彼方のボーダーライン 作:丸米
染井華とのお出かけを終え。
その夜。
「....よし」
悩む。
悩んでいる。
何せ自分の感情の事だ。そしてあまりにも誠実な周囲の人たちの事だ。これまで加山が目を逸らし続けてきたものだ。悩みは尽きないし悩んでいるだけで解決できるものでもない。──それでも。
一つ、気持ちを切り替える。
──受け入れろ。
今までの自分ではない。
自分は変わってきている。
その事をまず受け止めろ。
変わるにせよ、以前に戻るにせよ。
変わってきているという事実をまず、受け止めなければいけない。
否応もなく、自分は不都合と向き合い続けなければいけない。
これまでも。
これからも。
それしかできない。
.....そして。
「──本格的に調査をしないとな」
加山は。
玉狛がヒュースをどう利用するつもりなのかを探ろうと考えていた。
あの時。
加山のヒュースへの尋問を三雲修が止めたあの場面。
感情ではなく、理屈として考えてみよう。
何故あの時加山の行動を玉狛が止めたのか。
──あの尋問は、加山にとって非常に重要作業だった。
エネドラの脳内にある情報の正確性の担保すると共に、エリン家というアフトクラトルの貴族一家についての情報を知るために。
特にエリン家に関しては──当主が生贄にされかけている状況であると共に、その家の兵士が非常に強い帰属意識を持っている。条件さえ噛み合えば、交渉相手ともなりえる相手だ。
特に。
まだ実物すら定かではない「マザートリガー」に関しての情報も。
近界という世界は。
トリオンを基幹として動いている。
豊穣なる土も、雨も、光も。
営みも、産業も、国家形成に必要な諸々も。
トリオンで形成されている。
そんな近界にとって、マザートリガーとは。
要は自家発熱作用を持たない太陽だ。
トリオンを生み出し世界に満たすために必要なトリガー。
されど自己でトリオンを生み出せず、その為薪が必要となる。
その薪として目をつけられたのが、雨取千佳で。
その回収に失敗した為に、目をつけられたのがエリン家。
貴族で、当事者。
ヒュースはその関係者。
ヒュースからエリン家に関しての、取れるだけの情報を引き出し。
その情報を更なる交渉の為のとっかかりとする。
加山の狙いは、そういう部分にあった。エリン家内部の情報は、エネドラの頭の中に全くない故にこちらで取っておきたかった。
さて。
尋問によって得られるメリットがこれらだ。
では。
ヒュースの尋問に成功した場合のデメリットを考えよう。
その場合。ヒュースから玄界への敵意を払拭することはできないだろう。
ここが結構なデメリットである事を加山は理解していた。
尋問が行われれば、ヒュースは情報源として非常に有用な人間にはなるが、ヒュースの協力はこの先得られなくなるだろう。
そのデメリットを恐らく玉狛は重視したのだろう、と。
しかし。
同時に思う。
──玉狛側に、ヒュースを協力させる算段がついているのだろうか、と。
玉狛は近界民融和派の人間の集まり。
近界民に対して偏見の目を持っていない、ある種の希少価値を持った隊員が集まっている。
それ故に、遊真を引き入れる際には大きな力になった。その部分において、加山は今も変わらず玉狛には感謝している。
しかし。
偏見の目を持たないからこそ、ヒュースの根底にある軍人の部分が本物であることが理解できるはずだ。
あの心の根っこの部分を取り払い──この先でヒュースの不興を買わずに協力させる方法があるのか。
「──ただ。俺のあの手段は、近界民と仲良くしようぜ派閥の玉狛にとってそれだけで止める理由にもなる」
あれは相手が敵であることが前提の策だ。
加山は現在のヒュースを敵とみなし、──つまりは手段を択ばなくてもいい相手として選定した。
あの反応を見る限り。
玉狛にとってヒュースは敵ではないのだろう。
「.....解らないな」
解らない。
今の時点で、玉狛の情報が足りない。
「──ならば」
ただ一つ言えることは。
玉狛はヒュースを使い、何かをしようとしているのだろうという事。
そこに関しては確定でいいだろう。
不興を買わせない理由は、ヒュースに何かしら協力してほしい事があったからだ。
「──まずはヒュースの調査だ」
現時点でのヒュースに関する情報。
近界側の記憶ではなく。
──こちら側の情報収集だ。
「ヒュースはヴィザと共にC級への襲撃に参加している。──まずはC級の連中に聞き込みを行わないとな」
ヒュースとヴィザが襲撃をかけた際。
C級は王子隊、香取隊が壁となってひたすらに本部方向に逃げていた。
あの時、C級は王子の指示でトリオン兵への対応に追われていた。
そしてヴィザは早々にその場を離れ、そしてヒュースは玉狛第一の部隊と交戦。
距離的にも、結構離れていた。
ただ目視は可能であったとは思う。遠目で姿を見ている可能性はあるが。
あの全身真っ黒の装束に更に角まで生やしているとあらば、あの顔面そのものを完璧に記憶に残っている可能性があるかと言うと──やはり低いというほかない。
「C級かぁ。──こういう時の為にテキスト配っててよかったよかった」
犯罪者の息子としてもっぱら有名な加山であるが、同時にトリガー用のテキスト配布を掛け合ったのも加山である。
何人か戦い方を指導した人間もおり、そこまで悪印象はないはずだ。
取り敢えず。
顔の覚えのいい人間から調査にあたり、加山に悪印象を持っている奴らにまで調査をしなければならないのなら、他の人間を立てよう。
「──別に玉狛に嫌がらせしたいわけじゃないんだけどな」
ただ。
ヒュースを玉狛がどう使うつもりかは解らないが。
加山にとって不都合な目的を行使する可能性も、やはり存在はするのだ。
その時に。
何の手札もないままでは困る。
ヒュースの情報を集め──来るかもしれない可能性に備えるのだ。
※
「──という訳で」
加山は。
ある男と共に食堂にいた。
「来てもらってありがとうございます」
「何やら楽し気な話が聞けると聞いてね。──久しぶりユーゴー。大規模侵攻以来かな?」
「ですねぇ。──お、先輩オムレツですか」
「そうだね。──おや。君は弁当か」
「うす」
「どれどれ。おお。具材だけはまともに揃えるようになったじゃないか。緑も白も茶色もある」
「そうなんですよ」
「でも全部茶色に染まっている」
肉も野菜もついでに米も。全部ぶち込んで醤油をぶっかけそして焦がした──加山特性(特性である)弁当がそこにある。
「醤油って焦げやすいんですね」
「そうだよ」
「今まで家に塩コショウと味の素しか調味料がなかったんですけど....これ位はいいだろうと思って買ったんですよ」
「ユーゴー」
「はい」
「料理を甘く見ていないかい?」
「甘くは見ていません。妥協しているだけです」
「──オムレツはおいしいなぁ」
「焦がし醤油も悪くないですよ」
さて、と王子が呟く。
「──人型近界民について知りたい、って事だったね」
「ですです。──あの時、王子先輩だけが大規模侵攻の最後まで生き残っていた」
王子は大規模侵攻における一級戦功者だ。
新型と人型近界民の襲撃の中、C級を指揮し、生き残らせた功績が認められてのことである。
「なので。──取り敢えず幾つか調査で挙がった部分をお話して。その上で王子先輩から話を聞いてみたかったんです」
ふんふむ、と王子は頷く。
「これ。弓場さんには伝えているのかな?」
「いいや。伝えていません」
「何故?」
「単純に隊長が相手した人型近界民が別だから、情報を共有してもいいのか迷ったのもあるんですけど。──あの人をこの手の裏方の仕事をもうさせたくないんですよね。一度それで迷惑をかけているので」
「....その気持ちは解るけど、じゃあ僕はいいのかな?」
「好きでしょう? この手のお話は」
「ま。──控え目に言って大好きだね。じゃあ聞かせてくれないか?」
了解です、と加山は呟き。
C級での聞き込みの結果を教えた。
「王子先輩の所に現れた人型近界民。──あの磁力を伴ったトリガーを使った人型近界民です。あいつの姿を覚えているか、という質問をC級の皆に投げかけたんですよね」
全員、とはいかないが。
それでも丸一日かけてロビーにいるC級に聞き込みを行った。
その結果。
「ほんっとうに少ないんですけど。──それでも僅かに、ヒュースを目撃している人がいるんですよね」
人型の近界民が自身に襲い掛かる、というシチュエーションは。
機械のような姿のトリオン兵ばかりを見てきたC級にはやはり衝撃だったのだと思う。
「特に、攻撃手の隊員に多かったですね。目撃していたの」
「あの時、銃手射手狙撃手は全員トリオン兵の迎撃にあたっていたからね。その分だけ、迎撃に参加できない攻撃手の子は周りを警戒していたからだろう」
「ああ、なるほど....」
確かに。
あの時迎撃にあたれない分、攻撃手はその分周囲を警戒していた事だろう。何せ対抗手段がなかったのだから。
「それで。ユーゴーは何のためにそんな調査を行って──僕にその情報をわざわざ伝えに来たのかな?」
「客観的な見方を知りたかったんです。──この状況の人型近界民を、玉狛はどう扱うのか、って部分を」
加山は。
どうしてもエネドラの記憶とあの時の尋問の記憶が邪魔して、色々と認識にフィルターがかかっている。そして、自分はそれほど視野が広い訳ではない。
「王子隊と香取隊は、人型近界民と交戦しています。そして、その一人を玉狛が捕えていることも知っています。──この捕虜を、仮に王子先輩が玉狛の立場に立つならばどう使うのかな、って」
この手の相談が出来るのは。
王子隊と香取隊。
そしておそらくヒュースの情報を知りえているであろう風間隊や東さん。
この中で。
加山は王子を相談相手として選んだ。
「王子先輩は、とにかくいい意味で中立なんですよね。偏見がない。変人ですけど」
「ありがとう」
「東さんは、あの立場だともう言葉を選ばなきゃいけないし。風間さんは──恐らく俺が探っている事実に何かしらの意図を感じ取ってそこを突いてくる。香取隊は、──多分客観的に見ろってのがそもそも無理かと」
「成程。そこで僕に白羽の矢が立ったわけだね」
「そういう訳ですね」
ふむん、と王子は呟く。
「さて。じゃあ....。ユーゴー。玉狛の中で、誰が一番近界民の捕虜を必要とすると思う? そこから考えようか」
「迅さんでしょうね」
そう答えると、王子は静かに頷いた。
「だろうね。──でもここで迅さんは除外しよう。あの人の視点は、個人よりももっと高い視点からのものだ。僕等ではとても想定できない」
「ですね。──となると」
「玉狛のスタンスから考えて、ヒュースを利用するにあたって必ず交渉という手続きを踏むと思うんだよね。交渉するにあたっては、利害の一致が必要不可欠だ」
「ですね」
利害の一致。
ヒュースにとっては──今すぐにでも近界に帰る手段を得ることが、利だ。
ならば玉狛はその利を叶えさせるために何をさせるだろうか?
「①情報を得る ②戦力として運用する 多分、これが捕虜の近界民が玉狛に渡せるものかな」
「①はそうでしょうね」
そして。
①の好機は玉狛に潰された。
ここで玉狛が独自に①をヒュースから得ようとするとは考えにくい。
「②は.....いや、無理でしょう」
「無理かな?」
「無理だと思いますね...」
本部が許すはずがない。
戦力として防衛任務に駆り出す代わりに近界に帰すなんて、甘い事を上の海千山千共がするわけがない。それは確実だ。リターンが少ない。少なすぎる。
「②を必要としている部隊が、丁度玉狛にあるじゃないか」
「へ?」
王子は。
オムレツを一つ口に運んで。
言った。
「玉狛第二だ。だって彼等は──遠征部隊を目指しているのだろう?戦力補充にはうってつけだ」
一瞬。
言っている意味が、あまり理解できなかった。