彼方のボーダーライン   作:丸米

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決着~


ランク戦ROUND4 ⑥

加山は、ある種の狂人であった。

 あるいは、それが彼が持つ一番尖った才能なのかもしれない。

 

 彼は、自己の記憶と他者の記憶を明確に線引きし、自己を確立していた。

 

 加山雄吾、という一人の男と。

 エネドラ、という人間の記憶の集合体と。

 

 二人はあまりにも対照的な人間であった。

 

 片や根底に戦いが嫌いな感性を持つ男。

 片や虐殺を好む男。

 

 片や玄界に生まれた男。

 片や近界に生まれた男。

 

 あまりにも、自身とかけ離れた記憶を持つが故に、加山はその記憶を自らの記憶を明確に線引きし取り扱ってきた。

 

 しかし。

 エネドラから引き継いだ記憶は、ただの過去の集合体ではない。

 

 エネドラがその過去の事象を見聞きし、どう感じたのか。

 そういった、経験知、感覚質の部分まで──加山は記憶として受け取っている。

 

 加山の感覚は、戦いを嫌うが。

 エネドラの感覚上では、戦いが好きで好きで堪らない。いや、正確に言うならば雑魚の蹂躙であるが。

 

 加山は。

 誰かを倒した時に発生する、自らが感じる嫌悪感とは別に。エネドラとしての記憶の集合が提示する征服感、解放感、蹂躙感も共に感じ、理解するという──二つの感覚を同時発生しながら過ごしてきた。

 

 

 それでも。

 加山は自らの記憶とエネドラの記憶を明確に「違うもの」として。

 混同することなくこれまでやってきた。

 

 加山とエネドラの精神性があまりにも違いすぎて、混合することなどあり得なかったのだ。

 

 

 しかし。

 加山は──エネドラと同じ精神性を、獲得してしまった。

 

 眼前に巻き起こった、自身に不都合な出来事を「憎悪してしまう」という精神性を。

 

 

 こうなってしまうと。

 加山とエネドラの記憶が、線引きが崩れこの共通項から混合する事になる。

 

 

 例えば。

 立てた作戦が脆くも崩れ、強大な相手から追い立てられている──この状況下。

 

 これまでの加山ならば、加山の感覚としてこれを処理し、いつものように──理性でもってこれを処理できていたのだと思う。

 

 しかし。

 ひとたび何かを憎悪する精神性を加山が手に入れたが故に。

 ──エネドラが持つ記憶。経験。感覚が、溢れるように加山の中で浮かび上がる事となる。

 

 この状況で、記憶の中から色々なものが連想として浮かび上がる。

 加山が大規模侵攻の中、ミラから必死に逃げ回っている記憶だったり。

 

 ──エネドラが加山に担がれながら必死にハイレインから逃げ回っている記憶だったり。

 ──ミラから伝えられた真実に、灼熱のような憎悪を燃やした時だったり。

 

 

 自分の記憶からもエネドラの記憶からも。

 引き出されていく。

 

 そして。

 エネドラの感覚まで伝わってくる。

 不都合に対する理不尽感。理屈で処理をせずに感情的になるその感覚も。

 

 

『他人の記憶なんてものは。一つの人格で纏めきれるものじゃねぇんだよ』

 

 言葉が。

 言葉が、聞こえる。

 

『記憶の管理者を人格とするなら。その記憶を完全に混同させるか、二つの人格をもって二つともを制御するしかねぇ。役割分担だよ。解るかチビ猿。まあ──ここまでは上手くいっていたじゃねぇか。ここまでのお前の精神力は、本当に強固だった』

 

 笑い声。

 

『でももう終わりだ。──お前が人間性を獲得して、お前は弱くなった。自分に降りかかる理不尽をまっとうに憎んだり、理不尽に思う感覚を。お前は持ってしまった。以前のお前はただの化物だった。でも人間になっちまったから、もうお前だけで、俺の記憶とお前の記憶を住み分ける事が出来なくなる』

 

 けたけた笑う。

 笑う。

 

『──ハナからお前をエネドラは信用なんてしてなかったってことだ。あの黒トリガーはな......お前を依り代に、エネドラという人格をお前の中に宿す事を目的としたモノなんだよ。お前はただ、エネドラがエネドラとして復讐が出来るように用意された猿の器でしかなかった訳だ。傑作だぜ、こりゃあ』

 

 笑い声に。

 精神が押し潰されるような、そんな感覚が。

 

 

『これからお前は──戦いの中で理不尽を感じたり、追い詰められたりするごとに。俺という人格に頼らざるを得なくなる。精々、追い詰められないように頑張れ』

 

 

 さて、と。

 声が聞こえる。

 

『──ま、楽しもうじゃねぇか』

 

 

 

 

「──本当にちいせぇなこの身体。猿のくせに背丈もねぇのか」

 

 ──おい。どうした加山? 

 

 何か。

 数秒の間呆然と立ち尽くしていた加山の姿に──オペレーターの藤丸から声が聞こえる。

 何が違う、といえば。

 全てが違う。

 顔つきも。

 雰囲気も。

 ──その身に纏う、剣呑さまで。

 

「まあ、いいや。──あのスーツ野郎。この前俺に爆撃降らせていた猿か。成程成程。こいつはいい」

 

 異変に気付き。

 

 弓場もまた声をかける。

 

 ──加山! 加山ァ! どうしたァ! 

 

「うるせぇ....」

 

 ふ、と。

 立ち上がり。

 

「──まあいいや。取り敢えず、あの流し目の猿から頂こうかね」

 

 現在の加山は。

 エネドラの記憶を媒体とした人格を基に行動している。

 

 

 その記憶は、最後の最後まで存在している。

 自らが──猿と見下す者共に、傲慢かましてやられた記憶もしっかり刻まれている。

 

 

「こんな原始的な猿の道具なんざ使いたくねぇが。まあ仕方がねぇ。これでしっかりぶっ殺してやるさ」

 

 

 もはや。通信から聞こえる全ての声を雑音として認識し。

 ──普段の加山からしてはあり得ない程の身のこなしをもって、逃げ込んだ路地から飛び出していった。

 

 

 

「──隊長、これ」

「──あの黒トリガーの影響だろうな...」

 

 加山は言っていた。

 近界民から作った黒トリガーを使用して──その基となった人間の記憶が手に入ったのだと。

 

「──すまねぇ。俺は一応加山のベッドの前で備えとく。暴れ出すようなら俺が止める」

「馬鹿を言え隊長。お前も生身だろうが。他のトリオン体の奴とっ捕まえて止めた方が確実だろうが」

「.....この状態のアイツを外部に漏らすのか?」

 

 弓場はそう言うと。

 全員が沈黙した。

 

「──バレたら記憶処置が入るぞ。確実にな。何であれ一回は加山から話を聞かなきゃならねぇ」

 

「──藤丸。お前はこれまで通り加山のサポートしてやれ。もし奴が緊急脱出して暴れ出したら俺がぶん殴ってでも止める」

 

 よし、と一言呟いて。

 弓場はその場を去っていく。

 

 

 二宮隊は。

 攻撃手の辻を先行させ、加山の位置を探らせていた。

 

 辻はマスタークラスの攻撃手。

 単独で戦って、加山に後れを取る事もない。ましてや二宮の援護も十分に受けられる中でなら、猶更。

 

 その辻の頭上。

 ハウンドの軌跡が見えた。

 

 

 追い詰められ、斥候の辻をイチかバチかで倒そうとしたのだろうか。

 

 そう思い、シールドを張りながらその軌跡から逃れんと背後に走りゆくが──。

 

 

「え?」

 

 避けた、そのハウンドは。

 着弾点から──爆撃が巻き起こる。

 

 ──合成弾!? 

 

 

 周囲の路地ごと爆散する弾丸を垣間見て。

 一瞬の判断でシールドを拡張し身を守る。

 

 

 そして。

 眼前に加山雄吾が現れた。

 

 彼に似合わないはずなのに、妙に似合ってしまっている──笑みを浮かべて。

 

 

「発見したぜ」

 

 爆撃が済むと同時。

 吹き飛ばされた周辺区画にエスクードを張り、そこを足場に辻の側面へ向かう。

 

 走りながら──ハウンドキューブを細かく刻み、それを自らの足元に零すように設置しながら。

 

 細かいキューブが辻に向かい拡散しばら撒かれ。

 たたらを踏んで前進し──辻は加山に対し旋空を放つ。

 

「ああ。あの伸びる刃か」

 

 かつての記憶の引き出しからその正体を看破しつつ。斬撃から身を反らし、回避。回避動作と並行しハウンドキューブを生成し、辻に発射。

 

 その動作の滑らかさに一瞬驚愕の表情を見せながら──辻は防御を固める。

 

 その一瞬の間。

 シールドを拡張し、刃をこちらに向ける──その間に。

 

 素早く、滑らかに。

 加山の右腕に──拳銃が握られていた。

 

 

 これは。

 弓場と加山で連携することを想定し、アステロイドを外しセットしていた代物であった。

 

 

 それを、放った。

 

 

 拡張したシールドを、ぶち抜く三連発。

 

 動きのキレも。速さも。

 あらゆる全てが──以前の加山からは考えられない程の向上を果たして。

 辻新之助を──加山は単独で仕留めたのであった。

 

 

「....ち。もう時間か」

 

 

 人格の変質の時間が終わる。

 いわば──この人格は、加山自身が自らの記憶に関して混乱している中で、防御機能的に発生した解離人格である。

 自分の記憶か、エネドラの記憶か。

 その判別がつかずに混乱しているその最中で、混乱を鎮めるために作られた別人格。

 記憶の整理が済めば──また戻っていく。そういう運命だ。

 

 

「ただまあ.....エネドラの記憶を持つってことは、こういう事だ。覚悟しておけ」

 

 

「──加山。()()()()?」

「──はい。戻りました」

 

 加山は。

 懐かしい感覚に襲われていた。

 

 気持ち悪い。

 湧き上がる生理的嫌悪感が、全身をぬるりと滑っていくような。そんな、感覚。

 

 記憶はある。

 自分の記憶として、存在する。

 本来自分が取るはずのない。取る事が出来ないはずの行動を──自分の意識上で取っていたという事実が。記憶が。

 脳内に。

 こびりついている。

 

 

 ──同じだ。

 C級時代に吐いていた時と、全く同じ。

 恐らくこのまま生身に戻ったら、また吐いてしまうのだろう。それが理解できる。理解できてしまう。

 

「だったら──これは命令だ。撤退しろ。自発的に緊急脱出だ」

「.....あと十五分粘れば、二宮隊の得点を防げます」

「──そんなもん、この際どうでもいい。早く俺に話を聞かせろ。これは命令だ」

「....」

 

 最早。

 返す言葉もない。

 

 加山は自発的に緊急脱出し、外岡もそれに倣う。

 

 ──こうして。

 

 ランク戦は──二宮隊の勝利で終えた。

 

 

 

 だが。

 加山雄吾にとって──ここが一つの更なる中継地点でもあった。

 

 

 

 彼が味わう、生き地獄への。

 




この人格のメカニズムに関しては、次にもっとしっかり提示しようと思います。
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