彼方のボーダーライン 作:丸米
「加山」
防衛任務を終え、帰路につこうとしていた時。
加山は弓場から呼びかけられる。
「どうしました、隊長」
「どうした、じゃねーんだよ。──もう大丈夫なのか? この前体調崩してただろうが」
「うっす。もう大丈夫っすよ」
「オーケー。それじゃあ食事会をしても問題ないってこったな。明日の夜、空けとけよ」
「ああ。この前はマジですみませんでした」
「別にいい。そういう時もある。──それで。お前。これから空いているか?」
「え? まあ、はい」
「──よし。それじゃあ今日は俺と嵐山に付き合え」
え、という間もなく。
弓場は作戦室から出ていく。
「ちょ。何処に行くんですか」
「ん? 別に大した店じゃねぇよ。焼き鳥屋」
「ん? 酒入れるんですか?」
焼き鳥の店、イコール居酒屋のイメージがある。まあ、単なるイメージでしかないのだが。
「俺も嵐山も19だ馬鹿」
「.....そういえばそうでしたね」
本当に。
時々ボーダーの人たちの年齢は解らなくなる。
弓場さんも嵐山さんも双方19歳。去年までは高校生だったというのだから驚きでしかない。
それに比べて自分はどうだろう.....。
どうなのだろう....このもやしは....。
「何がそういえばそうでした、だ。お前だってまだ中学生かよ、って思ってんだぞこっちは」
「中学生どころか小学生でも通用する大きさですぜこっちは」
「ガタイのでかさだけの問題じゃねぇ。──お前このまま年食っちまったら絶対老けるぞ。間違いない。もうその年で目元にしわ寄っててどうする。しかも白髪もちょくちょく見えているしよ」
「へ? ──あ、白髪マジですか」
「マジだ。──このままだとお前、高校生で白髪染めする羽目になるぞ。もうちょい生活習慣見直せ」
「へへぇ。気を付けます」
「ったく。....ほれ。ついてこい」
弓場は荷物を手早くまとめ、作戦室から出て加山を先導する。
加山はよく弓場に飯を奢られる。
多分、普段の食生活がゴミカスもゴミカスだからだろうけど。
気を遣われてる、とやっぱり思う。
本当は気なんて遣われない人間になるべきなのだろうけど。
....ここまでの日々で。自分はどうしても善性を持つ人々にとっては一言二言口にせざるを得ない生き方をしているのだと。自覚も出来ていて。
そのままでいいのか、という思いと。
そのままでなければいけないのだぞ、という思いと。
二律相反する二つが、自分の中に同居し始めたような──そんな、気がするのだ。
※
基地の廊下を通り、警戒区域を抜けて、三門市に入り。
明るい蛍光板が張り付けられた店に入る。
....やっぱり飲み屋じゃないっすか。
店に入り、弓場と店員が一言二言話し、二人は座敷の個室に通される。
「──やあ弓場。お疲れ」
そこには。
ニコニコ笑顔でこちらを出迎える、嵐山准の姿があった。
「おう。そっちもお疲れ」
「うん。──いや、中々に骨の折れる仕事だった」
「消防署とのコラボだっけな。生身で訓練に参加したんだって?」
「そうそう。そのおかげで全身筋肉痛だ。──おお、加山君! 久しぶりだね」
「うっす嵐山さん。おひさですー」
「取り敢えず焼き鳥は適当に頼んでおいたから。何か追加するなら遠慮なくやってくれ」
そうして。
座敷の中に通され、ドリンクを頼み(全員ウーロン茶だった)、そしてそれぞれ思い思いの焼き鳥に手を伸ばしていく。
「──加山君は部隊戦初めてだよね? なのにあそこまで活躍できるとは、本当に凄い。弓場隊が出てるランク戦、観戦の倍率が結構高いみたいだぞ」
「お。マジですか」
「木虎も随分と君の事を買っているみたいでね」
「嘘だー」
「少なくとも、君が出ているランク戦の記録はしっかりチェックしているみたいだぞ」
「....絶対に次に会った時に毒づく為のネタ集めですね。間違いない」
「そんな事の為に、貴重な時間を使う人間じゃないさ、木虎は」
まあ、気にはかけているのだろう。
腐っても同期だ。
「とはいえ──二宮隊も影浦隊も強敵だ。本当に厳しい戦いになると思う。それでも──弓場と君なら、乗り越えられると信じている」
「あの二部隊、本当にどうするんですかマジで。あそこに放りっぱなしにしてたらA級上がれる部隊いなくなりますよ」
「愚痴るな加山ァ。──逆に言えばあの二部隊どかして二位以内に入れれば文句なしのA級だ。気張っていくぞ」
元A級が二部隊ある中で、二位内に入れと言っているのだ現環境は。
ねー。
B級ってどういう意味だったっけー。
「──それで」
「はい?」
「先週、ランク戦終わった後。何があったんだ?」
「....」
ですよねー。
その話題になるとは思っていたんですよねー。
「話したいのは山々なんですけど。あれは割と極秘情報満載のやり取りで、中々話せない──」
「その事に関してだけど。事前に俺の方から上層部からの許可は得ている。存分に話してくれ」
「....」
成程。
この為に嵐山を呼んだのだな、と。
そう加山は思った。
「お前は、近界の情報を握ってる。──上層部としては、結構処遇に困っている部分があるんだろうさ。あの黒トリガーから得てしまった情報って奴は、お前個人に抱え込ませるにはでかい情報だ。だからといって記憶を消したところで、今度は黒トリガーを使える奴がいなくなる。そういうジレンマの果てに──要は、上層部としちゃあ俺を監視役にしたいんだろう。万が一にもお前が単独渡航しないように」
「....」
「が。俺は別にお前を監視しようだなんて思っているわけでもねぇ。そうしたいなら、好きにしろ」
え、と加山は呟いた。
「──お前は多分人に迷惑をかけることが何よりも嫌いなタチだろうな、っていうのは何となく理解は出来てんだよ。それでもこっちに迷惑をかけてでも──って位に追い詰められたというなら。それは紛うことなく俺の責任だ。だが、当然俺はお前をそうさせるつもりはねぇし、そうなる前に対処できるもんなら対処したいわけだ。だから、──話せることを話してもらいてェ。そんだけだ」
「そうだ。一人で抱え込む必要はない。君はあくまで、ボーダーの隊員だ。相談したいのに出来ない立場ではないし、そんな立場に置くわけにはいけない」
加山は暫し考える。
この状況を何となく予想もしていたし、どうはぐらかそうかとも考えてはいたけれども。
二人の様子を見るに、そればかりは無駄だろうと観念し──。
ヒュースの尋問について、洗いざらい話した。
「....」
「.....そうか」
話を聞き。
弓場は一つ目を瞑り──そして、言った。
「加山ァ」
「ッス」
「俺はよ。──三雲に感謝している。なぜなら。俺がその場にいたなら、殴り飛ばしてでも止めていたからだ。お前はどうだ、嵐山?」
「どうだ、というと。加山君を止めるかどうかって意味かな。──うん。多分俺も止めていると思う」
なあ加山、と。
弓場は呟く。
「──人の尊厳を踏み躙って、その恨みを買うってのはな。それはお前だけで抱え込めるほどに安くはねぇ」
そうだろう、と。
弓場は言う。
「それで例えば。お前に買った恨みを、お前じゃなくてこっち側の人間に拡大解釈されればどうなる? その近界民が尋問された恨みを──例えば帯島に向けたとして。帯島に同じことをし返したら。そうなった時にお前は耐えられるか?」
「あ...」
耐えられねぇだろ、と。
弓場は言う。
「三輪を知っているだろう。あいつは身内を殺された恨みを、近界民に向けている。──同じことはその近界民にも言えるぞ。お前から受けた恨みを、こっち側の人間全部に向けたらどうなる。お前はお前の事ならどうなろうが構わねぇと思っているんだろうが。他に目を向けられたらどうする。そしてお前の行為で、お前以外の誰かが死んでしまったらどうなる? そうなったらお前だって耐えられねぇはずだ」
「....」
その通りだ、と。
加山は思った。
自分はもう──自分だけでなくなってしまった。
自分が行った行為が、自分だけに帰ってくる存在でなくなってしまった。
いつの間にか。
自分はそんな事も忘れてしまっていたのか。
「──必死だったんだね、加山君。それは本当に理解できる。それでもね」
嵐山は、更に言葉をかぶせていく。
「君自身が心の底からやりたくないことを、君に押し付けることで成立するような、そんな組織にしたくない。だから、──頼むから、何かあれば相談をしてほしい。そう本当に俺達は思っている」
そうか。
そういう、事か。
もう今の自分は。
一人ではいられないのだ。
自分が行った行為が、巡り巡って誰かの因果として繋がってしまうのだ。
──加古さんが言っていたのは、こういう事だったのだろう。
──見て見ぬふりをしている、という言葉は。
自分はもう、誰かに見られている。誰かと繋がっている。
良くも悪くも、だ。
自分はボーダーの一員で。その中で仲間とも呼べる人達も出来て。隊にも所属して。
そういう人たちとのつながりの中で、助けたり助けられたりを繰り返す中で。
自分の行為が、自分だけに帰ってくる段階はとうに過ぎた。
過ぎたはずなのに。
その事実から目をそらしていた。
「....」
自分の思慮の浅さ。
未熟さ。
──人と繋がるという事は。
そういう部分を、どうしようもなく映し出す事になる。
一人ならどうにでもなったことが。
どうにもならなくなる。
──加山は瞠目し。心中で一つ自分の在り方に毒を吐いた。
※
弓場と嵐山との食事を終え、加山は寮への道を辿る。
何というか。
本当に、ここ最近の自分は悩んでばかりな気がする。
要らないことに気を回すから、思い悩む。
雑念がそこにあるから、思い悩む。
多分。
以前まで要らないし、雑念だと思っていたものが──途端に大事になり始めたから、思い悩んでいるのだと。
そういう風に、感じてしまう。
「....」
それでも。
自分の中にある決意は変わらない。
変わらない、のだが。
その決意を動かす原動力が、変わってきている。
そんな、感じが。
──着信音が、響く。
「──はい。こちら加山です」
「こんばんは。染井です」
帰路の中。
音声変換された声が、耳朶を打つ。
「あ、染井さん。すみません。さっきまで隊長と嵐山さんと食事に行ってて。何か御用でしたか?」
「いいえ。──ただ、お互い次の相手だねって。そう言おうと思って」
そうですね、と。
加山は言う。
「葉子も凄くカリカリしてる。──二宮隊も、弓場隊も強いから」
「そいつは光栄ですね」
「麓郎君も、雄太も、とても必死になってる」
「そりゃあ、あの二人は必死にならなければいけないでしょうからね」
電話越しの声を聞くたび。
少しだけ安心感を覚える。
こういう部分も、自分の変化なのだと如実に感じてしまって。
少しだけ苦しく思う事も、ある。
「この前、曲を選んでくれてありがとう」
「気に入ってくれましたか」
「うん。──課題をするときとか、時間が空いているときに、聞くようにしているの。それで、今も聞いている」
そうして。
耳元で、──曲が聞こえてきた。
それは。
最初に加山が選んだ曲目だった。
時雨をテーマした、寂寥の曲。
「──私は、これが一番のお気に入りかな」
そんな声も一緒に響いて。
何となく空を見てみた。
──雲間から抜けた三日月が、淡く光りながらそこにあった。