彼方のボーダーライン 作:丸米
俺は誰だ、を。
毎度のように繰り返している。
そうだ。
俺は加山雄吾だ。
今より十五年前に生を受けた。父の名は加山敏郎。母の名は加山透子。母の旧姓は今岡だったはずだ。
俺はチビで、どんくさくて、そのくせ変な感覚を持って生まれた人間だ。
そして。
四年前に第一次侵攻が──。
その記憶を思い出そうとすると。
別の記憶も同時に発生する。
──腹部への激痛。
──湧き上がる怒り。
窓枠から黒い穴倉が見える気がする。
気がするだけだ。気にするな。
腹部から血が流れているような気がする。
気がするだけだ。気にするな。
どうしようもなく体が冷たくなって、感覚が消えていくような気がする。
気がするだけだ。気にするな。
どうしようもないほどのイラつきが腹の底から頭にかけて突き抜けていく気がする。
気がするだけだ。気にするな。
今まで殺してきた誰かが怨嗟を上げてこちらに掴みかかってきている気がする。
気がするだけだ。気にするな。
全員が俺を裏切ろうとしているのではないか、と疑っている気がする。
気がするだけだ。気にするな。
悲鳴が聞こえる気がする。
断末魔が響く気がする。
味方なんていない気がする。
物に当たりたくなっている気がする。
暴れたくて仕方がなくなっている気がする。
そうだ。
全部全部、気がするだけだ。
気にするな。
するんじゃない。
「....成程なぁ」
加山雄吾は。
毛布を身に纏い、倒れ伏して──呟く。
「これが、お前の世界か」
トリガー角で変質した脳味噌から見える世界。
それが、これか。
これだったのか。
「──骨が折れそう、だな。は、はは、はは」
これを受け入れると決めたのだ。
──脳が拒絶するはずだ。こんなものと同一化するなんて。
「──次の。次のランク戦までに。何とかしなければ....」
※
「どうもどうも。皆さんお集りのようで」
ボーダー本部内にある、とある作戦室。
そこには、少人数の人間のみで構成され何人かは、如何にも急遽集められたといった感じのメンバーがいて、そして実際に急遽集められていた。
A級隊長の複数(太刀川・冬島・風間・嵐山・三輪)と、城戸司令に忍田本部長、そして東春秋。複数人は席に着き、そして複数人は座席が足りないのか立っている。
その室内に最後に入ってきたのは──迅悠一であった。
「──敵の襲撃があるようだな」
「ですね。レプリカ先生からの情報で、近々アフトクラトル属国のうち二国がこっちに近付いてくるみたいですね」
一国が、ガロプラ。
二国が、ロドクルーン。
この二国が、こちらに攻撃を仕掛けてくる可能性があるとの事であった。
「襲ってくるとしたら、トリオン目的か....」
「うーん。今日市街地を見に行ったんですけど。特段被害を受けている未来が見えなかったですね。C級ブースに行っても同じ。一般人とC級へ被害を受ける可能性は低いうえに、攫われるとなるとほぼ皆無」
「,,,ふむん。あくまで本部への攻撃に焦点を絞っているのか...」
「その可能性が高そうですね」
「....」
その後の方針としては。
基本的に迎撃は対外秘で行う事と、徹底した情報規制を行い──交戦を市民に悟らせないこと。
大規模侵攻から間もなく、緊張状態にある市民に更に刺激する訳にもいかないため、戦闘に参加するのもA級とB級部隊の一部のみ。
城戸が音頭を取り方針が決まり、緊急の会議は終わる。
そして。
「残ってもらってすみません」
会議室には。
城戸、忍田、東が残る。
「──何かあったのか」
「多分、一回このメンバーで結論を出してから皆に話した方がいいのかな、と思いまして。──この襲撃。アフトクラトルの角つきが襲撃に参加する可能性があります」
「....そうか」
「参加するのは確定で一人。ワープ使いか砲撃野郎のどちらか。可能性としては十中八九砲撃野郎が来る。あの新型を何体か引き連れて」
砲撃野郎、とは。
先月の大規模侵攻において、縦横無尽にこちらに被害をくらわした大柄な男。
「....あいつか。しかしあの火力で襲い掛かられたら、流石に秘密裏に事を進めるのは出来ないだろう」
あの男のトリガーは、空中を飛べるジェットと何十とある砲台であり、──空爆という、秘密裏に処理するにはあまりにも面倒な戦い方をする男だ。
戦力としてもあの超火力は非常に厄介であるが──何より面倒なのが、そのド派手さ。
秘密裏に処理をしなければならない状況下で、あの男の二度目の来訪は心底厄介この上ない。
「....何か手立てはあるのか。迅?」
「あります。──加山が適応しているあの黒トリガーです。アレの機能で、トリオンに干渉してジャミングを行えるじゃないですか。それ使って奴を空中から叩き落すことが出来る」
大量のトリオンを噴出材として利用し、空中で制御をおこなっているあのトリガーは、加山が適応した黒トリガーにより干渉を行う事が可能であろう、と。
「恐らくですけど。アフトクラトルの人型の目的は加山の黒トリガーの奪取です。──なら加山があのトリガーを使えば勝手に寄ってくれる。──ただ」
「ただ?」
「今の加山は──ちょっと、危うい」
※
日曜が過ぎ。
月曜となった。
土曜に眠れなかったため、市販の睡眠導入剤を飲んだ。
一錠飲んだら耳鳴りが凄かったので、用法を超えて二錠飲んだ。
そうしたら泥のような眠りに落ちていった。
眠りの中でもそこは記憶の連続であった。
ぐるぐるぐるぐる。
エネドラの記憶が飛び回っている。
悪夢の中。起きることも許されずずっとエネドラの記憶の中で足掻いていた。
自分はエネドラとなり、エネドラとして記憶の中に入り込んでいた。
エネドラの視点から物事を見つめ、エネドラが好きなものを好きなものとして認識し、エネドラの嫌いなものを嫌いなものとして認識し、
イラつき。
暴れまわり。
虐殺した。
身が凍る程の恐怖を覚えたあの断末魔が、甘美なものとして受け入れている矛盾。
その矛盾が矛盾として認識されなくなる時、それが自我が崩壊する時なのだろう。そう意識した瞬間、自分は何者であるのか。その在処を探す。
俺は何が好きだったのか。
俺は何が嫌いだったのか。
俺はどんな人と出会ってどんな人生を送っていたのか。
探す。探し続ける。俺が俺としてある証明を。俺がエネドラであることの反論材料を。
巡る記憶はエネドラの記憶ばかり。当然だ。今俺はエネドラの記憶の中に入り込んでいるのだから。
エネドラと自分の記憶を合一する事を覚悟してから。
まるで枷が外れたかのように──その記憶が流れ込み、雪崩れ込んできた。
自己の記憶と混ざる、というよりは。
自己の記憶を押し潰す、という感触が正しい。
それだけ。
──エネドラ、という記憶の中には。
──加山が押し殺してきた全ての感情があったから。
激痛の中目覚める。
布団が血に汚れている。
自分の両腕を掻き毟っている跡が見える。
時計を見る。
もう午前9時を回っていた。
学校に欠席の連絡を入れ、加山は立ち上がり──鏡を見る。
よかった。
俺は加山雄吾だ。
エネドラじゃない。
加山雄吾の顔をしている。肉体をしている。ひどい顔だけど。
『──バーカ』
鏡に。
何かが映っている気がした。
※
「──今日の防衛任務、加山は欠席だ。理由は、まあ全員知っているだろう」
「....」
「ランク戦までには絶対に戻る、とアイツは言っているが。最悪、次の一戦はアイツ抜きで行う事も覚悟する」
「.....ッス」
「だがまあ、そこまで深刻にとらえるな。──あいつが大丈夫と言っているんだ。信じてやろう」
そうは言うものの。
やはり気になるのも事実で。
「──ったく。明日顔が出せねぇようなら、ちと見に行ってやるかね」
がしがしと頭を掻いて、弓場はそう言った。
※
「ヒュース」
玉狛支部にはお子様が一人いる。
最近──ヒュースの周囲に付きまとっているお子様だ。
名を、林藤陽太郎。
支部長である林藤の息子──と噂されるお子様である。
「おれからのありがたいおくりものだ」
なんだ、と一つ声を出し。
その手に渡されたものは──。
黒い棘状の欠片が集合した冠──といった風情の、トリガー。
ヒュースが使用していた──蝶の楯だ。
「....何故、これを」
捕虜に、武器を返却する理由が何処にあるというのか。
「.....迅がいっていた。これをわたさなければ、おまえがしんでしまうと」
「....」
「だから、わたす」
そう言って陽太郎は、ヒュースに割り当てられた部屋から出ていった。
※
加山はランク戦前日には復帰した。
非常に顔色も悪く、まともに食事もとれないほどに酷い有様であったが。
それでも──何とか次の日のランク戦昼の部に参加した。
中位から上がってきた東隊と王子隊との三つ巴戦。
加山は序盤に王子隊との交戦を行っている中、東隊長のスナイプによりあっさりと撃墜。
その中で王子隊万能手の樫尾と東隊小荒井を仕留め二ポイントを奪取。戦闘の中での動きそのものは大きく向上を果たしているものの──東への警戒が薄く、以前よりも立ち回りの精彩を欠くと解説(二宮)を受けた。
試合は最後まで生き残った弓場が奮闘し二ポイントを追加し、総計四ポイントを取得。
至極当然のごとく最後まで生き残った東春秋相手に膠着状態となり、生存点を稼ぐ事叶わず。四ポイントでなんとか一位に着地した。
「....」
「ま、こういう日もある。次回までに修正すべきところは修正しろ」
まだ。
まだ思考がまとまらない。
換装体に切り替えた所で、幻聴幻覚耳鳴りが止まない。
統合しなかったら別人格が生まれ。
統合を始めると記憶の混濁から現実認知にバグが生じる。
──エネドラの記憶は、今のところ加山を蝕む呪いとしてそこに存在していた。
「加山」
ランク戦が終わった後。
弓場から一つ手渡される。
それは
「.....これ」
「お前の黒トリガーだ」
「そりゃ解るんですけど.....何で今?」
「さあな。──迅から受け取った。お前に渡せってよ」
「....」
さあて。
迅から、というのが非常に重要だ。これからこいつを使わなければならない状況が出てくるという事だろうが。
これを使う状況が、何らかの未来の分水嶺になるという事だろう。
「....」
仮に運命というものがあるのならば。
このタイミングというのが、実にいやらしい。
「....仕方がない」
絶対にロクでもない事が起きる──そう予感しながら。
加山は黒トリガーを受け取った。
※
そうして。
敵勢が動き出す。
「──それでは皆々。それぞれの作戦を開始しようか」
ランバネインがそう告げると共に。
──総勢六人の近界民が、『門』より玄界の地上へと降り立った。
貴重なランク戦...!
貴重、であるがっ...!
あえて...!あえて、”流す”....!
そういう、割り切り...!
そう、割り切りなのだっ...!
ランク戦→ガロプラ戦は心底めんどいのでクッソ雑にROUND5は流しました。ご理解頂ければ幸いです。