ネタだけ思いついたんですが続けられませんでした。もったいないのでとりあえず世に出しておきます。
「田んぼの中」が語源と思われる、姓の一つ。
漢字による姓を採用しているこの国にもその数は多く、少なくとも1万人の田中がこの国には存在している。
極めて一般的な姓の一つであり、地域ごとの偏りはあるが、町に一人は田中姓を持つ者がいる計算になっている。
話は変わるが、現在この国には重大な危機が迫っている。
千年に一度封印から目覚めるとされる魔王の復活──目覚めた魔王は、凶悪な魔物を従えてこの国に侵攻しようと目論んでいた。
多くの戦士が魔王に対抗して立ち上がったが、魔王は普通の攻撃では封印することができない。人々は唯一魔王を封印できる“勇者”の覚醒を祈った──
「大地よ、炎よ、海よ、風よ……武神、魔術の両精霊、獣の神よ……我らが祈りに答え給え」
薄暗い石造りの部屋に、しゃがれた声が響いた。唯一の光源であるステンドグラス越しの光が、円卓とその上の水を張った杯、そして神託を求める賢者たちを怪しく照らす。
先程とは別の老婆が、目を閉じたまま声を上げる。
「我らは今、再度蘇った魔王によって苦しめられております……神よ、どうかお教えください。此度の“勇者”の名前を……」
「過去の“勇者”は全て魔王の復活から十年以内に覚醒していると遺されております。既に、この国のどこかにいるはずなのです……どうか」
この神託の儀式は、千年前にも行われたものだ。千年前では、“
「見てください、文字が……!」
賢者たちの祈りが天に届いたのか、杯の中に文字が浮かび上がる。
「出ました、神託です」
「ほう、名前は……」
──田中!
──今すぐ田中という人物を探せ!
賢者たちは色めき立った。そして、すぐに思った。
────どの田中?
「喰らえッ!俺の回転斬り!」
回転してはいないが、勢いよく振り下ろされた刃が魔物の黒い体を切り裂いた。黒魔力の粒子でできた魔物は跡形もなく霧散する。
「勝った!」
「おめでとう。もうちょっと怪我なく勝ってね」
ガッツポーズを決める歯並びの悪い青年は、名を田中トウタという。小さな村で唯一の田中だったが、自身を勇者と信じ込み、いきり立って旅に出た。
そして、トウタに治癒魔法をかける白魔道士は、彼を心配してついてきた幼馴染の鏡島ソラだ。
そう、彼らは魔王討伐のために旅をする(自称)勇者一行。
勇者の神託が国中に伝えられて一年、このような「我こそが勇者だと主張する田中」が大量に発生していたのだ。
勇者ならば国から多大な支援ができるのだが、誰が勇者ともわからないおびただしい数の田中全員に手厚い支援ができる余裕も無く。未だ“本物”の覚醒も訪れていないので、この国は大いに混乱していた。
「着実に剣の実力も上がってる……! もっと強くなったら、次の迷宮に行こうぜ」
「上がってるけど……トウタは剣じゃなくて、弓の方が向いてると思うよ? 獣使いの適正もあったでしょ?」
「バカ言えお前……勇者っつったら剣だろ!」
「向いてる武器の方が、わたしはいいと思うけどね。はい治ったよ」
「サンキューソラ!」
ソラは少し呆れながら、夕暮れの天を見上げた。そろそろ夜が近い。夜は魔物の時間だ。
ちなみに勇者は主人公と結婚して姓が変わったヒロイン。