彼方のボーダーライン   作:丸米

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煙に巻く黒

 痛みが走る。

 トリオン体ではありえない──否。

 生身の肉体であってもあり得ないほどの痛みが。

 

 トリオン体であっても痛覚は存在しており、そして僅かながら痛覚の機能は働いている。

 痛覚を完全に排除したり、痛覚を完全にオフにする事もそれはそれで弊害がある。痛みを排することによる恐怖心の低減やそれに伴う反射行動の鈍化等々。それ故に、トリオン体は微弱な痛みを発生させる程度に痛覚を残しているのだ。

 

 加山はそこに干渉をしたのだ。

 

 本来は微弱な刺激だけを伝えるだけのトリオン体の痛覚。──その痛覚の機能を拡張し、生身の痛覚より鋭敏になってしまった。

 

「...ぐ!」

「どうした、随分と苦しそうだな!」

 

 例えば攻撃の余波で飛んでくる瓦礫と衝突したり。

 例えば高所から飛び降りた際に両足と地面が接地したり。

 

 こういう事象──トリオン体なら痛みすら走らないような些細な出来事にも、痛みが走る。

 

 ──まずいな。

 

 一つ言えることは。

 ヒュースはこの三つ巴の中で、真っ先に落脱する可能性が高いということだ。

 

 電磁力を打ち消せるエネドラの黒トリガーは、蝶の楯とあまりにも相性が悪い。欠片は電流に触れると動きが止まる。斥力による攻撃もほとんど通用しない。そして今の自分のトリオン体の状態。一番に不利に置かれている状況なのは、自分だ。

 

「.....」

 

 それでも。

 あくまで冷静に──この状況を切り抜ける方策をヒュースは練る。

 

 そして。

 眼前にいる加山雄吾と。

 かつて──自身を尋問し、修と対峙していた加山雄吾。

 

 その隔たりもまた、認識する。

 

 この男はヒュースを恨んでいるだろう。ガロプラ襲撃の混乱に乗じてこちらを殺しに来る意図も理解できる。

 ここで仮に自分が死んだとしても。

 捕虜が混乱に乗じて逃げようとし、それを止めようとして戦闘になったと言い訳もたつ。

 そしてこちらが生身になったところでトリオン兵かランバネインに殺されたとでもいえば死んでも理屈は通る。自分はここで死んだところで、特段問題はない。この男が言うように──愚かな捕虜が一人死ぬというだけだ。

 

 そう理解はできるが。

 かつて──この男が鬼気迫る形相を突き付けながら自らと向かい合ったとき。

 こんな表情であったか? 

 こんな風に、嬉しそうに人に殺意を向けられる人間だったか? 

 

 いや違う。

 この男は自身の中の良心や罪悪感を認識しながらも、そのうえで──近界を滅ぼすと言える男だったはずだ。

 こちらが苦しむ様を見て笑える人間ではなかったはずだ。

 

 ならば。

 

「.....お前は、誰だ?」

 

 ──こいつは、カヤマユウゴではない。

 

 ならば。

 これは何者だ。

 ヒュースは──その答えらしきものに辿り着いてはいた。

 しかし。

 辿り着いた答えの、どうしようもないありえなさも同時に理解していた。

 ありえない。

 ありえる訳がない。

 ──死者が蘇るなんて、そんな事が。

 

「──嫌でも思い知ることになるから安心しろ」

 

 そう言って。

 加山らしき誰かは口元を歪ませた。

 

 

 一方。

 ランバネイン側もまた、立ち回りをどうするべくか決めあぐねていた。

 

 ──あの黒トリガー使いはヒュースと連携せねば倒せないが、そのヒュースが随分と追い詰められている。

 それ故に。

 

 ──ヒュースが生きているうちにあの黒トリガー使いを倒さねばならない、と考えるべきか。

 ──それとも弱っているヒュースを確実に仕留め、最低限の目的を達成するべきか。

 

 今回ランバネインはミラの支援を受けられない。

 それ故に、倒されるまで戦うという選択肢を取れない。

 艦に帰還する為のトリオンも残しておかなければならない。

 

 自らが置かれている状況や、理性は、無理せずヒュースを仕留めろと判断をする。

 しかしランバネイン自身は、たまらなく黒トリガー使いと戦いたがっていた。

 それは、当然より苛烈な戦争を望む自身の本能の部分で求めている事でもあるが。

 ──それより、なにより。

 ──この男の様が、かつて共に戦った何者かに、どうしても重なってしまうのだ。

 

 ランバネインもまた、ヒュースと同じく。

 眼前の男の正体らしきものに辿り着いていた。

 

「──思い知って、死ぬんだよ。テメェ等はな」

 

 けひゃけひゃ笑うその声音は。

 間違いなく加山雄吾のものではなかった。

 

 

 手甲上の円輪のようなブレードを携え。

『門』を開きドグを呼び込み。

 

 ウェン・ソーは──香取と帯島に斬りかかる。

 本部内にある、倉庫の一角。

 ある程度の広さの開けた空間の中。

 彼等は交戦していた。

 

 現在。

 弓場隊は加山と弓場は別行動中。外岡は外の狙撃部隊と合流している。一人残された帯島が本部内の警護に当たっていた。

 香取隊は招集がかけられた際香取は風間と訓練を行っており、外に向かう途中で侵入者の報を聞く。本部の指示によりその撃退にあたる。

 

 要はこの二人。

 特段の連携の訓練を行っているわけではないのだ。

 

「──ハウンド」

 

 斬りかかるウェンに、受け太刀の体勢を取る前。

 帯島はハウンドキューブを背後に置く。

 

 ウェンの刃と帯島の弧月が交差する瞬間、──連携し、左右から襲い掛かるドグを破砕する。

 

 ──自分と香取先輩だと、細かい連携は出来ない。だから役割分担だ。自分が敵の足を止めて──

 

 動きが止まるウェンの側面より。

 香取の弾丸が叩き込まれる。

 

 ウェンはそれを視認し、シールドを展開。襲い来る弾丸を防ぎつつ、くるり体幹を回し帯島の側面を取る。

 

 この動きにより、香取と帯島とウェンの位置が丁度一直線となる。

 香取の射線上に帯島が入り込む形。

 一つ舌打ちし、香取はウェンに回り込む。

 

 ──各々の動きは悪くないみたいだが、連携の練度は低いね。

 

 あの状況。

 キッチリ両者が意思疎通ができる状態ならば、帯島が位置取りを変えて香取の射撃を継続させるのがベストの連携となる。そうすれば攻撃の手を止めさせることなく、帯島もまた攻撃に参加できたであろうから。

 しかし、そのベストを選びきれていない。

 帯島もそれに気付いてか──ハッとその事実に気づき、即座に位置取りを変えていた。

 

 しかし。

 攻撃の主が香取に変わった瞬間──攻撃の苛烈さが濁流の如く嵩増す。

 

 ──手強いのはこの拳銃女の方か。

 

 タン、タン、と流れるようなステップからこちらを囲うように弾丸を撒き、シールドの展開と同時に死角側から刃で突撃をかける。

 鋭く、速い。

 その動きの間隙を突くように、剣使いが追尾弾を側面に弾丸を飛ばしこちらの足を止めさせる。そしてドグを呼び出した際の露払いも素早く正確。──拳銃使いの女が気持ちよく暴れられるように防の構えに徹している。

 

 ──剣使いは、手強くはないが役割に準じている。徹底してこちらの足を止めさせる

 

 攻防の役割分担がこの短時間でなされ、それが一応の形になっている。

 

 ──なら、一度連携を崩せばいい。

 

 斬りかかる香取を蹴り飛ばし。

 ウェンは両者から距離を取り──地面に、背中から取り出した何かを叩きつける。

 また犬を呼び出すのかと足を止めた二人の前に。

 

 舞い上がる煙が視界を埋めていく。

 

「──煙幕」

「相手はこっちに侵入する時にトリオン兵に変装している。化けてこっちに来る可能性もあるから、奇襲に注意して」

「了解ッス」

 

 香取の指示に一つ頷き。

 煙幕の外で二人は一定の距離を取り襲撃に備える。

 

藁の兵(セルヴィトラ)

 

 そうウェンが口にするとともに。

 煙幕から飛び出てきたのは、まず複数のドグであった。

 そして。

 

 ──大量のウェン・ソーの群れであった。

 

「.....分身!」

 

「──なによこれ!」

 

 その群れは、まさしく分身であった。

 共に同じ動作を行使する、位置だけが異なるコピーの群れ。

 

「──落ち着いてください! これ、本物以外の攻撃は通りません!」

 同じ動作を行使するそれは、本物を除きただすり抜けるだけの虚像でしかない。

「よく解っているじゃないか──でも、どれが本物か見抜けるかい?」

 

 狙うは、香取。

 ここまで攻撃中心の組み立てを行ってきた彼女は、この手を使えばどうしても攻撃の手を緩めるほかない。

「華.....! 本物のトリオン反応にマーキングできる!?」

「駄目....! 分身にもトリオン反応がある。こっちからじゃ見分けがつかない」

 そして分身にもそれぞれトリオン反応があるようだ。

 ──虚像に仕込まれたダミービーコンのようなものか。そう帯島はこのトリガーを解釈した。

 

 ──あたしの役割はあくまでこの追手の足止め。ならば狙うのは落としやすい方ではなく、自分が落とされそうな方だ。

 

 虚像の群れから逃れんとグラスホッパーを使用。

 その瞬間、上向いた視界から──見える。

 

 八面体の形状の浮遊物体。

 それが天井付近に散らばっていることを。

 

「──上よ!」

 

 香取のその言葉に帯島もまた、それに気付く。

 

「あの年増の動きに注意して──上のやつを破壊していくわよ!」

「了解ッス!」

 

 香取は拳銃。

 帯島はハウンドキューブ。

 

 それぞれを天井に向け──浮遊体を破壊していく。

 

 櫛の歯が抜けるように、浮遊体が破壊されるごとにウェンの分身体が消えていく。

 

「──気付いたか。でも」

 

 ウェンは再度、煙幕を撒く。

 

「また同じ手! そんなのが通用するなんて.....!」

 

 煙幕の中。

 周囲に意識を向け視界を確保せんと交代する香取の──その横っ腹に。

 

 自身を押し潰すような、打撃の衝撃が叩き込まれる。

 

「香取せんぱ──」

 

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる音を聞き咎め叫ぶ帯島の──その正面からも。

 

 それは行使された。

 巨大な、盾のような分厚い腕から行使される──打撃が。

 

 帯島は弧月にてそれを受け、それでも衝撃に背後へ押し込まれていく。

 

 その視界に見えたのは。

 

「....これ、この前の新型!」

「ラービット!」

 

 ラービットが、そこにいた。

 香取と、帯島の眼前に──それぞれ一体ずつ。

 

「.....アフトクラトル製なんて、出来れば使いたくなかったけど。背に腹は代えられない」

 

 煙に紛れ。

 分身に紛れ。

 

 向かうは──香取葉子の首元。

 

「強かったけど、まだまだ未熟だったねお嬢ちゃん。──ここで仕留めさせてもらうよ」

 

 壁に叩きつけられながらも。

 香取は迫りくる敵の気配を察知し、拳銃を向ける。

 

 しかし。

 

 ──どれが、本物よ。

 

 銃口を向けるべき先。

 それが、解らない。

 

 

「──右から二番目」

 

 声が聞こえた。

 何とも、平坦な声だった。

 

 それでも──進退窮まるその中で、香取は指示通りに引金を引いた。

 

「む」

 

 銃口が向けられた瞬間。

 

 ウェンは即座に背後に引き、弾丸を避ける。

 ──ラービットの背後に回り込み、盾代わりに使用することで。

 

 

「──随分と手こずっているみたいだね。あんなの、大したことないのに」

「助太刀に来ました」

 

 煙幕が晴れ、声の方向に視線をやる。

 

 そこには──風間隊の菊地原と歌川の姿があった。

 

「....チ。ここにきて新しい増援か」

 

 ──増援の方は、藁の兵のからくりを見抜いているみたいだね。

 

 こちらの手勢はあと精々ドグが数匹。

 そして──このアフトクラトルの新型が二体。

 

 ──まあ、これで四人を引き付けることが出来ているわけだ。仕事としては上出来だろう。

 

「──まだまだやれることはある。さあ、かかってきな」

 

 ラービット二体を従え。

 ウェンは一つ息を吐いた。

 

 

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