彼方のボーダーライン   作:丸米

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ランク戦ROUND4 ④

「──こっちに突っ込むのね、加山」

 

 ああ、と香取は思う。

 当たり前のことだが。

 自分たちは、まだ弱い。

 

 二宮隊と香取隊。

 どちらかに突っ込む必要性が出来て、加山は香取隊を選んだ。

 こちらの方が勝算があると踏んだからだろう。

 

 犬飼が落ちても。

 二宮隊はこの場における圧倒的強者だ。

 それ故に。

 弓場隊と香取隊が交戦する中で漁夫の利を取れるポジションに自然につける。

 

 強者は、強者故に有利を取れる。

 当たり前の論理。

 ズルい、と思う。

 それでも──

 

 

 いつからだろう。

 こういう事が目に入るようになったのは。

 

 自分が弱者であることを自覚して

 

 弱者としての視点を得て。

 

 その事をさも当然のように受け入れられるようになったのは。

 

「──麓郎。雄太。加山の背後を取って。挟み込むわよ」

 

 動きさえ止めれば。

 加山も帯島も怖くはない。

 

「来るなら──来い!」

 

 

 最近華が笑うようになった。

 

 でも。

 その笑いは、無意識のものじゃない。

 

 意識して、口元を無理やり動かした、少し歪な笑い。

 

 ──華は笑えないんだ。

 ──笑えないのに、笑おうとしている。変わろうとしているんだ。

 

 変わりたいという思いを香取隊で共有して。

 そして華自身も、心から変わりたいと願って。

 だから今、ああしているんだって。

 

 華は。

 誰かに何かを伝えるべきだと思ったら、伝える意思を持つようになった。

 それはただ何かを伝えるんじゃなくて。

 自分の感情も含めて。

 その出力を無意識にすることが出来ないから。

 だから、必死に、自分で意識して、表情を作って──笑おうとしているんだって。

 

 

 だから。

 変わらなきゃ、と思う。

 思うだけではなくて。

 それを伝えなきゃ、と。

 

 ──過去の自分と現在の自分。

 楽なのはどちらか、と問われれば。

 過去の方だろう。

 毎日毎日。イライラしっぱなしで。

 壁に指をかける毎日で。

 

 それでも。

 望むのは、今だ。

 

 楽な道の先に。

 自分の願いが叶うことは無い。

 

 

 華は。

 何をしたら笑ってくれるかな? 

 無意識の中で、自然と浮かべられた笑みを。

 どうやったら浮かべてくれるのだろう。

 

 華は音楽を聴くようになった。

 勉強とボーダーの活動以外に何の興味も示さなかった華が。

 その時。

 ──自然と浮かぶ笑みがそこにあったんだ。

 

 

 なぁんだ、と思った。

 笑えるじゃないか。

 

 その姿を見て、こちらもまた自然と笑っていた。

 

 

 ......そんな。

 そんな、ささやかなものでいいんだ。

 

 華が笑って。

 自分も笑える。

 

 そういう関係でありたい。

 

 ──葉子と一緒に、上に行きたい。

 

 上に行けたら。

 また違う景色も見れるのかな? 

 なら、その景色を見せてあげたい。

 そうしたら、笑ってくれるのだと。そう思うから。

 

 そんな事。

 きっと以前の自分も思っていたはずなのに。

 

 それでも。

 見て見ぬふりをした。

 

 その罪深さを思い知るからこそ。

 その感情を元手に、進むほかなかった。

 気持ちで強さが左右する事なんてない。

 でも気持ちがなければ進歩なんてないんだ。

 進み続ける意思。

 それは皆が皆、当たり前のように持っている。

 

 自分はもっていなかった。

 でも今は持った。持ってしまった。

 

 それだけなんだ。

 

 ただ。

 ──ただ。

 

 私は。華に笑ってもらいたい。

 そんな想いだけが──心に燻ぶり続けている。

 

 

 加山が香取隊側に突っ込んだ瞬間。

 変化が、二つ。

 

 加山が香取の通り道にエスクードを発動させ体の向きを背後にしたこと。

 そして──二宮のハウンドが放たれたこと。

 

 二宮のハウンドは加山と香取双方に降り注ぐ。

 

 加山は帯島のシールドでそれらを弾きながら、加山もまたハウンドを生成する。

 

 ──私を分断して先んじて背後の二人を倒すつもり? 

 

 そうはさせるか。

 香取は二宮のハウンドを防ぎつつ、エスクードで封鎖された路地──その側面にあった建造物の壁をスコーピオンで斬り裂き、侵入。

 建物内部から窓枠をぶち抜き、加山へと向かう。

 

 加山はハウンドをカメレオンで隠れた二人へ分割し向けながら、香取がぶち抜いた窓の前にエスクードを発動。

 ──甘いのよ。

 加山のエスクードの射出点に予め足をかけ、その上に乗る。

 

 こうすることで。

 乗り越える、というアクションを省く。

 

 加山はハウンドを生成し。

 エスクードを今セットしている。

 

 そして──今自分は加山に肉薄している。

 

 今なら狩れる。

 そう思った。

 

 しかし。

 そう本能が叫ぶと同時──香取の視線は加山の隣にいる帯島に向かう。

 

 帯島は。

 今、香取を認識した。

 こちらを見たと同時。

 それでも尚──加山ではなく、背後の若村と三浦に視線を向けている。

 

 何故だ? 

 今まさに、加山に危機が迫っているのに。何故加山をカバーする動きをしないのは。

 その目敏さが。

 加山に踏み込もうとする一歩に待ったをかけ──グラスホッパーをセットさせた。

 

 

 その時だった。

 若村と三浦に向け生成されたハウンドが──香取に向けて放たれたのは。

 

 

「──しゃらくさい!」

 

 香取はグラスホッパーを発動し、それを踏む。

 真っすぐこちらに飛んでくるハウンドを高速移動によって避ける。

 十分に引き付けられたハウンド弾は、その移動により追跡力が失われ、壁に衝突し消え去る

 

 しかし。

 ハウンドを避けられた代償に──加山との距離はこの瞬間に、かなり開いた。

 

 加山と帯島に、カメレオンを解いた若村の弾幕と三浦の突撃が行使される。

 自らの体の後ろに隠した置き弾で三浦の動きに牽制をかける帯島と、シールドで若村の射撃を防ぐ加山。

 

 そして。

 加山はその中でも──香取と開いた距離の間を、エスクードで潰していく。

 

 

 そして。

 

「──よぅ、香取」

 

 銃撃音と共に。

 そんな声が聞こえた。

 

 サ、と鳥肌じみた感覚が全身に走ると同時、その場から跳ねる。

 

 先程自分がいた地点の背後。

 壁が破砕される音が鳴り響いた。

 

 

「──弓場さん....!」

「いい動きで、いい反応だ。──こいつァ、楽しめそうじゃねぇか......!」

 

 バッグワームが解かれ。

 その両の手には、二丁拳銃が握られる。

 

「....」

「....」

 

 互いの視線が交じり、混じる。

 香取は一つ呼吸を整える。

 相手は、凄腕の銃手。

 ──それでも。打倒せねばならない。

 

 弓場の視線が香取の中心線に至り、香取の視線が弓場の両腕の動作に着眼された瞬間。

 

 互いの拳銃が、交差した。

 

 

 香取と弓場が交戦する中。

 加山と帯島が、若村と三浦と対峙する。

 

「──帯島。俺は多分二宮さんにちょっかいかけられる。あんまり援護は出来ないと思うが、対処を頼む」

「了解ッス!」

「外岡先輩もここから西の建物で構えている。仕留め損なったら、逃げるふりしてそこまであの二人を引き付けろ。──今あの二人は司令塔の香取先輩の手から離れてる。チャンスだぜ」

 

 加山は二宮の次弾が放たれる前に、帯島の前にエスクードを設置。

 帯島はその壁の背後に身を潜めて、三浦へ斬りかからんと腰を落とす。

 

「──麓郎君!」

「おう!」

 

 その瞬間、両者は帯島を挟み込む。

 

 ──丁度、二宮が次弾を放ったタイミングだ。

 二宮は建物の裏手側に移動しつつ、弾丸を放ったらしい。建物の陰から弾丸の軌跡がパッ、と浮かぶ。

 

 そして。

 加山の中で思考が巡る。

 

 わざわざ、建物の裏手側。

 それも、レーダーを見てみると──辻のカバー範囲内に入り込みながらそこに移動してきた。

 

 弓場の位置も割れたこのタイミング。

 

 ──ここからはバシバシフルアタックが飛んでくるわけか。

 

 弓場の急襲というリスクが排除できたこのタイミング。

 二宮はフルアタックを遠慮なしに放つことが出来る。

 

 弾丸は広く、分散するように空に広がっていく。

 加山側に向かう弾丸。

 そして帯島と若村・三浦が交戦する地帯。

 

 しかし。

 

 あ、と加山は思った。

 

 加山に向けられたハウンドは。

 途中で──軌道修正がかけられる。

 

 加山に向け真っすぐな軌道を飛ばしつつ。

 その軌道を描かせながら──その中途にかけて追尾性能を強化。

 時間差で──加山の直線軌道を中心として、円弧を描くように──別方向に流れていく。

 それは。

 最初に到来した上空からのハウンドとは、遅れて着弾するタイミングであった。

 

 流れる先には

 今にも三浦に斬りかからんとする帯島がいた。

 

「帯島──!」

 

 気づいた時には。

 もう遅かった。

 

 帯島は上空から現れたハウンドにシールドで対応しつつ三浦に斬りかかり、三浦もそれに対応し弧月で鍔競る。

 

 そうして互いに足を止めたタイミングで──加山に向かうはずのハウンド弾が、遅れて両者を横殴る。

 

「──あ」

「──え」

 

 ハウンドの暴雨を両者は叩きつけられ。

 互いに、穴だらけに。

 両者にとって――これは致命の一撃

 

 トリオンが急激になくなる中。

 

 それでも帯島は──冷静だった。

 

 緊急脱出直前。最後に──アステロイドを生成する。

 

 それを自らの背後にいる若村へと放つ。

 

 

 急転換したハウンドを、加山と同じように観測していた若村。

 それに合わせて上空にシールドを張っていた若村の足元。

 

 そこに、アステロイドを走らせた。

 

「──な」

 

 両足が削れた若村は、そんな声を上げていた。

 その意図を組んだ加山は建物の中から若村に向けハウンドを放つ。

 

 二宮のハウンド。

 帯島のアステロイド。

 この二つの対処に追われ、意識がテンパっている若村の──その背後を通す、加山のハウンドが若村を貫いた。

 

「──くっそ」

 

 一瞬の間に。

 自分以外の全員が消え去った戦場を見て、加山はそう舌打ちをしていた。

 

 

 弓場の拳銃が火を噴くと同時。

 香取は身体を捩る。

 

 捩って、弾丸を背後に流して、そして自らの拳銃も放った。

 

 弓場の弾丸は自らの左ほおを掠め耳を消し飛ばし。

 香取の弾丸は弓場の脇腹に埋め込まれる。

 

 その瞬間。

 香取の左足が、抉られる。

 

「──く」

 

 一丁を撃ち香取の足を動かし。

 止まったと同時にもう一丁で香取の足を削る。

 

 香取の拳銃弾の威力、そして向きを頭に入れた上での、弓場拓磨の確かな技巧であった。

 

「──機動力が死んだら、俺には勝てねぇぜ香取」

 

 解っている。

 この後──弓場がどう動くのかも。

 

 香取はグラスホッパーを生成。

 弓場は後ろに引きながら香取に拳銃を向けている。

 ──拳銃弾の軌道に引っ掛かる訳にはいかない。

 ──でも足が削れたからグラスホッパーを使わなきゃ肉薄できない。

 

 その思考の結果。

 香取の思考は──拳銃が向けられた瞬間に、その軌道から逃れる動作を否定する。

 

 今は。

 無駄な時間は致命となる。

 コンマ一秒も無駄には出来ない。

 弓場の指先の動きに集中する。

 あの指が動く。その瞬間だ。

 

 この身を──あの銃口から逃がすのは。

 

 拳銃が火を噴き。

 香取は──生成したグラスホッパーに、触れた。

 

 弾丸がグラスホッパーを砕き、香取の脇腹を貫き

 香取は横方向へ高速移動で逃れた。

 

 弓場はその瞬間。

 当然香取に向け視線を向け、視線の方向へ拳銃を向ける。

 この視線を向ける→拳銃を向けるという二動作よりも。

 新たなグラスホッパーを用いて、弓場に肉薄する香取の動作の方が速い。

 

 高速移動しながら。

 香取はありったけの弾丸を弓場に叩き込む。

 

 弓場は拳銃を一つ外し、シールドを装着。

 移動しながらの弾丸をそれで弾きつつ──香取に拳銃を向ける。

 

 まだだ。

 まだやれる。

 

 高速移動の中香取は、生き残った右足を必死に伸ばし、弓場の手を蹴り飛ばす。

 その動きを対応するように、弓場もまた香取の身体に前蹴りを叩き込む。

 蹴りに背後に飛ぶ、その瞬間。

 

 香取は──グラスホッパーを弓場の周囲に撒く。

 

「──チェックメイトよ」

 

 グラスホッパーの山に足をかけ。

 更なるグラスホッパーへと向かう。

 向かいながら──弓場に変わらず拳銃を向け、撃ち続ける。

 

 緑川から学んだ──グラスホッパーによる立体攻撃。乱反射。

 

 反射的に弓場は、グラスホッパー陣のうち一つに弾丸を叩き込み、割る。

 丁度香取の視線の先にあったものだ。

 しかし──割れた瞬間に足の向きを調整し、その隣のグラスホッパーへと移動する。

 

「──これも想定していたか。クソ」

 

 弓場は一つそう毒づいて。

 

「だが。チェックメイトはこっちだ。お前はもう、──詰んでんだよ」

 

 弾丸がいくらか弓場の背中を貫くと同時。

 ──弓場は、その場から消えた。

 

 え、と香取が呟くと共に。

 

 鳴り響く銃声。

 抉られる背中。

 

 背後に──弓場の姿。

 

 

「本当は.....二宮サン相手にするまで、隠しておきたかったんだがな。予想以上にお前にブルっちまったぜ、香取ィ」

 

 ああ、と。

 香取は一つ頷いた。

 

「テレポーター.....ね」

 

 自らの視線の先に、ワープを可能とするトリガー。

 テレポーター。

 それを──弓場は、今使ったのだ。

 

「──以前の俺のままなら、お前に仕留められていただろぉよ。掛け値なしに、お前は強くなった。本当に」

 

「──強くなった、なんて結果に意味なんてない!」

 

 グッと、唇を噛み締めて。

 トリオン体が消失するその瞬間。

 思いの丈を、ただ呟いた。

 

「──こんなんじゃ、まだ......!」

 

 ──香取葉子。緊急脱出。

 

「....」

 

 やっぱり。

 いい表情をするようになったじゃねぇか──。

 

 香取葉子の表情を脳裏に刻み。

 弓場拓磨はくるりと背中を向ける。

 

「──行くぜ。加山、外岡」

 

 帯島の緊急脱出の報告を藤丸から聞きながら。

 弓場は──加山と合流せんと走り出した。

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