まれる。
また、以下はボーダー隊員に対する指導環境についての所感を軽く記す
C級からB級に上がってからの今までを振り返ると、あまり良好と言えないのが正直なところだ。
人員が足りてないのは重々に承知であるが、流石に自身が持っている武器の性能・特徴といった基本事項まで他者からの情報伝達によって知らねばならないのは酷であろう。
当然、自身で思考する必要性や重要性は言うまでもないことであるが、トリオン体という今までの規格と全く異なる体とトリガーというこれまた特殊な兵装を与えるにあたって基幹となる情報すら自身で抑えていかなければならないとなると、対人関係の有無によって選別されていく事すらありえる。
コミュニケーション能力が低くとも、確かな才能を持っている隊員もいるであろう。優秀な人員を効率よく拾い上げられる環境を整えることが出来れば、より効率的なボーダーの運営が可能となるであろうから。
まあ、要するに。
C級時代にメテオラが一番強いと俺に嘘を教えた奴。面貸せ。その舌の根ごとメテオラ口に詰め込んでぶっ飛ばしてやる。
※
俺は、器だ。
生きる目的だけを詰め込んだ、器。
近界を滅ぼす。
滅ぼさなければならない。
そうでなければ、俺があの時に生き残った意味がない。
親父は病院で寝たきりであった。
どうせ起きた所で裁判に引っ張り出されて犯罪者の烙印を押されるを待つだけの身。
息子を助ける為の代償に自身の全てを投げ出した哀れな男。
その哀れな男に、俺はずっと寄り添っていた。
だって。この哀れさの代償に生き永らえた命なのだから。
自身の信念を身内の為にドブに捨てた男と。
ドブに捨てられた命を糧に生き残った男と。
二人は誰もいない病室の中。
ただそこにいた。
静寂の中にも、音はある。
当然その音にも色が内在する。
静寂を縁取るような風の音。開け放たれた窓からカーテンがふわり舞い上がる音。
そして。
時々聞こえる、懺悔の声。
柔らかな色が、一瞬で黒色に塗りつぶされる。
そんな、色。
――ごめんな。ごめんな。俺は君を助けられない。
――俺は、俺は、あの子を――。
親父のうわごとの内容が、聞くごとに理解できる。
血まみれで倒れる女の人と、それを抱え泣きじゃくる少年がいて。
奪った医療道具を抱えたまま、親父はそれを見て見ぬふりをして走り去り、俺を助けたらしい。
俺の命は、親父にとって最も重い天秤だった。
俺は吊り上がった命の上に、ここに在る。
意味を。
意味を、見出さなくてはならない。
俺が生き残った意味は何なのか。
俺がここで生き残ったことで何を為さなければならないのか。
考えろ。
俺の為に積み上がった命に、どんな価値を提示すればいいのか。
考えろ。
お前は。
誰かを、何かを、憎むことなど許されない。
そんな我儘な感情は、のうのうと生き延びたお前には許されない。
そういう存在だ。
お前の父親は、お前の為に信念を曲げた。
ならば。
俺もまた信念を持たなければならない。
ならば。
俺は憎しみじゃなく。
信念で動かなければならない。
――近界民が憎くないの?
そう加古望に問われた時。
本当に、近界民そのものに憎しみなんて感じなかった。
そんなもの、どうでもよかった。
表面上綺麗ごとを言った。
自分は副作用で排斥されていたから、近界民というレッテルで憎むことが出来ないと。
まあ、そういう側面もある。
その事自体は嘘じゃない。
でも。
本質は違う。
俺は。
ただ、責任を取りたいんだ。
生き残った責任。
俺の為に死んでいった人に。
俺の為に死んでいった人の大切な人に。
俺は生き残って、こんな事が出来たんだと。
俺が生き残ったおかげで、貴方たちの死は無駄じゃなったんだと。
俺が生き残って――近界を滅ぼすことが出来て、皆が平和に暮らせる世の中になったんだよと。
親父のあんな、あんな。
惨めな最期。
警官としての信念も曲げ、目の前の命を見殺しにしてまで息子を優先した生き恥を塗りたくったような人生にも。
意味は、あったんだって。
そう俺が、俺自身が、信じていたいんだ。
あんな事件があっても、近界という脅威はそこにある。あり続ける。門を開いて化け物を送り込み、日常を破壊していく。人は死ぬ。悲劇は繰り返す。俺のような誰かが、俺の為に死んでいった人のような誰かが、無造作に生み出されていく。憎しみの中に囚われて息も出来ない人間の山が。ただ幸せに生きたかった人たちの残骸が。
だから。
だから。
俺は進み続ける。
どんな手段を用いたって構わない。
死んだって構いやしない。
俺が生きてきた証が、そっくりそのまま俺の為に死んでいった人の証になる。
だから小さくてもいい。少しでもいい。俺が生きた証を刻まなければならない。
だから。
俺は、近界を滅ぼす。
そこに生きる人間一人一人に特別な恨みはない。
そもそも俺に恨むような権利があるとも思えない。
きっと俺と同じように息をして生きている人たちもいるんだろう。
幸せな家庭を築いている人たちもいるんだろう。
そこですくすくと育っている子供だっているのかもしれないなぁ。
でも、関係ない。
死ね。
お前らの幸せが俺達の犠牲の上に成り立つというなら。
お前らが、死ね。
それが、俺の、俺なりの道理だ。
その為だったら――この命なんざ、要らない。
お前らの命が全部死に絶えて、お前らの脅威が全部無くなるのならば。
喜んで俺はお前らにとっての厄災になってやる。
それが。
それが、俺が――ここで生き残った理由だ。