彼方のボーダーライン   作:丸米

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開かれる感情、戸惑い

加山雄吾がヒュースに言っている言葉は、どれもこれも嘘ばかりだ。

 

 エネドラが拷問の末殺された、というのも嘘。

 そしてこれからヒュースを拷問し、殺害する、というのも嘘。

 

 全てが嘘。

 空閑が言ったことは、つまりはそういう事。

 加山の言っていることは嘘であるという事実の喧伝。

 

 ──見誤ったか、と加山は思った。

 

 空閑遊真という人物のパーソナルを。

 

 彼は傭兵で、戦場を住処としていた人間だ。

 情報を得るために拷問することも。

 そう嘯きながら騙して情報を取ろうとすることも。

 

 それを特別に不愉快と感じる人間ではないだろうと。そう思っていた。

 

「....何を、言ってる」

「本当は。拷問する気も、殺す気もない。──嘘をついている」

 

 この遊真の横槍に驚いているのは、何も加山ばかりではない。忍田や鬼怒田、菊地原までも大きく表情を変えていた。変わらないのは城戸司令だけだ。

 

「.....」

 

 しかし。

 

 この場面において。

 上層部の人間が、この空閑の行動を非難できるか、といえば。できない。

 加山がやろうとしていたのは、要するにヒュースというこちらの常識を知らない人間に対して行った状況を誤認させた上での詐欺行為だ。

 ”ここでは拷問もやるぞ”

 ”お前を殺すつもりもあるぞ”

 

 出来もしないことを出来るように見せかけて、ヒュースの精神を追い詰め情報を引き出す。

 一般倫理から考えれば、最低な行為だ。

 

 ボーダーは少年兵を使用する民間組織だ。

 

 ヒュースに人権などありはしない。

 近界民だから。

 別にここでむごたらしく殺したところで、法に反するわけでもない。

 だが。

 そもそも市民の安全の為、という題目で集められた組織の中で人権があろうがなかろうが、殺人がおおっぴらに行われていいわけがない。そう言いつつ遠回しな脅迫を突きつける加山の行為を止める空閑の行動を咎めるわけにはいかない。──遊真は、今となってはボーダーの隊員だ。その横暴を止める権利が存在している。

 

 それでも。

 ヒュースの心を折り、協力者とするにはこの方法しかないと加山は思った。そして上層部に頼み込んだのだ。──自分が尋問を始めたら、口を挟まないでくれ、と。

 

 その結果が、こうなった。

 

「.....空閑君」

「なに?」

「一つ聞きたい。──空閑君は俺の嘘を止めるべきだと思ったから、そうした?」

「いいや。──拷問も脅しも騙すのも、おれは幾らでも見てきた。ヒュースを捕らえたのはアンタらだ。当然なにしたってアンタらの自由だと、そう思っている」

「じゃあ、何でだ?」

「でも。──おれは、ボーダー隊員であるよりも前に、玉狛第二の隊員で」

 

 若干。

 申し訳なさげな笑みを浮かべて──空閑は続ける。

 

「──オサムの部下なんだ」

 

 と。

 

 その言葉のまま。

 加山は──三雲修を見る。

 彼は冷や汗をかきながら。

 それでもはっきりと、言葉を紡ぐ。

 

「──空閑に指示を出したのは僕です」

 

 と。

 

 

 ──迅悠一にとって。

 

 ──加山雄吾は、自らの無力さの象徴だった。

 

 その上。

 三輪のように、近界民を、そして自分を──恨む事さえしてくれない。

 

 彼は他者を責めない。

 自分だけを責める。

 そういう在り方の人間なのだ。

 

 

 

 迅が尋問の手伝いを要請し、加山の目を見た瞬間。

 流れ込む可能性の数々。

 それは本当にすさまじい量の可能性の数だった。

 

 彼はあの時に、遠回しに迅を牽制していたのだ。

 あの会話の中。

 ヒュースという発言を聞いたその瞬間から。彼にとって尋問の絵図は決まっていたのだ。

 

 そして。

 ──迅が加山の尋問を妨害する未来の多くにおいて、彼はより苛烈な方法を取るという方法を取っていた。

 その中には、加山自身が上層部から何らかの処分を下される場面もあった。要は、本当に暴力行為まで含めた尋問を行おうとした可能性もあったのだ。ポイントの没収なんて軽いもので、最悪ボーダーを去る可能性すら垣間見えた。

 

 彼が敢えて、自らの視点を迅に見せたのは。

 迅が加山を止めようとする動きをするならば、より過激な方法を取る。だからすっこんでろ。──という。加山なりのメッセージだったのだ。

 

 そして何より恐ろしいのが。

 加山は本当にそれをやる覚悟があるという事だ。

 

 ──”迅が妨害すれば、より過激な方法を取るぞ”。

 

 そう思うだけでは、未来が見える迅にその思いの先まで見透かされる。

 実際にその手段を取ろうとして、結局我が身可愛さに手を引っ込めてしまう。そういう未来すらも見透かす可能性もあるから。

 

 だから。

 彼は──あの短いやり取りの中で、覚悟を決めていた。

 

 迅が妨害してきたら、必ずヒュースに害する行動を取る、と。たとえその結果としてボーダーから去る事となろうとも。──必ず覚悟した事を実行するのだと。その意思を纏め、加山は迅の目を見た。

 

 要するに、加山雄吾は。

 

 迅に牽制を入れる、というだけの目的の為に──自分の首を賭けたのだ。

 まさしく、命懸け。自らの全てを賭けた、全力の牽制球。お前が止めに入らば、自死するぞ──そういう牽制だった。

 

 仮に上層部に手を回して加山の策を潰せば。

 あの場に迅がいて、加山の動きを止めようとすれば。そういう迅の作為が加山に伝われば。──あの未来が実現する可能性があった。

 

 ある種の狂気だ。

 迅の未来視という、言ってしまえばまだ確定していない未来というあやふやな世界の中で──最悪の可能性を顕現させるだけの狂気的な意思と覚悟を提示したのだ。

 

 だから。

 迅悠一が直接動くわけにはいかなかった。

 加山の命懸けの牽制は、確かに迅悠一に届いた。それ故に、彼は動きが封じられたのだから。

 

 だから。

 

「──ヒュース、ですか」

「うん。──ウチで捕まえた、アフトクラトルの人型近界民」

 

 ──「迅は」動かない。

 迅は弓場隊のランク戦が終わったタイミングで、修に声をかけていた。

 

「今日遊真がヒュースの尋問に呼び出される。あいつの副作用を使うために。──そこに、ついていってもらいたい」

「.....僕が? あの、何でですか?」

「そして、出来る事なら。ヒュースを守ってもらいたい」

 

 迅は。

 未来を選別していた。

 

 何処まで加山が「迅の妨害」を察するのか。

 

 加山は聡い。

 そこに迅がいなくとも、周囲の人間の動きで彼の暗躍を察するだけの能力がある。

 

 そうなれば終わりだ。

 あくまで迅は動いてはならない。その動きが伝わってはいけない。

 

「何でですか」

「ごめんな。──色々と伝えたいことはあるんだけど、今は出来ない」

 

 未来の選別の中。

 上層部に加山の動きを先回りさせる動きをさせた場合。気づかれた。

 ヒュース自身に事前に情報を仕込む動きをした場合。気づかれた。

 菊地原への仕込みもまた、バレる。

 

 ──そして。仮に一日でも時間の猶予を与えた状態で修に話しても。これまた修の嘘をつけない真面目な性格が災いして気づかれる。真面目に対策をして、その対策に作為を察知し勘付かれる。

 

 だから。このタイミングだった。

 修が対策もしない。

 ただ、修が、純然たる修の意思で行動できる──ヒュースを送致する直前のタイミング。

 

 ここで迅は修に一つお願いをした。

 

「ただ。──ヒュースは、お前たちが遠征に行くにあたって必ず力になる。それは保証する」

 

 ここがギリギリの範囲だった。

 

「あくまで出来ればだ。──簡単なことだよ。お前がやるべきだと思ったことをやってくれ」

 

 後は賭けだ。

 修が──加山の行動を止める適切な方法が取れるかどうか。

 

 そこに賭けることにしたのだ。

 

 

 

 ──加山は止めなければいけない。

 

 その確信が迅にはある。

 それは近界を滅ぼす云々もそうであるが。

 

 何よりも。

 今加山が向かっている先には──彼自身への破滅の道しか広がっていない。その可能性しか存在しないことが迅の目にはっきり見えているからだ。

 

 

「.....」

 

 ああ、と加山は思った。

 

 違う。

 自分は、空閑遊真を見誤っていたわけではなかった。

 見誤っていたのは。

 この男だ。

 三雲修。

 

 そもそも。

 長年傭兵として日々を過ごしてきた空閑遊真が、何故三雲修を慕っているのか。

 思い出せ。

 空閑遊真と出会った時の、三雲修を。

 

 彼は常に──近界民である空閑遊真を庇っていた。

 あの時は、ただ一人の近界民でしかなかった彼を。

 加山雄吾は遊真の情報を手に入れる目的で、彼を保護するよう取り計らった。

 

 ならば。

 三雲修に、そんな意図が最初にあっただろうか。

 彼はその当時からボーダーで。そして彼の事を近界民だと理解していて。

 それでも。

 彼は純粋な善性から──遊真を庇っていた。

 

 遊真は嘘が解る。

 嘘が解る彼が、一番最初にコンタクトし、そしてずっと慕い続けている理由を考えたことがあるか? 

 あの記者会見で言い放った言葉にすら、きっと嘘はないのだ。

 

 やるべきだと思ったら。

 やる人間なのだ。

 

 三雲修という人間は。

 

 

「──今日はここまでにしよう」

 沈黙が続く室内で、城戸の声がしん、と響く。

 

 ヒュースの尋問は。

 結局──加山が何もかもが上手くいかず、何の成果もあげられず、終わっただけの結末に終わった。

 

 

「──おう、加山」

 

 帰り道。

 加山は荷物を取りに弓場隊の作戦室に赴いていた。

 

 そこには。

 弓場隊全員が勢ぞろいしていた。

 

「──あの、どうしたんですか?」

「飯。お前を待っていたんだよ」

「あの.....日を改めると」

「ランク戦の後に、尋問なんてただでさえ面倒くせぇ仕事したお前のお疲れ会でもある。──ほれ。さっさと荷物纏めてついてこい」

「お前、ちゃんと飯食っているのか怪しいからな。強制的に飯を詰める日を作ることにした。覚悟しろ」

「そうッス。──加山先輩が、一番頑張ってたんですから」

「今日くらい、羽を伸ばしてもバチは当たらないよ」

 

 理解している。

 この隊は本当に自分を気遣ってくれていて。

 心から労いの気持ちがあるのだと。

 

 でも。

 

「.....すみません」

 

 それでも。

 

「今日は.....ちょっと、洒落にならないくらい疲れてしまって....。今日だけ、一人にさせてください」

 

 それでも。

 そんな弱弱しい言葉を吐いてしまうほどに──加山は追い詰められていた。

 

 

「──今日はごめん。空閑」

 林道支部長が運転する車の中。

 修は空閑にそう謝意を示した。

 

「何を謝ってるんだオサム。──おれは隊長の指示に従っただけだ」

 

 修は、修なりに。

 迅が言っていたことを心に刻んでいた。

 

 尋問の為に呼び出された部屋の中。

 

 加山雄吾の姿を見かけた時──浮かんだのは、千佳が人を撃てない理由を問い質していた時の姿だった。

 あの時。

 加山は本気で千佳と向き合い、彼女の奥底にある理由を引き出すことに全力をかけていた。

 その全力さが千佳を追い詰めていく様を、間近で見ていた。

 

 ──あの全力を。近界民への尋問に向けられたらどうなるのか。

 

 想像もできない。

 

 だからこそ──修は事前に空閑に指示を出していた。

 

 加山の言動を注意して聞き、真偽を確かめてくれと。

 ヒュースの尋問に加山が嘘を用いるようなら。それを咎める形で加山を止めることが出来る。

 

 そして。

 実際に止めることに成功したのだ。

 

「....おれは、多分オサムが指示しなければ止めなかったと思う」

「うん。止める理由がないもんな」

「理由がないっていうのもそうだけど。──あの時のカヤマ、本当に必死だったから」

「....」

「嘘を吐くのに慣れている奴と、慣れていない奴っているんだ。加山から伝わる副作用の感じは慣れていない奴っぽかったのに。でも、完璧に演技をしていた。多分、本気で練習してきたんだろうな、っていうのが解った」

 

 遊真にとって。

 加山の嘘は、つまらないと断じれるものではなかった。

 

「....」

 

 ボーダーの為か。それとも自分の為か。嘘をつくことに慣れていない人間が、それでも執念で嘘を突き通す覚悟がある演技だった。

 

 その執念を。

 修は打ち壊した。

 

「....」

 同乗していたヒュースは。

 顔を背け、窓の外の光景をただ見ていた。

 

 

 ──加山は恩人だ。

 その恩人の執念を叩き壊したことに、やはり罪悪感は芽生える。

 

 ──それでも。

 ──遊真を助ける為。そして、失踪した千佳の兄、麟児を見つける為に。

 やるべき事ならば。

 やり通さなければいけないのだ。

 

 

 加山雄吾は。

 寮に帰り、一人床に転がった。

 

 

 ──何がいけなかったのか。

 

 策は成したように思えた。

 実際に、加山の捨て身の策によって迅の動きは止められていたように思えた。

 

 迅ではなく。

 別の人間──三雲修の手によって。

 加山の尋問は、叩き潰された。

 

「....」

 

 加山は。

 理性の人間だ。

 感情のまま動く、という行動を律し続けてきた人間で。

 それが続く中で、自分でさえもその感情の在処がふわふわと捉えきれなくなってきている。そんな人間だ。

 

 でも。

 それでも──加山の心の中に。自覚できる感情があった。

 

 憎悪。

 

 憎悪だった。

 

 かつて抱いたこともあったかもしれない。

 大規模侵攻の地獄に映した自分の感情。憎悪。

 それがいつしか。

 父によって哀れみに転嫁され。哀れみを向けられる対象が自分となって。そして代わりの家族から憎悪を向けられるようになって。

 

 いつしか、消えてしまった感情。

 それが。

 ここに来て、再浮上してきた。

 

「....」

 

 ボーダーに入って。

 人の温かさとか、優しさとか。

 成長して、変化していく人の尊さや素晴らしさとか。

 

 そういうものを感じるとき。

 自分の中にも、そういう色が入り込んでいく感じがしていて。

 

 自分を駆り立てていたものが。

 次第に色あせていくような感覚が、あったりもして。

 

 ──加古さん。

 ──貴方はこういっていましたね。俺が幸せになってもらわなければ許さない人がいるって。だから頑張れ、って。

 

 ──染井先輩。

 ──貴方は俺に変わってほしいと言っていましたね。だから頑張る、って。

 

 

 色々な人たちの素晴らしさを知って。

 少しずつその色も取り入れていって。

 

 ──憎悪なんて感情が湧き出るほどの、しみったれた人間性が浮かび上がってきて。

 

 何がショックだったと言えば。

 計画そのものが潰される事より。

 その瞬間に──ヒュースや、遊真や、修に、こんな感情を抱いてしまった自分という人間の浅ましさだ。

 

 何故。アフトクラトルの軍人であるヒュースを庇いたてるのか。

 軍人であることも捨てず。こちらの情報も渡さぬと断言し。されど罪に問われることもなく。そこに存在している、その男を。

 奴等は奴等の都合で、こちらに被害を出した。

 ならば──こちらもこちらの事情で奴等を利用するのも、また道理ではないのか。

 ふと、そんな感情が浮かび。

 そして今もくすぶり続けている。

 

 それらを見て見ぬふりをするには。

 加山は真面目過ぎた。

 

 ただただ、真面目過ぎた。それだけの話だ。

 

「.....」

 拳を振り上げ。

 床を叩いてみた。

 感情的に。八つ当たりに。子供のように。

 

「.....いて」

 

 ただ、痛いだけだった。




次話!!!!
デート編!!!
楽しみですね!!!
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