彼方のボーダーライン 作:丸米
前話での嵐山との会話が私の頭の中で綺麗に消失してました本当にすみません死にます。
さて。
困った。
「....」
何に困ったかと言うと。
「....」
帯島ユカリ。
現在彼女は端末を前にして、動画を戻してー。進めてー。繰り返し繰り返し、スクロールしているのでありました。
その動画に映っていたのは、空閑遊真が諏訪隊の笹森の首を刈り取っている場面。
あらやだ。
可愛い後輩が、哀れ笹森先輩が鮮やかに首狩りチョンパされいる場面を何度も見てしまうほどに心を荒ませてしまったのかしらん。これは由々しき問題だ。そんな風に思っていたのだが。
「....違う。この時、空閑先輩の視線は...」
何やらぶつぶつ呟いております。
首にスコーピオンを叩き込む瞬間の、空閑の体軸の動きと視線の方向に着眼して、また動画をスクロールします。斬り飛ばされた笹森の首がまた戻り、そしてまた跳ね飛ばされる。
結論を言おう。
──どうやら、帯島ユカリは空閑遊真のフォロワーになったみたいです。かしこ。
※
「そういやよぉ、加山」
「はいはい。どうしましたか隊長」
「──今週、バレンタインだな」
「そうですねー」
みたいですねー。
「なに他人事みたいな顔してやがる」
「だって正真正銘他人事ですもの....。藤丸先輩が野郎にわざわざチョコくれるタマですか」
「──お前も俺も外岡も、もらう側だからどうでもいいんだよこの馬鹿。こっちには一人やる側の人間がいるだろうが」
「ああ、帯島。確かに。すみません、全く配慮が足りなかったですね」
「全くだこの馬鹿」
「俺には気を遣わなくていいぜ、って言えばいいんですかね」
「この馬鹿、何もわかっていない.....!」
この人生。
バレンタインデーなるイベントで恩恵など受けたことなど無い。
......去年。カカオ80%式炒飯なる劇物をどっかの誰かに食わされた日以来、加山の記憶にはバレンタインデーがブラックボックス化している。
解るはずがないのだ。
「それでどうしたんですか?」
「――玉狛に帯島を連れていけ。加山」
「.....」
「......?」
あ。
え?
何で?
「あの....流石に今は気まずいんですけど....」
「そりゃあ気まずいのは解っているがな。いっぺん、玉狛にお前も顔を出してこい。もしかしたら、別の見方が出来るかもしれねぇだろ?」
「俺と彼等は方向性の違いが存在してしまっている.....!」
「喧嘩別れしたミュージシャンみたいなこと言うんじゃねぇ」
だって。
喧嘩別れしたんだもの。
あれだけ啖呵切って喧嘩売っていったいどの面下げて!
もう一度仲良くしましょうぐへへって出来ますか出来ませんよ全く!
「──帯島が空閑の戦闘にブルっちまった」
「ブルったんですね」
「おう。──奴等には貸しがある。バレンタインついで、空閑に手合わせをしてもらおうかと思ってな」
「な、成程....」
「だから──お前に渡りをつけてもらいたいわけだ」
「は....はは...」
「何だ? 何か言いたいことはあるか加山ァ?」
「ブルってきましたねこいつはァ....」
「舐めてんのか?」
ブルってきたよ!
本当に!
もう嫌だ!
※
──という訳で。
「帯島」
「はい!」
バレンタイン、当日!
加山は逃げる予定だった!
だが残念!
訓練の為にボーダーに行かなければならなかった!
太刀川は餅にチョコレートを塗り唯我に食わせ!
風間はいっぱい貰ったチョコレートをいっぱい頬張り!
嵐山隊は送られてきたチョコの処理に奔走し!
堤は死んだ!!
そして!
これから加山も死ぬのだ........。
「ブルってきたな.....!」
「ッス.....!」
加山はあまりの羞恥心に死にそうだった。
「帯島」
「ッス」
「俺は正門前で帰る」
「え?」
「俺と隊長の名前を出せば通してくれるはずだ。──俺はわけあってあの中に入れない」
「な....何でですか...」
「そうだな....一言でいえば、単純に俺が死ぬ」
「死ぬんですか!?」
「ああ....」
死ぬ。
死ぬんだ。
いやだいやだ。
まだ死にたくない。
「着いた」
「着いたッス」
「ではさらば」
加山は。
Uターンと共に玉狛支部から背を向ける。
「──はい。この未来は読んでたよ、加山」
その背後。
正門で待ち伏せていた迅悠一が、加山の襟を掴む。
「離せぇぇぇぇぇぇ! このセクハラ魔人! 尻野郎! 犯罪者! 人類の敵!」
「あっはっは。女の子から似たような罵声を浴び続けた俺だ。お前の言葉程度、屁でもない」
「いやだいやだ! お前らは敵だ! 俺は本部に帰って自分で買ったチロルチョコ食って自己満足感に浸るんだ! 隊長と一緒に!」
離せぇぇぇぇぇ、という声は虚空と共に。
川面と青空に消えていった.....。
※
「──自分は、弓場隊万能手の帯島ユカリッス!」
支部に。
必死に張り上げた声が響き渡る。
「空閑先輩の勝負強さ、判断力の高さと柔軟な発想を、尊敬しています!」
見よ。
これが弓場拓磨式敬意の表明である。
加山は──割と本心から弓場隊入隊すれば自分もこうなるのではないかと心底ひやひやしたものだが、「お前がやると本気で気持ち悪い」というお褒めの言葉を直々に頂き無事封印となりました。やったね。
そう。
これは帯島がやるからいいのだ。
そういうものなのだ。
ほらほら。
遊真の隣にいる騙されガールがドヤ散らかしておる。
「ふっふっふ。──威勢のいい、素直な挨拶ね。あたしは小南桐絵。遊真の、師匠よ」
目元をキリリと尖らせ──ることはできず、思い切り目尻を上げて。
口元も威厳たっぷりに一文字──になる訳もなく、笑みの形に歪ませて。
小南はドヤっていた。
見事なまでにドヤっていた。
そのドヤりたるや。初めてお使いが出来た幼稚園児のようでもあったし、クラスで一人だけ逆上がり出来た小学生のようでもあった。
何だこいつは。
そして帯島は帯島でその挨拶に馬鹿正直に敬意の言葉を吐き出すものだからもう大変。
小南は、自らの承認欲求を最適な形で満たした帯島を即座に気に入ったようであった。
「それでそれで! 師匠権限で遊真になんでもさせてあげるわよ! だってあたし師匠だもん!」
「あ、あの! よろしければお手合わせをお願いできないでしょうか....!」
「遊真! 師匠命令よ! 手合わせしてあげなさい!」
「ふむ。師匠のいう事ならば仕方がない。よろしくお願いします、おびしま少年...」
「あ...」
少年、という言葉にそう帯島が反応した瞬間。
「こんの──馬鹿!」
小南の軽い拳骨が遊真の頭に落ちた。
どうやら遊真は帯島を男と認識していたようだ。
あらあら。
仕方あるまい。
そういう事はよくあるよくある。
「さて──加山君や」
「どうしました宇佐美先輩」
宇佐美先輩がメガネをくい、と上げながら。
加山に声をかける。
「支部の壁の更なる端っこの角っこで──何をしているのかね?」
「呼吸をしていますね。すー。はー」
「空気はおいしいかい?」
「おいしい」
「それはよかった。──ところでメガネをかけないかい?」
「金がかかるのでいいっす」
今の加山雄吾は呼吸する肉塊だ。
空気を消し、存在感を消し、ただただ時間が過ぎゆくを待つ、呼吸する肉。
「──カエシテクダサイ」
「ふふー。逃がさない。暇ならここの人たちと会話するのじゃー」
「それが嫌だから言っていると解らないんですかね.....!」
どうやら手合わせの了承を得たらしく。
二人は訓練室の奥へと消えていく。
それに合わせて、訓練室の設定をするためか、宇佐美もそちらに向かう。
その様をジッと見て。
加山は壁伝いにそそくさと。そそくさと。
逃げようと画策して。
「やぁ」
そこには。
迅がいた。
「....」
「少し話そうか」
逃げ出したい、と表情をもって全力で伝えるが、迅はこれまた全力でスルー。
そのまま。
共に支部の外に連れていかれる事となりました。
※
「──なあ、加山」
「なんすか?」
「──俺達は敵なんだな」
支部の川面を、デッキで眺めながら。
二人は会話をする。
「敵ですねー」
「そっかー」
迅は。
笑っていた。
「──まあ。敵対関係だろうが友好関係だろうが。別段何かが変わるかって言うと別に、って感じではありますね。防衛任務で一緒になれば協力しますし、遠征で一緒になるようならそれはそれです。心の持ちようですよ」
「そっかー。まあ、一つ言っておくと」
「はい」
「俺達からすれば、お前は敵じゃない」
そっすか、と。
加山は──割と冷たい声音で呟く。
「俺とお前の最終的な目的は、まあ違うだろうな」
「違うでしょうね」
「でも別に。──俺はお前を否定するつもりはないよ。その願いは」
「へぇ。──じゃあ、迅さんは何で俺を止めようとするんですか?」
「ん。簡単なことだぜ、加山」
ビシ、と人差し指を立て。
迅は加山に指差す。
「──青春しろよ、加山」
「....」
「望みは、そんだけ」
そう言ってにっこり笑い。
迅は支部に戻っていった。
「....青春ね」
今。
加山が──以前では考えられない程の悩みにいることも。
彼にとっては、青春と解釈しているのだろうか。
デッキから、川の流れを見つめる。
ゆらゆら水面が揺れていた。
「....」
中に入る気にもなれず。
加山は──ただその動きを見ていた。
※
帯島と遊真との手合わせは三十分ばかり続き。
帯島の尊敬の念を勝ち取るべく、途中で小南まで参加。
無事訓練は長時間続き──いつの間にか日が暮れていた。
「──今日は、ありがとうございました」
帯島は支部の面々に丁寧に頭を下げ、丁寧に礼を払い。
そして帰宅の途に着いた。
「あの....加山先輩」
「ん?」
「あ、あの....今日は、ありがとうございました」
「何で俺に感謝するのよ。任務放棄で逃げ出そうとしていたのに」
「は....あはは...」
そうちょっと苦しげに笑うと、
「....無理はしないでくださいね」
と。
そんな言葉を、ちょっと早口に帯島は言った。
「....」
無理、か。
無理しているのか。
無理の基準が加山にはやっぱり今になっても解らず。
帯島の言葉に、ただ頷くほかなかった。
※
帰宅。
加山は玄関を開け、冷蔵庫へと向かう。
その中からネギと安売り肉を取り出す。
ねぎを刻み、肉に塩胡椒を振って、さあ調理だ──とフライパンを取り出したところで。
チャイムの音が鳴る。
「はいはい宅配便ですか」
加山はがちゃりと玄関を開けるが。
誰もいなかった。
「....?」
玄関口。
そっと、何かが置いてあった。
「包装紙....?」
何かのいたずらかしらん、などと思いながら。
玄関口のそれを取り、家の中に。
ラッピングをほどき、中を見てみると。
「....あ」
その中には。
チョコがあった。
丁寧であるが、──所々欠けていたり、粗が少し見える形の。
形は。
頂点が楕円の形をした──雨粒の形。
「....」
──私は、これが一番のお気に入りかな。
鳴り響いた時雨の曲と共に。
加山はその言葉を、思い出していた。
思い出してしまった。
「──不意打ちは本当にやめてほしい」
あの人は。
こういう形で、言葉ではない何かで、何かを伝えようとするような人だっただろうか。
多分、そうではなかったんだと思う。
「....」
それでも、今眼前にあるコレは。
そういう──変化の証のような気がして。
「....飯食ったら、食べるか」
そっと、冷蔵庫にしまった。