彼方のボーダーライン 作:丸米
「みなさんこんにちは。B級ランク戦、中位夜の部。実況はこの私、三上歌歩が務めさせていただきます。本日の解説は──」
ショートカットの女性が、一つ挨拶すると同時。
実況席の右手側二人もまた、声を上げる。
「A級冬島隊、当真だ」
「どうもこんにちは。B級玉狛第二の空閑遊真です。よろしく」
「以上三名で実況・解説を行います。よろしくお願いします」
ざわ、と。
観客席が──解説の紹介と共に慌ただしくなった。
「ざわめきが起こってるな。流石は玉狛じゃねーか」
「ん? おれ、何かやったっけ?」
「そりゃお前、あれだけ暴れまわったその日のうちに解説にくるもんだから。驚かれるにきまってるだろ。どうして来たんだ」
「おれの師匠から命令を受けた。泣きながら」
「ああ、小南か。──そうか。あいつ散々加山に弄られてたもんな」
「そうそう。あとはまあ、おれも一度こういう場で弓場隊を見てみたいと思ってたから。いい機会だ」
玉狛第二。
本日昼の部のランク戦において一挙8得点を稼ぎ、上位進出をほぼ決めた部隊である。
マップ全体にエスクードを行き渡らせた上での、解説席に座るこの空閑遊真による暗殺戦術で中位戦を蹂躙したその様は、観覧するC級隊員に大きな印象を残したであろう。
「──今回、マップ選択権のある荒船隊が選んだのは市街地C。こちらの選択について、狙撃手の観点からどうでしょう、当真さん」
荒船隊が選んだのは、前回のラウンドで弓場隊が選択していたのと同じ、市街地Cだ。
「普通にいいと思うぜ。荒船隊は狙撃手しかいねぇ部隊だ。急勾配のマップはやりやすいだろ。──とはいえ、これだけだと弓場隊の対策になっているかと言えばノーだ」
「うん。おれもそう思う。このマップは、弓場隊にとっても得意なフィールドだ」
前回、天候を「暴風雨」にし、急勾配を生かした水責めを敢行した弓場隊。
遠距離戦で優位を取れる荒船隊と、中距離戦で優位を取れる弓場隊。
今回のマップ選択では──自分の部隊の強化には大いに役立つであろうが、弓場隊の弱体化は出来ていない。
結局弓場隊の誰かが上を取れば、一気に荒船隊は不利になる。
「まあその辺りはおいおい見ていくとして。──逆境に立っているのは鈴鳴だろうな、やっぱり」
「鈴鳴の構成は、ほぼほぼウチと同じだね」
「だな。攻撃手でエースの村上。銃手の来馬先輩。狙撃手の太一。──まあ厳しい事を言わせてもらえば、狙撃手の太一に関しては他の狙撃手の駒より数段落ちる。あいつが真っ先に上を取れたとしても、ちょい頼りない」
当真勇。
彼は──現ボーダーにおいてトップのポイントを持つ狙撃手である。
感覚派であり実に適当なスタンスの彼であるが──それでも彼の狙撃手を見る「目」は確かなものがある。
「とはいえ。おれ、むらかみ先輩の記録見たけど。あの人も割と狙撃手にとっていやな攻撃手だと思うな」
「だねぇ。経験則で狙撃は看破されるし防御能力も高い。とはいえ、この急勾配のマップは、攻撃手にとって鬼門だ。鈴鳴がどう対処するかも見物だな」
「成程。──それでは、あと僅かで転送が開始されます。試合の様子を見ていきましょう」
※
「市街地Cですって」
「まあ、妥当と言えば妥当だな。──妥当故に、何かありそうだ」
市街地Cは前回のランク戦で弓場隊も選択しているマップである。
特殊環境を整えた上での戦いとはいえ。このマップに関してはかなり研究を行った。特に不利になる要素は無いように思える。
「.....あ」
わかった、と加山は呟いた。
「ヘイ、皆」
加山はパンパンと手をたたく。
「あん? どうした」
それにいの一番に反応したのは、弓場であった。
「これ、俺の予想なんですけど」
加山は、はっきりと、こう言った。
「荒船隊。絶対に天候を”雪”に設定します。賭けてもいい」
※
「さあ、これより転送が開始されます」
各部隊が、それぞれの作戦室より転送される。
そこには──。
「これは──気候条件を雪にしてきました」
三上は、冷静にそのマップ状況を見ていた。
「成程な。──単純に雪マップで相手の移動力に弱体化を入れる感じか」
当真は、そう呟いた。
「中距離に秀でた部隊を相手にするから。荒船隊としては相手が射程外にいる間に仕留めたい。なら、足を止める要因増やして相手が射程外にいる時間を長引かせよう、って寸法だ」
「マップを見ると.....ほうほう。荒船隊のはんざき先輩が上を取っていますな」
「半崎かー。──この盤面の中じゃあ、狙撃技術自体は一番高い奴が上を取ったな。他のメンバーを見てみるか」
上層に転送されたのは。
半崎、弓場、村上、別役。
下層に転送されたのは。
加山、帯島、外岡、来馬、荒船、穂刈。
「マップ転送地点だけで言うなら、鈴鳴が有利かな。狙撃手とエースが一緒に上にいる。銃手の隊長を援護しながら上に引き上げる動きが出来る。──お、でも弓場隊動き出しが速いね。予想してたのかな?」
「そして、下に弓場隊が固まってら。──弓場さんは滅茶苦茶強力な駒だけど、この状況で下の奴を上に押し上げる動きは出来ないからなー。結構この先の動きが楽しみだ」
※
「大当たり、と。──どうせ移動を封じてくると思ってたんですよ。弓場さーん」
加山雄吾はこの状況が一瞬で浮かび上がった。
荒船隊は、雪を選択して来ると。
単純に相手の動きに制限をかけ、狙撃が一方的に通る状況を整えてくるだろう、と。
狙いは当たった。
当たったが故に、相手がやろうとしていることは大まかには理解できていた。
「おう」
「すみませんが暫くは隠れといてください。──大まかな動きとしては、下で揺さぶって上の駒の居所と正体を炙り出しをするんで、炙られた所にタマぶち込んでください」
「炙り出し?」
「うっす。──取り敢えずさっさと上にいる狙撃手ぶっ殺しとかないと」
加山はダミービーコンをセットしながら、一つ息を吐く。
「上にいるからって、そうそう簡単に狩らせてたまるか。──こちとら嫌がらせのプロじゃ」
※
「俺だけが上ですか。ダルっ」
マップ選択をした荒船隊は。
上層に転送されたのは、半崎一人。
「──半崎。周囲で誰か見えるか?」
隊長の荒船の通信が聞こえる。
「反応がある中ではっきり見えるのは、西側二百メートル先の村上先輩だけっすね。バリバリこっち側の狙撃警戒しているので狙えないっす」
村上は転送された瞬間より、バッグワームをつけることなく周囲を見渡し索敵を行っていた。
狙撃は喰らわないという確固たる自信があるのだろう。
「──げ」
「来たな」
レーダー上。
下層マップの東側から。
夥しいほどのダミー反応が、波打つように増えていく。
上層から下層へ繋がる射線をエスクードが塞いでいく。
特に上層と下層を結ぶ二車線の道路に関してはかなり念入りにエスクードを並び立て、上層からの視界の妨害を仕掛けていく。
「まあ、これが加山の戦い方だ。落ち着いて対処していくぞ。──恐らくアイツはこちらの位置を探ってきている。釣りに引っ掛かるなよ」
荒船と加山は、年は離れているものの親友同士だ。
それ故に、互いが考えていることはよく理解できている。
荒船は上層への迎えるルートを探りながら、ビーコンの増え方をチェックしていく。
こういう場面において、ある程度動きを止めて他の事に意識を向けられるのも、狙撃手の強みだ。
ビーコンは撒く作業と、それにスイッチを入れる作業が別である。
それ故にある程度ビーコンを広範囲に撒いてから、時間差でスイッチを入れるのが基本となる。ビーコンの位置から、使用者が割り出されないように。
だが。
「....加賀美。ここのビーコン反応にマーキングを頼む」
その中で荒船は。
あくまで、上層へと至るルートに目星をつけ、そのルート上で狙撃が通る射線上にマーカーをつけていく。
「東地区にエスクードを張っているってことは。ありゃブラフだな。あの壁を隠れ蓑に、西側に向かって行ってる」
加山の一連の行動を見てみると。
①東区画の射線をエスクードで丁寧に封じ、
②東も西もその双方にダミービーコンを発動させている
東西両方に移動しながら、エスクードを敷いたのは東側。
西側はダミービーコンを撒いているだけで終わっている。
東区画から西へ向かい、そこから上層へと向かうつもりだろうか──と。そう思考が向かいやすくなる
エスクードが張られておらず、だがビーコン反応で意識が持っていかれる西側の区画。
ここで更なる仕掛けを行うのだろうと、荒船は考えていた。
「──半崎。ここから加山の姿が見えても、絶対に撃つな。絶対にだ」
荒船は加山の意図をある程度看破し、
半崎にそう伝えていた。
※
「──うひゃあ。反応がいっぱいだ」
別役太一はチカチカするレーダーに目を回しながら、周囲を索敵する。
「お」
太一は上層マップの西側の建築物内から、イーグレットを構えていた。
東区画は射線が切れている。
ならばと、自らの正面に位置する西側の下層を見る。
新たに。
二つばかりダミー反応が増える。
下層にある家屋の物陰と、その隣家の中。
そちらに思わず索敵をかけると。
──お。
思わず、いるじゃん、と呟いた。
「──見つけた、加山を見つけたっす」
加山は、その反応から二十メートルほど離れた地点。ダミービーコン地帯に紛れ、太一の視界の中にいた。
「──って。あの位置やべぇじゃん!」
加山の位置は。
鈴鳴で唯一下層に転送された来馬の位置と重なっていた。
このままだと、加山と隊長が交戦する可能性がある。
「──撃ちます!」
イーグレットを構え、加山に照準を向ける。
ビーコン地帯の中で、更にビーコンを撒いている作業をしている加山に──イーグレットを放つ。
その弾丸は。
「ヘ」
至極当然のように。
シールドで防がれていた。
※
「──やっぱりなぁ、別役!」
バーカ。
バカバカバカバーカ!
引っ掛かったなぁ!
加山は煮え湯の記憶を腹の底に落とし込み、ゲラゲラ腹の底から笑っていた。
「こんな見え見えの射線上で! 俺が! ビーコンを撒くような愚か者だと! 思っていたのか別役ゥ!」
これは。
まんま、対太一用の罠であった。
①東側の射線を切る。
②東西にビーコンを撒く。
この行動の裏には、当然。
西側の射線を埋めていない。何故?
という疑問があって当然なのだ。
加山は、上層で索敵を行っている弓場の報告から、村上の位置情報を握っていた。
その動きに着眼していると、西側に向かっていた。
この動きの意図を、加山はこう捉えていた。
①上層にいる狙撃手の炙り出し
②西側の下層からやってくる味方の合流、もしくは援護。
この時点で、加山の作戦は決まっていた。
西側にいる仲間が気にかかる故に、鈴鳴は必ず西の下層に意識を向けるはずだ、と。
東側の射線を塞いで、西側を空けていれば、当然そちらに意識を割かざるを得ない。更にダミービーコンもうじゃうじゃ発生している状況なら猶更。ビーコン地帯から下の仲間が急襲される可能性が存分にあるから。
そこに、ビーコンを撒いている加山の姿があれば。
当然──鈴鳴の狙撃手であるならば撃ってくるであろう、という確信があった。
それが上層であろうと下層であろうと。
上層の「西」で援護の準備をしているか。
もし太一が下層にいるなら、合流する為に村上と同じ進行方向に向かうはずだ。──なぜなら「東」は封じていて、鈴鳴は隊長との合流を最優先にする部隊だから。西に向かって合流する形をとるしかない。西に向かっているなら、下層であれ加山の姿は視認しているはずだ。
その双方にわざと射線を空け。
加山はシールドを張る準備をしていた。
結果。西の上から、弾丸が降ってきた。
──まず一人目の位置の炙り出しに成功。
「荒船隊も引っ掛かってくんねーかな、って期待はしてたんすけどねぇ。さすがに荒船さんはそこまで甘くはねぇか。まあ、いいや。──弓場さん待たせましたね。上と下で連携して別役先輩やっちゃいましょう」
まだまだ。
試合は始まったばかりだ。
──仕掛けは、まだまだ続いていく。