彼方のボーダーライン 作:丸米
「──西側に一番近いのは俺かー」
西側で発生したダミービーコン。続々と集まってくる香取隊。
「多分加山君のこの行動は──釣った魚で更に俺達を釣り上げようとしているね」
香取隊を釣り。
釣った香取隊で、更に二宮隊を釣る。
そういう意図の作戦であろう。
「どうするかなー」
仮にこのまま放置したとすれば、弓場隊と香取隊が食い合う事となる。
いい感じに食い合ってお互いがダメージを受けるような状態になれば二宮隊としては一番いい結果となる。思い切り漁夫の利が取れるからだ。
とはいえ一番最悪なのが──どちらかの隊が一人勝ちする事である。
「正直、加山君に単独で勝負は仕掛けたくないんだけどね」
この釣りは、犬飼に向けての釣りだろう。
確かにこの状態においては、犬飼が盤上のコントロールしに向かうのが定石。
脅威となる駒を削り、敵勢の隊に圧をかけつつ──二宮が暴れられる環境を整える。
言葉にするほど簡単な仕事ではない。
それをごくごく自然に行える能力こそが、犬飼という銃手の大いなる特異性である。
──恐らく。加山は同じ土俵で犬飼と戦おうとしている。
その意図を重々に感じながらも、犬飼は考える。
「──どっちがいいかなー。このまま加山君と香取隊を挟んで撃ち合いをするか。二宮さんの到着を待つか。待った場合は、香取隊のポイントが食われる可能性があるうえに、もれなく弓場さんと加山の挟撃が待っているわけだもんなー」
思うに──加山が立てる戦術というのは、読まれることが前提にある気がする。
作戦を隠す、という意図がそこまで見えない。
戦術を通す事で、どんな風に転んでも利益を生み出す強かさが見える。
この釣りに乗るにしろ乗らないにしろ。
二宮隊にとって不利益が生じる。
「──犬飼」
「はい」
「お前は西側に行って加山を削れ」
「──了解」
「辻を北側から迂回させる。香取隊に圧をかけ加山側に押し込みながら、加山を動かせ。動かしてビーコン区画から加山を追い出した後に辻に仕留めさせる」
「了解です。──二宮さんも西側に向かいますか?」
「東に弓場がいる。恐らく俺を西側に釣って外岡か加山と連携して挟み込むつもりだろう。その手には乗らん。弓場の対処をしつつ、西側に援護を行う」
ふむん、と犬飼は呟いた。
やる事は比較的単純ではある。
二宮の援護を利用しつつ香取隊を加山と挟み込みを行い、香取隊を加山側に押し込み圧をかける。
加山が動く時を見計らい、辻に加山の撃退をさせる。
「香取に接敵された場合、俺の方向に引き込め。単独で当たる必要はない」
もう一度了解、と応答しつつ。
犬飼は西側へ向かう。
──さあて。どう出てくるかな、加山君。
※
「二人とも気を付けて。後ろから反応がある。多分犬飼先輩だと思う」
「──犬飼先輩か」
苦虫がぞわりと口の中を這い回る感じがる。
加山に加えて犬飼が来たとあれば──ここから巻き返せるイメージが一切湧かない。
その瞬間、
「──動きを止めるなこの馬鹿!」
そんな声と共に。
若村の側面方向に身体を割り込ませて、シールドを張る香取の姿があった。
そのシールドには。
ビーコンが張られたビルの背後を通ってこちらに来るハウンドがあった。
それを全弾シールドで弾き返しながら、香取は──残る二人の隊員を睨みつける。
「ボーっとするなっ! ──また追撃が来るわよ!」
香取のその言葉通り。
両端からハウンドが更に振り落ちる。
「──加山はエスクードの裏側から、ビーコンの反応の裏側を通して弾丸を通している! 足を止めたら、ずっとアタシ達ここに釘付けにされるわよ!」
加山雄吾は。
自身の位置を視認されないエスクードの裏側からハウンドを生成し、ビーコン地帯の後ろを通る軌道を通している。
「──固まっちゃダメ! 散開するわよ!」
そう香取が宣言すると同時、三人が散る。
香取は左手側の建物までジャンプで引き、若村・三浦はカメレオンを発動すると同時に路地に引っ込む。
「──合流しちゃダメだったのか?」
「ダメ。──私たちは加山と犬飼先輩に挟まれてる。固まってたら好きに撃たれるでしょ。狙いを固定させるわけにはいかないの!」
あ、と若村は呟く。
そうか、と思った。
──加山は若村と三浦が徹底して連携の訓練を積んでいるという情報を持っていた。
だからこそ。
合流を優先させる動きを読んだ上で行動したのだろう。
「腹立たしいけど。加山に全部動きを読まれていたわね。──ほら」
そして。
頭上から──ハウンドの雨が降り落ちてくる。
これは加山とは逆方向の位置から降り注いでいる。
二宮のハウンドだ。
「こうやって二宮隊の攻撃の防波堤ついでに、どさくさで点を取ろうとして──アンタ達が集められたのよ」
二宮のハウンドが頭上から降ると同時。
「やっほーろっくん」
犬飼が姿を現す。
ビル街にその身を隠しながら、アステロイド弾を浴びせていく。
「くそ....!」
犬飼の出現と同時、若村もまた近場の建物の影に入り応射を行う。
「.....あ」
陰に入った建物の頭上。
今度は──建物の斜め上側から弾丸がこちらに向かってくる。
いつもの通り、ビーコン地帯から向かってくる加山のハウンドだ。
頭上を見上げシールドを大慌てで張ると同時。
「──隙を見せちゃだめだよろっくん」
意識がハウンドに向けられた隙に建物の影から移動を行った犬飼が、横切るように撃った弾丸によって──若村の足を削っていた。
ぞわり、と若村の背筋に寒気が走る。
今自分は──加山と犬飼に命を握られているような感覚があった。
「──まずい。このままじゃあ.....!」
綱引きだ。
加山側に押し込みたい二宮隊と。
その前に香取隊を仕留めたい加山側と。
挟み込んでいる両者が、どちらも妥協せずに──香取隊を食い物にしようと躍起になっている。
そんな状況にいつの間にか落とし込まれていた。
※
①現在香取隊は散開し、それぞれの隊員が散っている。
②犬飼は単独になった若村側に移動し圧力をかけている。
③犬飼の方向には二宮がいて、そして適度にハウンドを撃ち込んで援護を行っている。
そして。
香取隊には二択が迫られている。
二宮の援護を受けた犬飼側からこの場を脱出しようとするか。
加山を仕留めて西側に引きつつ、二宮隊を迎え撃つか。
二宮隊は東側から犬飼が尖兵として向かい、圧力をかけながら西側に香取隊を追いやる動きをしている。
その動きの中で加山が死ねば万事OK。西側に香取隊を釘付けにしつつ、外岡を炙り出し弓場・帯島を狩り出せばいい。
現在加山は。
香取隊と二宮隊双方からどでかい圧力をかけられている状況である。
大ピンチ。
「──という訳でもないんすよね」
その頃。
加山は──いち早く西側から北側へ迂回しつつ──自身が作った陣から脱出を行っていた。
犬飼の出現と二宮のハウンドが香取隊を襲ったその瞬間には、バッグワームを着込みスタコラと逃げていた。
自身が逃走したルートの逆側のビーコンを起動させつつ、建物の裏側を通って。
恐らく。
二宮隊の想定では④香取隊の圧力から逃げ出した加山を討つ という項目があったはずだったのだろう。
二宮か、もしくは辻か。どちらかを加山にけしかけて。
なので。
加山は①の時点でもう逃走を開始していた。
エスクードの裏側から、ビーコン地帯を通して弾丸を撃っていたのは。
香取隊を固まらせるという目的と同時に。
──逃走をしながら撃っても、不自然でないように偽装する為であった。
犬飼と若村の交戦を”音”で読み取った加山は逃亡しながらハウンドを放ち、自身の存在を両者に意識させながら。
北側へ逃走する。
こうすれば。圧力をかけられて経路が制限され──待ち伏せされる危険もなく、現在北側にいる外岡の射線を通りながら逃走を行う。
「これで。──いい感じに香取隊が追いこまれてくれた。ここからがスタートですよ犬飼先輩」
今のところ。
まだいけている。
少なくとも──二宮隊の戦術レベルは読み切れている。
この段階で躓いていたら本当に成す術もなかったが。まだ希望はある。
「帯島、周囲の警戒よろしく。辻先輩がこっちを認識したら襲っちゃえ。あの人多分女の子斬れないから、堂々と」
「了解ッス」
「ああ....胃が痛い。本当にギリギリのギリだなこれは。まあ、仕方がないか...」
ふぅ、と一つ息を吐き。
「それじゃあ外岡先輩。移動お願いします。俺も指定の場所で準備しときますんで」
「了解」
そして。
加山と入れ替わるようにして、外岡が西側へと移動していく。
──こういう時。隠密行動と単独行動が得意な狙撃手がとても頼りになる。
※
「──二宮さん。恐らく加山君はもう既に脱出しています」
「....そうか」
辻からの報告に、二宮は一つ頷く。
「成程ね。──加山君はこの状況を意図的に作り出すことが目的であって、最初から自分で俺を落とすことじゃなかったんだね。──二宮さん、どうしますか? まだ香取隊を追い込みますか? 加山君、もういないですけど」
「加山がいないのなら押し込む意味がない。そのまま引いて香取隊を引き込め」
「了解──おっと!」
高速移動する影が、犬飼の視界の端っこに移る。
それと同時に射出された弾丸が、脳天に向かってくる。
──香取葉子の姿がある。
「ごきげんよう香取ちゃん」
「...」
放たれる軽口に応答すら返さず、側頭部に続けて蹴撃。
銃撃からの流れるような連撃に、犬飼は避けきれず胸元をざっくりと斬られ、トリオン煙が吹き上がる。
「....うおう。本当におっかなくなったね。こりゃ逃げないと」
「逃がすか....!」
追撃の為に足を踏み出すと同時。
──頭上からハウンドが降り落ちてくる。
こうして。
二宮のハウンドで足を止めさせ、犬飼は逃げる。
そうすればさしもの香取と言えども、追いつけないだろう。そう思っていたが。
それでも。
香取葉子は前進する。
足を止めず。シールドを張りながらそれでも拳銃を手放さず。
シールドで最小限の弾丸を撃ち消し、その隙間から身をねじ込むように──弾丸をすり抜け、犬飼に追撃を行う。
「おお!」
弾丸が、犬飼の肩と脇腹に突き刺さる。
──解ってはいたけど。本当に身のこなしが段違いだ。
犬飼は突撃銃を構えながら、香取に向け撃ち放つ。
撃つ瞬間には既に拳銃から弾丸を射出し、犬飼の左腕が削れる。
「──マズいね。とはいえまだ逃げ切れるかな」
しかし。
二宮の援護を考えると下手に犬飼に近付くわけにもいかず、拳銃弾で追撃するほかない。やはり、威力が足りない。
恐らく合流する頃には穴だらけになっているだろうが、それでも”香取隊を二宮側に引き込む”目的は達成できる。
それが解っているのか。
香取の表情にもイラつきが見える。
二宮が、新たなハウンドを放った──その時であった。
北側から。
鳴り響くくぐもった爆撃音。
「.....え」
その爆撃は、北側の高層ビルから鳴り響いた。
一階部分が広範囲に爆撃が起こり、高層からのプレスでべしゃ、と崩れる。
そうして崩れたビルの向こう側。
そこから。
一発の弾丸が、犬飼に飛来する。
ほぼ反射でそれをシールドで阻むが。片側のみのシールドで阻むことは叶わず、腹部を大きく削られる。
そして。
今シールドを破られ、大きくダメージを受けている自分の眼前には。
香取葉子が、いる。
「──くたばれ.....!」
憎悪がこもってそうな物騒な言葉と共に。
シールドを解き、前進した香取のスコーピオンが....犬飼の胸元を抉っていた。
「.....そっかー。加山君の狙いは」
犬飼を引き込み。
そして自らが逃亡する事で引き戻す。
引き戻す中途で──射線を爆撃で切り開き、その上で犬飼を仕留める。
「めっちゃ手が込んでいるな....。やられたよ──」
素直なコメントを吐き出し。
犬飼澄晴は、緊急脱出した。