彼方のボーダーライン 作:丸米
「──申し訳ないッス。落とされました」
「大丈夫大丈夫。今回に関しちゃサポート入れられなかった俺が悪い。半崎先輩がヤバすぎた」
帯島が落ちたが、外岡が半崎を落とした。
これで、隊長の荒船だけが下層に残されたことになった。
「これで、上の狙撃手は全員片付けられたな。──外岡先輩。東側のエスクードどかしますんで、昇ってきてください」
加山は住居の屋根伝いに東側まで向かい、東側の通路を塞いでいたエスクードを仕舞う。
下層の東側で狙撃位置を確保していた外岡は、そこから上に登っていく。
「さあ。あと下にいるのは貴方だけですよ、荒船先輩」
仕舞った後。
再び姿を消した荒船。
その周辺区画に。
加山は変わらずメテオラを展開し、波状攻撃を開始していた。
「とはいえ。後から隊長と合流して村上先輩とやり合わなきゃいけないですし。あんまり時間はかけられないっすね。ほらほら、吹き飛べ」
上層からの空爆を行使しつつ、加山は弓場との合流を目指し動いていく。
残る敵は、荒船、村上、来馬。
あ、あと別役もいたな。そういえば。まあ、アレももう風前の灯だろう。
「村上先輩と来馬先輩の組み合わせは、ある程度対策は出来ている。──ちゃちゃっと片付けましょうか」
※
────────────余談のようなもの──────────────―
「ひぇぇ。ハウンドこええ」
別役太一は。
逃げていた。
彼独自の逃げ方で。
四足を地面に這わせて、指先の力でしゃかしゃか逃げる方法で。
それはまさしく四足千切れたクモのような移動法にも見せるし、二足千切れたゴキブリのようにも見える。
人の視界というのは、自らの足元を見るに辺り角度を変える必要があり、ましてやランク戦の最中とあれば建物の上や彼方からの狙撃、曲がり角からの急襲など意識の配分は上に向かいやすい。
視界を欺き逃走をするという一点において、彼のその逃げ方はあまりにも合理的かつ適切である。ましてや彼は狙撃手。近づかれる事=死であり、見つからぬよう可能な限り敵の視野を欺かんとする行動をとることは基本中の基本であり、視界の外に逃れることは至極当然の行いともいえる。
かの、最初の狙撃手、東春秋とて、自らが逃亡を行う際には障害物を利用して自らの姿を隠すという基本行動の積み重ねを行使している。ならば人の視界に映りにくい場所=足元に自らの身体を這わせるという行為は、まさしく逃走において基本的な動作であろう。世の中には匍匐前進という技巧もある。彼はそれを木々も草むらもない場所で行使しているにすぎない。非常に鮮やかかつ斬新で誰も試したことのない動きであろう。
更に彼は二本の腕と足を動かすに辺り更に高度な行動を積み重ねている。彼はその動作を行う際に蛇行さえも行えるのだ。右に。左に。ただでさえ指先という力を籠めるにはあまりにも頼りない力を駆使して尚彼は蛇行を行う。
ここはランク戦の現場。いわば戦場である。いついかなる状況が舞い降りてくるかもわからない。狙撃手の弾丸が自らに向かってくるかもしれない。流れ弾が降り落ちてくるかもしれない。メテオラで吹っ飛ばされた建造物が自分の頭上に落ちてくるかもしれない。直進の動きだけでなく左右の動きも混ぜ合わせることによりそう言った諸々の不幸が自分に降りかかる確率を少しでも下げることが可能だ。更に気候は雪。自らの姿も、降り積もる雪が覆い隠してくれる。何と素晴らしい事か。
その、あまりにも間抜け、奇怪、──他人から見たら馬鹿にしているのかと激高すら覚えそうなその行動にも、別役太一なりの思惑と、合理性と、正しさが同居している。一刻も早く逃げねばならない狙撃手という身分で移動スピードが極端に落ちるという欠点にさえ目を瞑れば、誰よりも何よりも合理的な論理が、別役太一式移動法(仮)には通る。
それを行使していた。
ハウンドの雨が降り落ち、自身の居所が把握されているという状況。いつ刺客が襲い掛かってくるとも解らない現状。
その中。
彼は必死にしゃかしゃか逃げる。
逃げる。
しゃかしゃかと。
しゃかしゃかと。
狭い路地の中。
「へ」
靴が見えた。
曲がり角から。
その靴は自分の眼前で爪先に変わる。
見上げる。
「.....」
そこにはメガネが光に反射し瞳が覆い隠され、何処か殺し屋めいた剣呑な姿に見えなくもない、弓場拓磨の姿。
「.....」
「.....」
リボルバーをホルスターから取り出し、
脳天に向ける。
「ぷぎゅう!!」
銃声と共に。
そんな声が、路地に響き渡っていた──。
※
「──別役隊員がここで弓場隊長に撃破され、弓場隊が3ポイントを獲得となりました」
「おもしれー戦いだな」
「だね」
両解説員共に、にやにやと笑みを浮かべてその様子を見ていた。
「この勝負、加山と弓場さんの転送位置が逆だったら、弓場隊はもっと楽だっただろうな」
「だね」
当真のその言葉に、遊真もまた頷く。
「とうま先輩に聞きたいんだけど、ああいう、エスクードで射線を切る行動を取られたら、狙撃手はどうするの?」
「仮に俺が荒船隊なら、二方向で挟み込むか、一人が狙撃で居所を縛らせてから移動してズドン、かね。──とはいえ荒船隊はちと加山と相性が悪い」
「なんで?」
「誰もアイビスを持っていねーから。エスクードを破壊する手段がない。さりとて加山が作ったバリケード地帯から追い出すための中距離手段もない。──今回、図抜けた技術を持つ半崎が上を取っていたから狙撃が通った、てだけで。普通ならあれで狙撃はもうどうしようもない。加山自身の警戒力がめちゃ高いだけにな」
加山自身が、
自分の居所を通る射線と、それを塞ぐための手段も、自分を隠蔽できる技術も知っている故に。
狙撃を通すに辺り、射線が通る場所に加山が来るのを待つ、という戦法ではなく。
射線が通る場所に加山を追い込む、というアプローチが必要だった。
だが──それが出来る駒が荒船隊にはなかった。
「その手段の一つとして気候を雪にしたんだろうがな。──まあでも、最初の釣りに引っ掛からなかったのは流石だなとは思ったな。逆に太一が引っ掛かったおかげで鈴鳴は攻撃の機会を実質奪われた感じになっちまったな」
「でも、あの位置関係だと鈴鳴の隊長が撃たれるかも、って思うのも仕方がないとは思う。俺も近くにいるならカヤマの襲撃に向かう」
「そう。攻撃手が襲撃をかけるなら特に問題なかったんだよあの状況。あの時、加山が位置を晒した時に襲撃をかけるべきは西に移動していた村上だった。でも、それだと時間がかかりすぎる」
気候は”雪”
そして荒船隊の居所がまだ割れていない状況下。
村上の移動速度は落ちているし、レイガストの軌道を用いれば狙撃のいい餌となる。
恐らく加山はそこまで読んだ上で、自分の位置を晒したのだ。
村上は襲い掛からない。
この状況を止めようとするのは、狙撃手。
それも、来馬の安全確保を最優先に動く──鈴鳴の狙撃手であろう、と。
「上にいる半崎の居場所は、割れると最優先に狩られるから序盤は釣りを警戒して中々使えない。半崎はめちゃスキルが高い分、釣りに乗せられやすい。そうこうしているうちに下の狙撃手は加山の動きに対応する中で上に行く機会が奪われた。──で、上にいった加山の爆撃で位置を炙り出されて穂刈が緊急脱出。襲撃に来た帯島は返り討ちにできたが、まだ下にいるまま。結構追い詰められている」
「でも粘ってる」
荒船は。
爆撃が来ることを予見していたのか。住居の壁を背に、時に匍匐でその位置を徹底して秘匿しながら爆撃をジッと耐え忍んでいる。
「加山は何処かのタイミングで弓場さんと組んで、村上と来馬さんと連携して戦わなきゃならんからな。そこを荒船も解っている。何処かでこの空爆が止むことは解り切ってる。だから我慢の時だ」
「なるほど....」
当真の言葉に、遊真は頷く。
「さて。──そろそろ弓場さんと加山が合流するな。どういう決着になるのか、見ていこうかね」
※
「──来馬先輩。無事でしたか」
「な、何とかね....」
来馬は、上にいた村上の忠告を聞き、暫く身を潜めていた。
下から加山が突き上げに来ている状況と、荒船隊の位置が解らない状況。
それ故に、せめて加山か、荒船隊か。どちらかの所在が割れるまでは孤立状態は避けるべきであろうと。
その間に村上と太一が西側に向かい、迎えに行き、援護しながら来馬を迎える──という作戦内容であった。
しかし。
その動きは加山に看破され、逆に利用され太一の居所を割られた。
「こっちはまだ得点は無し。──ここから、点を取っていこう」
「了解です」
村上は、隊長の言葉に一つ頷く。
──ずびばぜ~ん
そんな通信と共に。
空を飛ぶ一陣の光が見えた。
「.....太一の犠牲も無駄には出来ません。やりましょう」
「.....だね」
両者は合流し、そのまま上へと向かって行った。
※
「流石に無得点のまま我慢大会することは無いでしょうから。ここで待ちましょう」
「おう、了解」
加山と弓場は。
外岡の狙撃ポイントが確定した後、周囲をエスクードで塗り固めた路地で”待ち”の構えを取っていた。
現在鈴鳴第一は無得点。
結局下の爆撃で荒船を仕留め損ねた事もあり、横槍が来る可能性も考慮し。こちらから急襲するのではなく、周囲をエスクードのバリケードで塗り固めた狭い路地で戦う事を決めた。
住居に囲まれ。
上を見上げても住居。下を向けても崖下に螺旋状の道路と住居。
崖の幾つかにエスクードを生やし、足場を確保。その下にある道路はエスクードで封鎖。突撃銃が通りにくいように路地もエスクードで幾つか分断。その他諸々仕掛けもゴロゴロ。
対村上用に考案した加山スペシャル。
全霊を以て、村上・来馬にぶつける。
下からの狙撃を排除し。
こちらがコントロール可能なバリケードで塗り固めた区画。
「先手先手でやっていかないと。──ランク戦ってのは点取り合戦だ」
両者とも笑みを浮かべつつ。
加山と弓場はエスクードの裏でレーダーの様子を見ていた。