彼方のボーダーライン 作:丸米
さあ。
ここで加山がわざわざ玉狛にやってきた理由を答えよ。
──加山にとっては、完全に尋問を邪魔された形になったわけで。
その直後に現れたとなれば、当然緊張も走る。
しかし、とうの加山は笑みを張り付け、そこに立っていた。
「──茶を入れよう。茶請けは何がいい?」
「お、選択肢があるんですか? なら小南先輩の好物で」
「.....了解。ならいい所のどら焼きにしよう」
支部のロビーで席に案内された加山は軽口をたたきながら、茶を飲んでいた。
.....そして、その視線の先にあるヒュースを見て、また笑っていた。
「それで。──今日来たのは、先日の尋問の件で?」
木崎がそう尋ねると
「察しがいいですね。そうです」
と。
変わらぬ笑みで、そう答えていた。
ふふん、と加山は笑う。
その姿を遊真はジッと見ていた。
「...」
演技だ。
この前のヒュースの前での振る舞いと同じ。加山は笑みを張り付け演技をしている。
いや。
演技というより、仮面。
もう完全に自分の外面に付着し、一体化してしまった代物。
加山は演技として、というより。最早仮面のように着脱が可能となるくらいには自然となった姿なのだろう。
「特に。今回は三雲修君に話を聞きたい」
「....はい」
「そして。──今回、互いに嘘は吐かない約束で話をしよう。という訳で、空閑君」
「ん」
「ここから始まるお話の中で──嘘があれば存分に指摘してくれ。出来る事なら、三雲君にも嘘があれば指摘してくれると嬉しい」
「解った」
加山は。
空閑遊真は──本質的に嘘が嫌いな人間なのだろう、という事を何となく理解できていた。
それ故に。
この場において彼が是とした事を、自ら翻すことはしない。
その確信があった。
「別段。俺は何も隠し事をするつもりもない。気になっているであろう、エネドラの情報についても気になるならば話す。──その分。出来るなら俺の質問にも答えてほしい」
ロビーの机を挟み。
加山と修が向かい合う。
「....俺からいいかな?」
加山は、一つ息を吐き、そう呟いた。
「....はい」
「これは純粋な疑問なんだけど──どうしてあの場面、俺を止めた?」
そう言うと。
加山はまだ言葉を続ける。
「そこの疑問が解けないと、俺は玉狛をどう思えばいいのか解らない。──ここだけは、真剣に話してほしい」
そう加山が尋ねると。
修は、答える。
「ヒュースの為、というのが一つ」
「お。まだ理由があるのか。是非とも聞かせてほしい」
「──加山君自身を止めなければいけない、と。そうするべきだと、僕が思ったから。それが、一番大きな理由だ」
その返答を聞くと。
加山はジッと遊真を見た。
そして、遊真は首を横に振る。
嘘は吐いていないらしい。
「俺を止めなきゃいけない、か。──なあ三雲君。だったら俺の方も。不可解だと思う事全部言わせてもらう」
「...」
「あの時に。君が俺を止めたことで俺に何の得があった? 俺はね、三雲君。あの尋問で──あの近界民が持っているであろう情報が欲しくて欲しくてたまらなかった。絶対に必要だと思った。リスクリターンも色々考えたけど、それでも。ヒュースを騙してでも絶対に会得しなければならない事だと、そう思っていた。俺がやりたいことを邪魔しておいて、それで──俺の為に動いた、と言うか。それは納得できない。俺は、俺の為にあの時動いたんだ。ヒュースの為だとか、玉狛の為、というなら。理解できるし納得も出来る。単にあの場面で、俺が勝負に惨めに敗北しただけだ。俺と玉狛の争いに、敗れた、ってだけで済む。──しかし、三雲君はそもそもこれは勝負ですらない、と思っているふしがある。そこだけが、どうも引っ掛かる。──空閑君。俺の言葉に嘘はないかな?」
加山は遊真を見る。
ここまでの発言──自分ですら認識していない嘘がないだろうか。その部分の確認のためだ。
「ないね。全部、本音だ」
「それはよかった。──という訳で。三雲君。答えてくれ」
あの時、加山がヒュースを騙すことに罪悪感を覚えていなかったか、と問われれば。それは違うと答えるほかない。
しかし。
そうしてでも、尋問を成功させたいという思いがあったからこそ敢行したのだ。
あの時の行動が加山の為になっていたか、と言えば。
それはノーだ。
だからこそ聞きたい。
何のために。
あんな事をしたのか。
「──僕は」
修は。
その問いかけに対して。やっぱり冷や汗をかきながらも。
それでも迷うことなく、答える。
「やりたい事と、やらなければいけない事は、違うと思う」
その言葉を。
加山はひたすらに聞く。
恐らくは──その声の色の変化までも感じられるように、目を閉じて、必死に聞いている。
「そして。──加山君自身がやらなければいけないと思っている事の為に、あの尋問をしたっていう事も、解っている」
加山もまた──あの時やるべき事だと思ったから、やったのだ。
ヒュースの尊厳を踏み躙ることになろうとも。
それでも、やったのだ。
「でも──同時に、心の底からやりたくないんだろうなという事も、また解った」
「ストップ」
加山は一つ修の話を止め。
遊真を見る。
「さっき言ったはずだ。尋問は俺がしたくてしたのだと。そこに空閑君は嘘の判定はしていなかっただろう」
「....加山君は、それが必要だと思ったから、尋問をしたと。そう言っていた。僕が言っているのは。尋問そのものを加山君がやりたがっていたのかどうかだ」
「そりゃあそうだ。尋問大好きなんて奴はよっぽどのサディストか倒錯者だけだろ。俺はそうじゃない。尋問やりた~いって思いながらやってたら三雲君は止めなかったのか」
「──あの時。加山君は、多分ヒュースを尋問した事による責任を全部負うつもりでやっていたんだと思う」
「そうだ。その覚悟でやった。──そこに、何の問題があるというんだ!!」
加山は叫んでいた。
ここ数年で、初めてかもしれない。
感情的になって、声をみっともなく荒げて叫んだのは。
「──ここで加山君が全部の責任を負う形になるのは。ヒュースの尊厳を壊して、その恨みも含めて全部加山君が背負うのは。その形があんまりだと思った。そう思ったから、止めたんだ」
「すまない。何が悪いのか俺には解らない。俺がやったことの責任を、俺が取るのは当たり前だ」
「これは。どちらが正しいか、正しくないかの話じゃない。──僕があの時に、加山君が全部を背負う形になることがおかしいと思ったから、やったんだ。僕のやり方が正しい、加山君のやり方が正しい、とかじゃない。──僕がやるべきだと思ったから、やったんだ」
修の言葉を聞きながら。
それでも納得がいかないのか。加山はジッと修を見つめ、返す。
「つまりは.....俺がやるべき事だと思っていることよりも。君自身のやるべき事を優先したわけだ」
「...」
「三雲君。君が言っている事はダブルスタンダードだ。俺が全部の責任を負うのを間違っている、と言っておいて。──三雲君も、三雲君自身で全部の責任を負おうとしている」
「解っています」
「....ならば、どうして」
「僕以外の人が責任を取るか、僕が責任を取るかの二択なら。──僕が責任を取るべきだと思う」
──ああ、と。
加山は思った。
遊真の副作用を借りるまでもない。
三雲修という人間は、嘘が苦手なのだろう。
全部が本音の言葉だと、理解できる。
その上で思った。
──加山がヒュースに対する責任を全部取ろうとしたように。
──修もまた、加山に対しての行動の責任を、今全部取ろうとしているのだと。
仮に。
あの時──尋問していたのが弓場隊の皆だったら? 華さんだったら? ボーダーの誰かだったら?
その役を──きっと加山はどんな手を使ってでも奪っていただろう。そんな役目を、絶対にさせる訳にはいかないと。あらん限りの手を使ってでも、止めに入ったはずだ。それがたとえ、その人が自分で決断した事であっても。その人の意思を捻じ曲げることになってでも。それで恨みを買う事になっても。きっとした。
それは──加山がやるべき事だと、自分で認識しているからだ。そんなひどい事を、仲間にさせたくないからだ。そういうやり口は、自分の領分だと思っているからだ。
それと同じだ。
あの時。
三雲修もまた。
思ったのだろう。
加山雄吾を、止めるべきだと。
加山自身の意思が固くても。
その事を覚悟していても。
それら全部織り込んだ上で──修は止めたのだ。
「...」
そして。
「納得できた」
理解も、納得もした。
自分もそうやるだろう、という共感から。
この会話の中で──加山雄吾は三雲修という人間を、深く理解した。
「じゃあ。そっちも質問をどうぞ」
あちら側は納得できる返答を返した。
ならばこちらも、しっかりと誠実に返答をしよう。
エネドラに関しての質問であっても。
加山は答えるつもりでいた。
「なら。──何で加山君は、ヒュースの尋問をしたんだ」
どんな質問が飛んでくるのやら。
そう思っていた加山は拍子抜けする。
「えっと....ボーダーの利益の為、じゃあ駄目かな。嘘は吐いていないよな、空閑君」
「うん」
質問の意図が解らず、加山は遊真に判定を促し、それに遊真も頷いた。
その返答を聞き、修はまた質問を重ねる。
「じゃあ....何でそこまでして、ボーダーの利益を追い求めるんだ?」
あ、と加山は思った。
これは。
言ってもいいのだろうか。
しかし。
嘘は吐かないと自分で言い出した手前だ。
──誠実に答えよう。
「──近界を滅ぼすためだ」
と。
玉狛支部の中で。
そう言った。
「それだけだよ。その為なら、俺は何でもやってやる。──ここに住む市民の為に。ここを餌場にしている人間を駆逐して、もう二度とここに来られないように。全員死んでもらうために。その為だけに俺は行動している」
その言葉は。
支部の中で、重く、重く、響き渡る。
木崎レイジは目を強く瞑り。
ヒュースは目を剥いて加山を見つめ。
そして、
「....嘘は吐いていないね、オサム」
そう遊真の呟くと共に。
修は、ジッと加山を見ていた。
「何でじゃあ空閑君を助けたのか、って思っているかね? 空閑君が情報源としても、戦力としても魅力的だったからだよ。俺がやっている事ぜーんぶ──近界を滅ぼすためにある。あそこにある世界を全部ぶっ壊すか全部殺し尽くして。もう二度とここを餌場にさせないために俺はここにいるんです」
なので、と加山は続ける。
「最終的な目的の部分で。──ここにいる皆さんは敵です。近界との交流なんてクソくらえ。こちらを養豚場としか見ていない連中共が誘拐した市民を精肉している様を見ながら、手を取り合って仲良くしましょう──なんて。俺には出来ない」
でも、と。
加山は続ける。
「でも。──あっちにいる人たちが、俺達と変わらない人間であることも理解しています。だから、俺がやろうとしている事は殺人だ。そこを正当化するつもりはないし、あちら側の人間を、同じ人間と認識して、手を取り合おうとしている皆さんの考えはきっと正しい在り方なんだと思います。そして。エネドラの情報で、こちら側の餌がなければあの世界が成り立たない事も解りました。俺がやろうとしている殺人。玉狛がやろうとしている相互理解。どっちが正しい在り方か、と問われれば。きっと玉狛が正しいんです」
でも。
どっちが正しいか、正しくないか、という話ではない。
「俺は。俺がやるべきだと思うからこそ。これはやります。正しさの尺度で争い合う事は出来ない。これは俺の意思だ。──だから意見は並行で、並行故に叩きのめし合うしかないんです。故に、──俺はアンタ達の敵だ」
俺とお前は敵だ。
そう加山が宣言し。
かくして。
──宣戦布告は、成された。