彼方のボーダーライン   作:丸米

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黒い壁、黒き一閃

 眼前の男の脅威を。

 木虎は正確に捉えていた。

 

 ──間違いなく、強い。

 

 その脅威は、自身の武装と相手が持つ武装との相性の悪さを理解できたからこそ。

 

 攻防一体の妨害トリガーを持つ相手。

 手持ちの武装が拳銃とスコーピオン。そしてスパイダー。

 

 .....今の自分でスコーピオンは使えない。

 

 変幻自在かつ、恐らくは障害物の隙間に隠す事も可能なトリガー。

 近付けば物量で押し切られる。

 

「──鉛弾と同じような性質なのね...」

「....」

 

 そして。

 思った以上に黒江が冷静だ。

 

 左手が封じられた状態であるが、左手を前に突き出し右手を庇う体勢でじりじりと一定の距離を保ちながら敵と向かい合っている。

 

 ──私がやるべきことは一つ。

 

 木虎はこの勝負の勝ち筋を探していた。

 

 ──双葉ちゃんの韋駄天での斬撃。それでしかあの男にダメージを与える方法はない。

 

 射撃は防がれる。

 スコーピオンでの近接戦は役に立たない。

 

 ──考えろ。どうすれば、双葉ちゃんの韋駄天を叩き込める隙を相手から作れる。

 

 しかし。

 悠長に思考を回す隙は与えられない。

 

 両手に液状トリガーを纏わせたラービットがこちらに襲い掛かってくるから。

「く....」

 

 両腕による打撃を避け、

 木虎は拳銃から巻取り式のスパイダーをラービットの胴体に射出。

 

 地面を蹴り上げ、スパイダーを相手に巻きつけながら旋回しつつ、射撃を行使。

 

 ──しかし。

 スパイダーの糸を辿るように、黒壁の液体が木虎に迫ってくる。

 

 ──物体を通っての伝播も可能か。

 

 木虎は想定していたのか、即座にスコーピオンでスパイダーを断ち切り、再度ラービットと向かい合う。

 

 物体への伝播も可能。

 ならば。

 当然──通常の物質を叩きつければ、その質量分あの液体は無効化できるという事だ。

 

「──双葉ちゃん! 横の壁を旋空で斬って!」

 

 突如として放たれた指示に、黒江は疑問を浮かべつつも指示には従う。

 

 旋空によって裁断された壁。

 自らの身の丈ほどもあるソレに、木虎はスパイダーを巻きつける。

 

「──今よ!」

 

 その欠片を。

 ぐるり回して──ラービットの顔面に向かわせる。

 

 ラービットはそれに反応し、両腕でもってそれを防ぐ。

 これにより。

 壁の欠片で。

 両腕に付着した液状化トリガーが押し潰される。

 

 その隙を逃さず。

 黒江は──ラービットに向け韋駄天を発動する。

 

 防御手段のないラービットの懐に潜り込み、腹先から顎に向け弧月による一閃。

 

 急所である眼球を、その刃先が到達したその瞬間。

 

「──双葉ちゃん!」

 

 ──その背後より黒壁が吹き出され、それを木虎が左腕にて受け止める。

 

「.....く」

 吹きかかる液体は木虎の左腕に纏わりつき、その全体を覆う。

 その様を見て。

 コスケロは、一気に距離を詰めにかかる。

 

 

 

 

 ──あの拳銃使いの方の片腕を封じることが出来た。

 

 今が攻め時だ、と。そうコスケロは判断した。

 こちらを仕留める可能性が高いのは、刀使いの少女であったが。

 されど──相性の悪さを自覚し的確にこちらに立ち回る拳銃使いの女の方をコスケロは警戒していた。

 

 ──そして、あの拳銃使いには甘さがある。刀使いのカバーを優先して動くという甘さが。

 

 故に。

 刀使いを狙う動作で、拳銃使いを釣りだし仕留める。

 

 

 

 コスケロは黒壁を纏い、黒江に向かう。

 高速移動するトリガーのタネは解っている。

 

 恐らくは決められた軌道に沿った移動しかできないのだろう。

 だからこそ黒江は黒壁の液状化トリガーを前に様子見をしながらの立ち回りを行い。

 そして、木虎が使える隙を作り出すような立ち回りを行っていたのだから。

 故に。

 自身の通り道に、あらかじめ黒壁の液体を設置する。

 これだけで、黒江の韋駄天を封じ込めることが出来る。

 

 黒江がここで取る手段は何か。

 弧月で斬りかかろうとも黒壁に触れれば攻撃手段が失われる。

 ならば。

 

 ──あの伸びる斬撃で床か壁を斬ってこちらに飛ばす。間違いない。

 

 旋空にて床面を叩き斬り。

 叩き割られたコンクリをコスケロに放つ。

 

 ──読んでさえいれば、トリオンのない物質はただの無害な障害物に過ぎない。

 

 蹴り飛ばされたコンクリ面を避けるような軌道で黒壁を放ち。

 黒江の四方から飛ばす。

 

「──双葉ちゃん!」

 

 来た、と。

 コスケロは思い。

 

 ──やはりな、と木虎は思った。

 

「む...」

 

 先程の様に、割って入るのかと思いきや。

 

 木虎は黒江に向けて──拳銃を向けていた。

 

 そこから放たれるのは弾丸ではなく。

 巻取り式のスパイダー。

 

 黒江にスパイダーを巻き、自身の方向へ引く。

 そうして──自身の身体を割り込ませる事なく黒壁から、黒江を庇った。

 

 ──読まれてた。

 

 読まれたことへの悔しさよりも、相手の洞察力への感心が先立つ。

 それ故にコスケロは冷静であった。

 

 木虎が即座にスパイダーを切り離し、両者ともに向かう先を見る。

 二人は建物の上へと昇って行った。

 

 ──トリオン反応が、ここに来て色んな方位から増えている。

 

 マップの作戦区域のあらゆる方向を埋めつくような、相当量のトリオン。

 

 ──アフトからの報告であったな。偽造トリオン反応を作り出すトリガーが玄界にはあったと。

 

「──ヨミ。今玄界の狙撃兵の位置はどうなってる?」

「もうあの砦の上にはほとんど残っていないです。──多分、こっちの兵力の底に気付いたのかと。全員を下に下ろして、あの偽造反応の中に紛れ込んでいきました」

「あらら。追撃は出来なかったか」

「すみません。今玄界の射撃部隊が砦の反対側から一気に火力を増してきて。追撃の手勢を向けられなかったです」

 

 そうか、とコスケロは呟いた。

 

 今まで射程の長い狙撃手を本部から敵を追い払う手段として使っていたのに対し。

 戦力を限界までつぎ込んだタイミングを見計らい、全方位から殲滅をかける手段として一気に転換をかけたのだ。

 

「これは.....急がないと。手をこまねいていたら、一気にこっちが瓦解してしまうな」

 

 やはり。

 敵の指揮官は優秀だ。

 戦力を吐き出させて、限界を見極めて殲滅戦へと転化させる。このタイミングの見極めが非常に早い。防衛戦の指揮を執りながらも、その間にしっかり準備をしていたのだろう。

 

「なら。俺が上に行くわけにはいかない」

 

 相手の狙いは解っている。

 上に向かい、自身を釣りだしての狙撃で仕留めるつもりだろう。

 

 こちらの策を看破し、見事に対策を取った事で──コスケロが追撃の為に同調行動を取ることを期待したのだろう。

 そういう訳にはいかない。

 

 しかし。

 

「──な」

 

 そのコスケロの頭上。

 そこから──トリオンの軌跡が降り注いでくる。

 

「──成程」

 

 軌跡の方向を見ると。

 偽造反応に塗れた地点がある。そこから――追尾弾が放たれている。

 

「紛れたのは──狙撃兵だけではないのか」

 

 コスケロは、二つの選択肢を思い浮かべる。

 包囲されているこの状況でまだ街路に向かうのか。

 それとも、建物の中に向かうか。

 

 黒壁は、トリオンのない物質に弱い。

 だからこそ、タネが割れている現在、あまり建物の中に入り込みたくない。

 

 しかし。

 

「──背に腹は代えられないな」

 

 次々に放たれるハウンドの雨に、堪らずコスケロは建物に入り込む。

 こうなったからには、スピード勝負だ。

 

 建物をぶち抜きながら、黒江と木虎がいる建物の真下へと。

 天井部への急襲から一気に攻勢をかける。

 

 しかし。

 

 真下の建物に入り込んだ瞬間。

 出迎えたのは──崩落する天井であった。

 

 ──建物に入り込んだタイミングで、斬撃で崩壊させたのか。

 

 そして。

 崩落した天井を盾代わりに──黒江と木虎が襲い掛かる。

 

 

「──中々、やる」

 

 崩落する天井を蹴り飛ばし。

 左右から挟み込み襲撃をかける両者の動きを見る。

 壁に囲まれた密閉空間。

 互いの距離は狭い。

 決着は一瞬だろう。

 

 木虎は拳銃。

 そして黒江は刀。

 

 刀使いをまずは排除しなければならない。

 そうコスケロは判断を下す。

 

 崩落した天井の隙間に仕込んでいた黒壁が、斬りかかる黒江の右腕に噴出。

 

「....双葉ちゃん!」

「大丈夫です!」

 

 動揺する木虎に反して。

 両腕を塞がれ、もう刀が握れないはずの黒江の目は──まだ闘志が消えていなかった。

 

 黒江は。

 その口に──弧月の柄を咥え込んでいた。

 

 その様を見て。

 コスケロは驚愕の表情を浮かべ。

 木虎はただ、笑んだ。

 

 木虎は挟み込む体制から、コスケロの正面に身体を割り込ませる。

 そうして──手に持った木造の壁をコスケロの正面に押し付け、自身の肉体も合わせて正面からの黒壁の噴出を抑え込む。

 

いふぁふぇん(韋駄天)

 

 黒江の舌足らずな宣言と共に。

 密閉空間の中、韋駄天が発動された。

 

 刃先が敵に向くように、体軸を横にして。

 

 そして。

 

「.....成程、そう来るか....!」

 

 木虎の身体ごと。

 斜めに上向いた弧月の刃先で──コスケロのトリオン供給器官を貫いていた。

 

 ビキビキと崩壊していくトリオン体を見ながら。

 

「──これが玄界の戦い方か」

 

 脱出機能を前提とした、捨て身の戦術。

 それが彼等の中に当たり前のように根付いている。

 だからこそ出来た戦法で。

 そして自分はその戦法に打ち砕かれた。

 

 眼前で同じように崩壊していく少女を見て。

 一つ溜息を吐き──自身もまた脱出装置が起動する様を、他人事のように見ていた。

 

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