彼方のボーダーライン   作:丸米

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盤外の出来事②

「あの....それって、ランク戦に、捕虜を運用するという事ですか?」

「そうだ」

 

 王子一彰はオムレツを食べ終えて、茶を啜っていた。

 普段と変わらぬ姿、口調のまま。

 彼は言った。

 

「その可能性は十分にあると思う」

「いやいや...」

 

 仮に。

 仮に、だ。

 

 ヒュースをランク戦に参加させると仮定しよう。

 その為にはどれだけのハードルを越えなければならない。

 まず第一にヒュースは入隊しなければならない。

 

 はい。

 もうこの時点で詰みだ。

 

「無理でしょう」

「だろうね」

 

 王子はにべもなく、そう言い切った。

 

「今の時点では、という話だね。その捕虜か、もしくは玉狛側が何か上層部への交換条件を用意できるなら、可能性はある」

「.....まだ迅さんが玉狛第二に入る方が可能性があるでしょう」

「そうだね。──でも迅さんが玉狛第二に入ると思う?」

「ないでしょうね...」

「じゃあ。どうして僕がそんな突飛なことを言い出したのかを教えてあげよう」

 

 理由はただ一つだよ、と。

 やっぱり変わらない口調で。

 

「玉狛第二は戦力を拡充しなければ上位二位以内に入れない。それだけは確実だからだ」

「....強くなりましたけどね、玉狛」

「そう。強い。でもまだ足りない。──あの戦術は当然待ちに入れば強いけど。彼等は点を取らなければならない状況だ。微妙に戦術が噛み合っていない」

「...」

 

 そうだろう。

 今の玉狛第二は、上位でも十分に戦えるだけの戦術性は持ち合わせている。それは確かだろう。

 では。

 影浦隊に対応できるか? 

 二宮隊に勝てるか? 

 

 そう言うならば。

 否、としか言えない。

 

 ──遊真が落とされれば終わる。その弱点はまだ残ったままだ。

 

「仮に僕がオッサムの立場で、そして玉狛をA級に引き上げなければならない状況だったとするなら。──戦力の拡充か、それかどうにかアマトリチャーナが人を撃てるようにする事を検討するだろうね。このどちらかが達成できれば玉狛第二はAに行ける」

「...」

「そして僕はアマトリチャーナに対してオッサムが人を撃て、と言えるようになるとは到底思わない。多分オッサムは部隊を遠征に行かせる事とアマトリチャーナを天秤にかけるならアマトリチャーナを取ると思うよ。少なくとも、大規模侵攻時ではそう感じた。個人的に、僕はアマトリチャーナは撃てる側の人間だと思うけどね」

「あ、やっぱり王子先輩もそう思います?」

「ああ。──覚悟さえ決まれば撃てるよ。あの時は覚悟が決まっていたから撃てた。つまりは覚悟が足りないんだね」

「決まってくれないことを祈るほかないですね....」

 

 うん。

 人が撃てるようになった雨取千佳。

 

 いやそれはもう。

 無理。

 

「さて。話を戻そうか。オッサムはアマトリチャーナへの働きかけは出来ない。そうなると他の隊員を探すしかない訳だけど。──本部から玉狛に引っ張ってこれる人。いると思う? それも二宮隊、影浦隊に勝てるだけの戦力を」

「無理でしょうね」

「じゃあ玉狛内部でやるしかない。とはいえ、そうなると引き入れられそうなのは──」

「迅さんしかいない訳ですね...」

「迅さんを誘うくらいはするかもね。──で、迅さんがだめってなって。その後は? どうするんだろうね?」

 

 ああ、と思った。

 王子先輩はヒュースの加入が可能か不可能かの話をしていない。

 玉狛第二が取る手段として、これしかない、と言っているのだ。

 現在においては、不可能であると。

 そして。

 その不可能をひっくり返すように、玉狛が動く可能性がある事も。

 

「....交渉、か」

「ありえなくもないね。捕虜は近界の軍人なんだろう? だったら情報の提供を交換条件にする可能性もある」

「──そうですね」

 

 だが。

 ヒュースは本国への忠誠心はまだ捨てていない。

 と、なれば。ヒュース側からの情報提供は不可能という事になる。

 

「....」

 

 今度は。

 遠征について、もう少し調べてみよう。

 

 

 その頃。

 玉狛支部内。

 

 ヒュースへの尋問の顛末を、支部一同に報告がなされていた。

 

「....そうか」

 

 報告を聞き、木崎レイジは一つ目を瞑り、言葉を選んでいた。

 何と言葉をかけるべきであろうか。

 

「──加山には悪い事をしてしまったな」

「....」

 

 こちらの事情と都合で加山の尋問を邪魔し、そして止めてしまった。

 そればかりはどうしようもない事実だ。

 

 その一言を受け。

 共にロビーにいたヒュースは憮然としていた。

 ソファの上に座り、その隣でお子ちゃま(陽太郎)が何事かを言っている中。

 思考する。

 

「──俺を尋問したあの男は、どこからエネドラの情報を仕入れたのだろうか」

 

 ふと。

 そんな疑問を提示した。

 

「エネドラ.....確か、加山君が大規模侵攻の時に背負っていた近界民だったよね。そういえば、あの人はどうしたんだ...」

「本部の報告では、敵近界民が寝返りを恐れて殺害した、とあるが...」

「....ねえ、レプリカ」

 

 遊真は。

 自身の首元についていたレプリカを呼び出す。

 黒い炊飯器のようなそれが「何か用かな、ユーマ」と呟きながら、現れる。

 遊真は──取り敢えず、ヒュースには聞こえない程度の小声で、レプリカに話しかける。

 

「あの時....カヤマは黒トリガーを使っていたよね。その時に....角が二つあっただろ?」

「ああ。私もそう記憶している」

「あれって....形状的には、アフトクラトルの角と同じ形をしていたよね」

「ほとんど相違なかったな」

 

 あの時の加山の風体は。

 アフトクラトルの黒い外套を身に包み、そして──黒いトリガー角が頭部から生え出ていた。

 

「...ねぇ、ボス」

「なんだ、遊真?」

 遊真はロビーの奥で茶を入れていた林道支部長に、声をかける。

「前回の大規模侵攻で。敵から鹵獲できた黒トリガーってある?」

「ないな。報告にゃ上がっていない」

「カヤマはおれと同じように、戦功貰ったよね。その理由は何だっけ?」

「あー。待てよ。ちょい端末出すから。えーと....”二宮隊・風間隊と太刀川隊員と合同で敵黒トリガーの撃破に貢献云々。また東隊・東隊長と合同で敵トリガーの撃破云々。これらの戦績に応じ云々。こんな感じだな」

「カヤマが黒トリガーを使ったって書いてる?」

「書いてねぇな」

 

 遊真は、修を見る。

 

「おれと修が合流した時──確か二本角が生えている奴を背負いながら戦っていたよな。カヤマ」

「うん。僕も覚えている」

「....ヒュース。エネドラ、って奴は。黒くて長い髪の、黒いトリガー角を持っている奴の事だよね?」

 

 ヒュースはその問いかけに、一つ頷く。

 

「ああ」

 

 ヒュースは呟いた。

 

「──と、なると」

 

 エネドラは。

 恐らく、加山の目の前で死んだこととなる。

 

「加山はヒュースに対する処遇に関しては嘘をついていたけど。──ヒュースを脅すために提示した情報は嘘じゃなかった」

 

「....」

 

 その宣言を聞き。

 ヒュースは一つ目元を歪めていた。

 

「エネドラから情報を知った、というのも本当。エネドラが死んだのも本当。拷問して殺したのは嘘。──自発的にエネドラが加山に情報を渡したんだ」

 

 加山は無理矢理に口を割らせるような方法でエネドラから情報を引き出したわけではない。

 とはいえ。

 

「──でも。大規模侵攻内で、ヒュースに話したような情報を引き出せる余裕があったとも思わない」

 修は、そう呟く。

 

 加山は、トリガーを解いた瞬間には出血多量で気を失っていた。

 それだけの大怪我を負うほどの熾烈な戦場の最中にいたのだ、加山は。

 

「──侵攻でエネドラは死んでいる。そして加山はエネドラが持っている情報は知っている。けど、侵攻の中で情報を聞き出す余裕なんてない。なら、どうやって加山君はあの情報を手に入れたんだ...」

 

 ううむ、と一つ皆がうなる。

 

「──あの尋問。加山側に大きな謎が残ったな。ふむん...」

 

 レイジもまた首を傾げてそう言った。

 

 

「──オサム、と言ったか。一つ聞きたい」

 そして。

 ヒュースが、──修に声をかける。

 

「えっと....何かな?」

「何故。お前はあの時に俺を庇った?」

 

 あの尋問より数日が経ち。

 ヒュースはどうしても──自分の中で納得理由が探せなかった。

 何故。

 何故──この男は、自分を庇ったのだろうか、と。

 

 情報を与えていないのは、本部も玉狛も一緒。

 加山は手段はどうであれ、ボーダーの利となる行動をとってはいたのだ。

 それをわざわざ邪魔したのは、どういう理由があってのものか。

 

「言っておく。同情しようが、こちらを守った気になろうが、俺はお前たちに情報は渡さない.....!」

 

 穏健に済ませておけば、自分が情報を渡すつもりになるとでも思っているのだろうか。

 そんな事はあり得ない。

 敵国からの捕虜など。加山のように情報を封鎖して脅迫する手段で情報をもぎ取ろうとする方がよっぽど正しいやり方だ。

 

 その言葉を聞いて。

 修は冷や汗を少々掻きながら、それでも言う。

 

「僕が止めた理由は、幾つかある。事前に迅さんに言われた言葉がきっかけでもある。ヒュースに同情した、というのもあるかもしれない。....でも一番大きい理由は」

 

 修は。

 表情は多少動揺しながらも。

 それでも──言葉だけは、はっきりと告げた。

 

「あの時──加山君を止めなければ、取り返しがつかなくなる気がしたんだ。加山君自身が」

 

 あの時。

 止めるべきだと思ったのは。

 ヒュース、というよりも。

 加山だった。

 

「あの時。加山君の様子が、──大規模侵攻の時の千佳と同じような気がした。必死になってて。それでいて無理しているような」

 

 だからだ、と。

 修は言った。

 

 ──たとえ、加山自身がその正しさを確信していて。その正しさの為に自分を捨ててもいいとさえ思っていても。

 ──修は、あの時に加山自身を捨てるべきではない、と判断したのだ。

 

 そう判断したのなら。

 動くしかなかった。

 そうするしか、なかった。

 

 それが──三雲修、という人間だから。

 

 ヒュースは。

 遊真の様子を見る。

 

 ──遊真はまた、その言葉に一つ頷き、微笑んでいた。

 

「....」

 

 言葉の行き先を失ったヒュースは。

 ただ表情を歪め、顔を反らした。

 

 

 

 その時だった。

 

 

 支部のチャイムが鳴り響く。

 

「あ、僕が出ますね」

 

 いつものように丁度玄関側に突っ立っていた修は、そのままチャイムが鳴る玄関へと向かい。

 ガチャリ、と開く。

 

 そこには。

 

「やあ」

 

 小柄な男が、笑顔でそこにいた。

 

 それは──。

 

「加山君.....!?」

「やっほー。──丁度いい茶菓子がある。そしてみかんもある。全部人からのもらい物だ。という訳で」

 

 ニコリと微笑み。

 加山は呟く。

 

「お茶しようじゃないか」

 

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