彼方のボーダーライン 作:丸米
状況は悪化しているようには見えるが。
然程でもない、と東は見ていた。
「──東さん。人型近界民を発見しました。黒江隊員と共に迎撃にあたります」
新しい戦力の投入は、ラービット。
あの大規模侵攻時。
アフトクラトルはラービットをこちらの戦力の分散を目的に動かしてきた。
今回の敵の動きを見るに。
外側の戦力を、内側に入れないために動いている。
本部内に侵入した敵の排除に、外側の部隊を向かわせないために。
──東春秋は、あの大規模侵攻で敵が仕掛けてきた策を思い返していた。
こちらの戦力を一度盤面に吐き出させ、分散させ、
敵は恐らく──今現有戦力のほとんどを吐き出した状態であろう。
とはいえ。
こちらもまた追加の戦力などない。
だが。
底が解った事で──つぎ込めるものは戦力だけではない。
「狙撃班。全員地上に降りて、散開」
狙撃手部隊に指示を出し。
「漆間、巴」
そして。
「ダミービーコンを起動しろ」
そう──各員に指示を飛ばした。
※
「目標を補足したわ黒江ちゃん」
「解ってます。──私が先行しますから、足を引っ張らないようにお願いします」
住宅街の街路上。
きのこ頭にもみあげにヒゲという、奈良坂と太刀川の要素をそれぞれツギハギした印象の男がそこにいた。
「見つかったか。──しかも手練れの方に」
男は特に表情を変えずに、木虎と黒江を見ていた。
「──
そう呟き。
自らの周囲にスライムのような黒い液体を身に纏わせる。
それは流線状にうねりを上げて男の周囲を包んでいく。
「ヨミ。アフトの新型、一体こっちに頂戴」
男の背後に『門』が開き。
プレーン型のラービットが一体、姿を現す。
そして。
男は身に纏わせた液体を──ラービットの両腕にもまた、纏わせた。
「.....あの液体の性質をまず解明するわ」
木虎はジッと、その液体状のトリガーを見やる。
一先ず。
射撃を一つ、二つ。
弾道に合わせ液体がうねるように動き、弾丸を包み、動きを止める。
──トリオンがアレに通ると、動きが止まる。恐らくは妨害系のトリガー。
「あの液体に触れちゃダメよ、双葉ちゃん」
「解ってます!」
うねる液体が、両者に降りかかる。
動きそのものはそこまで速くない。回避自体は難しくない──が。
「双葉ちゃん!」
「.....く!」
回避動作に合わせ──ラービットが横っ面からの突撃をかけてくる。
距離を瞬時に詰めての打撃。
それが黒江に行使される。
あの打撃は、衝撃としては非常に強力であるが、ダメージとしては皆無に近い。
それ故に、受け身を取る事を優先し、黒江はそれを反射で腕でもって受け止めた。
「これ.....!」
されど。
衝撃は一切なかった。
その代わり。
ラービットの腕に付着した黒壁の液体が、黒江の左腕全体を包む。
それは弾力のあるジェル、といった具合のものであった。
包まれたそれは掌まで及び、指の可動域までぶよぶよしたジェルに覆われる。
試しに両腕で刀を掴もうとしたが──黒壁のジェルに妨害され、握れない。
「──液状の鉛弾のようなものかしらね。付着すると動きに妨害が入る。双葉ちゃん、私の背後に入って」
「必要ありません」
たかが片腕使えない程度で、下がらなければならない、という事はないだろう。
「──すぐに片づけます」
韋駄天をセットし。
彼女は一つ息を吐いた。
※
「──東さんは足止め、って言ってたけど。ラービットって撃破よりも足止めの方が難しくない? めちゃくちゃ速いじゃん」
放たれた四体のラービットを撃破に向かう中。
緑川はそう米屋に言った。
「普通だったらそうだが。──今回は秀次がいる。心配いらねぇ」
「基本は俺の鉛弾でラービットの動きを制限しつつ数を減らしていく。奴等に複雑な連携は出来ない。寄り集まったところで各個撃破していけばいいだけだ」
ラービットの強さとは、他のトリオン兵と一線を画す速さと硬さにある。
その硬さのせいで射撃は通らず。
その速さのせいで近付く事すら容易ではない。
そのラービットの強みに対抗できる武器を、三輪は持っている。
鉛弾。
硬い外装であれ鉛弾ならば通る。
素早い動きも鉛弾で制限をかけ、自重で動けなくすることもできる。
三輪の鉛弾は、ラービット対策の一つの正答に近い。
「見えてきたな」
街路に一定の間隔を取りながら移動するラービットの集団が見えてくる。その中央にはガロプラの人型トリオン兵が二体並走している。
「──こちら米屋。ザキさん、生きてる~?」
「生きてるぞ。どうする? この位置から撃つか?」
柿崎隊は東からの指示により、柿崎・照屋がラービットの背後を追いつつ、巴が隊から離れダミービーコンを撒きに向かっている。
「頼みます。俺と緑川で襲撃をかけるんで、同じ個体に弾丸をぶっこんでください」
「了解!」
米屋と緑川は左右に別れると同時。
左端のラービットに狙いを定めた。
「取り敢えず一体いっとくか」
緑川がグラスホッパーで先行し、ラービットの懐に潜り込む。
その対処の為、ラービットは左手の甲にて緑川を押しのける。
左腕を動かし、空いた空間。
そこに米屋は槍を突き出す。
突き出した槍で腹部を貫き、刃先を横に動かし斬り裂かんと力を籠める。
その動きは。
右腕にて槍が掴まれる事で、妨害される。
この瞬間。
ラービットの左右の腕が、封じられる形となった。
「今だ」
米屋の合図と共に。
三輪の鉛弾がラービットに叩き込まれる。
黒々とした弾丸が、黒々とした軌道と共にその全身にトリオンの重石を叩き込まれていく。
「──文香!」
「はい、隊長!」
そして。
──三輪秀次に襲い掛かる、人型トリオン兵を見咎めた柿崎隊による掃射が行使される。
人型トリオン兵──アイドラは、掃射方向と対象を見ると同時に、その場より飛びのく。
その動作は、実に機敏であり──何より、鉛弾を使用する三輪を最大の脅威として認識して襲い掛かるだけの判断力を備えていた、という事でもある。
「やっぱり。あの人型だけがどうにも動きが違うな。──まあ、何にせよラービット一体無力化出来たな」
全身に重石をつけられたラービットが、その重さに引きずり込まれるように地面に倒れ伏す。
「この調子でじゃんじゃん狩って行こうぜ。──秀次。次も頼むぜ」
「ああ」
三輪は、次なる標的を定めるべく拳銃を構える。
引金に指をかけんとするその瞬間。
アイドラのうち一体が周囲の建造物の壁を叩き壊し、それを掴んで──その射線上に割り込んできた。
「む...」
鉛弾は掴まれた壁の欠片に当たり、重石が発生する。
恐らくは、ラービットへの射撃を妨害したのだろう。
射撃を防ぐと同時、壁の欠片を三輪に投げ込む。
左腕でそれを防ぐとともに、欠片が飛び散る。
アイドラはその隙に三輪の側面を回り、ブレードにて斬りかかる。
「──三輪!」
その動きに気付いた柿崎が、即座にアイドラに近付き弧月を振るう。
が。
「ぐぉぉ....!」
弧月を振りかぶる柿崎に、他のラービットの拳撃が叩き込まれ、吹き飛ばされる。
五メートル程先にある建造物に叩き込まれ、距離が離される。
されど。
柿崎の呼びかけにより──側面に回ったアイドラの動きに、一拍早く三輪は対処することが出来た。
「──鬱陶しい.....!」
斬りかかるブレードの内側に潜り込むと同時。
三輪はアイドラの腕側から側面に回り込むと──鉛弾を叩き込む。
ブレードを操る右腕と。
その両足に向け。
それぞれに重石を付けられたアイドラは、がくりとその重みに身体のバランスを崩し、倒れ込む。
「──三輪! 気を付けろ! また一体、こちらに来ている」
瞬間。
忍田本部長より、報告が上がる。
「──天羽から、色が移ったと報告があった! この一際手練れの新型トリオン兵は、倒されると次に移る!」
成程、と三輪は呟いた。
誰かが二人がかりで操縦をしているか。それとも同時起用が二体までという制限がかかっている強化トリガーか。
どちらにせよ──動きの精度と判断力に富んだ人型トリオン兵が、常に二体発生することになる訳だ。
「こりゃ中々大変だな。細かい連携が効かないラービットの動きを、上手くあの人型トリオン兵がカバーしている」
「三輪先輩の鉛弾の特性がもうバレているね。一体が常に三輪先輩に張り付いている」
ラービットが一体倒され。
その経過から──あの二体の人型トリオン兵だけは、そこから学習を行った。
トリオンを透過する性質から、物質を盾に使用して防御をするという対策も。
そしてラービットの動作に合わせて各自の動きを妨害する動作も。
ラービット程のスペックは無いにしろ。
連携を軸に置いた行動と的確な判断力が備わっている。
ラービットにとって最も強力な対抗策を持つ三輪の動向を常に監視し、妨害を入れつつ──。
「おおっと!」
アイドラのうち一体が、緑川に口内からビームを放つ。
その回避動作の為ステップを踏んでいる間に──ラービットの殴打が緑川の全身を強く打ち付ける。
「──ちょくちょくラービットとも連携してくるな。中々、うざい」
ラービットという強力な駒三つに。
バランサーが二つ。
その脅威に瞠目しつつ、──それでも米屋陽介は、笑った。
「面白れぇ」
笑って。
柿崎と緑川を吹き飛ばしたラービットの前で──正眼に槍を構えた。
「やってやる」
※
「──メテオラ」
歌川が天井付近に浮くトリガーを爆撃にて破砕すると同時。
菊地原がウェンへ肉薄していく。
天井の爆砕と共に浮遊する藁の兵のトリガーが消え去り、その分だけウェンの虚像が消えていく。
虚像の中を、菊地原は真っすぐに進む。
──強化された聴覚が、本物のウェンを探し当てる。
「....」
どういう理屈かは知らないが。
この垂れ目の男は藁の兵のカラクリを見抜いているらしい。
数ある分身に目もくれず、本物を探し当て斬りかかってくる。
──真っ先に倒さなければいけないのは、あの男だね。
そうウェンが判断し。
襲い来る菊地原に迎撃をかけ──足を止めた所でラービットに襲撃をかけさせる。
「させるか...!」
ラービットが襲撃の為に踏み込んだ足先。
そこに香取は──グラスホッパーを一つ設置する。
それは──空閑遊真がランク戦で多用するグラスホッパーの利用法。
自らを推進させる道具としてではなく、敵に踏ませ予期せぬ状況に落とし込むための。
菊地原にその拳が届く前に、ラービットを斜め後方に吹き飛ばす。
香取は、吹き飛ばされ倒れ伏したラービットの急所たる目玉に射撃を叩き込みながら肉薄していく。
倒れながらもラービットは両腕をもって弾丸を防ぐが、その分脆い腹が剥き出しになる。
「何度も、何度も.....!」
大規模侵攻の時。
そして、今。
香取隊は──幾度となくこのラービットに煮え湯を飲まされてきた。
その記憶が、香取の中で回帰していく。
「邪魔を、しやがって....!」
ぶっ殺す。
その意識を根元に置き、香取は右手でスコーピオンを握り込み、ラービットの腹の上に乗る。
そして、突き刺す。
横薙ぎに斬ると、一撃ごとに時間がかかる。そうなるとラービットの迎撃に対応できないかもしれない。
故に、香取は逆手にてスコーピオンを握り、最小限の動作で幾度となくグサグサと突き刺していく。
たまらじとラービットの腕が、香取を振り払うように右腕を横に振る。
「当たんないわよ」
振った腕の内側に潜り込み、その掌を蹴る。
腕を振った勢いのままそれを蹴り上げた香取は、倒れるラービットの横側に飛んでいく。
しかし飛びながらも香取は、グラスホッパーを空中に配置。
自らを振り払うために腕を振り──急所である目玉を空けてしまったラービット目掛け、高速で飛び掛かる。
ラービットの顔面を横切りながら──その勢いのまま、ラービットの目玉を斬り裂いた。
一体、ここで香取はラービットを沈めた。
「──やるじゃん」
その様をチラリ横目で垣間見てそんな言葉を吐いた菊地原は。
ウェン・ソーと格闘戦を行っていた。
分身のからくりが効かずとも、ウェンは熟達した戦士であった。
帯島もハウンドとシールドにて菊地原を援護しつつ立ち回っている。
二対一の状況下であるが、ウェンは一歩も引かない。
──防御重視の立ち回り。時間稼ぎが目的っぽいね。
現在、自身の部隊の隊長含めた精鋭が遠征艇の格納庫前で戦闘を行っている。恐らく眼前の女は、こちらを全員仕留める気はサラサラ無く、この四人をこの場に押し留めておくのが目的なのだろう。
──このままこいつを足止めしとくのも別に構いやしないけど。でも相手の思い通りになるのは癪で仕方がない。
「──あのウザいおばさん沈めるよ」
菊地原は、歌川にそう言った。
ラービットの相手をしていた歌川は、その言葉に頷く。
天井部にメテオラを叩き込む。
爆撃と共に吹き上がる煙と音。消えていくウェンの分身。
それに紛れるように菊地原はウェンの視界外へと逃れる。
──煙に紛れて、奇襲をかけるつもりか。
そう判断を下し。
菊地原が逃れた方向に身体ごと向ける。
その動きに合わせるように。
今度は──地面にメテオラを叩きつけ、更に煙が広がっていく。
──この状況。
煙からの襲撃で自分を落とそうとしているのだろうが。
逆に──あの垂れ目以外の連中に自らが襲撃をかける好機だ。
あの男の視界に映らないのならば。
この煙幕で分身を新たに生成し、手始めについ先ほどラービットを仕留めたあの拳銃使いを仕留める。
藁の兵のトリガーを煙の中に全て撒いて分身を作り出す。
レーダー上に更なるトリオン反応が生まれる。この反応で、更に相手も自身の位置が分かりにくくなるはずだ。
香取に視線をやり──姿勢を落として走り出す。
「はい」
「──引っ掛かりましたね」
その左右から。
──カメレオンを解いた菊地原・歌川に左右から斬りかかられる。
瞠目しつつその動きに対処せんと回避動作に入るが。
回避の為に捻った右足を刈られ。
反撃の為の左手も斬り裂かれ。
最後に──首を叩き落される。
──どういうことだ?
この一瞬の間で──唐突に現れた両者の襲撃のからくりを理解できぬまま。
ウェン・ソーは『門』にて緊急脱出した。
「ナイス連携」
「まあ、この位はね」
二人が取った戦術は。
実にシンプル。
メテオラの煙に身を紛れさせながら、バッグワームを起動。
→相手が藁の兵かトリオン兵の召喚のどちらかを行使するのを待つ。
→敵勢のトリオン反応が増えるタイミングでカメレオンを起動。分身のトリオン反応に、自身のトリオン反応を紛れ込ませる。
→新たに発生したトリオン反応を自身の召喚物であると誤認する一瞬の隙にウェンに肉薄し、仕留める。
ウェンがトリオン反応を内蔵した分身を使いこちらに攪乱をかけさせていたのを逆利用した形だ。
「それにしても。──敵も緊急脱出使ってくるみたいだね。ちぇ。とっ捕まえたかったんだけどな」
ここまで大胆に敵が侵入してくるのも頷ける。
敵は──こちら側の手すらも、もう模倣してきているのだ。
※
「──ウェンがやられたか...」
木虎と黒江に対峙するコスケロは。
上がってきた報告に、思わず呟く。
「やはり....玄界も一筋縄ではいかないみたいだね」
刀を構え、銃を構える二人の少女。
──これだけの手練れが、決して少なくない数いる。
玄界も、相当に手強い相手となってしまった。
それを自覚して。
垂れた目を、少しばかり鋭く細めた。