彼方のボーダーライン 作:丸米
「試合終了。弓場隊が生存点含め7点を獲得しトップで終わりました。それでは、解説のお二方、総評をお願いします」
「いやー。色々と面白い試合だったな。終盤、荒船が引っ掻き回したが、そこまでの弓場隊の動きは常に先手を打っていた。大したもんだ」
「面白かったー」
ランク戦を終え、実況ブース。
解説陣二人による総評の時間が、始まっていた。
「まあ全体的に。安定していたのが弓場隊。運がなかったのが荒船隊。色々翻弄されていたのが鈴鳴。こんな感じかな」
「ですねぇ」
「相槌打つのも飽きてきたろ? 好きに喋っていいぜ」
「了解」
好きに喋ってもいい、という当真の言葉に遊真は一つ頷き、話し始めた。
「おれは攻撃手だから。どうしてもその目線で話しちゃうけど。──鈴鳴はもっと点を取れたかな、って思う。今回無得点で終わっちゃったけど」
「今回鈴鳴は、攻撃らしい攻撃が終盤までなかった印象があります」
「終盤。カヤマとゆばさんに囲まれながら、あれだけ粘れるのはむらかみ先輩だけだと思う。おれでも、連携した二人には反撃できずに終わった。──鈴鳴は何としても、合流する前にカヤマか、ゆばさんをむらかみ先輩にぶつける必要があって、そのチャンスは何度かあったと思う」
「チャンス、というのはどの辺りでしょう?」
「序盤。カヤマは東側の道を封鎖して西側に来ていた。必ずカヤマは西側から上に行く必要があったから、あの場面、カヤマはわざわざ自分の位置を晒して鈴鳴の狙撃手を炙り出していた。──むらかみ先輩が西側の通路で”待つ”方法を取れば、カヤマと戦う事が出来ていたと思う」
東を封鎖し、西を空ける。
この状況を作り出せば、下にいる戦力が上に上がるルートが削られ、上にいる人間が下から上がろうとする戦力を削ろうと西に寄っていく。
あの時、狙撃手の半崎と弓場を除き上にいたのは鈴鳴の二人。
よって、実質、この加山の動きは鈴鳴の戦力を西に動かすためのものだった。
そして太一の居所を割らせ、その援護に村上は行かざるを得なくなり。
加山が上に向かう隙を作り出してしまった。
「そう。あの時ヘマした太一を見捨てる作戦を鈴鳴が取れていれば、加山は村上に仕留められたかもしれねぇ。まあ、その動きを見せたら間違いなく加山は逃げ出すだろうが。それでも加山を上にやる、という事態は避けられた。──まあでも。その動きが出来ないってのを看破していたからあの動きを選択したんだと思うぜ」
「ふむん。──出来ない」
「そう。出来ない。鈴鳴第一ってのは、そういう部隊だからよ」
太一の居所を釣りだし、村上に援護にいかせる。
爆撃を開始し、来馬を援護にいかせる。
仲間の危機を煽り、加山は鈴鳴の駒を動かし続けた。
それが効果的で、その動きに逆らえないことを確信していたから。
「仮に鈴鳴がそういう部隊じゃなかったら、また別の戦術を使っただろうさ」
村上鋼という男は。
B級屈指に潰しがきく駒だ。
攻撃手・銃手や射手・狙撃手、どの駒にぶつけても勝ち筋が期待できる。
それ故に、部隊が後手後手に回ると、その後処理に奔走しなければならない駒でもある。
それ故に、加山は村上を動かし続け、最終局面でしっかり準備が整った状態以外での村上との交戦を徹底して避ける立ち回りを続けていた。
「そして、荒船隊。こいつらは初期位置で荒船・穂刈が下にいたのが痛かったな。加山が東の出入り口を封鎖しちまったから、西側を回らざるを得なかった分、機動力の低い狙撃手部隊の二人は結局上に上ることが出来なかった。仮にもう一人上にいることが出来たら、また違った展開になっていただろうな。──そういう意味じゃあ、荒船は今回引っ掻き回し役としちゃあ満点だ」
序盤で猛攻を受けながらも。
帯島の襲撃を切り抜け、爆撃も生き残り、終盤の村上・来馬戦に狙撃で場をかき乱した荒船の動き。点に惜しくも繋がらなかったが、それでも執念を感じられるものであった。
「加山と荒船は、それぞれ互いに動きを読み合っていた感じだったな。加山は荒船隊の射線を先回りして潰し、荒船は加山の戦術を読み切ってしぶとく生き残ってた。──まああいつ等仲いいからな」
「仲いいんだ」
「おう」
うーん、と遊真は呟く。
「今回、──やっぱりゆばさん強いな、っていうのが凄く印象に残ったね」
「まああの人はつええよ」
「むらかみ先輩の旋空の見切りが、本当に完璧だった。カヤマの援護があったにせよ、無傷であの猛攻を捌き切ったのは本当に凄い」
弓場は、今回の試合で鈴鳴の三人全てを葬っている。
対村上での立ち回りは実にシンプル。
旋空の射程範囲外に常に自分の足場を置き、弾丸を放つ。
シンプルなようだが──レイガストによる急発進とボーダー最高クラスの防御・対応能力を持つ村上相手にである。
「まあ。ここまで弓場隊は本当に順調に進んできたが。次からは上位戦だからな。どうなるのやら」
「そっか。もう順位が確定したのか」
「──弓場隊は6位にランク入りし、無事上位進出を決めました」
「まあ、ここからだな。──上位まで行けば、戦術だけじゃどうにもならない場面も出てくるだろう。その時にどう対応するかが鍵だろうな」
※
「──無事、上位進出が決まったッス!」
「はぁ~。ようやくか~」
嬉し気に声を張り上げる帯島に反して。
加山は作戦室のソファにもたれかかり、ぐたぁ~としていた。
最終戦。めまぐるしい展開と、その展開を一つ読み違えれば確実な死がやってくる事実の前に。
加山は大いに疲弊していた。
「ここで疲れてちゃどうにもならねぇぜ加山ァ。俺達にして見りゃ、ようやく上位に戻れたにすぎん。ま、ここからだな。──まあ、でもめでたい事は確かだ。何か皆で食いに行くか?」
「あー。すみません、隊長。俺本部に呼び出されているので。──皆でやっておいてください」
「おう、そうか。──じゃあ日を改めるか。ちなみに、何で呼び出されてんの?」
「うーん。一言でいうなら──」
加山は疲れた表情を何も変えることなく。
「近界民の、尋問ですね」
※
「──本国に関するいかなる質問も、俺は回答しない」
さて。
上層部のお部屋の中──フードを被った端正な顔立ちの男、ヒュースが、そうキッパリとした態度で答えていた。
上層部の面々に合わせ。
部屋には玉狛の男二人(修・遊真)と風間隊の菊地原がそこにいた。
──三雲君がそこにいる理由は解らんけど。嘘つき判定機の空閑君と心音判定機の菊地原先輩がいるってことは、まあそういうことだろうな。
加山はそそくさと空閑の隣に行く。
「や、空閑君」
「ん。久しぶりカヤマ」
互いに、小声で話し合う。
「──お願いしてもいい?」
「何?」
「これから──あの近界民が言う言葉が嘘かどうか。俺に教えてほしい」
「ん。それ位なら別にいいよ」
よし、と加山は心中呟く。
まずは──エネドラの中にある人物像と実際の人物像が重なるかどうかのチェックだ。
それから。
鬼怒田が拷問を匂わせる発言をする。
そんなもの覚悟の上だ、とヒュースが答える。
「──嘘じゃないね。本当に覚悟している」
「成程ね」
さあて。
鬼怒田の発言の後。
本来ならば、──穏健派の忍田がここで何かしらのフォローをするのであろうが。
そこは。
──事前に加山が止めていた。
覚悟も決まっている。
本国への忠誠心は消えていない。
まだ。
ヒュースは「アフトクラトルの優秀な軍人」だ。
さて。
ここからが──出番だ。
「──は。犬っころが大したもんだな。ここにきてまでまーだ奴等を庇うか」
そして。
加山は──ここ数日ずっと練習していた”声”を上げる。
エネドラの声「色」に近い声を。
「......!」
かつて。
聞くたびに虫唾が走ったその声に──ヒュースの表情が、僅かに変わる。
「どう? 似てた? ──エネドラにさ」
わざと、ケタケタ笑ってそう加山は言った。
エネドラ、というワードに──ヒュースは眉をひそめた。
「....何故貴様らがエネドラを知っている!?」
「だって。お前らエネドラ捨てるつもりだったみたいじゃん。角のせいで使い物にならなくなったからこっちにポイする予定だったんでしょ? おいおい玄界は廃棄物処理場か。まあお望みの通り、エネドラをこっちでとっ捕まえた」
できるだけ。
嫌味な声色を演出する。
この言葉の真実味を、出来るだけ持たせる。
「それで。──拷問されて情報を吐いてそんで死んだ」
さあ。
ここから──俺は嘘つきになる。
※
「......」
そう。
エネドラの扱いも、その末路も。知っている人間はごく一部だ。
そして加山の中には、エネドラの記憶がある。
このエネドラの情報は何処から出てきたか?
エネドラ本人から聞き出した、というのが――一番真実味がある答えになるだろう。
──まず狙いとして。
──ボーダーは普通に拷問やるし人殺しも辞さない組織だという印象を、ヒュースに根付かせる事。
覚悟もしているのだろうが。
それでも。──危機感は頭の中に発生するはずだ。
「──それがどうした」
「そうだよねぇ。拷問しようが怖くないもんねー。まあ、後々全身を刺身にされるのを楽しみにしててよ。ま、苦しんで死ぬか情報吐いて楽に死ぬかのどっちかだろうけど」
「....」
「....」
ニコニコ。
笑む。
笑みを、どうにか張り付ける。
──駄目だね。まだ心音は変わらない。
菊地原からの通信が入る。
大丈夫。
こいつの忠誠心が折れない、という事はもう解り切っている。
忠誠心を折るのではない。
利用するのだ。
「で。──可哀そうにねぇ、ヒュース君。あ、君あれなんだってね」
ここだ。
恐らくここで──心音は飛躍的に変わるはずだ。
「エリン家、って所の出身だって?」
菊地原の表情が。
少しだけ驚きの色を見せる。
「とっても優しい人達みたいだね。君みたいなどこぞの骨かも解らない犬っころを家族みたいに大事に育てて。こんなエリートになるまで育てたんだから。あー。なんて素晴らしい人たちだ」
「....」
「でも可哀そうに。──お前は、本当のご主人のピンチの時に、もう向かう事は出来ない」
「.....なに?」
よし。
食いついてきた。
「──何で君が捨てられたか。俺は全部知っている。金の雛鳥──雨取千佳の奪取が失敗したら。マザートリガーの生贄は、じゃあ誰が代わりにやるのかな?」
「.....まさか」
「そう。そのまさか。──お前の飼い主だよ。ヒュース」
笑う。
笑え。
「お前のような犬っころが、
雨取千佳が確保できなかった場合。
──その代わりを、アフトクラトル内から探し出すことになる。
「お前はここからもう出られることは無く。そしてお前のご主人は死ぬ。お前の目の届かない所で。──無様な結末でこのお話は終わり。ちゃんちゃん」
さて。
ヒュースの心理を察するに。
──ここで。”自分は死んではならない”という意識が生まれるはずだ。
自分の為だったならヒュースは拷問だろうが処刑だろうが静かに受け入れるだろう。
だが。
ここで自分が死ねば、それすなわち自らの家族であり、忠誠を誓う相手の死とほぼ同義。
”何としても死んではならない”
ならば。
拷問の果てに死ぬことも許されない。
この心理状態に、今陥っているはずだ。
死なせないでくれ、と思うだろう。
その為の対価も、払うつもりになるだろう。
拷問も死も。エネドラの存在が頭にちらついて真実味が出てくるはずだ。エネドラが知っている情報が今ここにあるのは、本当は黒トリガーのおかげであるが。その正答にヒュースが行き着くはずもない。
──さあ、どう出る。ヒュース。
必死に笑みを取り繕いながら、加山はヒュースに迫る。
その時、だった。
「──ヒュース」
遊真の言葉が、
響いた。
「──カヤマは、嘘つきだ」
と。